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185 機械の意識を信じるべからず

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「ログアウト出来る!? マジかよ!?」
「えーいいなー」
「日本に帰りたくなるぜ」
 公司がエアプレインマークを吹き出す。雑談のようにソロ探索チームメンバーが婆やを取り囲んでは、ラフな口調で「SNSのトレンド何?」「マックの新商品とか食べた?」などくだらない質問を投げている。ガルドは無表情のまま隣の相棒をちらりと見た。
 久しぶりに見るが、装備が変わっている。
 無属性のシンプルな装備へ立ち返ったらしい榎本は、トレードマ ークの赤マントすら脱ぎ、装飾の少ない装いになっていた。胸元がほとんど開いていて半裸に近く、彫りの深いイタリア系メンズモデルのような腹筋が丸見えだ。
 よく見ると、榎本が連れてきたイレギュラー対応人員は、全員装飾の少ない軽量装備で揃っている。よくよく顔ぶれを見るとガルドが先んじて選別し打ち合わせをしたメンバーではない。むしろボートウィグや榎本の側にいることが多い技術職の面々だ。
 理由があるのだろう。あの榎本が赤いマントを着けないほど大きな理由が想像できず、ガルドは疑問点をそのまま放っておくことにした。
 そんなことより阿国と婆やの来訪は重大なはずだ。そのはずなのだが、空気は間延びしつつ固まっていて、誰一人として通信を入れようともしない。
 後から来た榎本達など、ソロ探査のセンチメンタル熱海湖たちより状況が分からず目を 回しているようだった。それは仕方がないだろう。誰かがここに至るまでの流れを説明しなければ、とガルドは焦る。そういうのは苦手だ。それこそマグナのような年長の者がすべきだと思うが、生憎ガルドはこの世界で年長に見えるリーダーグループの一員だった。
 呼び出されて急いで最短ルートを来たものの、最奥にいたソロ探査チームは話の通じないアクだらけの難癖プレイヤーばかり。目の前には謎の卵。出てきたのはさらにアクが強い女と謎の婆やで、どちらも被害を免れていたはずの「外の人」だ。
「わけわからねぇ」
 もっともの発言だ。
 深すぎて黒に近い茶の革ジャンとジーパンをタイトに着込んだ後発チームのメンバーが一人、無表情のまま目を細めて様子を眺めている。思考を放棄しているらしく、息を長く細く吐いて遠い目をした。
 タバコをふかすような息の仕方に、彼がとても大人だとガルドは受け取った。
「雅炎」
「おぉ大将。阿国のやつ、何でか知らねぇけど来たな。アンタのストーカーだろ? 逃げるなら今だぜ」
 ガルドは首を横にふった。それも悪くないが、囚われの身から脱出するために今一番大事なのは阿国だ。
「阿国と話がしたい。だが直接は話にならない。榎本と阿国は仲が悪い。雅炎、頼めるか」 「大将が俺を頼るってのか……いいぜ、任せな」
 一つ返事で色の良い答えをくれた雅炎は、ハリウッド映画から飛び出したような美しい容姿の大人な男だ。
 変更機能が消えて変えられなくなってしまったヒゲの形は鼻下とアゴからこめかみにかけたー面に小綺麗な装いとして整えられていて、ガルドの無精とも榎本のアゴー部のヒゲとも違う。
「悪い」
「いいっこなしだよ、大将。やっぱり榎本より俺の方がいいだろー? アイツなんかやめて俺が相棒になってやるよ」
 彫りの深い鼻と影が出来るほど落ちくぼんだ瞳が、まっすぐガルドを射抜いている。甘いマスクの夜叉彦とは別系統の芸能人に見えるが、アバターを美形にするのは普通のことだ。
 そうなると自然に、デジタル・ボイスチェンジャーをかけない生声が美しいかどうかで美醜が決まる。雅炎の声は少しかすれていて色気があり、大人の男にふさわしく、容姿によく合うナイスミドルな声色だった。
「……それさえなければ」
「そういうわけにはいかないんだな、これが」
「サシでやり合えばいい」
「甲乙つけようってんじゃないんだけどな。永遠のライバル同士なわけ。はっはっは!」
 雅炎は高らかに笑いながら、阿国の元へ向かうガルドの後をついていった。


 ガルドは棒立ちで立つ雅炎の真後ろに、隠れるようにして姿勢良く立った。
 身長は頭一つ分ガルドが高く、雅炎の頭の上に顔が出てしまっている。調整するべく、ガルドは少し猫背を意識した。
<詳細が判明したのだがね>
<シッ。今阿国に聞いてる>
<……ボクの方が正確で分かりやすく状況を説明できる。そう思わないかね?>
 ガルドは聞こえてきたAの声を無視し、阿国が「雅炎へ向かって」答える内容を聞き続けた。
「グリーンランドの現場はワタクシたちの他に人などいませんの。米軍他研究者は外でまごついてて、日本人は全員帰還しましたの。それはディンクロンの判断で、別に残ったっていいと現場の外国人たちは歓迎してくれましたの。じゃあ残るって話ですの。生き死には保証されませんけど、それくらいどうってことありませんの」
「なんでまた」
 合いの手を入れるのは雅炎だ。
「火災と、あと汚染ですの。有害な薬品の流出! まぁ~ったく、用意周到ですのー! 敵ながらあっぱれですの」
「褒めてんな」
「遺留品の解析に手間取らせやがって、全く調査がはかどりませんの! ドローンもあの極限な惨状の環境じゃ動作不良起こしまくり、人間でやるにはバイオハザード。で、ワタクシとばあやは問題ありませんので、居座ってますの」
「ですので戻ります。危険なのですよ、お嬢様」
「いやー! 帰りたくなーい!」
「なりませんお嬢様。家に帰るまでお見守りするのがワタクシの務めでございます」
「遠足かよ」
「フルダイブ機も息の根止まってるのばっかりで、運び出したり回線割り入ったり! 防壁噛ませて大変でしたの! またこれ切って戻ってたりしたらまた入れませんの! またガルド様見失いますのー!」
<中々こちらも骨が折れたのだがね>
<A>
<そこの彼女の電子・物理ウォールは完璧だがね、こちらにはまだ衛星通信回線とメタル回線が残っているのでね。速度は遅いが、光通信ケーブルの配線とは別に用意しているのでね。丸見えとはいかないが状況は把握された>
<それは>
 ガルドは目を細めて警戒する。阿国と婆やの存在が掌握され、GMサイドも動き始めているということだろうか。
<しかしキミが危惧する『回収』は不可能でね>
 ガルドはこっそりと安堵の息をついた。
 回収とは、ガルドが今二番目に恐れている「被害者の増加」のことだ。三橋のように新たな被害者を集め始めた犯人の手によって回収されないよう、こうしてAにあれこれと聞いた結果、やっと「佐野みずきは被験者回収を嫌がっている」と理解してくれた。
<よかった>
<彼女の言う通り、現場の環境は劣悪なようだね。コネクティビティが機能しないと報告が上がっている。よって、キミたちを回収したような方法も不可能だ。回線で脳電子情報のみ回収するハブ・ヴァーチャル・コネクティビティも不適合でね>
<コネクティビティ……>
 ガルドら一般プレイヤーを空港で拉致した際のやり方をコネクティビティと。脳電子のみ、つまり田岡を日本に居ながらログアウト不可にした手法をハブ・ヴァーチャルと呼ぶらしい。Aからの情報は脳外秘匿、心の中だけに留めなければならない。ガルドはそっと頭の奥へしまい込み、今は忘れることにした。
「で、なんで来たんだ? 外から探してくれよ、オレらの身体」
「雅炎……なに当たり前のこと今更言っちゃってますの? そっちは時間の問題ですの。世界中の世論も動いてますの」
「よ、世論!? なんのことだ!?」
「……あら?」
 阿国がよく分かっていない顔で首を傾げた。ガルドは少し背伸びをして、雅炎の頭の上から頭を乗り出し会話に参加する。
「三橋がこっちに来た後の外で、世論が動くくらい情報が流れたのか」
「きゃあああガルド様っ! ご、ごごご機嫌うるわしゅうございますのっ!」
 阿国は真っ赤になって縮こまり、乙女のように小さく手を振った。話にならない。 「すっこんでてくれ大将……阿国と目ぇ合わすなよ」
「……ああ」
 雅炎にも冷たく邪魔がられ、頭をひゅんと引っ込める。ガルドは少し寂しくなった。 「三橋ってアイツだろ? 痩せ体形の」
 側で聞く限り、三橋がガルドたちのいる牢獄世界へ放り込まれてからかなり大量の情報が流れ出たらしい。家族や周囲の人々へ打ち明けている仲間たちはともかく、ガルドは一人冷や汗を感じていた。
「俺たち全員、世界規模で捜索願出されてるって解釈で合ってるか?」
 横浜の友人たちにはどう伝わっているのか、ガルドは急に不安になってきた。
 三橋はその辺りが疎く、被害者のパーソナルデータを名前以外に持ち合わせていなかった。対応はディンクロンに任せたが、どうやら相当忙しいらしい。期待できない。
「脳波コン持ちがノイズを拾うことで、ドイツにいた『三橋と同じ飛行機の人間』がたくさん見つかりましたの。お陰でお祭り騒ぎ! まだいる被害者をみんなで探そうってんで、ネットはトレジャーハントな雰囲気ですの」
「なんだそれ」
 なんだそれは。ガルドも同意見だった。


