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第一章

1-7.第一皇子

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 サンデルがサラの案内で席を立った後、今後の予定について話し合った。勇者が召喚された事実は仁のことも含めて帝国の上層部は把握しているが、皇帝への謁見はもう少し後になるということだった。サラと入れ替わるようにやってきたシルフィの入れてくれた紅茶に口を付ける。仁は元の世界でペットボトルの紅茶を偶に飲むことがあったが、それよりもおいしく感じた。ふとシルフィの首元に目が行く。

「シルフィは、わたくしの奴隷なのです」

 ジンの視線に気づいたルーナリアが口を開いた。

「違法な奴隷狩りで捕らえられていたシルフィをサンデルが見つけて連れてきてくれたのです。本来ならばすぐ解放すべきなのですが、シルフィには身寄りもなく、帝国では差別対象であるエルフの血を引くこともあり、身を守るためにもわたくしの奴隷になってもらっているのです。差別する側の勢力に属するわたくしにできる、せめてもの偽善ですね」
「そ、そんな、わたしはルーナ様に拾っていただいて、とても感謝していますっ!」
「配下の中にもわたくしに隠れてシルフィに辛く当たっているものもいると聞いています。本当に自分の力の無さを嘆くばかりです。お二人はエルフに対しても差別心を抱いておられないご様子。これからもシルフィと仲良くしてやってください」
「はい。もちろんです。シルフィさんにはお世話になっています。玲奈ちゃんもそう思うよね?」
「うん。シルフィさんには感謝してます」

 シルフィが恥ずかしそうに俯いてしまった。そんなシルフィを優しく見つめるルーナリアたち主従を眺めていると、温かな気持ちが胸に広がっていく。

「あの、違っていたら申し訳ないのですが、エルフっていうと、主に森に住んでいて弓が得意だったり魔法に秀でていたり、長命で若い期間が長く続いて、総じて美形で、耳が長く尖っている人たちという認識で間違っていませんか?」

 玲奈がシルフィの少しだけ尖った耳を見ながら訊ねた。

「ええ。概ね間違ってはいません。帝国のほとんどを占める人族至上主義者たちに言わせればエルフは人ではないということになりますが、わたくしは同じ人だと思っています。シルフィの父親は人族だそうなので、ハーフエルフということになります」
「初めてエルフに会いましたけど、こんなにも可愛いのに、人じゃないなんて失礼な話ですね」

 玲奈が頬を膨らませた。ぷんぷんといった擬音が聞こえてきそうな様子に仁の頬が緩む。

「まぁ玲奈ちゃんも負けず劣らず可愛いけどね」
「仁くん。茶化さないでよ!」

 玲奈の頬と顔が赤くなった。そんな姿もとても魅力的に見えた。

「本当のことなんだけどな」

 頭を掻きながら仁が呟いたとき、応接室のドアが乱暴に開けられた。

「お待ちください!」
「うるさい! どけ!」

 追いすがるように告げるサラを跳ね除け、金色のマントを羽織り、豪華に装飾された赤色甲冑を身に纏った20代前半くらいの青年が応接室に押し入ってきた。その表情は自信に満ち溢れ、まさに傲岸不遜。自分の思い通りにならないことなどこの世には存在しないと信じ切っている顔だ。仁と玲奈はドアを振り返ったが、様子を見守ることしかできない。

「ガウェイン兄様。これは何事ですか!」

 立ち上がったルーナリアが声を荒げた。

「おう、妹よ。久しいな。なに、勇者を召喚したと小耳に挟んだものでな。面を拝みに来たぞ」

 ガウェインはルーナの詰問など気にも留めず、仁と玲奈に好奇に満ちた無遠慮な視線を送る。その目が仁の首の辺りで止まると厳しいものに変わった。

「なぜ奴隷がこの場に座っている」

 不機嫌そうな、低く唸るような声が応接室に広がる。周囲の空気が冷えたような気がした。

「そこの薄汚い耳長にすらなれない出来損ないもだ」

 ルーナリアの背後に控えていたシルフィが泣きそうな表情を浮かべて顔を俯かせる。

「ガウェイン兄様、そこまでにしてくださいませんか。ジンは私の客人ですし、シルフィも私のメイドです。この場にいても何の問題もない者たちです。難癖をつけるのはお止めください」
「ふん。まぁいい」

 ルーナリアと言い合うつもりはないのか、ガウェインの汚いものでも見るような不機嫌な視線が玲奈に移る。ぶしつけな視線を受けて玲奈が身をすくめた。

「それで、お前が勇者か」

 ガウェインの目が玲奈の全身を舐めるように上下して、満足げに頷いた。

「うむ。なかなか可愛いではないか。スタイルも良い。胸がないのも実にオレ好みだ」

 玲奈がさっと腕を組んでガウェインの視線から胸を隠すのと同時に、仁が玲奈の前に出る。

「おい、奴隷。何のつもりだ」

 凄みを利かせるガウェインを仁が無言で睨み返す。身長170cmそこそこの仁に比べて頭一つは高い恵まれた体格が威圧感を増幅させるが、仁は一歩も引かない。

「ガウェイン兄様。これ以上、わたくしの客人を侮辱するのであれば、わたくしも黙っていられませんよ」

 ルーナリアがドアを向く。釣られるようにガウェインの首が回った。その先では騒ぎを聞きつけた皇女付きの近衛騎士たちが緊張の面持ちで談話室内の様子を窺っていた。

「ふん。あの程度の雑魚共にオレの相手が務まるとは思えんが、ここはルーナの顔を立ててやるとするか」

 ガウェインの言葉に、騎士たちが肩から力を抜き、安堵の息を吐いた。

「おい女! そのうちオレが相手をしてやる。楽しみにしておけ」

 仁は唇の片方だけ持ち上げて気持ち悪くニヤつくガウェインに殺意を抱くが、まとまりかけたこの場を乱すわけにはいかず、必死に自制心を働かせる。

「邪魔だ。どけ!」

 ガウェインの怒声に騎士たちが引く波のように道をあけた。仁は立ち去る背中を黙って睨み続ける。応接室の誰もが、しばらく声を発することができなかった。



「ジン、レナ、それからシルフィも。兄が大変失礼をいたしました」

 深々と頭を下げるルーナリアに、3人ともが制止の声を掛ける。

「許してほしいとは申しません。ただ、今回の件は広いお心で目を瞑っていただきたいのです。あのような者でもわたくしの兄であり、この帝国の第一皇子なのです。表だって対立してしまっては、守りきれない恐れがあります」

 悔しげにルーナリアが息を吐く。

「勇者召喚はわたくしが皇帝陛下より任されている事業なので、兄もこれ以上滅多なことはしてこないとは思うのですが……」
「安っぽい捨て台詞を吐いて行きましたけどね」

 返す言葉に棘が混ざる。

「本当に申し訳ありません……」
「あ、いえ。ルーナは何も悪くないのですから、謝らないでください。俺はただあいつの汚らわしい目を潰してやりたいと思っているだけです」
「ジン……」
「大丈夫ですよ。俺の立場であいつと事を構えることの無謀さはわかっているつもりです」

 ルーナリアの申し訳なさ気な視線が、仁の隣で小さくなっている玲奈に移る。

「レナ。不愉快な思いをさせて本当に申し訳ありません。レナの部屋の前の護衛には、いつにもましてしっかり警護をするように言い聞かせておきます」
「はい。ありがとうございます……」

 玲奈が力なく微笑む。

「仁くんも庇ってくれてありがとう。嬉しかったよ」
「お嬢様。感謝には及びません。お嬢様をお守りするのがわたくしの仕事ですので」

 仁は立ち上がって玲奈に向き直り、執事喫茶の店員がするように優雅に一礼した。玲奈が目を丸くする。

「まぁ、執事じゃなくて奴隷だけどね」

 肩を竦めながらおどけた調子で言う仁の耳に、玲奈の優しく温かな笑い声が届いた。
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