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第3章 時震後1年が経過した

48.1493年4月、豪州南東部農地開発

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 沢渡慎吾達㈱ASSの豪州南東部のチームメンバーは、当初の10人から15人になっている。彼の会社の仕事は豪州南東部のSE1農場開発のみでなく中西部沿岸の石炭開発、北西部の鉄鉱山開発と豪州のみで70人を超える人員を投入している。

 ㈱ASSは海外専門の都市インフラの内の上下水道・排水施設専門の設計会社である。仕事の手順は、現地で上下水に係わる人口・水需要等の基礎調査を基に地形・水源・排水の放流先の調査を行なった上で、施設の規模を決める。
 さらに、その施設を実際の地形の中に配置して、それぞれの施設の詳細を計画・設計していくのだ。

 だから、現地には測量社会調査等の調査を行って、現地側と計画と設計内容を調整するチームが必要であるが、計画・設計の作業は必ずしも現地で行う必要はない。だから、国内には現地の調査メンバーの挙げて来たデータ・調整した内容から計画・設計の作業を実施しているメンバーが多数おり、協力会社を入れれば豪州関係のプロジェクトのみで300人近く動員されている。

 この際に重要なのは、国内と現地を繋ぐインターネット回線であるが、幸い時震によっても静止衛星が残ったために、豪州はその高度36000kmで見通しが効く範囲である接続範囲に入っている。しかし、以前に比べると速度と容量は落ちたために、CADデータは送るのに問題はないが、写真データは容量が大きすぎる。

 とは言え、それほど時間を争うようなこともないわけで、特に問題なく日本と豪州の事務所で共同作業が行われている。彼らの事務所は、南豪市と名づけられた都市の南豪湾最奥の突き出した岬に作られた町並みにある。南豪市は21世紀ではメルボルンと呼ばれた場所で、南豪湾はポートフィリップ湾である。

 事務所は港から1㎞ほどは離れているが、一帯は概ね5㎞四方で街路が出来ており、最初のビル街になる1㎞四方位は3階か5階建てのビルの外形は出来ており、同じ位の面積のエリアの建物の基礎が出来始めている。また、最初にできた街並みは、港から少し離れた一角にプレハブの2階建ての建物50棟ほどが建っており、㈱ASSの事務所はその1棟の1/4を占めている。

 まだ『市』にふさわしいとは言えず、『工事現場』と言ったほうが相応しい南豪市は工事の喧騒に満ちている。事務所から見える遠くには何十台ものブルドーザーが走り回り、近くではユンボ、クレーン、ダンプトラックが轟音を立てて動いていて、工事現場では資材が山積になっている。

 碁盤の目状に形作られている街路は、まだ舗装もされておらず砂利のみの道路であり、車の走行によって埃が舞い上がっている。街路は基盤までの砂利はしっかり敷かれているが、まだアスファルト合材工場が出来ていないので舗装は出来ていない。

 アスファルト合材の原料である瀝青材は、石油精製工場で作られる。しかし、未だ港に石油タンクと石油精製工場が建設されている段階であり、もう半年ほどで精製を開始する予定である。石油は、豪州南東部の沖で海洋底油田を掘削中であり、最近試験採取を開始した所である。埋蔵量は大きいとは言えないが、豪州の自己消費分は10年程は賄える見込みだ。

 アスファルト合材工場も、石油精製工場に合わせて建設中だから、もう半年もすれば舗装ができるようになる。しかし、逆に言えばあと半年は豪州のすでにできている道路の大部分は未舗装で我慢する必要がある。ただし、港の周辺の重要な10㎞程度の道路はコンクリート舗装ですでに舗装されている。

 ちなみに、空港も21世紀にメルボルン空港があった位置で建設中であり、漸く最小限の滑走路とエプロン及び管制塔がほぼ完成して、1ヵ月後に仮オープンの予定になっている。この場合は、当然アスファルト合材の供給が遅れことからコンクリート舗装で建設されている。

