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101 星の天使

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 マグナにスーツの男を任せ、ガルドと榎本は先に行った田岡を追った。追い越す際にちらりと男が出てきた部屋を覗き見る。
 「……カーテンか」
 今までの部屋には無い窓があった。
 かかっていただろうカーテンは外され、床で渦を描きながら敷物にされている。布団代わりなのだろう。自分たちが余りある装備品からテントを作ったように、彼も限りある装飾品から寝床を作ったのだ。
 室内には他にも雑貨らしきものや皿がカーペット上に置かれており、数日過ごしたような印象を受ける。
 「あいつ、やっぱり空港の利用客だな。夜叉彦とマグナ二人が見覚えあるってなりゃ、揃って行ったトイレにでもいたんだろ」
 榎本は小走りになってガルドの前を進み、チャット欄と口頭の両方でそう言った。流れるタイムラインのチャット欄に素早く、夜叉彦たち別動隊のコメントが現れる。
 <被害にあった経緯とかわかんないけど、巻き込んじゃったわけかな。脳波コン持ってなければあんな記憶の無くし方しないと思うから、きっと別のタイトルのプレイヤーだと思うんだけど>
 「技術系の開発してる、とか」
 いとこを思い出しながらガルドが補足する。年の離れたいとこのすずは、あまりゲームをするタイプではなかった。最新マルチデバイスの一種として脳波コンをフル活用している。
 <おぉ、確かに! だとゲーマーとは限らんな。世界的に見ればあれはゲーム以外の使い方も多い……空港だったしな!>
 ジャスティンは続けた。
 <巻き込んだとかはもう考えん方がいいだろう。巻き込まれたのは俺たちもだ。田岡も被害者だ。悩むな悩むな>
 さらにダメ押しの大笑いモーションアイコンが表示され、夜叉彦が<そうだね。うん。前向きに行こう>と明るい返事をした。
 「田岡。そうだった」
 <よんだ か ?>
 不格好なコメントが現れる。
 発言者は「��?�?」となっているが、文字のコード変換がうまくいかなかったらしい田岡のことだ。
 「あんたと同じ人間っぽい人間がいるはずだ。探すの手伝ってくれよ」
 <襲ってくるかもしれないけど、そのときは銃撃ちながら逃げてね~>
 <田岡さんもフロキリの装備着込んでるから、犯人かと思われるかもしれない>
 口々にそう助言が並び、田岡が若干間をおいて<わかっ た>と返してきた。
 <とにかく俺がエントランスに詰める。そこに見つけた被害者を連れてこい。メガネのとまとめて情報収集を行う>
 マグナのメッセージに、仲間たちが自然と役割分担を発言しはじめた。田岡を追って奥まで急ぐガルド、細かくしらみつぶしながら後を追う榎本。一階左の通路を潰すジャスティン、二階の左をメロ、右を夜叉彦が探索する。
 「オバケ屋敷、みたいだ」
 「バケモンの方が楽だろ。応戦出来ないってのは嫌んなるぜ」
 「ああ……気を使う」
 「はは、だなぁ。思いきり暴れんのは当分先になりそうだ」
 「ああ」
 仲間たちに戦闘バカと呼ばれている二人は、揃って苦い顔を見合わせてから別れた。ガルドは一人、全速力で走りながらアイテムを整理する。すぐに取り出せるようにトリモチを最前へ持ってくる中、田岡とメガネの男の反応を思い出した。
 拘束時間の長さに関係なく、フロキリのプレイヤーでない人間には犯人だと思われるらしい。ガルドたちを田岡は殺し屋と、メガネは犯人と呼んだ。それは装備や顔が日本人からかけ離れた様相になっているからだ。そうなると、日本人顔だが服装がこちら側の田岡も残念ながら条件に当てはまる。
 さらに二人共通するのは、ガルドたちとの会話で激昂し、武器を手にして襲いかかってきた点だ。メガネの男がそうしたのはガルドのミスだが、おそらく剣が無くてもどうにかしただろう。壁に飾られた燭台を剥がして振りかぶってくるかもしれない。
 それはここがアクションゲームで、そのことに気づかないままでも何らかの好戦的なアクションをさせる要因があるのではないか。ガルドはそこまで憶測で想像している。
 <報告>
 マグナが赤文字で注意をひいた。
 <メガネは空港で拉致された後、ここに連れてこられた。合計三人、あと二人だ。男女>
 <有益情報感謝!>
 「この屋敷の間取り、聞いてくれ」
 <任せておけ>
 ガルドは背中の剣を背負ったまま握り、人差し指を数回ノックした。フィールドであれば表示されるマップはグレイのもやになっており、屋内や街中での設定通り表示されないことを確かめる。
 <分かり次第スクショ画像を送る。少し待て>
 「……スクショ?」
 マッピング機能が使えない場所のマップは、昔であればオフラインで描いた画像データをマルチタスクのウェブ閲覧で見るのがセオリーだった。スクリーンショットはフルダイブ内の画像を保存するもので、地図は「紙に絵を描く」ことが出来ないフロキリでは考えられない。
 <とにかく俺らは探しまくるぞ!?>
 ジャスティンの言葉に、戸惑いながらガルドは同調して駆ける。目的地はすぐそこだ。田岡は廊下の突き当たりで曲がり角を警戒し、その場で止まっていた。
 「田岡さん」
 「おお、よかった。よかったよかった」
 少し小声で呟いた田岡が、ガルドと位置をひっくりかえしながら肩を叩いて激励した。
 「向こうに道が続いているんだが、無理に私が出なくてもいいだろう。ふふ、怖くないぞ? 譲ろうと思ってな。うん」
 マスケット銃は手にしているが、構えを解いてガルドの背中に田岡は隠れて動こうとしない。再度背中をぱしりと叩き、弱い声で「頼むぞ若者」とガルドを押した。
 その態度に、ガルドはふとボートウィグを思い出した。怖がりで泣き虫の彼は、こうしてガルドを最前線に立たせたがったものだ。お決まりの「頼みますよ閣下」というセリフが、田岡の言葉にかぶる。奮い立つ感覚にガルドは震えた。
 「任せてください。下がって」
 ガルドは胸を張り、背筋をいつも以上に伸ばして躊躇せず一歩踏み出した。
 恐れるものはなにもない。もし高難易度のモンスターがいたとしても、ガルド一人で田岡を逃がせる程度の時間稼ぎくらいは出来る。逆に怖いのは人間だった。
 話術はない。それはメガネの男にもそうだったが、特に女性に対しては無謀というものだ。オフラインの体ならまだしも、とアゴに手を当てる。
 じょり、と無精ヒゲを触る音がした。女性は特に、会話すらままならないケースが多い。フロキリ時代、ガルドのアンチプレイヤーは年下の少年達か女性で占められ、割合で言えば圧倒的に女性ばかりだった。


 廊下の突き当たりを曲がり、開けた広間に出る。玄関ロビーのあったエリアによく似た配置で、左を振り向けば階段があった。踊り場もあり、背中側に階段は続いて二階の廊下へとつながっている。
 「ほほう、シンメトリーだな。ドアが無いのと、その分これがあるくらいの差か」
 背後から田岡がひょこりと顔を出す。目線の先のこれ、とやらにガルドは声にならない吐息で答えた。
 光の輝きが見事なステンドグラスが、ドアがあったはずの正面を埋め尽くしていた。
 「これはドラゴンかね?」
 田岡の問いに、ガルドは頷きとモンスター名で答える。
 「……ファーイースト=ドラゴンだ」
 「ゲームのモンスターだな? 見事な絵だ」
 ゲームという表現にガルドは少しばかり違和感を覚えた。いま閉じ込められているこのフロキリにおける、遠い極東の主。追加された強敵二体を合わせて四天王とも呼ばれるが、ガルドにとっては一番思い出深い。ずしりとした背中の重さを感じながら見上げる。
