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一章

12話

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 程なくこの一件は王にも伝わったらしく、翌日エリカは王宮に呼ばれた。
 意外な事に王との謁見はなく、直接宰相の執務室へと通される。
 流石に一人では心細かったので、ヴァンの同行を許可してもらった。
 執務室に入ると、早速宰相から質問が飛んでくる。

「及びだてして申し訳ございません、聖女殿。実は民の願いを断ったと、小耳に挟みまして」

「民ではなく、大臣からの頼み事でした。それに聖堂の件は困っているようには思えなかったので、私が手を出すべきではないと判断しただけです」

 なんだか居心地悪そうな宰相に、エリカは不思議な気持ちになった。
 恐らくこれまで、反論してくる聖女はいなかったのだろう。
 胸に溜まっていた疑問が、ゆっくりと確信に変わっていく。

(聖女聖女って崇めてるけど。結局の所、都合のいい道具って訳か)

「しかし聖女殿は、身分の差なく誰の願いも叶えるのがお役目」

「だから、その内容が問題なんです。大体、私が聖堂を建てちっゃたら本来その仕事をする人が困るでしょう」

「それはそれとして、今回は皇后の生誕祭に間に合わせるという大事な……」

「それこそ、請け負う大臣が計画して進捗状況を確認していれば、問題なんか起こらなかったはずです」

 言いくるめられないように、エリカはきっぱりと反論を続けた。そこに一人の貴族がノックも無しに駆け込んでくる。

「聖女様、お慈悲を!」

「何ごとか」

「騎士ごときが、退け」

 咄嗟に間に入ったヴァンを押しのけようとして、中年の貴族が騒ぎ出す。

「聖女殿の前だぞ!」

 流石に宰相も顔をしかめて、貴族を一喝する。
 いくらか怯んだ貴族の男だが、今度は仰々しくエリカの前に跪いて懇願を始めた。

「聖女様がいらしていると聞き、駆けつけた次第です。どうかお慈悲を」

「どうしたのですか?」

 あまりの憔悴ぶりに聞いてはみたが、返された答えに脱力する。

「実は……指をナイフで切ってしまいまして、治して頂きたいのです! ああ、痛い! このままでは、死んでしまいます」

 どれだけ深い傷かと思いきや、指の先から針で突いたような小さい血の粒が出ているだけ。
 呆れてものも言えないというのは、この事だ。
 しかしなにも言わずにいれば、この貴族は永久に喚き続けそうだ。

「それだけ? あなた、子どもじゃないんだから薬くらい自分でつけられますよね。この程度で聖女の力を使うつもりはありません」

 そう事実を突きつけると、悲愴な顔をしていた貴族の顔がみるみるうちに怒りで赤黒くなる。

「私が頼んでいるのだぞ、聖女なら治して当然だろう!」

(元気じゃん)

 睨み付けてくる貴族に、エリカは虚無の視線を返す。こんな所で接客バイトのスキルが生かされるとは、思ってもみなかった。
 バイトで理不尽に怒鳴られるのは慣れていたし、こういう客のあしらい方も先輩から教わっている。理不尽なクレーマーや無理難題を吹っ掛けてくるお客には、とりあえず反論せず話を聞き、落ち着いたところでお帰り頂くか、店長へバトンタッチする。
 だがここはバイト先ではなく、宮廷だ。
 お客相手ならひたすらに謝るところだが、ここはバイト先でもなんでもない。
 それに今は、自分の方が立場が上だという余裕もある。
 聞き流すエリカにヒートアップする貴族が掴みかかろうとするが、すぐにヴァンが庇ってくれた。


「聖女様に無礼を働くなら、相応の覚悟はして頂きたい」

「出来損ないの五男のくせに……気味の悪い呪いを受けてるお前が、聖女様の傍にいる方が無礼だろう」

 酷い暴言を受けても毅然としているヴァンに、エリカの方が苛立つ。

「あのさあ……」

「聖女様」

 ヴァンから目配せされ、エリカは口を噤んだ。



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