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144 増えた仲間に悩みのタネ

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「あー、本日はこのような席を設けていただき、誠にありがとうございます。こちらに来てまだ二日目ですが、 既に皆様とは長い間苦楽を共にしてきたかのような、強い繋がりを感じている次第でございます。といいますのも、私三橋みつはし、事件発生の一報を受けてから毎日皆さんの無事を祈り、早急な発見と事件解決を目指して日々業務に励んでおりました。皆様にお会いすることこそ、我々救援チームの悲願でありましたが、いまだ皆様と私合わせて我々『被害者一同』の自由と身の安全は得られておらず、今後も皆様のご尽力を賜りながら、ここからの脱出を図って参る所存でございます」
「もーちょいフランクでいいよー」
「つか巻きでいいぜ」
「あっはいではご唱和願います、乾杯!」
「かんぱーい!」
「乾杯」
 景気のよい掛け声とグラスを打ち鳴らす音が響く、ギルド・サンバガラスのギルドホーム。 普段食事スペースとして使っている一階のメインホールは、様相に少し変化があった。
 とうとう胡坐での食事に榎本がたえかね、自腹から切ってプレゼントした立食用円卓が一つ、毛足の長いモノクロカーペットの上に置かれている。
 たった一つの円卓をおのおのが取り囲み、乾杯の合図でアルコールを入れ、つまみに手を伸ばし始めた。遠方から帰ってきたガルドたちの慰労会、そして新しい仲間の親睦会を兼ねた宴会が始まっていた。
 ガルドを除いて成人しか居ないため、自然と手のグラスは生ジョッキで揃っている。
 年齢を偽ることに決めたガルドは、榎本の助言でウーロン茶を持参した。「空のジョッキ(氷入り)」というアイテムへ缶から注ぎ、それウーロンハイらしく見せている。
 テーブル上には洋風のパーティーメニューがずらりとのせられ、のせきれないものはフロキリ由来のアイテム「樽ビール」の上に置いた。悪くない高さだが、円卓より少々低い。
 本来は無骨な木製の樽だ。だが形だけでも良くしようと、吟醸が女性アバター用の可憐なレースケープをテーブルクロスとして提供した。お陰で統一感が出ており、出来る限りの範囲で頑張ったホームパーティのようだ。
 ガルドと榎本は二人並んで棒立ちのまま、周囲が和気臨々としているのを眺めた。
「ん」
 二人揃ってジョッキを煽る。
 難しい表情を崩さないまま、会話もせずリアクションも無い。固い空気の二人の側には、誰も寄ってこなかった。
 理由はある。
<さて、次の議題だが>
 二人の耳にだけ、マグナが進行する会議の音声が聞こえている。
<ル・ラルブに駐留しているユーザーの内訳が、どうしても初心者に偏っている。帰路はさながら引き揚げ船の如く、大変質の悪いものになるだろう>
<そんな語彙で頑張って緊迫感出さなくていいってば>
<いやいや、助力はいらんだろ! 我ら三人プラス、チーマイチートマイスターのぷっとんとで帰れるだろう。なぁ夜叉彦>
<えーっと、正直アタッカー不足>
<アタッカー!? 俺が居るだろうが!>
<ジャスのチャージショット時間掛かりすぎ>
<ぐぅっ>
 ジャスティンの苦しそうな声に、榎本が隣でちらりと笑う。しかしすぐにきりっと顔を真面目にした。
<いや、これは二手に分けた際の悪手だ。主に俺だ。ジャスは悪くない>
<それ言ったらキリないよぉ>
<まさかル・ラルブに鈴音やらレイド班やら、とにかくプレイヤーが全く居ないとは思わなかったんだ。しょうがないさ。ガルドや榎本がサクッと帰れたのも、全員なかなか腕のいいプレイヤーだからだろ? ねぇ二人とも>
<おう。特に一人補助がいるだけで全然違うよなぁ?>
 榎本が通信でそう言いつつ、こちらにアイコンタクトをしてくる。ガルドは頷いた。ただ、チャット欄には頷きのような動作も別途エモーション感情アイコンで送信しなければならない。何事かリアクションをアップしようと、入力画面への感受を繊細に辿る。
<あ、ねぇねぇ! そういえばさ、見送りの、もっと他にもいたはずだよね。もっとソロ寄りの>
 メロがガルドの返事を聞く前に声をあげた。
<あー、三橋にその辺確認しとく。多分まだ続くな、人探しは>
 動き出そうとした榎本をガルドは手で制した。会話へロクに参加出来ていない自分より、積極性のある榎本が会議へ集中すべきだろう。中央に立っている三橋へ歩み寄った。
 会話は続いている。
<さて、こちらクラムベリは大丈夫だ。もう二日あれば着く>
<考えたよなぁ。ソリにソリひっぱらせて雪上汽車ってか>
<お陰で徒歩勢が数人で済んだ>
<数人いるのか! なんとぉ!>
<そっちこそシベリア強行軍じゃん>
 ドッと笑うギルドメンバーのボイスボリュームを下げつつ、ガルドは一般人女性と談笑している三橋に声を掛けた。
「三橋」
「あ、おにーさん。飲んでますー?」
 既に出来上がっているらしい彼に、ガルドは脇のグラスへ、アイテム袋から出したミネラルウォーターを注いだ。
「少し聞きたいことがある」
「んえっと、えー、はい! げんきっす!」
 ふらりとして敬礼し、唐突に「ライヴ行きたい~」と愚痴り始めた。埒が明かない。水を飲むよう促すが、反応はいまひとつだった。
 ガルドはグラスの水を持ち、空いた手でアゴを掴み、無理やり口に流し込んで飲ませた。 「ごっふ!」
「あ、あらあら……」
 ワンピースを着た若い婦人が微笑みながら後ずさりするが、気にせずガルドは三橋に水を注いだ。無理に飲まされても、感覚再現はただの「意図しない飲み下し」になるだけだ。気管に詰まらせるどころか、気管も食道も胃もない身体になった。特段危険な行為ではない。
「な、な、突然なんなんすかもう! 酔いモード醒ますにも方法あるでしょ!」
「被害者名簿、覚えてればデータ化してほしい」
「え? もちろん全部覚えてます。でもプレイヤーネームじゃないっすよ。リアルネーム。あとおおよその年齢と、性別ぐらいはなんとか」
「それでもいい。別の仲間が合流できた人数、明らかに足りない。探しに行くが、人数が知りたい」
「え、足りない!? そりゃ一大事! 別の仲間って例の『重要な六人』ですよね」
 三橋がそこまで言ってから手の中の赤ワインをあおろうとし、すかさずガルドはグラスの口を平手で止めた。「むう」と不満そうに口を尖らせる。
 六人という人数を知る人物に、ガルドはすかさず向こう側のリーダー格を思い浮かべた。 「……ディ……あきら九郎くろうが?」
「ええ。布袋ほてい女史を除いた、初期の時点で判明していた行方不明者ってくくりっす」
「それは、以前からマークしていたと?」
 そのことはディンクロンから直接、あの黒い部屋で報告を受けている。ガルドにとっては特段目新しい情報ではなかった。念のための擦り合わせに、自分たちをディンクロンらがマークしていたという情報をぶつける。
 しかし三橋の返事は、ガルドの持つ情報を超えていた。
「そうなんすよ。六人のうち三人は分かってたらしいっす。そこまで割れてれば、せめてその三人だけでも搭乗止めときゃ良かったのになぁ。ボスも後手に……いえ、予想以上に敵が速くて用意周到だったんすよね」
 頭をかきつつ、三橋は特製樽テーブルへグラスを置いた。
「『ハワイ行きの便で本人以外によって購入されたチケット、ファーストクラス』ってのがキモで、この六人が座る予定だった座席周辺、二十席も同じ人物によって買い上げられてました。なおかつその全てが空席のまま離陸してるっす。つまりチケット渡した時点で狙ってた——目撃者を減らすために空のまんまにして、本当は空の上で作戦実行、だったっぽいっすよ? けどそれが、ボス曰く『別起因の事件により予定を早めた』とか。そっちの方は管轄外なんすけど、空港で男が大暴れしたそうで」
「チケットの入手者が、犯人?」
 ガルドはアキバで書いた直筆の書類を思い出す。その全てがフロキリ制作運営会社のロゴで署名されており、チケット手配もそこを経由していると書かれていたはずだ。
「っぽいっすよ。全く正体つかめてないんですが、潜伏先はある程度。組織であること前提で、首謀者はロシア、もしくはドイツにいます」
