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75 転がるボールのような僕ら
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高校三年生の放課後というのは、過去の高校生活に比較すると濃密で大切な時間だ。限りある全ての時間に「高校生活最後」や「華々しく」などの飾りがつく。
典型的なオタクの金井にとってもそれは同様で、彼は高校生活最後の恋を華々しく散らせようと奮闘していた。
「調べたんだよ、すっごく。だって連休明けのHRで突如だよ? 佐野さん一人でニュージャージーなんて信じられないでしょ。いくら彼氏さんがあっちにいるからってさ。と思って、調べたんだ」
「はいはい、動機はどうでもいい」
「でもまぁ、あやしいって思ったんでしょ? ウチらと大体合ってるかも」
「ほらぁ~!」
「いちいちうるさいっつーの」
彼らは人気のない食堂の机に集まり、金井が持ち込んだラップトップパソコンを見ながら話し込んでいた。大量生産品だと分かる薄っぺらい椅子に、思い思いの姿勢で腰かけている。
内容はもちろん共通の友人だ。
「佐野さん、ハワイ旅行って言ってたでしょ。このむちゃくちゃ高いハイシーズンに、わざわざ知り合いの女の人を同行させてまで。まずこの時点で違和感ない?」
「え、パパさんが条件で言い出したって聞いたけど? 変かなぁ」
「だってみずんち、結構金持ちだよ。家も一等地、乗りもしない外車まで置いてさ。ハワイなんて痛くも痒くもないんじゃないかなぁ」
「あ、そうですか。金は関係ないですか」
違和感を持っているのは金井だけだった。佐久間がブリックパックのイチゴ・オレをずずっと飲む。
「ぷはっ……んで?」
「ああ、僕は違和感があったんだ。ハワイに行く理由があったんじゃないかってね。彼氏の出張ってだけじゃないと思うんだ」
「深読みのしすぎじゃない?」
「ふっふっふ、きっと彼氏さん、かなりのゲーム好きだ。出張は口実だったんだよ……ほら!」
そう言って、キーボードがレーザー投影になっているラップトップPCを指差した。自立するようスタンドがついているが、一見ただの液晶タブレットだ。何本も出ている配線と、繋がれた外付けの外部保存装置、そして古風なトラックボール型のマウスが置かれているお陰でPCだと分かる。
「ねね、どうです!? ここ数日でちょこっとだけ検索にヒットするようになったんだよね、フルダイブのまとめサイト!」
「なにこれ、こんなので操作してるの?」
「転がすの? なんかウケる。おもちゃみたい」
「ちょっと、なぜこっちじゃなくこれに……ああ! それクリックですからね! ページ飛んじゃう! やめてくださいよちょっとー!」
きゃっきゃと笑いながらボールをいじりだした女子高生二人に、生粋のオタクである金井はたじたじだった。敬語とタメ口が入り交じる口調も、元々ギャルが苦手で思わず下に出る金井の癖である。
ボールを転がしてポインタを移動するトラックボール型マウスは、見つける方が難しいほどの遺物だった。そもそも液晶はタッチセンサ付きで、マウスはどのタイプもマイナーだった。高校生の金井がそんな旧時代のアイテムを持っていたことの方が不思議だった。
「はー、こんなの使ってるなんて、金井ってウチらと十歳くらい違うんじゃない?」
「もっとでしょ。ウチのパパでも知らないと思うんだけど。で、なんだっけ。このサイト? どれどれ~」
ひとしきり笑った後に画面を見た宮野は、でかでかと書かれた「フロキリ世界大会@ワイキキ」の文字に目をひかれた。日付も丁度、親友がハワイ入りしていたはずの時期と重なっている。
「風呂? 霧?」
「フロキリ……っていうらしいんだけど、正式名称がどのサイトにも載ってないんですよね。概要もよく分からなくて、とにかくフルダイブのゲームタイトルっぽいんだけど。そのプレイヤーが集まる大会が、この前ハワイであったらしいんだ」
何故か自慢げに話す金井の横で、二人は画面を隅々までチェックした。しかし、よくわからないゲームの単語だらけであり、何かのイベントなのだろうとしか理解できない。
