今世では、延命にサインしません
浮気夫と強欲姑に人生を壊された私、二周目は一円も払いません。
「奥様、失礼ですが」医師が言葉を選んでいる。「お義母様は、昨日の午後、私の前で費用のお話をされました。ご家族の間で、金銭的な行き違いがあるようでしたら」
「行き違いではありません」
「と、おっしゃいますと」
「義母は、出さないとおっしゃいました。私が決めろ、と。決めろと言われたので、決めます」
医師の眉が動いた。動いただけで、何も言わなかった。
……なるほどね。お医者さんの前ではああ言って、明日になったら私が殺したことにするつもり。あの人の頭の中では、もう話の筋ができあがっている。三年も同じ家で暮らせば、それくらいは読める。
「奥様?」
署名欄は空のままだ。
私はボールペンを取り、机に戻した。
「延命は、望みません」
医師の手が止まる。
「……確認させてください。心臓が止まった場合の蘇生処置も、行わない。そういうご意向でよろしいですか」
「はい」
「ご家族の総意、ということで」
「妻は私です」ペンから指を離す。「決める権利も、私にあります」
医師は何も言わず、カルテに日付を書き込んだ。ペン先が紙を擦る音が、やけに長い。
「……承知しました。ご意向は、記録に残します」
「お願いします」
「今夜のうちに、ということもあり得ます。お近くにいらしてください」
私は書類を押し返した。サインはしない。しないことが、今日の私の仕事になる。
――本文より。
全十話・完結。
※一周目の自死に関する回想を含みます。この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
「奥様、失礼ですが」医師が言葉を選んでいる。「お義母様は、昨日の午後、私の前で費用のお話をされました。ご家族の間で、金銭的な行き違いがあるようでしたら」
「行き違いではありません」
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「奥様?」
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「お願いします」
「今夜のうちに、ということもあり得ます。お近くにいらしてください」
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