 仮オープンと言う意味は、ターミナルビルはまだ8ヵ月ほど時間を要するが、先述の設備が出来れば旅客機の離着陸はできる。だから、利用客は建設関係者のみなので、とりあえず使おうということだ。沢渡もそうだが、家族が飛行機で来るのを心待ちにしているものが大勢いるし、短時間の日本との接続は極めて重要である。

    ―*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 沢渡はランクルに乗って、川添町に調査に向かっている。運転いているのは、同じチーム若手の西沢良治である。南豪市からSE1エリアの農場地帯の南の端に近い川添町までは、約30kmの凹凸のある所々の森と灌木のある草原を貫いている砂利道であり、途中で6カ所の橋を渡っている。

 道路は2車線であるが、橋は建設速度重視で1車線であり、構造はH鋼杭にH鋼桁を渡し、鋼鈑製橋面の仮設のものであり、10年以内には架け替えが必要になるだろう。つまり両側から車が橋に差し掛かると片方は待つ必要があることになるが、当面は交通量が少ないので問題は少ない。

 現在は、昨年の10月から11月にかけて作付けした小麦の収穫が始まっており、10トントラックが続々と港に向かっている。SE1エリアは、豪州の農場の1/4である2500haの小麦大豆畑であり、概ね90~100万トンの収穫を見込んでいる。

 ちなみに、豪州の農場開発はメルボルンを中心とした地域で、SE1、SE2、SE3、SE4の4開発地があって、それぞれが2500haであるので全体で1万km2もの面積になる。その全体で収穫する小麦は1回の収穫は350~400万トンであり、おおむね日本の小麦需要に相当する。各開発地の農場は10㎞四方のものが25個から成り立っており、それぞれに川添町のような中核都市が建設される。

 この道路を使って積出港の南豪市まで、今から2ヶ月程度の期間に90~100万トン程度の運搬をすることになる。その意味で、今使っている道路は、日本の食を支える極めて重要なものであることになる。
 川添町はその名の通り、ウイール川の川沿いに建設された都市で、将来の戸数は4千戸、人口は概ね1万人程度を考えている。現在作られて機能している建築物は、プレハブの事務所棟、住居棟などであり、これらはSE1エリア建設の司令部機能を果たしている。

 また、千戸程度のプレキャストコンクリートの長屋作りの住居棟が建設中であり、半分程度は内装まで終わりパナ人が住み始めているものもある。川添町には、現状では背の高い構造物は集合アンテナと給水塔位であり、他には町役場の3階建ての建物が姿を現しつつある程度である。

 西沢良治が、川添町のアンテナが視界に入ってきたのを見て言う。
「2週間ぶりだけど、紗季ちゃんいるかな?」
 彼が言う三波紗季は、川添町に事務所がある現地対策チームの一員である。彼女は千葉国大の社会学科の大学院に在学していたのだが、研究室の安田教授から勧められてこのプロジェクトに加わったものだ。

 安田教授も、政府から院生の中から要員を出すように要請されて、彼女に声をかけたもので、その誘いの言葉は以下のようなものであった。
「三波君、授業でも言ったが、この時震によって日本の立ち位置は大きく変わった。現在の地球人口は、推定だが、日本人を入れずに5億人、それに対して日本人のみで1億2千万人だ。その日本人は基本的に日本に閉じこもっているけど、これは一つには海外に出ていく必要性もなかったことが大きい。
 今の日本は、食うためと、その便利な文明を維持するために、今から急ピッチに世界中で資源開発を行う必要がある。だけど、今まではそれらを海外から買っていたとう言うか買えたわけだ。そして、日本は買ってきたものを消費してその一部を加工して付加価値を上げて売ることで、それらを買うお金を手に入れていたわけだ。