彼女達にとって親しみのある類いの、音楽アーティストやアイドルのライブとは毛色が大きく違う。メインで顔が出ているのはどれも、スーパーリアルなCGイラストの外国人ばかりだった。
「んでぇ? 確かにみずのハワイ行きと時期被るけど、それだけじゃん」
「あー……」
佐野みずきが友人達に隠していたゲーマーとしての顔を、金井だけが知っている。そして金井が考えている以上に、佐野みずきはプロフェッショナルだった。画面に載っているガルドの姿には目もくれず、「こういうのに観客として参加したり、支援スタッフで現地入りしたりするんですよ」と説明した。
「あ……ねぇ、みやのん。この人さ……」
金井に冷ややかな目線を投げていた宮野を、佐久間が画面へと誘導した。見ている先は日の丸が貼られた枠の中、六人居るキャラクターの内の一人だ。
「……白い鎧に、赤いマント……」
その男は、上品だがきらびやかな白い鎧を着ていた。
金の飾り紐で飾られた赤のマントが棚引き、まるで王子のようだ。他のメンバーに比べるとかなり派手で、しかし、立派でかっこいいというより「話しかけやすそうで、少女漫画の噛ませ犬っぽい王子」に見えなくもない。
アバターは中年の顔をしているが、まわりに比べると若く見える。アゴヒゲを主張するようなドヤ顔だが、不思議と怒りの湧かないタレ目が特徴的だ。
そして宮野は、その服装に覚えがあった。
「あぁーっ! みずが言ってた彼氏のファッションに似てるっ!」
「ぅえっ!?」
驚く宮野の発言に金井も驚いた。みずきが話していた彼氏の特徴というのは、意外にも広まらずに彼女達女子グループ内で留まっていたのだ。金井は知らなかった新情報だ。
「やっぱりそうだよね! ENOMOTO、だって。名前までは聞いたことなかったな~」
「に、に、日本代表が彼氏ってことですかぁっ!?」
「うーん、まだ分かんない。でもハワイに用事があったのって彼氏の方でさぁ、みずは『誘われた』って言ってたもん。これなら納得。世界大会の応援に行きたかったんだね~」
「いやいやいや凄いことだよ! このフロキリってのがどんなゲームか詳しい情報全然出てこないけど、世界で遊ばれてるタイトルなのは間違いないっ! そんなやつの世界大会の、日本の代表六人に選ばれるくらいだ……間違いなく日本屈指のプロゲーマーだよ!」
椅子から立ち上がり興奮気味に話す金井を無視し、佐久間と宮野は話し始める。画面の「えのもと」を値踏みし始めた。
「あー、なんかチャラいね」
「ヒゲ無い方が絶対良いのに」
「でもみずってほら、クールじゃん? 相性いいのかもよぉ。聞いてた通りじゃん。俺様系王子にストリート混ぜた感じ~。絶対会話上手。みずにぴったり」
「四年も続いてんだから当たり前じゃん」
「あは、そうだった」
ゲームに興味の無い人間からすれば、世界大会にエントリーすることなど評価の内に入らない。彼女達にとっては性格・将来性・相性・そしてセンスが重要だ。
「うぅん、このENOMOTOって人の情報、全然出てこない! 何モンなんだっ」
金井がオタクならではのオーバーリアクションでそう言った。宮野は先ほどまでの低すぎた評価を見直しながら、普通に会話しはじめた。自分達とは違う視点で調べてくれたからこそ「親友みずの彼氏」情報を得られたのだ。目線はほんの少々柔らかくなっている。
「えー、分かんないの? 使えないなぁ」
「ひ、ひどい」
「まぁまぁ、みやのん。金井も。諦めるのは早いって。ほら見て?」
カーディガンの長い袖からちょっとだけ出した指先で液晶をつつーっとなぞりながら、佐久間がたしなめた。
「このサイト、つまりキュレーションサイトみたいじゃん。詳しいのは別のところみたいだよ」
佐久間はタッチ操作でサイトの階層を深く移動し、ある一点にたどり着く。
サイトの更新を知らせる一文だ。
「詳細は、ブルーホールにて……? なんだろ、リンクも無い」
ブルーホールというキーワードは、それなりにネットを知る金井にも初耳だった。前後の文からそれが何処かのサイトであることは理解できたが、リンクが無いことには辿り着けない。キーワード検索でも海の画像しか出ないことに金井は疑問を持った。
「謎の『えのもと』さん、謎の『ブルーホール』なるサイト。うーん、謎だらけだ」
「思ったんだけどさぁ。この大会、結果とかなーんも載ってないじゃない? せめて映像でもあれば、みずにハワイで何があったか分かると思うんだ。特にこの彼氏のね。ゴキゲンだったらまず間違いなく……アレだと思うんだ」
「アレって、え? どういうこと?」
「これがホントに彼氏なら、超大成功してるわけじゃん。ゲームの世界で有名人ってことでしょ? アメリカで仕事してるし、もう四年も付き合ってる。で、わざわざ日本から呼んでまでバカンス」
「え、うん。すごい行動力だよね。みずの事、超好きじゃん」
「ここにさぁ、ほら、思い出してみてよ。クリスマスのプレゼント」
「えっとー、あ、ダイヤモンド!」
「そ、ダイヤ。ゲームだけどね。ダイヤといえば……指輪でしょ」
「ま、まさか……」
予感したのか、宮野は口に手をあて驚いている。佐久間は夢見る乙女の表情でうっとりと呟いた。
「プロポーズ……じゃない?」
途端に二人のテンションがハイになった。
「きゃあっ! やばーい!」
「そりゃ残るよねぇっ!」
「留学して、アメリカ残って、向こうで……結婚? ドラマかよっ!」
「人生勝ち組じゃーん! みずってば今ごろ頭の中お花畑だよきっと。英語で返事返すのもそのせいかな~」
「パパさん、アメリカ入りしてるのかもね。だったらこれだけ家に居ないのも当たり前だよ」
「やだぁー! おめでとっみず!」
「あーズルいなー、早すぎっ」
「……ぷ、ぷろ……」
プロポーズ。その単語はしたたかに金井の心の頬を殴った。忘れられない恋心を何度も何度も砕かれてきたが、これはトドメの一撃に感じる。
彼女は魅力的だ。キモがられる自分を嫌がらず接してくれ、その上大事な秘密を(自分が覗いたせいだが)すんなり教えてくれたのだ。こんな良い子を、顔も知らない他の男に奪われてしまったのが悔しくてたまらない。
しかし、と画面の「えのもと」を見た。世界に出ている、プロのプレイヤー。リアルの容姿を見るまでもなく既に勝てない。そもそもプロプレイヤーとは雲の上の存在だろう。金井は完敗だった。
「なんかネタ分かったら安心しちゃった。ね、帰ろ?」
「そだね、帰ろっか。さんきゅーね金井。引き続きみずの彼氏、調べといて」
「え、あ、うん」
そう言い残して食堂を去る二人に、金井は以前の、必死で書いたノートを盗られた時のことを思い出していた。以前も今回も、このコンビに良いように使われているような気がする。
キモいと蔑まれ、一定の距離を離されて生活していたのも生きづらかった。しかし女子にアゴで使われるというのもまた、金井にとっては居心地の悪いものであった。
二人が去ったあとも残ってネットサーフィンをしていた金井は、やはり気になっていた「ブルーホール」なるキーワードを必死に読み解こうと試みる。
「青い穴、ホール……コンサートホールのホール?」
類似するキーワードを試したり、既にわかっている「フロキリ」というキーワードと絡めて検索をかけてみる。それでも出てくるのは、先ほど閲覧した世界大会の概要記事くらいであった。他には全て、どこかの国のどこかの海にあるというぽっかりと空いた大穴の画像ばかりだ。
「あぁ……こういうとき、フルダイブ出来るフレンドがいればなぁ。ソシャゲもフルダイブもしてるような人、聞いたことないし。となると、あれかな……はぁ」
金井はそうため息をついてから、古くから形の全く変わっていないネット掲示板の金字塔を立ち上げた。ここで質問すれば誰かしら答えてくれるだろう。そう安易な気持ちで、キー配列をレーザー投影しているテーブルをパタパタと指で叩き始めた。指ドラムのタイピング音が、無人の食堂に悲しく響きわたる。
「えっと、フルダイブの情報を取り扱ってる、ブルーホールなるサイトについて……詳しく教えてください、っと。どうかな? 時間かかるかな?」
そう呟きながら、続けて勢い良く補足説明も書き込んで行く。テーブル上を指で叩いて暴れているようにも見えるが、金井は至って真面目に長文を入力し続けた。
やがてネットの向こうから飛んで来た一文が、金井の手を止めた。
<あなたの 投稿したコメント には 不適切な内容が 含まれて います>
「……は?」
学校から生徒を追い出すための、最終下校の物悲しい「蛍の光」が流れる。しかし金井はしばらく、椅子から立たずにPCモニタを見続けていた。
典型的なオタクの金井にとってもそれは同様で、彼は高校生活最後の恋を華々しく散らせようと奮闘していた。
「調べたんだよ、すっごく。だって連休明けのHRで突如だよ? 佐野さん一人でニュージャージーなんて信じられないでしょ。いくら彼氏さんがあっちにいるからってさ。と思って、調べたんだ」
「はいはい、動機はどうでもいい」
「でもまぁ、あやしいって思ったんでしょ? ウチらと大体合ってるかも」
「ほらぁ~!」
「いちいちうるさいっつーの」
彼らは人気のない食堂の机に集まり、金井が持ち込んだラップトップパソコンを見ながら話し込んでいた。大量生産品だと分かる薄っぺらい椅子に、思い思いの姿勢で腰かけている。
内容はもちろん共通の友人だ。
「佐野さん、ハワイ旅行って言ってたでしょ。このむちゃくちゃ高いハイシーズンに、わざわざ知り合いの女の人を同行させてまで。まずこの時点で違和感ない?」
「え、パパさんが条件で言い出したって聞いたけど? 変かなぁ」
「だってみずんち、結構金持ちだよ。家も一等地、乗りもしない外車まで置いてさ。ハワイなんて痛くも痒くもないんじゃないかなぁ」
「あ、そうですか。金は関係ないですか」
違和感を持っているのは金井だけだった。佐久間がブリックパックのイチゴ・オレをずずっと飲む。
「ぷはっ……んで?」
「ああ、僕は違和感があったんだ。ハワイに行く理由があったんじゃないかってね。彼氏の出張ってだけじゃないと思うんだ」
「深読みのしすぎじゃない?」
「ふっふっふ、きっと彼氏さん、かなりのゲーム好きだ。出張は口実だったんだよ……ほら!」
そう言って、キーボードがレーザー投影になっているラップトップPCを指差した。自立するようスタンドがついているが、一見ただの液晶タブレットだ。何本も出ている配線と、繋がれた外付けの外部保存装置、そして古風なトラックボール型のマウスが置かれているお陰でPCだと分かる。
「ねね、どうです!? ここ数日でちょこっとだけ検索にヒットするようになったんだよね、フルダイブのまとめサイト!」
「なにこれ、こんなので操作してるの?」
「転がすの? なんかウケる。おもちゃみたい」
「ちょっと、なぜこっちじゃなくこれに……ああ! それクリックですからね! ページ飛んじゃう! やめてくださいよちょっとー!」
きゃっきゃと笑いながらボールをいじりだした女子高生二人に、生粋のオタクである金井はたじたじだった。敬語とタメ口が入り交じる口調も、元々ギャルが苦手で思わず下に出る金井の癖である。
ボールを転がしてポインタを移動するトラックボール型マウスは、見つける方が難しいほどの遺物だった。そもそも液晶はタッチセンサ付きで、マウスはどのタイプもマイナーだった。高校生の金井がそんな旧時代のアイテムを持っていたことの方が不思議だった。
「はー、こんなの使ってるなんて、金井ってウチらと十歳くらい違うんじゃない?」
「もっとでしょ。ウチのパパでも知らないと思うんだけど。で、なんだっけ。このサイト? どれどれ~」
ひとしきり笑った後に画面を見た宮野は、でかでかと書かれた「フロキリ世界大会@ワイキキ」の文字に目をひかれた。日付も丁度、親友がハワイ入りしていたはずの時期と重なっている。
「風呂? 霧?」
「フロキリ……っていうらしいんだけど、正式名称がどのサイトにも載ってないんですよね。概要もよく分からなくて、とにかくフルダイブのゲームタイトルっぽいんだけど。そのプレイヤーが集まる大会が、この前ハワイであったらしいんだ」
何故か自慢げに話す金井の横で、二人は画面を隅々までチェックした。しかし、よくわからないゲームの単語だらけであり、何かのイベントなのだろうとしか理解できない。
彼女達にとって親しみのある類いの、音楽アーティストやアイドルのライブとは毛色が大きく違う。メインで顔が出ているのはどれも、スーパーリアルなCGイラストの外国人ばかりだった。
「んでぇ? 確かにみずのハワイ行きと時期被るけど、それだけじゃん」
「あー……」
