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 バレル様が両親を連れてくると仰ってから、約一年経ちました。
 その間、バレル様はなかなか両親を連れてくることが出来なくて、申し訳ないと仰ってくださいましたが、わたくしとしましては一向に構いませんでした。
 それよりも、事あるごとにバレル様がわたくしを甘やかすと申しますか、こう、甘い雰囲気に持って行こうとすることに戸惑いを覚えてしまうのでございます。
 いえ、決して嫌なわけではないのですが、全面的にこのように好意を向けられるのはループした人生の中でも初めての事でして、戸惑いが勝ってしまうのですわ。
 そんなある日の事でございます。
 いつものように、森に狩りに出て帰って来ると、山小屋にはお客様がいらっしゃっていました。
 山小屋にくるお客様と言えば、トロティー様か、バレル様か、近隣の村の方ぐらいなのですが、今回いらっしゃった方の気配に、思わず目をぱちくりとさせてしまいました。
 その方は、わたくしが野盗に身を投じていた時にお世話になった方で、所謂『親分』さんでいらっしゃいます。
 お名前はチーノ=カプ様で、宵闇のような黒髪と、ルビーをはめ込んだかのような赤い瞳を持った方です。
 野盗をしていた時の癖でしょうか、お待たせしてはいけないと、慌てて山小屋に戻りますと、そこにはスコッチ様の正面に座るチーノ親分さんが居らっしゃいました。

「えっと、ごきげんよう。わたくしは」
「よう、モカ。元気そうで何よりだ。愚息が迷惑をかけていてすまないな」
「はい?」

 わたくしは唐突に言われたことの意味が分からず、コテリ、と首を傾げます。
 わたくしの視界の中では、頭を抱えたスコッチ様もいらっしゃいますし、この状況は一体なんだというのでしょうか?
 あ、もしかして、チーノ親分さんにもループの記憶があるとか?

「えっと……」
「ああ、わりぃな。モカがいない間に大まかな事はスコッチに話したんだが、モカにも話しておかないといけないよな。今回はせっかく愚息と死ぬ前に出会えたんだからな」

 先ほどから愚息と仰ってますが……、どなたの事でしょうか?
 チーノ親分さんがとりあえず席に着くようにおっしゃったので、わたくしはスコッチ様の隣の席に腰かけました。

「どこからっていうかな、まず最初から話さなくちゃいけないんだけどな」

 そこから話されたのは、予想外の事ばかりで、わたくしの頭はパニックを起こしそうでした。

「始まりは、モカが最初の人生を終えた時だ。うちの愚息がな、死体になったモカに一目ぼれをして、どうにか結ばれたいと神にその時の魔力の全てを捧げて願っちまったんだよな。魔族にとって魔力は生命力だ。すなわち、命がけの願いに、運命の女神が応えちまったってわけだ」
「初めての人生ですか」

 修道院に幽閉された人生ですわね。
 あの時は流行病にかかってしまい、二十歳を過ぎて間もなく、血を吐いて死んでしまったような気がします。
 あまりにも昔の事で、記憶があやふやなのですよね。面白みもない人生でしたし。ただ、あの頃は必死に毎日、神にどうしてこんなことになったのかと問い続けておりましたわね。

「まあ、その愚息ってのがバレルなんだけどな」
「まあ!」

 つまり、わたくしがループを繰り返しているのはバレル様がきっかけということでしょうか。

「俺は、バレルの後始末っていうか、親だからな。責任を取るためにモカと一緒に毎回ループを繰り返していたんだけどなあ、なかなか愚息がモカと死ぬ前に出会う人生がなかったもんでな、もうこれで二百回目のループ人生ってわけだ」
「まあ、二百回もループを繰り返していたのですか。もう数えるのも忘れてしまいましたが、チーノ親分さんは数えていたのですね」

