53 / 62
52.*****
しおりを挟む芯から飛び出てくる言葉の真意が分からない。もしも、ここで答えを間違えると、全てが崩れ去ってしまうのだろうか。
「僕は····」
正しい言葉を選ばなければ。芯を傷つけないように、奏斗さんを怒らせないように。
けれど、どれだけ思考を巡らせても正解は見つからない。きっと、そんなモノはないのだろう。それを理解しているからこそ、言葉を発せずに息が詰まるんだ。
段々と俯き、テーブルに並ぶ食器をただ見つめる。そうして僕が答えを思案していると、背後に来た芯が僕の頭をふわっと抱き締めた。
「先生、大丈夫だよ。素直になれって言ったの気にしてんだろ? 簡単に言ってごめん。覚えてねぇんだけどさ、酔っててもアレが俺の本心だと思うんだ。だから··、な? やってみて先生が嫌だって思ったらやめりゃいーじゃん」
ポロッと涙が零れた。芯の深い優しさに、僕は甘えっぱなしでいいのだろうか。もし選択を間違えたとしても、芯は許してくれるだろうか。
張り詰めていた心が、ぐずぐずに解けてゆく気がした。
「俺さ、先生の気持ちが知りてぇの。何でもいいから、先生が思ってる事教えてよ」
言っていいのだろうか。けれど、言わなければ何も変わらない。そもそもこれを受け入れてもらえないのなら、この先を共に過ごす事も難しいだろう。
勇気、それがどれほど莫大なエネルギーを消耗するか、僕はよく知っている。僕自身がこれ以上のダメージに耐えられるか、不安しかない。
しかし、逃げるわけにもいかない。どうしよう、心がボロボロと崩れていきそうだ。怖い。
震えが込み上げた時、僕を抱き締める腕にギュッと力が込められた。大丈夫、芯ならどんな僕だって受け入れてくれる。芯の温もりが、そう思わせてくれた。
「僕は、奏斗さんと2人で、芯を··イジメるのが楽しかった。僕たちに堕ちていく芯が、可愛くて愛おしくて堪らなかった」
「うん、それで?」
「奏斗さんが、僕の知らない芯を引きずり出したのは悔しかった。それは、絶対に僕がシたかったから」
「相変わらず病んでんな~。んで、そんだけ?」
それだけではない僕も、芯なら受け止めてくれるのだろう。けれど、奏斗さんにはそれを知られたくない。知られるわけにはいかない。
僕の我儘が、この関係を宙ぶらりんにしているのは間違いない。覚悟を決めなくてはいけないのだ。弱いままで、どこまでも情けない姿を芯に見せてはいられない。
きっと、これを聞いた奏斗さんは、ざまあみろとでも思うのだろう。
「奏斗さんに····犯されて、凄く気持ち良かった。身体が悦んでた。芯を犯しながら奏斗さんに犯されて、僕は··僕は····しあわ····違う、そんなはずはない」
僕は、僕を否定しないとダメなんだ。こんな感情を認めては、自分の穢らわしい部分を容認する事になる。
そうやって、自分を否定し続けてきたんだ。感情に蓋をする事くらい造作もないはず。なのに、これまでにないほど苦しいのはどうしてだろう。
「先生、良いんだよ。先生がそれを“幸せ”だって思うんなら、それで良いんだって。俺も、たぶん奏斗サンも、先生にそう思っててほしいのは一緒だから」
溢れてくる涙が止まらない。芯が何を言っているのか理解しきれないほど、複雑な感情が渋滞している。
こんな僕をあっさりと認めて受け入れてしまえる芯は、包容力がありすぎる。
「芯クン、カッコ良すぎね。俺の出る幕ないじゃん」
「元からンなもんねぇんだよ。奏斗サンはちんこだけあればいいんだから。先生の心に触れていいのは俺だけなんですー。俺、子供だから1ミリも譲れませんー」
「うーわ、マジでクソガキ。はぁ····、れ··お前が俺を受け入れれんのは身体だけだってのは分かってるよ。俺はもうガキじゃないからね」
奏斗さんが、芯をチラリと見て嫌味を放つ。
「あの頃の失敗を繰り返すつもりはない。まぁ、試しに躾再開しても結局だったし。俺も、変われる所と変われない所がある。皆そういうもんでしょ」
「試しで躾って時点で狂ってんだよ。つか何自分を正当化しようとしてんの。大人のクセにずりぃんじゃね?」
「大人は皆狡いんだよ。そうやって上手く生きてんの」
奏斗さんの言う通りだ。大人は、僕は、狡賢く他を喰らって生きている。僕が芯を丸め込んだのだってそうだ。芯の家庭環境や境遇を利用した。
もっと狡く····。それで良いのだろうか。
「じゃぁ先生、暫くこの関係続けるよ? 2人で俺の事可愛がってくれる? 俺、もっと素直になれるように頑張るからさ」
「そんな··都合のいい事····」
「いーんだよ。皆自分の都合で生きてんじゃん。俺だって、気持ちぃの優先した結果だし」
「でも····」
「なんかさ、このまま関係続けるつっといてアレだけど、奏斗サンに先生盗られたくないって思っちゃたんだよね。だから、ちょっと頑張ってみようと思うんだわ。あー··俺が頑張んのとかレアだぜ? 先生にだけだかんな」
そう言って、照れを含んだ屈託のない笑顔を見せてくれる芯。
何を言っているのだろう。これ以上、芯が追い込まれる必要なんてないのに。どこまで優しい子なのだ。
それはそうと、奏斗さんのこと言いたい放題だな。いつかキレられそうで肝が冷える。
「俺、先生に挿れんの多分もう無理だからさ、奏斗サンの事は極太ディルドだと思うようにすっから。だから、あんま深く考えなくていいよ」
「ちょいちょい、何言ってんだよ。誰が極太ディルドだって? 俺のことナメてんの?」
「は? 別にナメてねぇよ。自我のある極太ディルドつったら、鬼畜外道から超躍進じゃん。ハッ··、オメデト」
芯はナメきった態度で、鼻で笑い嫌味を投げ贈る。
「マジでその減らず口叩けねぇようにしてやるから覚悟してろよ、芯」
「おい、誰が呼び捨てにしていいつったんだよ」
「ンなの俺の勝手だろ。ガキは黙ってな」
なんだか、芯と言い合っている奏斗さんは子供っぽく見える。怖さも半減するのか、微笑ましく見ていられる。
「あ、先生笑ってんじゃん。奏斗がガキっぽいからじゃね?」
「あ゙? おい、誰が呼び捨てにして──」
「俺の勝手だろ。敬称つけるほどアンタに敬意なんかねぇもん」
「こんっのクソガキ····」
こうして、僕たちは複雑怪奇な関係を継続する事にした。芯が掲げた目標は、僕のトラウマ克服。
僕たちの爛れた関係が終わりを迎えるまでに、僕はトラウマを克服し、芯に名前を呼んでもらえるのだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる