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 その日、わたくしはお兄様の執務室を訪ねました。

「お兄様、お時間よろしくて?」
「もちろんだよ。早速領地経営の話でもしようか?」
「それなのですが、わたくしは明日にでもこの家を出て旅に出ようと思いますの」
「え!」

 わたくしの言葉に、お兄様の目が見開かれます。

「ど、どうしてそんな事を言うんだ? なにかあったのか?」
「あったと言いますか、ある予感がすると言いますか、わたくしの精神安定的な意味で、この国と言いますか、シェインク様の傍に居るのが耐えられないと申しますか……」

 わたくしは今日あった出来事をお兄様にお伝えいたしますと、お兄様が頭を抱えました。

「なんなんだ、その常識外れの令嬢は。いや、もうイカレ娘でいいな」

 まあ、いいのではないでしょうか?

「事情は分かった。早速父上と母上に」
「いいえ」
「ん?」
「二人にも内緒で今晩準備して明日の朝日が昇る前に出立しようと思いますわ」
「なぜそんなに急ぐ必要があるんだ?」
「ひとつ、このままこの家に居れば、お父様が私を幽閉なり、どこぞへ嫁に出すなりするでしょう。ふたつ、旅に出るなどと言ったら、どんな手段を使ってでも止められたり、追いかけまわされたり致しますわ。これはループの経験上わかりきったことでございます。幸い、今回はわたくしの好きにしていいと、国王陛下に許可を得ておりますので、好きに生きてみようと思いますわ」

 まあ、ここ最近は結構好きに生きてきましたけれどもね。二十歳で死んでしまうという未来の回避を目指してはいましたけれども、なかなか難しいのですよね。

「そうか、モカがそこまで言うのなら、引き留めることは止めよう。見送りも必要ないと言う気だろう?」
「ええ」

 下手に見送られて、お父様に気取られても困りますものね。

 翌朝、わたくしは魔法で作れる収納ボックスに必要な荷物をすべて詰め込み、家を出ました。
 昨日、お兄様の執務室を出た後、国王陛下に謁見を申し込みました。朝一での謁見でしたが、自由にしてよいというお言葉を守っていただけているようで、許可はすぐにおりました。
 馬車を使うと家の者にバレてしまいますので、日が昇る前に徒歩で王城に向かいます。王城に着いたのはちょうど学園が始まる頃でした。
 この時間ならシェインク様とかち合うこともございませんし、丁度よかったですわね。
 門番の方に、昨日早馬で届けられた謁見許可証を見せて通らせていただきます。
 まあ、そんなものがなくとも私でしたら王城に入ることぐらい造作もないのですが、まあ様式美という物ですわね。
 謁見は待つことなく、そのまま国王陛下の執務室に案内されました。

「よく来たな、モカ」
「本日は謁見していただきありがとうございます、国王陛下」

 わたくしは優雅にカーテシーをしてから、薦められた席、応接セットのソファー、国王陛下の正面に座ります。

「構わぬよ。自由に、と言ったのは我だからな」
「そのお言葉に甘えさせていただきたく参りました。わたくし、今日にでもこの国を出ようと思いますの」
「何?」

 わたくしは、昨日あったことを国王陛下に告げます。そうすると、国王陛下は額に手をやり、頭痛をこらえるように、眉間にしわを寄せました。

「すまないな、モカ」
「いいえ、今後一切関わりの無い方々の事ですので、もういいのです。それで今回、国王陛下にお願いいたしたいのは、今後一切、私にキャラメル公爵家との縁を切ることを認めていただきたいのです」

 わたくしの言葉に、国王陛下は眉間のしわを濃くしました。

「それは貴族籍を捨てて、平民として暮らしたいという事か?」
「まあ、そうなりますね。平民として暮らしたいというよりは、キャラメル公爵家と縁を切りたいのです。このままでは、わたくしはお父様に好きなようにされてしまいますから。その価値を無くしたいのです」
「我はモカの好きにしていいと言ったはずだが?」
「それでも、お父様はおやりになりますわ」

 わたくしの言葉に、国王陛下は深くため息を吐き出し、眉間のしわを揉み解すと、侍従に指示を出し、貴族籍を抜く書類を用意してくださいました。
 本来なら、最低でも数か月かかる物なのですが、国王陛下は本当に私の好きにしていいという言葉を守ってくださるようですわね。
 書類にサインをすれば、わたくしはただのモカとなります。
 平民には家名がありませんの。
 まあ、その代わりに洗礼名を姓の替わりにする方もいらっしゃいますわね。
 わたくしにも洗礼名はございますわよ。わたくしの正式名はモカ=マティ=キャラメルと申しますの。
 サインを終えて、わたくしは満足そうに笑みを浮かべます。