 そしてこの時震で、売ってくれる相手がいなくなってしまった。だから慌てて自分たちが出かけて、その資源があるところを開発して、そこから食料や資源を持ち込もうとしているわけだ。また、一方でそうした海外との付き合いが一方的に断たれてしまい、その付き合いで生計を立てていた人々は、生計の道を断たれてしまったことになる。
 輸出も輸入もいずれはある程度回復はするけど、1年か2年は間違いなく壊滅状態になるね。2年前になるがC型感染症騒ぎで経済が25%程度落ち込んだよね。だけど、今回はそれどころではないだろうね。

 海外との付き合いは、今後科学技術の水準では遅れた世界を助けるということで、ある程度の活発化はするけど残念ながら前の水準にはならない。だって、世界の相手は5億人しかいないのだから、そのやり取りの量は絶対的に少ないに決まっているからね。
 しかし、日本が食うため、文明を維持するための資源は手に入るだろうね。資源は、現状のところではほとんど手つかずで残っているし、殆どの重要な資源は、人が余り住んでいないところに眠っているからね。

 つまり、多分100万人くらいの日本人が世界の資源地域、農業開発地域に散って行ってそこを押さえこめば、少なくとも数十年は日本に限って言えば、今のレベルの文明を維持することは可能でしょう。
 だけど、それでは多分ヨーロッパが大航海時代に世界に散っていって、世界の先住民を搾取していったのとさほど変わらないのではないかと思う。もちろん、私は日本人がかの欧州の白人がやったような民族浄化みたいなことをやるとは思ってはいないけどね。

 それに、もう一つ考えなくてはならないことがある。それは21世紀の知識を持って、いわば遅れた知識の国々に散って行こうとしている日本にいた外国人だ。日本が自分の国の事だけにかまけていた場合には、多分そうした世界で血生まぐさい大変なことが起きると思うし、100年オーダーの将来には原爆ができるなどして、戦乱が巻き起こって手に負えなくなるのではないかと思う。
 そして、今でこそ日本は絶対的な強者ではあるけれど、100年後になれば、例えば建国されるであろうアメリカなどは日本を凌駕する可能性だってある。

 だからね、僕は日本人は世界に散っていくべきだと思う。アメリカ、北米、ニューギニア、南米、南アなど将来は独立するはずだけど、全ての原住の人々をとり込んで、日本人が人口の主体になる程度の数の移民を送り込むべきだと思うんだ。まあ、日本も嘗ては軍国主義に傾倒したので絶対とは言えないが、今の日本人が主体になる国は、平和的な国になる期待できると思っている。
 まあ、ある意味そう言う社会実験をしてみたいという僕の欲かも知れないがね(笑)。僕としては君にはオーストラリアに行って、現地の人の文明社会への溶け込みの手助けをして欲しい。それは、実習としてちゃんと単位になるから、卒業には問題はないよ。1年ちょっとで飛行場もできるだろうから卒業式に帰れるよ。

 また、さっき言ったようなことで、僕の希望は出来たら現地でいい人を見つけて居付いてもらったらいいと思っている。どうかね三波くん」

 紗季は、その教授の言葉に乗って、今は川添町の現地対策チームの事務所で働いている。彼女は、沢渡とは日本からの一緒の船で来たこともあって、気軽に話をする間柄である。そして、彼のチームが川添町を含むSE1エリアの居住区の上下水道の調査・計画・設計を担当しているために会うことも多く、誘われてチームメンバーとプライベートでも付き合いがあった。

 西沢良治は電気エンジニアであるため、遅れて5ヶ月前にこちらに来た。まだ27歳と若い彼は、まさか開発途上の荒っぽい現地で合えるとは思わなかった魅力的な彼女を一目見て惚れこんでしまった。西沢もそれなりの大学を出たエンジニアで、身長は175cmのラガーマンとなかなかの優良物件であるが、彼のアタックも今のところあまりはかばかしくはない。

 一つには、彼女の手がけているパナ人たちへの働きかけが軌道に乗って来て、彼女の意識の大半がそちらに集中していることもある。現在、パナ人はこの川添町に105家族625人が集まっており、それぞれに開発事業に雇われて働いている。SE1エリア周辺には概ね85ヶ所のパナ人の集落があって、人口は5022人である。

