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閉幕 純情
しおりを挟む少年は大きな医療施設の前で、一人、立ちすくんでいた。
先日、茜に聞いた病院。目の前までやって来たら、やっぱり、足がすくんでしまう。
小さな歩幅で、少しずつ、少しずつ、前に進む。
病院の入り口まで、あと少し、あと少しだ。
太陽の日差しが眩しい。体から汗がだらだらと流れていく。
目の前に入り口が見えて、自動ドアに手をかざす。
横から、誰かがドンッとぶつかって来て、悟は力なくふらふらとよろめいて、倒れてしまった。
顔をゆっくりと上げると、キャップを深々と被った小柄で可愛らしい少女がいた。黒い髪の毛が、ところどころ紫色をしていて、その時、ふわっと風が吹いてキャップが飛ばされていく。
彼女の手に、刃渡りの長い包丁が握られていて、その先端から、赤い雫が滴っていた。
悟は自分の着ていた真っ黒なパーカーの脇から、じんわりと、温かい液体がしみ出てきている事に気がついた。
少女の顔を見ると、視点が定まっていなかった。恍惚とした表情で笑っていた。
「……みぃつけた」
と、悟の耳元で呟くと、もう一度、座り込んだ悟の正面から、腹部に向かって数回、腕を振り下ろした。
二、三回、腹部に異物が挿入された感覚があった後に、周りから悲鳴が聞こえた。
悲鳴が聞こえてくると、目の前にいた可愛らしい小柄な少女は、倒れ込んだ悟を飛び越えて、走り去っていった。
周りがうるさい……、悟はそう思いながらも、立ち上がり、ついさっきより、少しだけ動きにくくなった体で、病院の中に入る。
相変わらず、すれ違う人たちが悲鳴を上げていた。うるさいなあ、と思いながら、エレベーターで、2階へ。
エレベーターから降りると、見覚えのあるメガネをかけた細身の男性がするりと悟の横をすりぬけて、エレベーターに乗り込んだ。
エレベーターの中から、叫び声みたいな声が聞こえたけど、悟にはよく聞こえなかった。
小さな歩幅で、少しずつ、前に、前に。
「205号室だ……」
扉を開けると、太陽の日差しが眩しくて、目が霞んできた。その先にいる、少女が、こちらをずっと見ていた。
少女は、ベッドに座ったまま、目が合っているのか、合っていないのか、わからなかったけど、ずっとこっちを見ていた。
もう少し、もう少しだ。
少年はどんどんと鈍くなる体を、一歩、一歩、前に進めていく。
目の前が、なんか少しだけ薄暗く感じるけど、気にしていない。
少女が、小さく、微笑んだ気がした。
少年は、真っ赤な手のひらを、少女の頬に当てて、小さな、小さな声で、つぶやいた。
「……あいしてる、かすみ、やっと、あいにこれた」
少女は、少年のあたまをそっと抱えて、静かに微笑んだ。
《完》
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