 暗に『暇だったのですね』と副音声を添えてそう答えますと、チーノ様は苦笑して頷きました。

「モカが俺の所にやって来た時も、なんとか愚息をモカに出会わせようとしたんだが。運命の女神はそこまで甘くないみたいでな、愚息とは良い感じにすれ違ってたんだよな」
「お兄様やヒート様にループの記憶があるのはどうしてでしょうか?」
「そりゃぁ、運命の女神もそこら辺は慈悲があるんだろう。まあ、モカの兄に関しては初期の頃にサポート役として記憶を残してたんだろうが、あんまり役に立たなくなって、途中をすっぽかしたんだろう。そもそも、二百回もループする人生に耐えられるほどの精神力がないって判断されたんだろうな。ヒートに関しては、運命の女神っていうよりも、ヒート自身の執念の賜物だな、流石に叶うまで五十回ほどループを繰り返したけどな」
「そうなのですか。それで、チーノ親分さんはどうして今日こちらにいらっしゃったのですか? バレル様は両親を連れてくると仰っておりましたが、思うにチーノ親分さんが勝手に来たと言った感じに思えますけれども」
「まあな。っていうかなあ、バレルの母親、俺の側妃な、それを連れてきたらスコッチの機嫌が急降下するぜ? 魔力の相性は最高なのに、性格の相性が最低なんだよ」
「まあ、そうなのですか……」

 その言葉に、思わずスコッチ様を見ますが、重々しい空気で頷いていらっしゃいました。
 まあ、勝手に魔力を吸われているようなものですし、苦手に思っても仕方がないのかもしれませんわね。

「では、チーノ親分さん」
「前みたいに親分でいいぞ。言葉遣いは……今の方がなれてるんだな」
「そうですわね。あの頃は周囲に溶け込もうと多少無理をして言葉遣いを変えておりましたから……」
「まあ、モカの好きにすればいい。とにかく、俺はこうしてモカとある意味一緒にループをしつつ、野盗の親分をしたり、冒険者をしたり、真面目に魔王業務に取り組んだりしていたな」
「……魔王?」

 その言葉に、わたくしはまたスコッチ様を見ますが、スコッチ様は重くため息をつき頷きました。

「私も先ほど聞いたところだ。ちなみに今生では冒険者をしているらしい」
「そうなのですか……」

 わたくしはそれ以上の言葉が思い浮かばず、とりあえずそう答えました。
 情報過多ですわ。

「とりあえず、わたくしがループしているのは、バレル様が原因ということなのですね」
「そうだな、二百回、懲りずに魔力を捧げて自爆魔術を繰り返しているな」
「でも、バレル様にはループの記憶がないのですよね」
「運命の女神もそこまで甘くないってことだな」
「そうなのですか」
「んでまあ、今回は運よくというか、やっとというか、モカが死ぬ前に出会えて、いい感じに好感度を上げてるっていうんで、ネタばらしって訳じゃねーけど、こんな運命の元になった愚息を、それでも受け入れられるかってのを確認しに来たんだよ。これでも一応親なんでな」
「そうですわねぇ……、こんな運命になってしまったきっかけがバレル様だというのであれば、少し思うところはございますが、どうしてバレル様は毎回わたくしの死後に遭遇しますの?」
「それが運命ってやつだな。最初は所詮人間の小娘、次期魔王の側妃にもできねーはずだったんだが、今のモカの魔力は魔族の中に居る愚息の婚約者候補にも引けを取らないまでになってるな」

 あら、いらっしゃるのですね、婚約者候補の方。

「婚約者候補がいらっしゃるのでしたら、わたくしが出しゃばるのは、良くないのではないでしょうか?」
「ああ、それについては安心しろ。魔族は実力重視だからなあ。魔力が多ければたとえ人間の花嫁でも文句を言うやつはいないし、婚約者候補を側妃にでもすればいい。まあ、婚約者候補の娘には恋仲の男がいるみたいなんだけどな」
「あら、そうなのですか」

 だったら問題はございませんわね。
 それにしても、こんな運命になるきっかけが、バレル様にあるとは思いませんでしたわ。自分のものにするまで、延々とループを繰り返すような魔術を使えるほどの魔力にも驚きますが、死人相手にそのような魔術を行使する考えもどうかと思いますわ。
 それに、どうせ戻すのでしたらもっと早い段階に戻して下さればよろしいのに。
 まあ、運命の女神様もそこまで都合よくしては下さらないということなのでしょうね。

「正直、最初に愚息がループの魔術を駆使した時は、気が狂ったのかと思ったがな、何度も記憶がないのに繰り返してる姿を見てると、なんというか、愚息なりに必死で可愛いものだと思えてしまうんだよな。まあ、これは親の欲目ってやつだ。モカを巻き込んでいるのには申し訳ないと思ってる」
「……まあ、このループの原因が判明したのは良かったのですけれども、どうして二十歳以上生きられないのでしょうか?」
「それが魔術の肝だな。目覚めるところ……婚約破棄の場面をA点にするとして、モカが死ぬB点までのループを繰り返す魔力しか愚息にはないってことだ。まあ、記憶があったら、一回目のループの時にモカを攫いに行って、側妃にも出来ずに、ただ可愛がる対象として傍に置くだけの人生を送るだけだっただろうな。それも約五年間だけ」