「では国王陛下、わたくしはこれで失礼いたしますわ。そうそう、お願い事がございますの。どうかわたくしの事はお探しにならないで下さいませ」
「何故だ? 一時は義理の親子になる間柄ではないか、我はモカの事は実の娘のように思っているのだぞ」
「ありがとうございます。けれども、わたくしは自由に生きていくと決めていますので、この国の何かに縛られるようなことはしたくはないのです」
「そうか……」

 わたくしの言葉に、国王陛下は少し寂しそうに眉を下げました。その顔に少しだけ罪悪感が湧き上がりましたが仕方がありませんわよね。
 昨晩必死に考えましたの、今回こそは二十歳以上の人生を生きてみたいと。
 前回の人生の最後の方で、とある錬金術師が偶然不老不死になり、その呪いともいえる不老不死を解く方法を探しているという噂を耳にしました。
 今回はその錬金術師を探してみようと思います。
 まあ、おとぎ話のような物で、どこに居るのかも、本当にそんな人物が存在しているのかもわからないのですけれどもね。
 けれども、少しでも手掛かりが掴めれば、わたくしは二十歳より先の未来を見ることが出来るかもしれませんわ。

「では国王陛下、わたくしはこれで失礼いたします。わたくしを実の娘のように愛して下さりありがとうございました。どうぞ今後もご健勝でいてくださいませ」
「ああ、モカも健勝でな」

 そう言ってわたくしはソファーを立ち上がり、カーテシーをして国王陛下の執務室を後にいたしました。
 城門を出て、路地裏に入ると、わたくしは髪の色を目立たない栗色に染めて着ている物も、平民が着るものに着替えると、相乗り馬車に乗って王都の関所を目指しました。

「モカ=マティか。国を出る目的は、見聞を広めるため? お前のような年頃の娘がそのよう目的で王都を出るなど、無謀なのではないか?」

 関所の門番さんにそう質問されましたが、将来は冒険者になりたいので、一日も早く見聞を広げたいと言えば、心配はされましたが、不審に思うことなく送り出してくれました。
 まあ、確かに十五歳の娘がわざわざ一人で王都から出るなんて、そうそうありませんものね。
 門番さんも、悪気があって聞いているのではなく、心配して言ってくれているのだということが分かりますので、わたくしも真っ直ぐに答えます。
 まあ、冒険者云々は嘘ですけれどもね。
 無事に王都を出たわたくしは、関所の厩で馬を一頭買うと、その背に乗って、まずはちょっとお節介な森の賢者様が住んでいる場所を目指します。
 賢者と言っても、やっていることは薬師なのですけれどもね。本当に面倒見の良い方で、ループから逃れようと何も考えずに王都を出たわたくしを最初に保護してくださった方です。
 ループを繰り返しているわたくしですが、一番お世話になっているのが今からお会いしに行く森の賢者様なのではないでしょうか?
 初期のころは何度も訪れて、その度に色々な知識を教えてくださいました。
 薬師としての知識はもちろん、この世界についての様々なことを教えてくださいました。顔も広い方で、商隊や騎士団、他国の冒険者様などにも紹介してくださいました。
 その後の人生で、その紹介された方々の所に行って、また新たな知識を身に付けたりもしました。
 森の賢者様の所までは馬を走らせて大体一週間と言ったところでしょうか。
 この国と、隣国の境目になっている森に住んでいらっしゃるのですよ。
 なのに、本当に様々な国の事を知っていらっしゃって、まだお若いのに、どうしてそんなに知識が豊富なのかとお尋ねしたこともあるのですが、秘密といわれてしまいました。
 まあ、わたくしもループして知識を蓄えているというチートをしておりますので、人の事は言えないのですけれどもね。
 一週間の間に夜盗に出くわさなかったというわけではございませんが、わたくしにも盗賊であった経験や、冒険者や騎士であった経験がございますので、経験上身に着けた剣技で叩き伏せました。
 そんな感じになんやかんやあって一週間。
 やっと森の賢者様の所に辿り着くと、わたくしは馬を下りて、質素な山小屋のドアをノックいたしました。
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