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第七巻「いちばん暗いのは夜明け前」

第三章 World Gardener

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1

先だって感じていたように、この街の建物は少し近代風だ。
何故そう感じるのかと言えば、向こう側とは違い当たり前のように硝子が使われているからだと思う。
建物の窓が、向こう側の木戸とは違い、硝子窓になっている。
作業に使われている台車や道行く馬車の仕立てなども、古めかしさを感じない。
文明と言うか技術と言うか、何と無くこちら側の方が進歩しているように見えた。
とは言え、人間たちが作業に使う台車はともかく、道行く馬車は貴族用、つまり巨人サイズだ。
巨馬に牽かせているのでは無く、8頭立てだったりするから、やはり見た目が随分違う(^^;
そして、街の中心に位置するその建物は、3階建ての洋館のようだった。
もちろん巨人サイズなので、思わず見上げる高さがある。
ここに、アントンスィンクの支配者ベルメルコとウォーリーヴーマーがいる。
まぁ、サイズの違いはエルムスで慣れている訳だが、物々しさはむしろ北方三国に近い。
戦場から遠いとは言え、こちら側では常在戦場が心得なのであろう。
門番はもちろん、敷地の中にも武装した神族魔族が溢れている。
……少し気になるな。
魔導具製作技術者のエルフも言っていたが、魔導具、この場合魔法の武具だが、その質がかなり悪い。
便宜上、魔法の武具の能力を数字で表すとして、表アーデルヴァイトで一般的な国家が抱える兵士たちの装備で+1~3、魔法国家と言えるバッカノス王国などで+5以上、勇者や英雄の類が身に付ける武具なら+10は下らないし、島ドワーフ製なら+20にだってなる。
転じて目の前の兵たちだが、良くて+1か+2と言ったところ。
中には、魔法は掛かっているものの、+-0なんて粗悪品もある。
表アーデルヴァイトの神族魔族は、魔法技術にも長けているから、その装備類のレベルも高い。
無気力神族だって、+10前後の装備を身に付けている。
ちなみに、俺の鑑定スキルは説明するまでも無くLv.1だから、これはあくまで俺自身の鑑定眼によるものだ。
さすがに、魔法やアルケミーを扱い、ゲイムスヴァーグや島ドワーフたちの素晴らしい技術を目の当たりにして来たから、目が肥えたのだ。
あぁ、何が言いたいのかと言うとだ、技術レベルは高いのに、魔法の力が弱い、と言う事だ。
そしてそれは、装備を身に付けている者たち、神族魔族自身にも言える。
確かに強靭な肉体もあって、その気配は向こうの無気力神族よりも強い。
しかし、闘気に比して魔力は低く感じられる。
魔法が使えない、なんて事は無いだろうが、少なくとも魔族のエリート種たちよりも魔法に関しては劣るだろう。
マナ濃度の所為なのか、こちら側の神族魔族は、その巨体が示す通り神の血を色濃く遺している割りに、魔法の力は弱まっているようだ。
それでも、強靭な肉体に宿る激しい闘気と、無詠唱で発動出来る魔法の数々を備えた彼らは、総合力として表アーデルヴァイトの神族魔族に勝る。
そこはやはり、常に戦いに明け暮れた、力が支配する裏アーデルヴァイトの支配者故であろうか。

俺は短距離空間転移を使って、外から3階へと上がった。
いくら向こうの無気力神族より強いとは言え、俺にとっては雑魚に過ぎないが、それでも一応戦いは避ける。
理由は簡単。俺は凄腕女盗賊だから、忍んで何ぼだろう?(^^;
ロールプレイは徹底してこそ楽しいものだ。
実力主義の世界なら、頭さえ潰せば良い訳だし。
まぁ、俺が支配者になっちゃう、ってのは冗談で、そんな気は無いけどな。
ただ、裏アーデルヴァイト探索の拠点は欲しい。
この街を支配する事自体はありだ。
支配者にはならずに支配する。
そう、頭を潰すと言っても殺すのでは無く、力を示して平伏せさせ、言う事を聞かせるだけで良い。
陰から支配して、必要なら金や食事、そして情報を提供させる。それだけで充分なのだ。
探索に出掛けちゃうから、どうせこの街に居座る訳じゃ無いしな。
目当ての部屋がどこかも判っている。
向こうでもそうだったが、俺以外、あんまり力を隠している奴はいない。
力が全てのこちら側なら、むしろ力を誇示するのが当たり前なのだろう。
この街で最強の気配がふたつ、その部屋にいる。
このふたりが、ベルメルコとウォーリーヴーマーで間違いあるまい。
……このふたりは確かに強いが、それでも壁を越えていない。
修羅の国の名も無き修羅は強かったもんだが、この世界の名も無き修羅なら、片足を失ったファルコでも勝てそうだ(^Д^;
もとい、多分ゴンドスさんでも勝てそうだ(爆)
こいつらの親であるガイドリッドとヴェールメルは、もっと強いんだろうけどな。
良し、それじゃあ取り敢えず、部屋の中の様子でも見てみますか。

その部屋は、かなり豪奢な作りの執務室となっており、ふた間続きの洋室だった。
南側に大きな窓があり、ひとつ目の部屋の左右に両開きの扉。
こちらは控えの間となっていて、5人の神族と5人の魔族がたむろしている。
奥の間が支配者たちの執務室で、北の壁には神族の男と魔族の女を模った金の像がそびえ立つ。
多分これは、王であるガイドリッドとヴェールメルの像なのだろう。
左右に絢爛な机が設えてあり、西側に神族の男が、東側に魔族の男が座っている。
どっちがどっちかまだ知らないが、こいつらがベルメルコとウォーリーヴーマーだな。
しかし、おかしな作りの部屋だ。
支配者がふたりもいるってのは、やはり不自然なんだよな。
俺は、執務室の中央でステルスを解き、誰に話し掛けるでも無く呟いた。
「それで、どっちがベルメルコでどっちがウォーリーヴーマーな訳?」

2

ビクッとするふたりの支配者たち。
背後に位置する部下たちも、同様に驚いている。
「……何だ、人間か?一体、いつの間にここまで入った。」
「いや待て、エルフでは無いか?人間にしては、随分綺麗じゃないか。お前、中々悪く無いぞ。」
「……お前、本当に亜人種好きだな。どんなに美しかろうが、こんな小さな女にゃ納まらんだろう。神族の女だって綺麗だぞ。ちゃんとしものサイズも合うから気持ち良いしな。」
そう言って、下卑た笑いを上げる神族の男。
アルスなんかと違って、こちら側の神族は柄が悪い。
「馬鹿野郎。何も突っ込むだけが能じゃあるまい。お楽しみには、色々なやり方がある。まぁ、壊す気で無理矢理突っ込むのも悪か無ぇけどな。」
こちらも、下卑た笑いを上げる。
魔族の方も、同様に柄が悪く下品なようだ。
「……貴方たちの性的嗜好なんてどうでも良いから、教えて下さらない?どちらがベルメルコさん?」
ドガン、と椅子を蹴り上げて、左手にいる神族の男が立ち上がる。
「不敬だぞ、人間!ベルメルコ様だろう。そもそも貴様、人間の分際で何をしにここへ来やがった!」
おおぅ、ご立腹(^^;
随分と気が短い御仁だな。
反応を見る限り、こっちの神族がベルメルコか。
「……確かにな。いつ、どうやってここまで来た。おい、手前ぇら、気が付かなかったのか?!」
そう言って、魔族、ウォーリーヴーマーも立ち上がり、部下たちに声を掛ける。
「す、すいやせん、閣下。気付いた時には、すでにそこに……。」
ふむ、部下たちは畏まっちゃいるが、そこまで極端にへりくだった態度には見えない。
精々、かしらにへいこらする盗賊程度。
貴族に対する使用人や、上官に対する軍人のそれには見えない。
いつか寝首を掻く相手、そこまで大きな力の差が無い相手。
こいつらの関係は、そんな感じかな。
「……おい、ウォーリー。こいつを調べてみてくれ。人間にしちゃ、妙な気配だと思わねぇか?」
うん?妙な気配?……あぁ、そうか。今はステルスを解除しているからな。
抑えているとは言え、0.1%でも並みのLv40勇者程度の能力はある。
つまり、力を抑えた状態で、こいつらより強い訳だ。
最下層民の最弱人間から、自分よりも強い気配を感じたら、そりゃ妙だと思うか。
俺は、さらに0.05%まで力を抑えた。
いや、Lv20勇者相当じゃ、人間としたら強過ぎるか。
そこで、0.02%まで抑えてみるが、本当にスムーズに力を制御出来るな。
闇の神の欠片の影響は、俺をさらに強くしている。それを実感するな。
「どれ……。」そう言うと、ウォーリーヴーマーの額に第3の目が開き、俺を凝視する。
感知のようなスキルでは無く、何か先天的に身に付いている特殊な力なのかな?
「……本当に人間なんだな。人間にしちゃ美し過ぎると思ったんだが……。それに、人間にしては強過ぎるな。ある程度のモンスター相手に、自分で自分の身を護れる人間なんて聞いた事が無い。」
おっと、そこまでこちら側の人間族ってのは弱いのか(^^;
まぁ、この街の人間の境遇を考えれば、兵士や傭兵、冒険者なんて職業に就く奴はいないだろうから、そもそもレベルアップして強くなって行く人間、なんてのがいない訳か。
向こうでだって、戦闘職以外の一般人は、Lv8相当の強さなんか身に付けていないわな。
「こっちじゃ珍しいみたいね。人間の冒険者ってのは。」
「冒険者……だと?確かに、小国で生まれた神族魔族の中に、そんな事を生業にしている奴らがいるとは聞くが……、お前がその冒険者なのか?しかも人間の?!」
あぁ、良かった。一応、冒険者って職業くらいはあるんだな。
まぁ、どちらにせよ、俺の異常さは誤魔化せそうに無いが。
「とにかくよ。私は貴方たちに聞きたい事があるの。答えて貰えるかしら。」
ドガン、っとさっき蹴り上げた椅子を、今度は俺に向かって蹴るベルメルコ。
俺は身動きひとつせず、その椅子は目の前を掠めて行った。
「ふざけるなよ、人間っ!貴様は今、ここにいるだけで犯罪を犯している。こちらが聞いた事にだけ答えていれば良い。すぐに殺されないだけ感謝しろ、クソが!」
「仕方無い。おい、手前ぇら、こいつを捕らえろ。生かしておけ。聞きたい事もあるし、それが終わったら俺が貰う。」
「……ウォーリー、お前、本当に好きだな。」
やれやれ……、なんてな。
いきなり声を掛けたって、素直に話を聞いてくれるなんて思っちゃいねぇよ。
ここまでは予定通り。次の行動に移ろう。

俺を捕まえようと、手を伸ばして来た魔族の一人を躱し、その陰に隠れるようにしてステルスを発動。
姿を消してすぐ、こちら側から見て左手側にある扉の前まで転移する。
「ん?……どこ行った?」「あれ?いねぇぞ。」
自分たちの周りを不思議そうに見回す部下たち。
「?どうした。もう捕まえたのか?」
「え?いや……、それがどこにも……。」
俺は、ステルスを解除して声を掛ける。
「ちょっと、どこ見てんのよ、あんたたち。私はこっちよ。」
そのまま扉を出て、即ステスル発動。
「追えっ!逃がすんじゃ無ぇぞ!」
ベルメルコの叱咤に、慌てて部屋を出て行く部下たち。
俺はそれを見送った後、部屋へと戻り扉を閉める。
反対側の扉も念動で閉め、部屋の中を結界で覆う。
これで、邪魔者は消えた訳だ。
俺はステルスを解除してから、悠々と歩いてふたりの前まで戻った。
「これで、落ち着いて話せるわね。それで、素直に答えてくれる気になった?」
顔を真っ赤にして怒りを堪えるベルメルコと、不思議なものを見るような顔をするウォーリーヴーマー。
「おいっ!……一体どうなってやがる!あいつらは、何で貴様を見逃して行っちまったんだ!」
「……強さには色々な形があるわ。力で支配しなくちゃ・・・・いけない貴方たちは、自分の力を誇示するのが当たり前なんでしょうけど、私はひっそり、こっそり、姿を隠して獲物に近寄る狩人なのよ。ほら、こんな感じ。」
そう言ってから、俺は目の前でステルスを発動してやる。
「!!!馬鹿なっ!!!」「……?!」
驚きの声を上げるふたりの間をすり抜け、王の像の前まで移動してから再びステルスを解除する。
「これって、貴方たちのお父様とお母様なんでしょ。お父様は格好良いし、お母様は美人だけど、これって実物通りなの?」
バッ、と振り返り、慌てて身構えるベルメルコと、感心するような顔をするウォーリーヴーマー。
「……俺は絶対勝てねぇと踏んで、一度も会いに行った事が無ぇから、実は実物を見た事無ぇ。」
「おいっ、ウォーリー!何まともに答えてんだ!」
「……お前は神眼を持って無ぇから数値化して確認出来無ぇだろうが、俺様の心眼で見る限り、こいつはただ隠れるのが得意なだけじゃ無ぇ。俺たちよりも強ぇぞ。」
「何っ!?」
そう言えば、部下の手を躱してステルス発動した時点で、力は0.1%に戻しておいた。
0.02%のままじゃ、さすがに部下たちよりも遥かに弱い状態だからな。間違いがあっては困る。
だから、今の俺はLv40勇者程度の能力になっていて、それをウォーリーヴーマーは額の第3の目、心眼とやらで確認したようだ。
「そんな馬鹿な事があるかっ!こいつは人間だぞ。おい、ウォーリー。種族は間違い無く人間なんだろ?」
「あぁ、間違い無ぇ。人間族の女だ。Lv40でクラス勇者。この勇者ってクラスにゃ覚えが無ぇが、人間がLv40って時点で異常だよ。」
なるほど。こちら側の人間族じゃ、勇者なんて優れた人間は出て来ないか。
「40だと?!お前が言うなら本当だろうが……、しかしLv40なら俺たちの方が……。」
少し、表情が翳るベルメルコ。
「感じたか?数値化出来無くとも、こいつのおかしな気配なら判るだろ。明らかに、俺たちより上だ。」
「あり得無ぇ……、あり得無ぇんだよ、そんな事ぁっ!」
腰の物を抜き放ち、気勢を上げるベルメルコ。
しかし、そのまま膝を突いてしまう。
「むぅ……、何だ、これは……。」
その顔色は、紫色に変色していた。

3

「お、おい。お前、毒に侵されてるぞ。」
「なん……だと……。」
「……これは、お前がやったのか?人間。」
「えぇ、ちょっとした実験。試したい事があったから。」
俺は黙詠唱で、エンハンスドベノム(強化毒)を付与してみた。
こいつは強力な魔法毒で、軽い眩暈と吐き気を催させ、HPも減少させた上時間経過では快復しない。
しかし、所詮ただの毒なので、一般的な解毒魔法で解毒出来るし、魔法毒だからディスペルでも解呪出来る。
いつぞやの、暗殺者が改良を加えた毒ほど厄介なものでは無い。
「ふざ……けるな……。この程度で、俺を倒す事なでょ……。」
踏ん張って立ち上がろうとしていたベルメルコだが、今度は途中で小刻みに震えながら動きを止めた。
「今度はパラライズ(麻痺)よ。これも効いたようね。」
「馬鹿なっ!俺たち魔族もベルたち神族も、高い魔法抵抗力を持ってんだぞ!?」
あぁ、そのはずだ。本来ならな。しかし……。
「それじゃあ今度は、魔族の魔法耐性を試してみましょうか。」
「ふ、ふんっ、これから魔法を掛けるぞと宣言されて、簡単に掛かってしまうとは、さすがですね、え~と……、失礼、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか、マイマスター。」
「ルージュ。私は冒険者ルージュよ。よろしくね、ウォーリー。」
「ルージュ様……、お名前もお美しいですね。」
「ありがとう。偽名だけど、私も気に入ってるわ。」
痺れながら、ベルメルコは驚愕の表情を浮かべている。
「ウォーリーにはチャーム(魅了)を掛けてみたわ。こちらも簡単に掛かったわね。」
「それはもう。ルージュ様の魅力があれば、当然の結果ですとも。」
「最後にベルメルコ。貴方もしっかり抵抗してね。これから、普通だと効きづらい魔法を試すから。」
「ぐ……、ぐぅぅ……。」
歯を食いしばるようにして、必死の抵抗を試みるベルメルコ。
その体が、端の方から徐々に硬くなり、見る見る石と化して行く。
「おぉ、石化の魔法ですね。それと判って抵抗している者を石化してしまうなんて、さすがルージュ様ですな。」
……そうじゃ無い。
確かに、俺の魔力は0.1%状態でも充分高いが、今放った状態変化の魔法たちは、一切改良を加えずに黙詠唱したものだ。
それなりの強さを持つ相手には、比較的簡単に抵抗されてしまうはずなのだ。
不意打ちだったエンハンスドベノムはともかく、来ると判って抵抗していた他の魔法は、普通だったら失敗する。
今回は敢えて試さなかったデス(死)やペトリファイ(石化)など、重篤な状態変化を引き起こすものほど成功率は低い。
だがベルメルコは、抵抗しようともがいた上で石化した。
成功率なんて良くて20~30%で、ファンブル(大失敗)でもしない限り、成功しても石化までもっと時間が掛かるだろう。
……思った通り、こちら側の神族魔族は、魔法の力が弱まっている。
いや……、多分そうじゃ無い。
こちら側、裏アーデルヴァイト自体、比較すれば表アーデルヴァイトよりも魔法の力が弱いのだろう。
全体的にそうだから、特に神族魔族の魔法力が低下したと感じる事は無かったはずだ。
だが、外から来た俺から見れば、明らかに魔法力が低下しているように感じられる。
これは、マナ濃度の薄さに関係あるはずだ。

「どう?もう大丈夫かしら。何だったら、ヒールでも掛けてあげましょうか。」
俺はあの後、ディスペルでふたりの状態異常を消し去った。
俺には、彼らを殺すつもりは無いからな。
「くそっ!一体、どうなってやがる……。」
「……ルージュ、だったな。お前は一体何者なんだ。そして、どう言うつもりだ。」
「まぁ、有り体に言えば、貴方たちを倒して私が支配者になるつもりよ。」
「何だとっ!ふざけるなっ!こんな手品紛いの力で、俺たちから街を奪おうってのか!」
「ふふっ、そんな訳無いでしょ。ちゃんと貴方たちの流儀に付き合うわよ。それじゃあ、どっちからやる?それとも、ふたり一遍に相手してあげましょうか。」
「上等だっ!覚悟しやがれ!」
そう叫び、再び腰の物を構えるベルメルコ。
「……仕方無い。これも定めか。やるからには、俺も負けられん。」
こちらも、腰の物を引き抜くウォーリーヴーマー。
「言っておくけど、油断や手抜きなんてしない事ね。全力で来なさい。ハンデもあげる。私は素手で良いわ。」
「馬鹿にするなっ!行くぞ、ウォーリー!!」
「いきなりか!判った、ベル!!」
息を合わせて、ふたりが交互に打ち込んで来る。
俺はそれを軽く躱すが、ふたりは斬り掛かりながら気勢を上げて行く。
何か狙っているのだろう。
ふたりが俺を挟む形になった時、同時に叫びを上げる。
「喰らえっ!セイントダークネス・ケイジスラッシャー!!!」

俺にボコボコにされたふたりが、目の前で正座をしている。
それでも、目線が俺より高い。
「これで判った?正面からのド突き合いでも、私の方が強いって事。」
「……グゾッ……、これで俺の支配ぼ終わりが……。」
「俺の、じゃ無ぇだろ……。それに……多分終わらねぇぞ……。」
「あら、ウォーリーの方が頭は良いのね。」
俺はふたりとの戦いの時、得物こそ抜かなかったが力は0.2%まで解放した。
0.1%の時点で少し俺の方が強かったくらいなので、単純計算で2倍の強さだ。
素手でも簡単にボコボコに出来る。
このふたりは充分強いが、それでもまだ壁を越えていない。
悪いが、油断したって負けない相手だ。
「私は貴方たちに勝ったけど、直接この街を支配する気は無いの。支配は、これからも貴方たちが続けて頂戴。私が求めるのは、冒険の拠点として食事と睡眠。そして情報よ。」
「……どう言う……事だ?」
「今まで通り。ただ、ルージュに飯と寝床を提供して、知りたい事を教えろ。そう言ってんだよ。」
「それだけで……良いのか?……俺たちを殺せば、全部自分の物になるのによ……。」
「要らないわよ、別に。お金にも愛にも飢えていないのよ、私。欲しいものがあるとすれば、それは世界の真理を解き明かす鍵ね。」
「何だ、そりゃ?」
「信じる信じないは任せるけど、私は海の向こうから来たのよ。この世界の人間じゃ無いわ。だから、まずはこっちの事を詳しく知りたいの。どうやら、こっちの人間や亜人種たちは、私たちの世界と違って扱いが悪いみたいで、大した事聞けなかったのよ。そこで、もっと詳しい事は、支配階級の貴方たち神族魔族に聞こうって考えたの。この街で一番偉いあんたたちふたりを倒せば、目的は達成出来るでしょ。素直に言う事聞かせる為に正面から戦ってあげたんだけど、納得したのかしら。多分ウォーリーは大丈夫よね。ベルメルコ、貴方はどう?」
頭の中で色々な考えがぐるぐる回っているのか、百面相をするベルメルコ(^^;
「ベルには後で良く説明しておく。……まだ、全力じゃ無いんだろ、さっきの。」
「何っ?!本当か、そりゃ!それじゃあ話が違うぜ。もっと強ぇって言うなら、全力を見せてみろ!」
……はぁ、やれやれ。ベルメルコの方は、完全に力の信奉者なんだな。
いや、聞き分けの良いウォーリーの方が珍しいのか?
「仕方無いわね。だけど、全力は無理よ。そんな事したら、この辺一帯吹き飛んじゃうと思うから。でも、ベルメルコに納得して貰わなくちゃならないから、もう少しだけ本当の力を見せてあげる。」
そうして俺は、改めて力を10%まで解放してみせた。
10%とは言っても、闇の神の欠片で10倍になっているからな。
あの時クロに見せた全開と同等だ。
結界内の空気が震え、結界すら悲鳴を上げて壊れそうになる。
ふたりは、目を開けたまま気絶していた……。

4

俺の支配を受け入れたふたりからは、屋敷での自由を手に入れた。
それぞれが構える私邸において、特別な客人として自由に振舞い、必要とあらば食事も寝床も勝手に使って良い事となった。
事情を知らない部下たちに知られれば示しが付かないが、私邸で雇っている使用人たちが不審に思っても関係無い。
そう考えたベルメルコが、早々に執務館から私邸へと場所を移し、そこで俺は話を聞かせて貰った。
俺が特に興味があるのは神話と歴史。
しかし、神話については表アーデルヴァイトと一緒だった。
そもそも神話の中に、神代の戦争がどこで行われたかと言う描写は無かった。
だから、創造神が創世し、それを神々が受け継ぎ、意見の相違から力の象徴ドラゴンが排除され、光と闇の神に分かれ争い、光の神の何柱かの堕天により闇の神々が勝利。
その戦争に嫌気が差した古代竜と原初の精霊女王が、勝利し疲弊した闇の神々をアストラル界へ封じ、闇の神々は悪魔へと姿を変え、古代竜は衰退し、精霊は精霊界に引き籠った。
と言う、アスタレイから聞かせて貰った神話と変わり無い内容だった。
問題は、その後に辿った歴史である。
表アーデルヴァイトでは、神族が素早く行動し、魔族を邪悪なる者として敵に仕立て上げ、各種族の思惑はそれぞれだが結果的に光の勢力として団結させた。
しかし、裏アーデルヴァイトで、同じ事は起こらなかった。
名も無き光の神の言葉によれば、戦線の拡大によりこちらへ移動した者たちが祖先となる訳だが、表アーデルヴァイトの諸族よりも好戦的だったのかも知れない。
種族間で共闘するような事は無く、それぞれが次なる覇権を求めて戦いとなり、結果各種族の強さによって現在へと続く序列が生まれた。
当初、人間族の国家、エルフ国家、ドワーフ国家、ホビット国家、グラスランダー国家も生まれたそうだが、悉く神族魔族に討ち滅ぼされて行った。
神族魔族の中にあっても争いは起こり、その序列は力によって定められた。
しかし、どんなに強くともひとりで治められる版図など知れたもの。
支配が届かぬ場所では新たな強者が勝手に支配を始め、結果小国が乱立、戦国時代となる。
今でも、大小様々な神族国家、魔族国家が乱立していて、興亡を繰り返している。
その中で、ここガイドリッド=ヴェールメル王国のように、神族魔族が共同支配している国家が大陸にいくつか存在し、大国として歴史を刻んでいるそうだ。
その結果を踏まえれば、相性の悪い者同士、手を組み国家運営する方が正しい選択なのだと誰でも考える。
それでも、自分ひとりが支配者であろうとする王は絶えず、大陸のほとんどは神族国家と魔族国家が争い続ける戦国なのだった。
ちなみに、神族国家では魔族が、魔族国家では神族が、それぞれ奴隷として扱われている。
だから人間族は、奴隷同然とは言え正確には奴隷では無い。
大国にあっては奴隷階級の神族魔族がいないから、最下層民となるのだ。
そんな戦乱が打ち続く世界だけに、旅行をしたり交易をしたり、そう言った交流はほとんど存在しない。
大国の周りだけ少し交流が生まれるくらいで、遠くの国とは交わる事が無い。
その為、世界にいくつか存在する大国ですら、普段関係無いのでふたりは名前さえ覚えていないと言う。
これで歴史と現状は何と無く判ったが、裏アーデルヴァイト全体の詳細は良く判らなかった。
まぁ、直接自分の足で周り、自分の目で確かめれば済む話だし、何と無くの当てはある。
こうして冒険の拠点も出来た事だし、俺はその当てを頼りに、早速次の日から裏アーデルヴァイト探索を開始したのだった。

まずは簡単に、ガイドリッド=ヴェールメル王国内を見て回った。
神族魔族の盗賊?、暴漢たちと兵士たち、そしてモンスターが暴れ回っていて、比較的平和と言っても確かに亜人種たちが彷徨うろつけるような環境では無いな。
最低限相応の力が無くては、外も出歩けない修羅の国だ。
神族魔族が支配して、亜人種たちが素直に従う。
街中においては、それで上手く保たれてはいる。
エルフ、ドワーフ、ホビットの中には不平不満も堪っているようだが、実際に神族魔族に反抗なんて出来無い。
グラスランダーは生来の性格故か、一番の短命種故か、あんまり気にしていない様子で、人間族は完全に諦めている。
全ての種族が納得尽くでは無いにしても、この国に限れば力による支配は国家として正常に機能しているように思えた。
ある意味、力ある者が力無き者を庇護する政治体系なのだから、上に立つ者次第だが、優れた独裁政治と言うものだな。
現世とは違い、その上に立つ者が数千年生きるのだから、ひとりの器に拠って立っても、簡単に瓦解しないしな。
そうして少し国内を回ってみて観測してみたが、マナ濃度には多少の違いが感じられる。
予想通り、南に行くほど少しはマシになる気がする。
所詮誤差の範囲だが、南方にはきっと、もっとマナ濃度の高い土地があるはずだ。
そこで、ある程度一気に南下する事にして、アントンスィンクを後にした。
金はたんまり巻き上げておいたので、この先は亜人種街に安宿を取りつつ南下を続ける。
と言っても、裏アーデルヴァイトも大陸の形自体は表と一緒だから、本気で飛べば1日程度で南の端まで到着する距離だ。
一応、途中の国々も見て回る事にしたので、敢えて1週間ほどを掛けて移動した。
常に戦いに明け暮れる小国は殺伐としていたが、活気があるとも言えた。
神族の国にしろ、魔族の国にしろ、支配者だけで無く戦争特需で賑わう亜人種たちも、それなりに生き生きとしていたな。
世の中の不幸を一身に背負った顔をして生きているのは、人間族くらいだ。

1週間後、南の果てにその山々は見えた。
表アーデルヴァイトでは、エルムスと人間の世界を隔てていた山並みである。
ここまで来ればはっきり感じる。
エルムスに相当する場所には、マナが溢れているようだ。
まぁ、溢れていると言っても、マナは過剰であっても悪い影響が出るから、あくまで表アーデルヴァイトと同じ水準、と言う事だ。
多分、この先を調べれば、何故ここだけマナ濃度が正常なのか。
転じて、何故裏アーデルヴァイト全体ではマナ濃度が薄いのか、その答えが見出せるのではないか。
俺には、そんな予感がある。
俺が最後に立ち寄った、ヴァンデラスと言う魔族が支配するこの国で聞き込みをしたところ、南の山を越えた先に何があるのか、何も知られていないと言う話だ。
支配者たちは隣国を攻めるのに忙しく、不毛な土地へ調査隊を送ったりはしない。
エルムスの事を思えば、きっと手付かずの豊穣な土地が眠っていそうなものだが、険峻の先に楽園があるなど想像出来まい。
だから、ヴァンデラス王国には山を抜け南へ抜ける間道なんてものは無い。
俺は新型フライで空を行き、その誰も足を踏み入れた事の無い、知られざる楽園へと赴くのであった。

5

然程の時間を要さず、俺は屹立する山々を飛び越し、目的地へと至る。
新型フライが速いだけで無く、中空に人間族が入れぬ結界、いや、神族が出て行けない結界が張られていない為だ。
そうして至った楽園パラダイスは、快適な気温と湿度の温暖な気候で、抜けるような青空から気持ちの良い陽光が降り注ぎ、色取り取りの植物が生い茂っていて、そこにはいくつも果実が実っている。
動物たちの姿も多く、鳥たちも美しい声でさえずり、何とも心地良い雰囲気だ。
すぐ近くにあった水場も澄み切っていて、そこに棲む魚たちはまるで宙を泳いでいるかのようだ。
背後を振り返れば確かに天嶮が覆い被さって来るようだが、正面に目を向ければ遮る物も無い広い空と大地が広がっている。
晴れた夏の日の北海道、と言った感じかな……と、コピペしたような描写をしたくなるような、エルムスと同じ光景が広がっていた(^^;
その上で、神族たちの家々や街なども存在しない、自然のままの楽園パラダイス
マナ濃度も、数値化するなら1。
だが、さらに奥、マナ濃度が高い一画がある。
その原因もはっきりと目視出来る……世界樹……いや、世界樹は数十mほどの高さであって、ここまで大きくは無い。
そう、見上げても天辺が見えないほど巨大な樹が、そこにそびえ立っているのだ。
こいつを見た後では、黄金樹ですら美しいだけのただの樹に思える。
この樹こそ、本当の意味で世界樹と呼べるのではないだろうか。
悪魔も神もこの目で直接見た今の俺でも、魂の底から荘厳さを感じる。
この樹は、アーデルヴァイトと直接繋がっている。
いやさ、アーデルヴァイトそのものなのではないか。
そう思えてならなかった。

当然、俺はその樹へ向かって行った。
何と無く、その樹に呼ばれているような気もしたから。
手の届くところまで来て、触れるのは不敬な行いなのではないかと少し逡巡するも、導かれるように手を添えた。
その瞬間、不思議な、懐かしい感覚に包まれる。
これはそう、オフィーリアと対話したあの時の感覚。
黄金樹と違うのは、俺の前には精霊が現れるのでは無く、ただ樹がそのままあるばかり。
「……初めて……人が訪れた……しかも……特別な人が……。」
頭の中のようでもあり、周囲に大音声で響くようでもある、不思議な声が語り掛けて来る。
「……貴方はこの樹、そのものですか?……私は以前、黄金樹と呼ばれる世界樹において、守護精霊と邂逅しました。貴方は精霊?それとも樹?」
すると、掌を通して、樹が震えるのが伝わって来る。
「おぉ……おぉ……生きているのだね……まだ世界樹が……生きているのだね……。」
?どう言う事だ。
俺は黄金樹の他に、アオキガハラでも枯れ掛けだが世界樹を発見している。
それに、こちらの世界にだって、黄金樹のような世界樹がいるはずだろ?
「どう言う意味ですか?世界樹なら、他にも生きているはずでは?」
「……残念だ……世界樹たちは……その多くが……死に絶えてしまった……もう……私が生存を感じられるのは……5本だけ……。」
5本?思ったより多いな。
いや、古参ファンタジーオタクである俺のイメージでは、そもそも世界樹なんて世界に1本か。
黄金樹以外の世界樹が存在する時点で、アーデルヴァイトの世界樹は俺の想像とは違う訳だ。
その多くが死に絶えた、残りは5本だけ、この樹は今そう言った。
と言う事は、俺は貴重な残り5本の内の2本に出逢ったと言う事なのか。
「そうなんですか。私は黄金樹ともう1本に逢いましたが、まさか世界樹がたくさん存在し、それが減っているとは思いませんでした。」
「……違う……違う……そうじゃ無い……この世界には……後5本……きっと……お前の世界には……まだたくさん生きている……。」
「私の世界?それは地球って事?……いや……違う。そうか……、そう言う事か。」
「そう……そう……アーデルヴァイトに残された世界樹は……後5本……もう……世界が……死に掛けている……でも……お前のアーデルヴァイトには……まだたくさんの世界樹が……生きている……。」
そうだったんだ!だから、マナが薄まっていたのか!
「この世界、つまりこちら側のアーデルヴァイトでは、世界樹が死に掛けてる。でも向こうの世界、海の向こうのアーデルヴァイトは話が違う。世界樹こそ、マナを正常に世界に満たす存在!まさに、世界を司る樹だったのか!」

世界神樹、この巨大な世界樹の名前だ、はもっさり喋るから、聞いた話を掻い摘んで話すとだな(^^;
アーデルヴァイトは、表裏一体の双子世界、と言うか双子大陸。
表にも裏にも無数の世界樹たちが生えていて、彼らが大地からマナを吸収し、それを大気へと還流している。
マナの源泉は大地の奥深くに眠っていて、龍脈を伝い大地の表面に近い場所を流れ、それを世界樹が汲み上げる。
それにより世界にはマナが溢れ、決して枯渇する事は無い。
しかし、こちら側ではマナの源泉を汲み上げるポンプである世界樹が激減してしまった。
その為、充分なマナが大気に行き渡っていないのだ。
では何故、世界樹が激減してしまったのか。
それは、こちら側の世界では争いが続き、小さな領国を富ませ充分な国力を養う為に、開拓が進んだ事による。
世界樹が何たるかを知らぬ無知蒙昧たる者たちが、あろう事か世界樹を切り倒して行ったのだ。
土地の開発が進んだ事が、文明も進ませたのかも知れない。
魔法が存在する世界だから科学こそ発展していないが、向こうと比べこちらの方が技術的に進歩しているように見えたのは、そう言う理由からではなかろうか。
こちら側の住人たちは、自らの手で自らの首を絞めて行った。
マナ濃度は薄れ、魔法の恩恵も弱まっている。
知らず知らずの内に……。
だが問題は、それだけに止まらない。
大陸こそ表裏に分かれているが、空は繋がっているのだ。
こちら側の世界樹が枯れ果ててしまえば、その影響はあちら側にも表れるだろう。
永い目で見れば、片肺になったアーデルヴァイトは、残りの肺の機能も失って行く。
そう、こちら側の世界樹が死に絶える事は、結果的に世界の滅亡へと繋がる。
対岸の火事では済まないのだ。
「……それで、貴方は私にどうしろって言うの?」
「……穢れた土地を清め……私の子供を増やして欲しい……それが難しいなら……せめて……今残っている子供たちを……助けて欲しい……。」
……そう来たか。
いや、ライアンやエルダ、ベルディと言う大切な家族や、クロやオルヴァドル、シロ、クリスティーナ、アスタレイ、キャシー、オーガン、メイフィリアにヨーコさん。
多くの繋がりが出来て、もうこの世界がどうなっても構わないなんて思わない。
すでにアーデルヴァイトは、俺にとって異世界なんかじゃ無いから、救ってやっても良いのだが……浄化か。
地球の神の加護のお陰で無事にアーデルヴァイトへ辿り着けたけど、地球の神の加護の所為で高位の神聖魔法は使えないからなぁ(^^;
中位までの神聖魔法ならば発動してくれるから、全く浄化が出来無い訳じゃ無いんだが、どうしたってパワー不足だ。
う~む、どうしたものか……チリッ……今一瞬、何かが反応した。
これって……、闇の神の欠片?!
……、……、……今は大丈夫。特に問題は無い。
……神、か。お前は、この世界を護りたいんだな……。
「……判ったわ。浄化は得意じゃ無いんだけど、やれるだけやってみるわ。」
「おぉ……おぉ……やってくれるか……ならば……この種を……。」
「待って。悪いんだけど、私、そこまで浄化は得意じゃ無いの。土壌の浄化には時間が掛かるから、まずは残りの5本の世界樹の様子と、向こうの大陸の世界樹の様子を確かめて、出来れば保護してやるのが先だと思う。それと並行して、こちら側で世界樹を増やせそうな場所を見繕って、土壌を浄化した後、初めて世界樹の苗木が必要になる。種の発芽はここで出来るかも知れないけど、今から育てたんじゃ大きくなり過ぎて、移植が難しくなるだけだわ。」
「むぅ……そうか……まだ子供たちは……増やせないか……しかし……確かに……残りの子供たちも……助けてやって欲しい……お願いする……。」
何とか、世界神樹も納得してくれたみたいだな。
アオキガハラの世界樹の浄化すら、俺はキヌメに頼りっ切りだ。
しかも、高位の神聖魔法が使えない理由が判明した今、俺の浄化能力を強化する術も無い。
こうなった以上やるしか無いが、闇の神の欠片で地上最強を不動のものとした今でも、出来無いものは出来無い。
何でもひとりで出来るスーパーマンになんて、神ですらなれないのかも知れないな。

6

巨大な世界神樹の枝葉が空を覆う、幻想的な風景。
そこを渡る清浄な流れに乗る風の精霊たち。
この気持ちの良い楽園パラダイスで、俺はひとり頭を抱えていた。
さて、どうしよう。
いくらマナ濃度が薄まっているとは言え、1分1秒を争う世界の危機では無い。
俺の浄化能力の事もあり、永い年月を掛けて少しずつ再生を促して行く事になるだろう。
取り敢えずは、世界神樹の子供たち、残り5本の世界樹の場所を詳しく聞いて、様子を見に行く事になる。
その次は、表アーデルヴァイトの世界樹たちだ。
まずは、オフィーリアと話した方が良いかも知れん。
……新型フライでは、移動に時間が掛かり過ぎる。
どうしたって、表裏両方の大陸中を飛び回るなら、アストラル転移は必須だろう。
となると、確立せねばならない。
闇の神の欠片ごと、アストラル転移する方法を。