「男が暴れて、タイミングが早まった……」
「らしいっす。犯人の狙い以外の被害者が出たのも、実はその辺の『計画変更』が絡んでるとか」
「っ」
 ガルドは震えそうになった。
 オレンジカウチはどこまで自分たちを傷つけるつもりなのだろう。本人にその気がないなど悪夢でしかなく、そして、ガルドは後悔と申し訳なさに胸が苦しくなった。頭のてっぺんから血の気が引く感覚に、目がくらむ。
 空港で暴れた男、オレンジカウチはガルドを狙った。自分さえ空港に居なければ。自分さえ世界大会への遠征に同行しなけれ ば。自分さえ、自分さえ。後悔が渦巻く。
「名簿でしたっけ。これから文字起こしなんで時間貰いますよ。あ、田岡さんの居ないところで読んでくださいね。ボスの耳に入ったら間違いなく俺怒られそう。一応被害者の皆さんって一般人だし、情セキ情報セキュリティ的に。そうそう、俺女の子捜してるんですよ。知りません?」
 文字を入力し始めた三橋が、焦点の合わない目で虚空を見つめながらたずねてきた。 「え?」
 虚を突かれ驚く。
「年は十七、高校生。女の子で、ゲームが上手いというより『凄腕プレイヤーの彼氏がいる』とかなんとか。まぁアバターなんで、年齢は喋り方とかで察するしかないっすけど~。とりあえず女の子には片っ端から聞いて回るんで」
<はうわー……>
<が、ガルド!?>
<どうしたガルド!>
 仲間の呼びかけに、ガルドは古きよき文字感情表現「orz」で答えた。

 
 浴びるように、榎本が酒を飲んでいる。ガルドと榎本は先ほどまで、それはそれは大層真面目な顔で、宴会同時進行のギルメン会議をしていた。
 ル・ ラルブへはクラムベリ側プレイヤーが全員城へ帰還した後に希望者を募って救援隊を出すことになった。さらに、見つかっていない見送りソロユーザーを探しに行くチームを別に編成する。
 そこまで決まったのだが、締めの間際まで「佐野みずき(と彼女の恋人である謎の凄腕プレイヤー)を探す三橋」 に対抗する案が出されることは無かった。
 榎本はハイペースで酒を飲んでいた。自分が見つかる恐怖を打ち消したいらしいが、仮想の酒では足りないだろう。記憶を飛ばすほど、この世界の酒は強くない。
「そーれイッキ、イッキ!」
 吟醸が横で煽る。それも相まってか、榎本はさらにピッチを上げてジョッキのビールを流し込んだ。
「いい飲みっぷりだねぇ」
「そろそろたおれてていいころろ」
 ろれつが回らないほどの酩酊だが、それもプログラムで音声データを酩酊口調へ変えるボイスチェンジャーに切り替わっているだけだ。榎本の足はずっしりと地面の上で微動だにせず、身体の重心もブレが無い。
「榎本ちん大丈夫? 横なれば?」
「いや、まららだだ。あれくれ。ひょっとショット
「テキーラ? やめときなよぉ~。ひやにしとけば?」
「じゃあびぃるビール
「もう! 日本酒が一番美味しいのぉ! テキーラなんて味しないじゃん! 旨み、旨みこそ至宝!」
 どっちも酔っている。ガルドは助けにいくこともせず、自分を挟んで行われている、ボートウィグプレゼンツの自慢話も聞き流していた。
 ボートウィグはひたすら聞き役の三橋に熱弁をふるっている。
「閣下はアタッカーでも非常に高難易度な大剣使いなんすよ! 近接武器には何種類かあって、榎本さんみたいなハンマー、夜叉彦さんっていう『六人』のうちの一人みたいな刀、あと片手剣。この中で一番難しいの大剣なんで! 閣下が一番っす!」
「へぇー」
「見切りスキルの成功率めちゃ高いっすよ。それに。コンボ接続失敗回数めっちゃ低いっす。フロキリってあんまりデータ取り得意なプレイヤー少なくって、全然統計取れてないんすけど」
「えーもったいない」
「だからこそ、みんな感覚的に『あ、この人全然落ちない』とか『この人クリティカルバンバン出すな』とか、そういうロコミが多いんすよ。そのなかで閣下の名前が出ない話題が無い! これは凄いことっすよ!?」
「うんうん」
「それに、ちょっと無口っすけど、とにかく面倒見がよくて。あ、閣下ってば人の名前覚えるの苦手なんすけど、ちょこちょこ会ってると、ある日突然ボソッと呼んでくれるんすよ! えへへ、僕なんて結構速かったっすよ?」
「俺初日から三橋って呼ばれてる」
「えー!? なにコイツなにコイツー!」
「うわやめろ頭わしゃわしゃするなよ犬!」
「閣下の臣下は僕が一番っすからね!?」
「知るかよ一助けておにーさーん」
 三橋の助けを求める声に、ガルドはようやく意識を現実へと戻した。ずっと、この三橋への対策を考えていたのだ。
 奥で吟醸と酒を飲み続けている男には、春前から多大な迷惑をかけてしまっている。榎本は、尾ひれがついて「二十代の若くてイケメンな凄腕プロプレイヤー」と思われているのが恥ずかしいらしい。詳しい人間ディンクロンと阿国が口をつぐんでいるため、捜索部隊は探し人が重要な六人に含まれているとは思っていないらしかった。
 しかし、榎本が例の彼だとバレるのは時間の問題だ。
 自分が両親へ仕掛けた作戦の被害が、回りまわってこんなところにまで現れた結果、あんな状態になるほど悩ませているのだ。
 ガルドは困っていた。
「臣下の順列ってのがあるんす! 三橋さんはまだまだ下っすよ!」
「えーん、おにーさーん。なんとか言ってやってくださいよー」
「ウィグ、鈴音の説明頼む」
「はい閣下! お任せを! 鈴音ってのはですね~」
「完璧犬っころだな」
「にゃにおー!?」
 三橋が求めている「女の子」というのは、恐らく彼の上司である佐野家の父経由で情報が流れた「彼氏のためにゲームをしていてハワイに遊びにいくところだった高校生の佐野みずき」に違いない。存在しないものを探したところで、いくつかの情報が不適合な何者かに行き当たるだけだ。
 それに、と横目でちらりと様子を見る。しつこいほど語るボートウィグをやる気のない顔で見つめる彼は、リアルで見た姿となんら変わらない。外見トレース式のアバターボディだ。
 三橋は佐野みずきと一度会っている。 ヒヤリとする事実に顔をしかめた。顔や名前、年齢はいくらでも偽れる。三橋もそれは承知で、それ以外の情報から探すと言っていた。仕草、 会話内容からの年齢、そして尋ねれば返事が来るだろうリアルでの名前で分かる。
 最後の一つだけはどうやったって適合することが無い。佐野みずきという名前のプレイヤーは、その名前をここで名乗るつもりが全く無かった。
「てな訳です。あとは吟醸先輩からあった通り、ロンド・ベルベットのヴァーツっすね」
「なるほど、二つ組織があるのかぁ。鈴音の人たちとヴァーツロンベルレイド班の人たち、把握のために名簿でも分けたいんですけど。リアルネーム片っ端から聞くしかないっすよね」
 その言葉に、ボートウィグが泣きそうな顔でおののく。
「おま、おまえそれ、ネトゲでやっちゃいけない行為……」
「知ってるよ! だから困ってんだろ? で、おにーさんみたいな超強い人から言ってもらうのがベストかなーって」
 三橋がガルドを振り向く。
「違うっす、問題はその後っす! 名簿を見ればプレイヤーネームとリアルネームで分かっちゃうっすよね? その名簿の管理が問題っすよ。僕だってイヤっす、リアルネームがいつばれるか分からないなんてシチュシチュエーション!」
「え、だめ? 管理、俺だけど」
「信用なら無いからイヤっす」
「その顔むかつく」
「ひょろがりのっぽに言われたくないっす」
「なんだよそれぇ!」
 ボートウィグも似たような体格だ、とガルドは思いかけ、逆だと気を取り直した。ゲーマーというのは何パターンか存在するが、総じて時間を惜しみ運動を避け、新陳代謝によってデブかガリのどちらかになるのだ。実際ジャスティンは太鼓腹で、肉体労働のメロは痩せ、ストレスで消費カロリーに摂取が間に合っていない夜叉彦は痩せている方だ。
 中肉中背はマグナぐらいだろう。痩せ気味にならない理由はパジャマ子だ。ふと浮かんだ我の強い、おそらく飛行機に乗る前だったため無事だろう女性に、ガルドは「元気かな」と遠い目で呟いた。
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