 地下迷宮のボスは消失しており、イレギュラー的な敵もおらず、そしてソロプレイヤーも不在。戦果はほぼゼロに近かった。しかし落ち込んでいる暇はない。阿国と婆やの登場は通信を通じて被害者全員を大いに沸かせたが、外の情報は全部を公開するわけにはいかないのだ。三橋もそうだが、ある程度明かす情報を吟味しなければならないだろう。そしてそれはロンド・ベルベット六人とぷっとんたち外部組全員で決めるべきことだった。
 しかし時間がない。
 ガルドは悠長にダンジョン最深部でぷっとんたちを待つなど出来ないと断言した。
「外に帰れなくなるのが一番ダメだ。足がつくくらいならログアウトした方がいい……そもそも、どうやってここに」
 小声で雅炎に通訳を頼む。
「そうだよ。お前なんであんなところに……」
「ワタクシのとっておきガルド様サーチでおおよその場所が割れたとしても、ログイン場所の指定なんて出来ませんの。ただ、割り込めた部分で垣間見えたガルド様のコードがいい感じにダンジョンでしたので……えへへー」
 デロリと阿国がとろける。先ほどからだが、たまにラグ通信遅延らしき動作のブレが見えた。
「ぶれないな」
「でも、このエリアからの移動はできなさそうですの」
「え?」
「ゲーム内だから分かりにくいですけど、普通にネットのウェブサイトと思えばいいですの。ワタクシ今、ガルド様が立っているページにダイレクトで違法アクセスしてますの。既に移動先へのリンクに悪いもの撒かれてますの……まきびしみたいに」
<それ、ボクではないのだがね。オーナーに近い技術者によるものだがね>
 Aが付け加える間に阿国と雅炎は言葉を続けている。
「変遷した瞬間ウイルスに?」
「黒ネンドの方は安心だとしても、近しい技術でワタクシまで電子マリオネットされる可能性、なくはないですの」
「電子マリオネットって、三橋の奴が言ってた『脳波コンで身体乗っ取って拉致る』ってやつだな」
 横からにゅっとガルドの相棒・榎本が顔を出す。阿国はすかさずギンと睨んだ。
「おっ、お前などに教える情報ありませんのー! フン!」
「そうツンケンすんなって。君だってタイムリミットあるだろう? 全身スーツ着込んでるからって火災現場にそう長くいるもんじゃないぞ」
 諭すような言い方に切り替わった榎本にガルドは呆れつつ、しかし言っている内容に思わず考え込む。
 オーナーとAが呼ぶGMサイドの人間が、このまま不法滞在者を見過ごすわけがない。今は物理的に無理なだけだ。ウェブは万能ではない。ガルドは田岡の存在で混乱していたが、それでも基本、脳波コンで繋がっている程度の人間の意識をログインし続ける仕組みなど無理があるのだ。
 つまり肉体の側に、電子マリオネットを手助けする機械を送り込むのが敵の狙いなのだろう。阿国のいるグリーンランドの施設は火災直後らしい。ドローンも飛べないとの言葉に、ガルドは目を鋭くする。
「阿国」
「ひゃあ! が、が、ガルド様っ!」
 少し慣れてきたらしい。ガルドは続ける。
「黒ネンドの話は三橋に聞いた。そこもそう長くない、時間がない。ディンクロンに伝言を頼みたい。聞いたらログアウトして、アンチジャマーを作ってその一帯を覆え」
「アンチジャマー……」
<A。可能性の話、オーナーが人間を送り込むなんて……>
<ゼロ。ヒト手などないのでね>
 裏も取れた。ガルドはずばり言う。
「人間以外信じるな」
「え」
「その、ここに来るため使ってる回線、有線だな」
「え、ええ! 光量子網ですの!」
「それ以外の機械全てを叩き壊せ」
「えええっ!?」
 周囲からも驚きの声が漏れる。
<みずき、オーナーが指示を出したようだがね。ブロック入る。急いだほうがいいがね>
 ガルドは時間が惜しいとばかりに、とにかく口を動かした。
「光量子ならファイバーだ。どこかに海底ケーブルとの接続管路がある。海から近いところで回線を生かして、ログイン用の機械はそっちへ回せ。次はそこからログインしろ、あと後ろ側は全部ぶった切れ。通る回線は全部目張りして物理で守れ。人間を置け。別ルートは危険だ。空、衛星もダメだ。衛星写真からGPSまで全部ジャミング、宇宙側からの通信はもってのほか」
「そ、そうですの……各国の軍事回線が無線を……」
「それもパクられる、全部吹っ飛ばせ」
「え、え?」
「電話線もダメだ。モバイル通信も、モールス信号も、音もダメだ」
「そんなにですの……」
「人間以外のモノを信じるな」
 それは、Aだけは信じられるようになったガルドが、敵を敵だと思うのに必要なことだった。
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