喪女と野獣

舘野寧依

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第一章:落ちてきたのは異世界の女

第7話 謁見の裏で

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「陛下、我が娘は親の目から見ましても器量よしでして。ぜひお側に上がらせて頂きたいものですが」
「陛下、わたくしの一番上の娘は、非常に才気溢れる者でして。もしお側に上がらせていただけるのなら、きっと陛下のお役に立ちましょうぞ」
「陛下、我が娘のことですが……」


 今までさんざん耳にしてきた、貴族達の自分の娘への美辞麗句。
 多少誇大な表現が入っていても、それはまあ仕方ないだろう。
 上手くすれば、自分の娘を王妃に出来るのだ。彼等とて必死にならないはずもない。
 その大半は自らの権力欲から来るものであったが、中には本気で娘の幸せを願っている者もあった。
 ……だからカレヴィは、どんな形であれ、親という者は娘の幸せを願うものだと思っていた。

 だが、あのハルカの両親はなんなんだ。

 異世界から突然花嫁としてハルカを娶ることになったカレヴィは、正直、彼女の両親から反対を受けることを覚悟していた。最悪詰られるだろうということも想定の内だった。
 しかし、その口から出たのは、ハルカを貶める言葉だった。

「なぜ、よりによってはるかなのか」

 それが彼等の共通意見だった。

 ──こいつらには、親としての愛情はないのか? ……とても気分が悪い。

 カレヴィは謁見を強引に終了させると、ハルカの手を引いて謁見の控えの間まで連れていった。
 そしてカレヴィはハルカに向き合って今の心情をぶちまけた。

「こんなことは言いたくはないが、なんだ、あの両親は」

 それに対して、ハルカはきょとんとした顔で見てきた。なぜカレヴィが怒っているのか理解できていないらしい。

「……俺は、このことに対しておまえの父母からの怒りを受ける覚悟もしていたんだぞ」
「え……、なんでおとん、じゃなかった、父と母が怒るの?」

 訳が分からないと言うような顔でハルカが言ってくる。

「普通は、異世界などという訳の分からないところに大事な娘をやりたくはないだろうが」

 そう言うと、そういうものなのか、という顔でハルカがカレヴィを見てきた。それで、カレヴィはハルカが親の愛情を今までまともに受けてこなかったことを察してしまった。

「……でもたぶん、二人ともまだ状況がはっきり把握できていないだけなんじゃないかな。だから失言みたいなことしちゃったんだと思うし」
「それがなんだ。娘のことをあげつらうような真似をして。親なら娘の長所くらい分かっていそうなものだろう」
「あー、カレヴィわたしのために憤ってくれてるんだね?」

 のんびりとそう言うと、ハルカは嬉しそうに笑った。
 ハルカは決して美人ではないが、愛嬌のある笑顔だとカレヴィは感じた。

「……未来の王妃をあそこまで言われて黙っているほど、俺は薄情ではないつもりだぞ」
「うん、ありがと。……でもわたしの長所って自分でも思いつかないなあ。だからうちの両親がそういう物言いになったのも仕方ないと思うよ」

 ハルカが自分の両親をかばうのをカレヴィは複雑な気分になりながら聞いていた。

 ……あれだけ言われても親は親か。

「ハルカの長所は、おおらかなところじゃないか? たまに卑屈な発言も混じるが」
「……卑屈?」

 意味が分からないというように首を傾げたハルカにカレヴィは言った。

「自分はもてない女だと豪語していたじゃないか」

 ……そんなことを豪語するのもどうかと思うが。

「いや、実際もてなかったし。だから、そう言っただけなんだけど」
「それはやめろ。おまえの容姿はおまえが言うほど酷くない。それに、おまえは俺の妃になるのだから、そんなことはもう関係ないだろう」
「うん、まあ。そうだね」

 神妙にうなずくハルカを見つめながら、世の中というものは分からないものだなと思っていた。
 考えてみれば、男の目を引く体つきをしていて特別不美人でもないハルカが異性に縁がないというのも不思議な話だった。
 最強の女魔術師が一番の友人としているハルカは、性格も悪くなさそうだし、容姿もそこそこだ。これで男から声がかからないのは、ハルカ自身が男に気を許していないからではないかとカレヴィはなんとなくだが感じていた。

「……それでは、ハルカの両親と合流するか。ハルカはまた着替えてこい」

 正直、ハルカにあの調子の両親とまた会わせるのは気が向かない。
 それでカレヴィはちょっとした時間稼ぎをすることにしたのである。

「え、このままでいいよ」

 案の定ハルカが断ってきたが、カレヴィはそれを許さなかった。そして、有無を言わさない口調で言った。

「ハルカ、着替えろ」



 カレヴィはハルカに改めて着替えるように命じると、その間に別の間に移っていたハルカの両親の前にニッポンの金を積んで、「婚約の祝い金だ」と素っ気なく言った。
 ついでにハルカの母親にも金剛石の首飾りを贈っておいた。
 それでようやく、ハルカの両親はこれが現実だと認識したらしく、狂喜乱舞していた。

「どうだ、ハルカは親孝行な娘だろう」
「は、はい! わたしどもにはもったいないくらいの娘です!」
「はるか、あの子すごいわ!」

 ──これで子の認識が変わってしまうというのもある意味残酷だな。

 ハルカが気の毒な気がしたカレヴィは二人に念を押した。

「……くれぐれもこのことは、ハルカには内密にな」
「はい!」
「分かっております!」

 既に酒が入って酔いかけているハルカの両親はこれ以上ないほど上機嫌だ。
 ……これでおそらく、これからは彼等の口からハルカを貶める言葉は出てこないだろう。

「……カレヴィ王、それは買収というものですよ」

 呆れたように近くにいた最強の女魔術師が言ってくる。

「それがどうしたというのだ。これはハルカが安心して俺の元に嫁ぐのに必要なことだ。……それに、これでハルカに対する両親の評価も変わってくるだろう」

 カレヴィがそう言うと、ティカもそのことについて考えることがあったのか、「……それもそうですね」と今ここにはいないハルカのことをいたわるように微笑んだ。
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