 SE1エリアは中核都市が川添町、その他に10カ所の開発拠点集落があって、それぞれ小麦の農業従事者が住みついて農作業を行うことになっている。小麦畑の人員配置は概ね1㎢に対して1家族あるので、全体で2500家族に加えて家畜、野菜などの農家が100家族ほどおり、更には機械のメンテナンスやマーケット運営、様々なサービス業や地方自治体に従事する人々もおり、SE1エリアで概ね2万5千人の人口になる。

 人口の割り付けは川添町に1万人、10カ所の拠点集落に人口1万5千人が住むようになる。つまりそれだけの都市及び居住機能が必要になるのだから、その上下水道施の設計を㈱ASSが担当していることになる。仕事としては、特急案件であるために、現地では設計と施工が同時に進んでいるので連日忙しい。

 パナ人は、現状では川添町の他に、拠点集落10カ所に182家族1423人がすでに住んでいるので、合計で2000人弱がすでに日本の進めている農業に携わっていることになる。今住んでいる彼らの大部分は、集落が農業開発地にあった者達で、家とさらに働き口を斡旋することでそれほど問題なく転居を承諾している。

 これには、紗季たちの現地対策チームの働きが大きかったことは事実だが、最初の時期に紗季を訪ねてきた、マジム14歳とミナ11歳の兄妹の働きもまた大きかった。彼ら兄妹は、日本語や算数の勉強に懸命に取り組み、書くことはまだ不十分であるが、話し言葉には殆ど不自由なく、読む方も大体解る程度になっている。

 そのために、彼ら2人は自分たちが育ってきた環境における衣食住に対して、次元の違う日本側の便利さ、快適さを大いに享受し、さらに加えて映像鑑賞を含めて21世紀文明を、すでに驚きと快感と共に味わっている。
 だから、彼らは自分の同胞に対して熱心な日本文明推奨者になり、それが単に日本人たちが作った集落で住むだけで叶えられると力説する。

 そして、マジムの小ぎれいなシャツにズボンそれに冬のジャンバー、ミナは色鮮やかなブラウスにスカートとやはりジャンパーと、可愛いリボン、さらには両人ともにしゃれたスニーカーを見せびらかす。また、村人に与えるお菓子の数々は、甘いものを滅多に味わえない人々にとっては、垂涎の的であった。

 かくして、彼ら兄妹が訪問した集落では年若い者達が早期の移住を強硬に言い立てるようになり、開発チーム側として早急に立ち退いてもらわないと困る農場開発地の集落については殆ど問題なく移住が決定している。
 彼らに供与される住居は、プレキャストコンクリート製の10m×10mの平屋の3軒ずつ繋がった長屋であり、玄関と台所兼居間に3つの寝室がある。まだ、エアコンはないが、窓には網戸がついており、バスタブとシャワーがあり、水洗トイレが設置されている。

 また3軒で共用なので一斉には使えないが、ガスボイラーもついており、バスタブとシャワーは温水で使える。無論各部屋にはLEDの照明があり、台所にはガスコンロがついている。
 対してパナ人の集落は粗末な木柵に囲まれていて、各々の家は、5~8m の樹木を寄せて縛り、根元を円形に広げたもので、中は葦を敷いた床になっており、で中心に炉がある構造である。

 水は土器に汲んだしばしば枯れる沢または湧き水を使っている。便所は集落内の隅で穴を掘ったもので、一杯になると土をかけるもので、基本的には手も洗わないので不潔であることは確かである。
 そのような生活であるために、幼児のみならず子供の病気による死亡率は非常に高く、通常5人から7人生まれる子供の2人が育てば良い方である。

 しかし、一方でそのような出生率で衛生状態を改善すると、人口爆発が起きることは間違いなく、その防止も重要な施策になる。
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