佐野みずきが友人達に隠していたゲーマーとしての顔を、金井だけが知っている。そして金井が考えている以上に、佐野みずきはプロフェッショナルだった。画面に載っているガルドの姿には目もくれず、「こういうのに観客として参加したり、支援スタッフで現地入りしたりするんですよ」と説明した。
「あ……ねぇ、みやのん。この人さ……」
金井に冷ややかな目線を投げていた宮野を、佐久間が画面へと誘導した。見ている先は日の丸が貼られた枠の中、六人居るキャラクターの内の一人だ。
「……白い鎧に、赤いマント……」
その男は、上品だがきらびやかな白い鎧を着ていた。
金の飾り紐で飾られた赤のマントが棚引き、まるで王子のようだ。他のメンバーに比べるとかなり派手で、しかし、立派でかっこいいというより「話しかけやすそうで、少女漫画の噛ませ犬っぽい王子」に見えなくもない。
アバターは中年の顔をしているが、まわりに比べると若く見える。アゴヒゲを主張するようなドヤ顔だが、不思議と怒りの湧かないタレ目が特徴的だ。
そして宮野は、その服装に覚えがあった。
「あぁーっ! みずが言ってた彼氏のファッションに似てるっ!」
「ぅえっ!?」
驚く宮野の発言に金井も驚いた。みずきが話していた彼氏の特徴というのは、意外にも広まらずに彼女達女子グループ内で留まっていたのだ。金井は知らなかった新情報だ。
「やっぱりそうだよね! ENOMOTO、だって。名前までは聞いたことなかったな~」
「に、に、日本代表が彼氏ってことですかぁっ!?」
「うーん、まだ分かんない。でもハワイに用事があったのって彼氏の方でさぁ、みずは『誘われた』って言ってたもん。これなら納得。世界大会の応援に行きたかったんだね~」
「いやいやいや凄いことだよ! このフロキリってのがどんなゲームか詳しい情報全然出てこないけど、世界で遊ばれてるタイトルなのは間違いないっ! そんなやつの世界大会の、日本の代表六人に選ばれるくらいだ……間違いなく日本屈指のプロゲーマーだよ!」
椅子から立ち上がり興奮気味に話す金井を無視し、佐久間と宮野は話し始める。画面の「えのもと」を値踏みし始めた。
「あー、なんかチャラいね」
「ヒゲ無い方が絶対良いのに」
「でもみずってほら、クールじゃん? 相性いいのかもよぉ。聞いてた通りじゃん。俺様系王子にストリート混ぜた感じ~。絶対会話上手。みずにぴったり」
「四年も続いてんだから当たり前じゃん」
「あは、そうだった」
ゲームに興味の無い人間からすれば、世界大会にエントリーすることなど評価の内に入らない。彼女達にとっては性格・将来性・相性・そしてセンスが重要だ。
「うぅん、このENOMOTOって人の情報、全然出てこない! 何モンなんだっ」
金井がオタクならではのオーバーリアクションでそう言った。宮野は先ほどまでの低すぎた評価を見直しながら、普通に会話しはじめた。自分達とは違う視点で調べてくれたからこそ「親友みずの彼氏」情報を得られたのだ。目線はほんの少々柔らかくなっている。
「えー、分かんないの? 使えないなぁ」
「ひ、ひどい」
「まぁまぁ、みやのん。金井も。諦めるのは早いって。ほら見て?」
カーディガンの長い袖からちょっとだけ出した指先で液晶をつつーっとなぞりながら、佐久間がたしなめた。
「このサイト、つまりキュレーションサイトみたいじゃん。詳しいのは別のところみたいだよ」
佐久間はタッチ操作でサイトの階層を深く移動し、ある一点にたどり着く。
サイトの更新を知らせる一文だ。
「詳細は、ブルーホールにて……? なんだろ、リンクも無い」
ブルーホールというキーワードは、それなりにネットを知る金井にも初耳だった。前後の文からそれが何処かのサイトであることは理解できたが、リンクが無いことには辿り着けない。キーワード検索でも海の画像しか出ないことに金井は疑問を持った。
「謎の『えのもと』さん、謎の『ブルーホール』なるサイト。うーん、謎だらけだ」
「思ったんだけどさぁ。この大会、結果とかなーんも載ってないじゃない? せめて映像でもあれば、みずにハワイで何があったか分かると思うんだ。特にこの彼氏のね。ゴキゲンだったらまず間違いなく……アレだと思うんだ」
「アレって、え? どういうこと?」
「これがホントに彼氏なら、超大成功してるわけじゃん。ゲームの世界で有名人ってことでしょ? アメリカで仕事してるし、もう四年も付き合ってる。で、わざわざ日本から呼んでまでバカンス」
「え、うん。すごい行動力だよね。みずの事、超好きじゃん」
「ここにさぁ、ほら、思い出してみてよ。クリスマスのプレゼント」
「えっとー、あ、ダイヤモンド!」
「そ、ダイヤ。ゲームだけどね。ダイヤといえば……指輪でしょ」
「ま、まさか……」
予感したのか、宮野は口に手をあて驚いている。佐久間は夢見る乙女の表情でうっとりと呟いた。
「プロポーズ……じゃない?」
途端に二人のテンションがハイになった。
「きゃあっ! やばーい!」
「そりゃ残るよねぇっ!」
「留学して、アメリカ残って、向こうで……結婚? ドラマかよっ!」
「人生勝ち組じゃーん! みずってば今ごろ頭の中お花畑だよきっと。英語で返事返すのもそのせいかな~」
「パパさん、アメリカ入りしてるのかもね。だったらこれだけ家に居ないのも当たり前だよ」
「やだぁー! おめでとっみず!」
「あーズルいなー、早すぎっ」
「……ぷ、ぷろ……」
プロポーズ。その単語はしたたかに金井の心の頬を殴った。忘れられない恋心を何度も何度も砕かれてきたが、これはトドメの一撃に感じる。
彼女は魅力的だ。キモがられる自分を嫌がらず接してくれ、その上大事な秘密を(自分が覗いたせいだが)すんなり教えてくれたのだ。こんな良い子を、顔も知らない他の男に奪われてしまったのが悔しくてたまらない。
しかし、と画面の「えのもと」を見た。世界に出ている、プロのプレイヤー。リアルの容姿を見るまでもなく既に勝てない。そもそもプロプレイヤーとは雲の上の存在だろう。金井は完敗だった。
「なんかネタ分かったら安心しちゃった。ね、帰ろ?」
「そだね、帰ろっか。さんきゅーね金井。引き続きみずの彼氏、調べといて」
「え、あ、うん」
そう言い残して食堂を去る二人に、金井は以前の、必死で書いたノートを盗られた時のことを思い出していた。以前も今回も、このコンビに良いように使われているような気がする。
キモいと蔑まれ、一定の距離を離されて生活していたのも生きづらかった。しかし女子にアゴで使われるというのもまた、金井にとっては居心地の悪いものであった。
二人が去ったあとも残ってネットサーフィンをしていた金井は、やはり気になっていた「ブルーホール」なるキーワードを必死に読み解こうと試みる。
「青い穴、ホール……コンサートホールのホール?」
類似するキーワードを試したり、既にわかっている「フロキリ」というキーワードと絡めて検索をかけてみる。それでも出てくるのは、先ほど閲覧した世界大会の概要記事くらいであった。他には全て、どこかの国のどこかの海にあるというぽっかりと空いた大穴の画像ばかりだ。
「あぁ……こういうとき、フルダイブ出来るフレンドがいればなぁ。ソシャゲもフルダイブもしてるような人、聞いたことないし。となると、あれかな……はぁ」
金井はそうため息をついてから、古くから形の全く変わっていないネット掲示板の金字塔を立ち上げた。ここで質問すれば誰かしら答えてくれるだろう。そう安易な気持ちで、キー配列をレーザー投影しているテーブルをパタパタと指で叩き始めた。指ドラムのタイピング音が、無人の食堂に悲しく響きわたる。
「えっと、フルダイブの情報を取り扱ってる、ブルーホールなるサイトについて……詳しく教えてください、っと。どうかな? 時間かかるかな?」
そう呟きながら、続けて勢い良く補足説明も書き込んで行く。テーブル上を指で叩いて暴れているようにも見えるが、金井は至って真面目に長文を入力し続けた。
やがてネットの向こうから飛んで来た一文が、金井の手を止めた。
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「……は?」
学校から生徒を追い出すための、最終下校の物悲しい「蛍の光」が流れる。しかし金井はしばらく、椅子から立たずにPCモニタを見続けていた。
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