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第十七話

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 国王の宮殿に入れるのは舞踏会の時だけ。とにかく大きな大広間に人を集めて、たくさんの人がおもてなしされる。たくさんの人がいるので、あまり関係のない人間が入り込んでしまうこともある。貴族の物を盗みに来る盗人、物乞いをしに来る孤児だとか、呼ばれていない大道芸人。あとは平民だけれども、美人だから入れてしまったりだとか。

 たくさんの飾られた女性達がいる中で私は、窓辺のあたりでシャンパンを一人で飲んでいた。大広間の中へはエリックと入ってきて、食事はほとんど喉を通らなかったけれども、美味しそうな食事太刀を見るだけでお腹がいっぱいになった。
 オレンジ色のシャンパンを片手で揺らしながら、大きな窓から夜空を眺めているときだった。

「奥様、もしかしてフィリップ夫人では?」

 声がした方を見てみると、そこには大きな眼鏡に紙とペンを持った一人の女性が立っていた。年齢はそれなりに重ねているのだろうけれども若々しく見える。

「私、新聞記者のミランダ・ローズです」

 まさかエミリアが気をつけろと言っていたローズに出会ってしまうだなんて。この国一大きい大広間が人で埋まるほどいる中で私が見つかるなんて、不運でしかない。でも何も言わなければおかしなことも書かれないはず。

「私に何か?私なんか難の記事にもならないと思いますよ」

 彼女は丸眼鏡を押し上げて訪ねてきた。

「旦那さんはどちらへ?」
「さあ、こんなに人がたくさんいるのですから、友人のところへでも行っているのでしょう?」
「そう、ですか。でも一緒に居なくてよろしいんですか?」
「良いんですよ。夫婦の関係なんてほとんどが冷めきっているでしょう?」

 それを聞き彼女はペンを持ってメモ用のノートに何かしら記し始めた。きっとこういう情報を大げさに、悪い方に、ゴシップに持っていくのね。私なんて書かれたところで何も気にしないけれども。
 ふと、彼女が眼鏡の奥の目を細くさせた。

「今日、ここへ来る途中で、ウィットビル公爵とご一緒におられませんでした?」
「見間違いでは?私は心当たりがありませんけれども」
「見間違いですか。ウィットビル公爵と言えば、何度も離婚され、礼儀も何もない上に、貴族らしからぬ、暴力事件なんかも起こしてるんですよ。近づくのはやめた方が良いかと」

 睨んでしまいたいことを抑えて、私はにっこりと笑った。

「妹たちのところへ行ってまいりますので」


 光り輝くシャンデリアの下、頭が痛くなるほどの人の騒ぎ声。元々人が大勢集まるところは苦手だったけれども、今日はかなりつらい。胃痛もするし、頭痛もする。そのため、挨拶すべき人に挨拶をしたら、大広間から出た広い長い廊下のソファに腰を掛けていた。そこには人はそれなりに居たが、廊下に飾られている有名な絵画や彫刻、壺などの芸術品を眺めていた。
 公爵であるエリックは私なんかよりも何人とも接待しなければいけないらしく、私とはほとんど別行動だった。妻でもない私が妹達のように男の隣にいるわけにいかない。

「あら、奥様」

 その鈴の音が鳴るような声が聞こえて、私は思わず顔を上げた。私のことを見降ろした深い青色の瞳で私は上から見下されていた。

「ミーナさん。どうやって入ったんです?」

 のけぞっていた体を起こして、背筋を伸ばして、彼女を見た。彼女は前ほどに神経質そうな表情はしていなかった。自信に満ちていた。それを見て私はますます胃がキリキリとして、カールとマリー夫人と会ってしまうのではないかと、内心穏やかではなかった。

「どうやってって」

 その質問には答えず「ここに居たらいけないのではないですか?」とたずねた。
 ますますカールの羽振りが良くなっている。ミーナさんは高そうな宝石の指輪をつけて、ドレスも真新しく作ってもらったらしい。

「可哀そうな奥様だからお教えしてあげる」
「はい、なんでしょう」

 ニタニタと嫌味な笑みを浮かべながらミーナさんは私の耳に口を近づけた。

「先ほどお聞きしたんだけど」
「はい」

 彼女から小さな薄笑いが零れた。

「貴方の父親であるフィリップ伯爵とリリアン夫人、こちらに向かってくる途中の事故でお亡くなりになったんですって」

 顔を上げてにっこりと笑うミーナさんを見て、私は目を丸くして頭の中が真っ白になっていた。開いた口がふさがらないとはこのこと。

「は?」
「だから貴方の母親と父おや、死んだのよ。ほら、カール様がおさめているフィリップ領は広大で隣国の国境線でもあるでしょ?だから早くに知れたの。事故だったらしいわよ」

 ソファの中に沈み込み、今にも走り出しそうな両足を地面にぴったりくっつけていた。ソファのひじ掛けを両手で握りしめながら、ただひたすらに頭にある情報を整理しようとした。
 でも死という言葉が頭の中を支配して、論理的に答えを導きだそうとしない。

「あら、そんなにショックだった?」

 ふらふらと立ち上がった私の頭の中は真っ白で、胃の痛みは消え、腹の中にとても重くて熱い石を入れられたようだった。
 壁に手を付きながら大広間への大きな扉の前まで行き、扉の左右に立っていた騎士が扉を開けてくれた。中に入ると、すぐ目の前にイザベラの姿が目に入った。イザベラの元まで行こうとして、私は一人のマダムに道をふさがれた。

「お願い退いて!緊急事態なのよ!イザベラ!」

 とにかく大声で発したからだろう。驚いた人々の人垣が二つに割れて、イザベラが私の方へ振り向いた。そしてイザベラはすぐにこちらに向かってこようとしてくれた。

「ビオラ、どうした」

 背後から突然声をかけられた。振り返ってみると、そこにはエリックが立っていた。たくさんの女性が彼のことを狙っている。

「お父様と…お母様が…」

 安心したためか、涙が頬を伝ったのが分かった。

「亡くなったって…ミーナ、さんが」

 そう言った瞬間、目の前の世界がぐらりと横に揺れた。そして自分が倒れたのだと気付くのに時間がかかった。
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