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第5話 配信者ユキ始点:イレギュラー

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 ユキはものすごい勢いで坂を滑り降りる。
 ピリオドはモンスターの巣窟。入ったら最後、こちらから簡単に戻ることはできない。戻れるのは、このピリオドを制圧して帰還用のゲートが出現した時だけだ。

 一体一体は確かに雑魚モンスターだが、その圧倒的な物量を前に、初心者になす術はない。集団との戦闘というものは、現実では勝つことは困難なのだ。これはゲームではない。

 ゲーム感覚でダンジョンへやってきて、すぐに痛い目を見て探索者から退く人たちが後を絶たなかった。

 確かにスキルによっては1対多を可能にするものもある。だが、彼は初心者《ノービス》だ。戦闘でまともに使えるスキルなんて揃っているわけもなく、下手したら支給された武器のみということもありえる。

 そんな状態で勝てるわけがない。ダンジョンの力で身体が強くなっているといっても、いきなり武器を渡されて戦えるものではない。本来は一層をベースに徐々にダンジョンに身体を慣らしていくのだ。

 ピリオドはその特殊性から、慣れた探索者ですら忌避する。ここでは、死んでもその場で蘇生されてしまう。そうなれば、本当に死ぬまで殺され続けるという生き地獄が待っている。

「間に合って……!!!」

 ユキの脇にある配信用マジックアイテムのコメント欄には、ユキを応援する声や心配する声、はたまた人助けという取れ高に興奮する声や、人の死を見たいという声など様々入り乱れており、視聴者数はユキ史上初の3万人を突破していた。

「<蛍火>……<スプリント>……!」

 ボウッ! と、ユキの左肩の上に周囲を照らす炎の塊が浮かび上がる。そして足の周りに風が舞い、移動速度が上昇する。

 ユキはものすごい速さでピリオドをかける。
 しかし、すぐさま異変に気がつく。

「おかしい……コボルドの姿が無さ過ぎる」

 ここはコボルドの巣窟であり奴らの狩場だ。人が入ってくればすぐさまやってくるはずなのだが……しかし、今の所それらしき姿は全く見えなかった。

 :何もいないね
 :逃げた?
 :大丈夫かな……。
 :初心者君が倒したんじゃないのw
 :あり得ないね、そんなレベルじゃないよここは。エアプか?
 :じゃあ、あっさり死んで終わったんじゃないの

 流れるコメントは、いつも以上の活気と多様な意見に溢れている。

 すると、少し行ったところで周囲が明るくなっていることに気が付く。

「明るい? 何でだろう、そんな訳ないんだけど……」

 一層のピリオドが明かるなんて聞いたことが無かった。やはりこのピリオドはどこか様子がおかしい。今までとは明らかに違う。

 ユキは点けていた<蛍火>を解除する。

 一体何が。ユキは眉間に皺を寄せ考える。

「……もしかして、もうデッドラインを超えてしまった? いや、それならコボルドが私を標的にして現れないのはおかしいし……。本当に倒し切った? いや、初心者でそれは……」

 ユキは下唇を噛みしめながら、焦りを露わにする。不可思議すぎる現象だった。ここまでのイレギュラーに遭遇したことはなかった。

 にわかに信じられない事態。最悪の事態を想像して、嫌でもの光景を思い出してしまう。

 すると、不意に金属音が響いてくる。
 それは不規則にカンカンと激しく鳴り響く。

「これ……剣戟の音!? 戦ってる……やっぱりまだ生きてるんだ……!」

 :ま!?
 :生きてんの!?
 :ありえんwww
 :死んでねえのかよ、自演か?

 加速するコメントに目もくれず、ユキは一目散に音の方へと走る。
 まだ生きているなら、助けられるかもしれない。

 そして少し行った先でとうとうその音の発信源に到達する。

 明かりの灯ったピリオド、その中心部には、騎士の猛攻を掻い潜り、ギリギリの戦いを続けている紫のジャージを着た少年が居た。

 その光景を見てユキは思わず目を見開く。

 生きていたことではない。それよりも目を引いたのは、その無駄のない動きだった。ダンジョンにより強化された肉体に感覚が追いつくのだって何日かかかるというのに、その動きは洗練されているように見えたのだ。

