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第一章

旅立ちの日

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 その日は、素晴らしい晴天だった。
 空は青く、前日降った雨で木々の葉は洗われキラキラし、沢山水分を吸った花の色は鮮やかで、そよぐ風は爽やかで気持ち良かった。
「新しい門出を祝福するような、最高の天気じゃないか」
 眩しそうに空を見上げるカミーユは、いつもの黒ではなく、深緑のドレスだ。髪も結い上げ、小さな飾り帽子を頭に乗せ、小さなビーズバッグを腕に掛けている。
 いつもの怪しく艶やかな雰囲気は無く、上品で、どちらかというとお堅い女性に見える。
『カミーユさん、なんか雰囲気違いますね』
「今日は街中を歩くから、いつもの恰好だと目立ってしまう。わたしは普通の薬屋で通っているからね」
 そう言って笑いながら、カミーユはリリーをひょいと抱き上げた。
「今日の調子はどうだい?」
『すごくいいです。昨日のだるさが嘘みたい!』
「雨の日は、なんだか調子悪いのよね。無理しないで寝ているのが一番だわ」
 昨日、一緒に寝まくっていたルウも、今日は元気そうだ。時折、寂しそうな表情はするが……。
 今日は、リリーが猫になってから7日目。
 予定より雨で1日遅れたが、今日リリーは新しい屋敷へと出発する。
「結構遠いから、馬車で行くよ。まずは大通りに出る。それで、だ」 
 抱いていたリリーの耳元で、カミーユが小さな声で囁く。
「ルウの子もこうやって抱いていたんだがね、大通りに出てすぐ、町の賑やかさに驚いて逃げ出しちゃって。籠に入れておけば良かったんだが、なにかあった時の為に、家までの道を覚えさせようとしたのが悪かった。リリーは大丈夫そうかい? 最近、猫の感覚になることが増えてるだろう?」
『はい、起きてすぐとか眠くなってきた時そうなる事が多いですが、今は大丈夫です』
「よし、じゃあ、このまま行こう」
 そう言うと、ルウに声をかけて歩き出た。
 名残惜しくなりながら、リリーは初めて外から見たカミーユの店を、首を伸ばしてもう一度見た。
 煉瓦造りで、蔦が絡まった小さな店だ。木の扉には『薬・茶 黒猫』という小さな看板が打ち付けられている。
『わかってはいたけど、カミーユさんはかなりの猫好きだ。お店の名前も黒猫だなんて。覚えておこう!』
 店の名前を心に刻み、今度は道を覚えようと、目印になりそうなものをキョロキョロ探した。
 馬車が一台ようやく通れるくらいの細い道の両脇に、雑貨屋、布屋、保存食屋、貸本屋、それから普通の住居……あまり特徴的な目印は無い。
「さあ、大通りに出るよ。リリー、怖くなったら逃げるんじゃなくて腕の中にもぐり込むんだよ。ルウは踏まれないように気を付けて」
「ニャア」 
 そう返事したルウはカミーユの足元にぴったりとつき、人や犬にも臆せず進んでゆく。
 というか、ルウより何倍も大きい犬の方が、ルウに怯えているようだった。なにか、普通の猫にはないオーラが出ているのだろう。
 一方リリーは、ちゃんと道を覚えておこうと必死だ。
 幸い、大通りに出るとなんとなく場所の検討はついた。
『わたしが住んでいた所から、少し先みたいです』
「そうかい。ああ、住んでいた部屋、気になるかい?」
『あー、まあ、気にはなりますけど……でも大丈夫です』
 大した家財道具も無い。大家さんあたりが売り払って、最後の家賃に充てるだろう。
「ん、じゃあ行こう」
 大通りを進み、馬車に乗り、行き先を指示する。
 途中、働いていたパン屋の前も通ったが、あまり様子はわからなかった。
 旦那さんもおかみさんも、お客さん達もいい人達だった。きっと、自分の死を悲しんでくれただろう。
『みなさん、お世話になりました、ありがとうございます』
 心の中でお礼をし、馬車から見える町の様子を眺めた。
『馬車かぁ……初めて乗るなぁ。馬車は高価だから……』
 そのうち、貴族の大きな屋敷が多い地域に入った。リリーが足を踏み入れたことがない地域だ。
『すごい、立派なお屋敷ばっかり。うわー、なにあそこ、門からお屋敷までかなりあるんじゃない? あっ、あのお屋敷は薔薇がたくさん! うわー、すごいなー』 
 圧倒されつつ、次々と現れる屋敷を見ていると、ついに馬車が止まった。
「さあ、着いた。降りよう」
 馬車を降りてから少し歩き、大きく豪華な屋敷の前でカミーユは立ち止まった。
「ベルナルド伯爵家、ここだ。裏に行くよ」
 ぐるっと囲まれた高い塀に沿って裏手に回ってみると裏門が見えた。守衛が二名立っている。業者などはここから出入りするのだろう。
「様子を見てくるわ」
 ルウはスルリと中に入って行き、カミーユとリリーは裏門を通り過ぎ、少し離れた木の下に座った。
『伯爵家の裏に座ってて、怪しまれないですかね』
「大丈夫だろう。ほら、この先は森だ。小道もあるから、森に野草なんかを取りに行く者もいるだろうし。もし何か聞かれたら、気分が悪くなって休んでるとでも言うさ」
 なるほど、今のカミーユの姿なら守衛も信じるだろう。
『ところで、わたしがこの屋敷に行くって事、誰かと約束しているんでしたよね?』
「あー、まあ、そうなんだが……実はちょっと訳ありで……」
 カミーユが、困ったように言いかけた時、
「ニャー!!」
 ルウが矢のように走って来て、小さな声で言った。
「……まずい事になったわ!」
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