 親分さんが手を開いて五本の指をわたくしの前に出します。
 どうやら、魔族と契約しない限り、わたくしの命は最初の人生に影響を受けて、二十歳を過ぎたあたりで死んでしまうようですわね。

「では、わたくしがバレル様と契約を結べば、わたくしはこのループから逃れられるということなのでしょうか?」
「そういうことになるな。愚息と同じ寿命を得ることになるんだからな。っていうかなあ、運命の女神から俺に苦情が入ったんだよ。いい加減に愚息をどうにかしろってな」
「あら、まあ……」
「それで、俺も考えたわけだ。んで、考えている間にモカと愚息が出会っちまったってわけなんだよな。俺と運命の女神の苦労を返せって感じだよ」
「それは、なんとも言えませんわね」

 バレル様がわたくしと出会ったのは、わたくしが食生活の向上を願ったが故ですし、まさに偶然と言った感じなのではないでしょうか? 運命の女神様も、いい加減呆れて采配したと言った感じなのかもしれませんわね。

「それでな、モカ」
「なんでしょう、親分さん、いえ、魔王様?」
「んー、もし愚息の嫁になる気があるんなら、チーノ様って呼んでくれ。普段から魔王様なんて呼ばれるのもこそばゆいからな」
「ではチーノ様。それで、ネタばらしに来ただけではないのでしょう?」
「この話を聞いて、愚息の事を受け入れる覚悟はあるか? 言った通り愚息は次期魔王だ。あいつのことだ、モカの事を正妃にするに決まっている。魔族は基本的に人間社会に紛れ込んで生活しているからな、魔王と言っても国があるわけじゃない。それでも揉め事が起きれば仲裁に行ったりしなくちゃいけない。ようするに都合のいい便利屋って感じだぞ」
「魔王業というのも大変なのですね」
「そうなんだよ、それに跡取りを残さなくちゃいけないからな、魔力の多い娘からの求婚を無視することもそうそうできないわけだ」
「それがバレル様のお母様なのですか?」

 わたくしの言葉に、チーノ様がため息を吐きながら頷きました。

「俺と正妃の間にも子供はいるんだけどな、どれもパッとしない魔力でな、訓練はさせているんだが、今は自分たちの好きに生きているから構うなって、最近じゃすっかり冷たくなっちまってなぁ」
「バレル様がご兄弟の中では一番魔力を持っているということなのですか?」
「そうだな、愚息の母親の魔力は元々多かったんだが、スコッチの魔力を吸い上げているせいか、底上げされているからな、それに影響を受けた愚息も生まれた時から俺の子供の中では一番強い魔力を持って生まれたな」

 おかげで、バレル様のお母様の発言力が強くなってしまい、魔王城に帰るとバレル様のお母様が正妃様を差し置いて傍に来ようとするので面倒なのだと、チーノ様は愚痴をこぼしました。
 それにしても、バレル様に命を懸けてまで思われることは、正直嬉しいのですが、二百回もループして初めて遭遇出来たというのは、余程巡り合わせが悪いのでしょうか。

「正直、思うところはありますが、死体になった私を二百回も想ってくださるというのには、胸を打たれますわね」

 わたくしの容姿は、そこまでバレル様の好みなのでしょうか?
 それにしても、もしこのままわたくしがバレル様の事を受け入れずに、いつものように死を迎えたらどうなるのでしょうか?
 そのままの問いをチーノ様に言いましたら、チーノ様は苦笑を浮かべて、「愚息なら同じことをする」と仰いました。
 困った方ですわねぇ。

「それで、結局チーノ様は何をしにいらっしゃったのですか?」
「そりゃあ、かつての部下の無事な姿を見るのと、未来の愚息の嫁になる覚悟があるのかを聞きに来たんだ。もし、今の話を聞いても、愚息の嫁になってもいい、契約をしてもいいって言うんだったら、俺は愚息の親として改めて、アイツの母親と一緒にここを訪れる」
「そうですか」

 そう言われましても、ネタばらしをされてしまいましたし、わたくしが受け入れる運命は一つしか残っていないのではないでしょうか?
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