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第一章

屋敷の中へ 

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 お屋敷の中は、それはもう! リリーの『想像を絶する』ものだった。
『窓おっきい! 天井高い! 柱太い! 床、なんか白い石。壁、なんか布? 織物? 床とか壁って、普通木じゃないの? あ、天井になんか絵が描いてある。なにこの階段、舞台みたい! うわ、このステンドグラスすごいんだけど。わ、シャンデリア大きい、キラキラ。あー、絵が多い。像もいっぱい並んでる。ところで、なんで廊下に絨毯が敷いてあるの? うわー、部屋多い。なにあの長いテーブル。飾ってる花、多すぎじゃない? えー、これ、本当に個人の家なわけ?』
 リリーが知っている豪華な建物を言えば教会だが、それよりも圧倒的にすごい。
『贅沢が必要じゃないところをこんなに贅沢にするって……さすが貴族!』
 驚きすぎて閉じる事を忘れた口の中がカラッカラになった頃、ある部屋に到着した。
 子供用の机と椅子、ソファーとテーブル、大きな本棚に並んだ沢山の本。ミッシェル坊ちゃんの勉強部屋だ。
「さーミッシェル様、もうすぐ先生がいらっしゃいますから、上着を着なくちゃいけませんよ。えーと、リリーちゃんはこの中にいてね」
 キャシーは、ソファーのクッションを囲いのように配置し、その中にどこからかもってきたうさぎのぬいぐるみを置いて、リリーを入れた。
 リリーがウサギのぬいぐるみの足の上に乗っかるのを見て、ウンウンと満足げに頷き、ミッシェルには聞こえないよう、小さな声で囁く。 
「リリーちゃん、ミッシェル様がお勉強中は、わたしと遊んでいようね。おなかもすいてるよね? 先生が来たら暇になるから、何か持ってきてあげるね。あ、いらしたかしら?」
 扉が開く音がし、キャシーはヒョイと視線を移したが、
「なんだ、ニックか」
「……よ~やく捕まえたぜ、ヘトヘトだ、もう……」
 チェイスを抱いたニックが、ヨロリと部屋に入ってきた。
「早く、呼んだら来るように躾けないと……。」
「お疲れ様~。やだ、手から血が出てるわよ、大丈夫?」
「ちょっとだけな。すぐ止まるさ」
「そんなこと言わないで、治療してもらった方がいいわよ」
「大丈夫だって」
「いやいや、その辺に血付けたらロイドさんに怒られるわよ。」
「あー……じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
 チェイスを離し、ニックは部屋を出て行った。
「さてと……あら? ミッシェル様、早く上着着ませんと」
 いつの間にかクッションの囲いの中にスピカも入れ、二匹一緒に撫でくり回していたミッシェルは、のんきに『あのね、無いよ? 僕の服。』と言う。
「えっ? やだ、持ってきてたと思ってたけど……ミッシェル様、わたし、お部屋に取りに行って来ます。すぐに戻って来ますからね」
「うん、わかったー」
 キャシーは慌てて出て行き、部屋は子供と動物だけになってしまった。
「リリーちゃんいい子ねー。スピカもいい子ねー」
 気に入ってもらえたのは嬉しいが、撫で方が雑で少々痛い。
 隣りのスピカを見ると、目を閉じてされるがままになっている。苦悩するような表情なので、気持ちいいのではなく、耐えているのだろう。
「そうだ! チェイスも一緒にお昼寝しなさいー」
 ミッシェルがチェイスを追いかけて走り始めた。
『カミーユさんと約束をしたのって、ここの奥様だったんだ。ミッシェル君のお母さんってことだよね。若くして亡くなったのね……。寂しいだろうな、ミッシェル君。で、わたしが置いてもらえるかは、ご主人様に気に入ってもらえるかどうかにかかっているのよね。……どんな方か、知っておいた方がいいわね』
 スピカを見ると、渋い顔で、追いかけっこをしているミッシェルとチェイスを見ている。
『あのぉ、スピカさん、ちょっとご主人様について、教えて、もらえたら、と……』 
 名前を呼んだ途端、真っ黒い真ん丸の目で、ものすごく驚いたように自分を見つめるスピカ。
『えと……どうか、しましたか?』
『あなた、どうしてわたしの名前を知っているのです? わたしは名乗っていませんが?』
『え? キャシーさんたちがそう呼んでた、か、ら……』
 益々目を見開くスピカに、しまったと、言葉に詰まってしまうリリー。
 身近な猫のお手本のルウが、普通にカミーユを話していたし、犬のスピカやチェイスと会話できるので何も気にしていなかったのだが、普通、人の話す言葉は犬猫にはわからないらしい。
『わたしは長く生きているから、わかる言葉も多いけれど……あなた、人の言葉を理解できると?』
『あ~、えーとですねぇ、なんと言いますか……』
『チェイスなんて、自分の名前がチェイスだという事さえなかなか理解できなくて……今もわかっているのか怪しいくらい。それをあなた、その幼さで、人の言葉を? なぜ?』
『なぜって……えーっと……』
 なんと説明すればいいのか。
 まさか、『元人間で、猫として生き返ったんですよ~』なんて言うわけにもいかない。
『ちなみに、どうして今、お付きの人間がいないのかしら?』
『あ、キャシーさんはミッシェル坊ちゃんの上着が無いからお部屋に取りに。ニックさんは怪我の治療です』
 答えにくい事から、答えられる質問になったことにホッとし、テキパキ答えたのだが、
『そんなに詳しくわかるなんてすごいわね。あなた、一体何者です? ただの猫じゃないわね?』
『ああ……』
 さらに失敗したらしい。
 なんと言い訳すれば正解か。
 必死に考えつつ、リリーは答えた。
『あの、わたし、確かに人の言葉はわかりますが、決して怪しい者ではなくてですね。その……言葉は元々わかるというか……うまく説明できないんですけど、わかっちゃうんです。でも、本当に怪しくはないので、どうかここに置いて下さいっ!』
『ですから、それを決めるのはご主人様です。ですが、わたしの意見としては、あなたがここで暮らす事は好ましい事です』
『えっ?』
 意外な言葉に驚くリリーだったが、
『考えてみれば、犬がワンと鳴き、猫がニャーと鳴くのはどうしてかと尋ねられても答えられないようなものでしょう。それに、人が何を言っているのかわかるというのは便利です。あら? ちょうどミッシェル様が何か言っているわ。リリー』
『は、はいっ! えーと? 上着があったって……ああ、チェイスが隠しちゃってたみたいです。見つかったから、キャシーに教えに行かなきゃって。あ、やだ、リリーも一緒に行こうって、ニャー!』
 片手で雑に抱き上げられ、思わず悲鳴を上げてしまう。
「リリーちゃんも、ぼくの部屋見たいよねー。連れて行ってあげるね。良かったねー。スピカも行きたい? あれ? ねむっちゃってる」
『えっ? あっ、ずるいですスピカさん! それって寝たふりですよね!』
 ニャーニャー鳴いてみたが、スピカは顔を伏せてピクリともしない。
「だめだよ、リリーちゃん。あんまり鳴いたらスピカが起きちゃうから、しずかにね。さあ、行こうね」
 大きな扉のノブを背伸びして回すと、音を聞きつけたチェイスが突進してきた。
「チェイスも行くの? えー、いい子にできる?」
 できる訳がない、とリリーは思ったが、結局チェイスも一緒に部屋を出た。

 そして……。



『ここ、一体どこなの……?』 

 数時間後、なぜか薄暗い森の中で、リリーは途方に暮れていた。
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