 「ああ。綺麗だ」
 黒と青をバランスよく配置したウロコに、銀色の装飾文様が描かれている。瞳は青よりも碧というべきか、エメラルドグリーンの鮮やかな眼力がきらりと光っていた。この黒ベースに青と銀という配色は、愛用する大剣のものと同じである。
 確かにゲームのモンスターで間違いはない。だが、既にガルドにとってフロキリはゲームではなくなっている。この世界、と呼んでいる牢獄のモンスターだ。
 「む、おお! 見てみろ、モチ君」
 「も?」
 いつの間にか変なあだ名をつけられ、ガルドは戸惑いながら田岡が指差す壁を見た。首が痛くなるほど上の天井に、明かりとりのような小窓がついている。遠すぎて小さくしか見えないが、よく見るとそれもステンドグラスでできていた。差し込む光が白いが、細かく様々な白い有色ガラスで形を作っているらしい。
 「望遠鏡か何かないのか?」
 「銃用のオプションスコープなら」
 フロキリでは、遠くを見るのは遠くを見る必要のあるポジションのプレイヤーだけだった。主に遠距離プレイヤーがそれにあたり、近距離プレイヤーは彼らのサポートで言われるがままに敵の方角に向かって進む。そのセオリー以上にソロの長いガルドだからこそ、わざわざ担当以外の武器を購入してまでスコープを持ち歩いていた。
 「どれ」
 ガルドが持っていたのは、超遠距離用のスナイパーライフルにつける片目用のスコープだった。倍率はめいっぱい高いが、視野が狭く人気はない。これほど高い倍率がそもそもゲームプレイに不要なためだ。
 それをひったくるように奪った田岡がスコープを覗き、白いステンドグラスを鑑賞し始めた。しばし無言だったが、時折「ほぉ」と感嘆が漏れる。ガルドはその間、白いモンスターを思い浮かべる。記憶の中には何体かいるが、遠目で見ても真っ白というのはそう多くない。
 白づくめのモンスターで思い浮かぶのは、どれも天使種だ。
 「羽が生えている……」
 そう呟いた田岡に、ガルドは「ああ」と頷いた。フロキリの天使は羽の枚数や形のシルエットで大体の強さがわかるようになっている。六枚の羽ならば最も強いが、それでも極東龍より数段弱い。
 「白鳥かな?」
 「……スコープ貸してください」
 ガルドは「まさか」と疑いながら田岡のスコープを取り返した。白い羽の集合体で白鳥を思い浮かべるというのは、長年ゲームをしてきたガルドには無い発想だ。大きな手で握るには細すぎるスコープを、親指と人差し指で摘むようにして持ち覗き込んだ。
 ぼんやりと見えてくる像が自動で結ばれ、はっきりした輪郭になる。六枚の羽、中央は星のような幾何学形態の立体物が描かれている。人間のような顔も手足も無いが、それで間違いない。
 「熾天使」
 「してん?」
 「……白鳥みたいなものです」
 説明が面倒になったガルドは、天使種の中でも最強の熾天使をそう解説した。人型をしていないため、一般人には天使などには見えないだろう。実際天使種モンスターはストーリー上でもウイルスのような扱いを受けている。防衛プログラムのようなものだ。
 「天使様の絵なんですね、あれ」
 突然、女性の声が聞こえた。
 「うぉわあっ!?」
 驚いた田岡がガルドの背中に素早く隠れる。ガルドは剣にかけそうになる右手を左手で握り締め、顔の筋肉を意図的に固めながら振り向いた。
 「遠すぎてよく見えなくて。そっか、やっぱり教会なんですか」
 「あ、あの」
 「で?」
 女性は冷たい声で続けた。
 「あなたがたはテロリストですか。宗教に殉じようとか? 勝手にやれって感じ」
 ゆるいウェーブのかかった茶髪の女性は、両手でしっかりと棒を握っていた。
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