……まぁ、多分大丈夫だとは思っている。
今まで完全に沈黙しているし、その気になったら俺を乗っ取るくらい、いつでも出来るほど強いはずだ。
もちろん、名も無き光の神との1万年以上に亘る戦いで、かなり力を消耗したのかも知れない。
本当に疲れて、深い眠りに落ちているのかも知れない。
だが……俺もそうだが、一見熟睡していても、必要があれば意識は覚醒する。
これは、ある程度の力が身に付いた者の、危機管理能力の類だと思う。
少なくとも、地球にいた頃の凡庸な俺でさえ、寝ている時に地震が起きそうになると、揺れる前に目が覚める事もあった。
そんな本能が、さらに磨かれて特殊能力のようになっている。
だから、ライアンの隣で本気で熟睡していても、エルダが試しに放った敵意にちゃんと反応していたみたいだしな。
この闇の神も、多分熟睡はしているのだが、さっき一瞬だけ反応を見せた。
それは、神としてこの世界を護ろうとする意志、だと思う。
であるならば、その為に動こうとする俺の体を、奪ったりはしないだろう。
……と言う事だ。頼むぞ。神様(^^;

誰もいない、真っ暗闇のいつものオルヴァ拠点、その予備体保管室。
アストラル体の俺は、いつもの通りに結界を張り、そこへマーキングした本体を招喚する。
ボディコンワンピースで胡坐を搔くはしたない格好の本体が現れ、……しばし観察するも、勝手に動き出す様子は無い。
それでも慎重にアストラル体を忍び込ませると、問題無く本体へと納まった。
……ふぅ、これで何とか、アストラル転移は使えそうだな。
眠っているのか、その気が無いのか、闇の神の欠片は何ら悪さをして来ない。
これならば、能力が10倍になっただけで、今まで通りに活動出来そうだ。
俺は立ち上がり、スカートの裾を直した後、ステスルを発動してから王宮上空まで新型テレポートで転移した。
そのまま適当な窓から王宮内に入り込み、脇目も振らずライアンの許へと駆けて行く。
もうすぐ夕刻。今ライアンは、ベテルムザクト司教らと何かの打ち合わせ中だった。
ライアンの姿を認めると、ステルスを解いて突進する。
俺の気配に気付いたライアンが振り返ると、その胸に飛び込んだ。
「ライアーン、ただいまー。」
ぼすっ、と豪奢な僧服に俺の体は包まれて、突進したもののがっしりしたライアンはよろける事無く俺の体を抱き留めた。
「ユ……、ルージュ。お、お帰り。久しぶりだから私も嬉しいけど……、ん。どうかした?」
気を利かせたのか、ベテルムザクト司教たちの気配が部屋を出て行ったが、俺は顔を埋めたまま。
「どうしたの、ユウ?……大丈夫?」
そのまま、首をぶんぶん振る。
「何かあった?」
もう一度、首をぶんぶん振る。
ライアンは、それ以上は何も聞かず、ただ静かに抱き締めていてくれた。

時間としては、多分10分も経っていない。
それでも、とても気持ちが落ち着いた。
俺にはもう、ライアンのいない生活なんて考えられない。
……本音を言えば、世界樹巡りに時間が掛かるからでは無く、ライアンの許へ飛んで帰れないのが嫌で、アストラル転移を担保したんだ。
まぁ、どの道、何年もライアンの許へ帰れないようなら、世界なんて放っぽり出すだけさ。
その意味で、どうしても必要だったんだよ。
解ってくれるか?闇の神様よ(^^;
「……詳しい事は後でちゃんと話すけどね……。私……、また世界を救う事になっちゃった。」
「世界を……。でも、あの時みたいに慌てていないから、悪魔の降臨とか、そう言うのとは違うんだね。」
「うん。本当はね、本当は……。私、世界なんてどうでも良いの。こう言ったらあれだけど、世界を救うなんて面倒な事、本当はしたく無い。でもね。この世界にはライアンがいる。エルダだってベルディだってキンバリーさんだって……。」
ぎゅっ、と腕に力を入れる。
「この世界には、ライアンがいる。だから無くなられちゃ困るのよ。上手く出来るか判らないけど、本当は嫌だけど、やらなきゃならないの。」
ライアンも、少し力を入れて抱き返してくれる。
「この世界にはユウがいる。僕にとっても大切な世界だ。何をしなくちゃいけないのか、僕が力になってあげられるのか、それは判らないけど、僕に出来る事があるなら何でも言って。一緒に頑張ろう。」
Bigシュークリームの恨み……と言うだけじゃ無くて、俺は世界の命運なんてものに興味が無いタイプの人間だ。
そもそも、勇者なんて柄じゃ無い。
人助けもするけど、あれはどちらかと言えば、助ける為に悪人を倒す事が楽しいんであって、助けるのは事のついでだ(^^;
間違っても、俺は正義の味方なんかじゃ無い。
だから、心から面倒臭いんだ。世界を救うなんて。
本当は放っぽリ出したいんだ。世界なんて。
でも、やらなきゃいけない。不得意なのに。
でも、やらなきゃいけない。忙しくしていたら、ライアンとゆっくり出来無いのに。
それが本当に、嫌で嫌で嫌で嫌で……。
「でも、やるわ。頑張る。ライアンが住む世界を護るのは、自分の為だもの。それは結局、やりたい事だもの。」
「……元気出た?」
俺は、ライアンの首に手を回し、顔を近付ける為に背伸びをする。
「まだよ。元気を頂戴。」
静かに目を閉じ、元気を貰う。
やる事は山積みだ。
明日から大忙しだ。
だから今日、今夜くらい、久しぶりに愛しい男の隣で、ぐっすり眠らせてくれ。

つづく
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