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竜司と子猫の長い一日
僕と竜司さんの間の椅子一つ分が無くなった件
しおりを挟む「竜司も飯食ってくか?」
「ん?ああ…そうだな。なんか適当に」
「あいよ」
マスターは笑ったまま、また裏に行った。
僕はもうむっつりしながらご飯を食べ続けてる。美味しいんだもん。残すのもったいない。
「……それで?お子様がなんでこんなところにいるんだ」
「僕はもう二十歳ですから子供じゃありません。ここに通って三年近くになります。そーだよね、マスター?」
「んー?ああ。そうだな。三年くらいだな」
「三年って、ここオープンしたあたりだろ」
そうなんだ。それは知らなかった。
「それにしたって……高校生くらいだったんだろ?大志もなんでそんな子供を店に入れたんだ」
「色々あってな」
「そうそう。色々あったんです」
「…?」
コーンスープ、これ手作りのやつだ。美味しいっ。
「ますたぁ、スープおかわり」
「ああ?ちょっと待っとけ」
「うん」
答えて、そーっと爪楊枝国旗の近くにフォークを入れた。
細心の注意を払ったプリン型ご飯は、これ以上は倒れます、ってところまで細くなった。
よし!ってふんすと鼻息が荒くなったところで、隣の隣でりゅうじさんが「ぶふっ」って吹き出して笑いだした。
なんとも失礼だな!
シュークリームは最後に食べたいから残して、が!って国旗のご飯山を盛大に崩した。唐揚げの食べかけも口に放り込んで、よく味わう。
「随分楽しそうだな」
って、片手にカップ、片手に大きめの片手鍋を持ったマスターが、裏から戻ってきた。
「ほら、のぞみちゃん」
「やったー!」
僕のカップにほかほかの湯気が出てるスープが注がれる。
嬉しい。コーンスープ好き。
「ほら、竜司も」
「ん?…ああ」
お隣のお隣のりゅうじさんのところにも、マスターはカップをおいてスープを注いでた。
マスターはすぐ裏に戻って、今度は一枚のお皿を持って、出てきたんだけど……。
「うぶっ」
今度は僕のほうが吹き出した。
「……大志」
「うまそーだろ?」
にししって感じで笑ったマスター。
うんうん、美味しそう!立派な『大人様ランチ』だよ!プリン型ご飯なんて、小さなプリン型ご飯が上に乗ってる二段仕様だよ!!
「うぷぷ」
「……」
舌打ちしそうな勢いで、りゅうじさんはプリン型ご飯の上の国旗を放り投げてた。
笑える。
ミスマッチすぎるっ。
りゅうじさんの深く深く刻まれた眉間の皺が、余計に楽しく見える!
なんかもうすごい楽しい。
僕、彼氏が浮気して別れてきたばっかなんだけどなぁ。
一番最後に残しておいたシュークリームを口に放り込んで、ゆっくり味わった。
クリーム甘くてふわふわで美味しい。
「マスター、ご馳走様でした!」
「おう」
空になった僕のお皿とカップを、マスターが裏に下げてくれた。
僕はまだここを出たくなくて、カウンターにだらしなく突っ伏しながら、さっき希望条件を出してたアプリを開く。
「んー……」
何件か来てるけど……、なんかピンとこない。
どうしようかな。もう適当に最初に申し込んでくれた人でいいかな。
画面をじっと見るだけだった僕の手から、するりとスマホが抜け出た。
「あ」
「……お前、またこんな条件出して」
マスターが僕の出した条件を見ながら、眉を寄せてしまった。
「……だって。やっぱりちょっとは傷ついてるし、酷くされたい気分だし……」
「ったく……。こういうとき毎回変なの引き当てるだろ、お前」
「……だって」
もう誰でもいいやって思っちゃうし。
「あー……」
ぶーぶーって口を尖らせてる気がする僕を無視して、マスターがハンバーグを口に放り込んだりゅうじさんに、僕のスマホを見せた。
「マスターっ」
「竜司、どうよ」
「あ?」
「僕のスマホ!」
「………へぇ」
って呟くなり、りゅうじさんは自分のスマホを取り出した。
何やら操作してる手元を見ていたらスマホを返されたんだけど、手元に戻ってきたのと同時に『ピロリン♪』って通知音が小さく鳴って、アプリの画面を見ていたらマッチングの新しい申込み欄に『リュージ』の文字が。
「え」
「お前、子供みたいな顔してるくせに、要求してる内容がエグいな」
「……別に、僕の自由だし」
大体、そんなふうに言うならなんで申込みしてきてるんだよ。
「……ていうか……、りゅうじさん、ゲイの人?」
「バイ。最近じゃ男よりだが。大志、コーヒー淹れて」
「カフェじゃないんだけどなぁ」
って言いながら、マスターはコーヒーを淹れに行ったみたい。
「それで?どうする?」
「……りゅうじさん、僕のこと笑ったし」
「しょうがないだろ。子供みたいな顔でお子様ランチ食べて笑ってんだから」
「どうせ童顔ですよ。それにあれはお子様ランチじゃなくて大人様ランチです。……だったら勃たないでしょ?子供相手に」
「そうかもな?」
って、りゅうじさんはけらけら笑った。
「やっぱりからかってるだけなんだ」
『リュージ』をブロックしようと操作し始めたら、りゅうじさんは一つ分空いてた椅子に座り直して、僕の頭をぽんぽん叩いた。
「はい、あーん」
「あーん?」
つられて口を開けたら、大人様ランチのデザートのシュークリームが押し込まれた。
「好きなんだろ?うまそうな顔して」
「ふひれふけろ」
「なら食え食え。俺は甘いものは食わないから」
そりゃ、口に突っ込まれたらたべるけど。
「……うま」
「やっぱりお子様か」
って、また笑うし。
「甘いのは好きなんですっ」
「あーはいはい」
また、頭、ぽんぽん。
……この大きな手はいいなぁ、って、ちょっとだけ、思った。
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