 防具もなく、武器も初期の支給品。完全に初心者であることは間違いない。本来なら戦い慣れしているわけがないのに……なのにその動きは、どこか。まるで長年シミュレートしてきた動きを確かめながら動いているかのような、そんな動きだ。

 そして、一撃でも食らえば死んでしまうであろう緊張感の中で少年は、笑っていた。

「本当に初心者……ノービス……だよね……?」

 それは、助けを待ってなんとか耐えているという様子には見えなかった。
 明らかに戦いを楽しんでおり、そして楽しめるだけの力を持っているように見えた。

 :動きえぐくね? 本当に初心者?
 :なんかのプロか?
 :ジャージださっ。あれ高校指定のだろ
 :ていうか、コボルド居なくない?
 :え、じゃあコボルド全部やった……?

 予想外の光景にざわつくコメント欄。
 明らかに初心者なのに、その光景は歴戦の勇者だ。誰も彼も混乱していた。
 
「それもだけど……あんな首のない騎士、一層どころか上の層でも見たことないわ。あれがこのピリオドの違和感の正体なの? ……<解析《アナライズ》>」

 ――と、ユキが首なしの騎士を解析した瞬間。
 その表示された情報に、ユキは絶句する。

「嘘……でしょ……」

 ユキは口元を抑え、目を見開く。

 ――ダンジョンは未だにその全貌が分からない未知の領域だ。

 層を重ねるごとにその深みは増していく。だが、分かってきたことも確かにあった。このダンジョンは自然発生したものではなく、何らかの意思が介在しているものだと。

 探索者の中でも、考察に特化したものたちがいる。ダンジョンそのものの成り立ちや環境を調べることを目的とした探索者だ。

 その考察系の中でトップクランである【叡智の泉】のリーダーは、ダンジョンを統べる存在がいる可能性があると語った。

 曰く、『このダンジョンは、8体の王がいる』――――と。

 古龍クアルトゥラン。

 凍える風のアルドキエル。

 ”白銀”ウェルイール。

 嘆きの森のズルドーガ。

 慟哭のリリベル。

 ”屍山血河”ムネヨシ。

 魅惑のカンナベルラ。

 そして――……

「“不惜身命のデュラルハン”――……!?」

 ユキのその言葉に、コメント欄は一気に盛り上がる。

 :噂の八王!?
 :考察連中が言ってたヤツか!
 :なんで一層に!?
 :王キタアアア!!
 :おいおい、まだ映像で残ったことすらなく無いか!?
 :神配信じゃねえか!!
 :取れ高来たアアアアアアアア!!!

 その情報はすぐさまネット上を駆け巡り、ユキの配信は気が付けば20万人をこえる視聴者が押しかけていた。

 今まで謎に包まれていた、ダンジョンの謎を解くのに不可欠な八体の王。

 未だ一体として討伐されたことも、ましてや遭遇したという人もほとんど居ない、情報だけが残された伝説の存在。

 それが今、目の前で剣を振るっているのだ。
 しかも、支給された初期装備を握っているただのノービスと。

「ただの初心――……え? ま、まって、初心者と打ち合ってる……?」

 ユキは、その意味不明な状況に頭が追い付かないでいた。

 ピリオドで平然と生き延びている初心者《ノービス》。
 突如一層に現われた八王の一体、デュラルハン。
 しかも、その初心者は王と打ち合いを演じている。

 何がどうなっているのか。明らかに異常な光景だった。

 少なくとも、長いダンジョン探索の歴史の中でも数える程しかないであろう転換点の一つが、今まさに目の前に広がっていることは疑いようがなかった。

 彼は、一体……。
 しかし、そんなことは今は関係ない。今は確かに何とかなっているように見えるが、何かの拍子に崩壊するパワーバランスなのは間違いない。デュラルハンが全力で戦っているわけでもないだろうし、予断を許さない状況だ。

 ここはピリオド。もし負けてしまえば、死が待っている。
 ただでさえコボルドとオークでもギリギリかというところだったが、相手は王。本来ならば初心者など置いて逃げるのが正解だ。

 ——しかしそれでも、ユキに迷いはなかった。

「今助ける……!」

 ユキは引き抜いた愛剣オートクレールを片手に、ピリオドの地面を蹴った。
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