上 下
65 / 84
第三章

迷い

しおりを挟む
「リリー! 大丈夫だった!?」
 エヴァンの姿が見えなくなってすぐ、キャシーがリリーに駆け寄った。
「わたしは大丈夫よ。やだキャシー、泣かないで」
「だって……本当に、大丈夫だった? 何もされていない?」
「ええ! でも、おね、じゃなくて、このワンちゃんが蹴飛ばされてしまって……」
「キャン!」
「えっ、スピカが? かしてみて」 
 リリーからスピカを受け取り全身擦ってみて、『大丈夫そうね』とキャシーはほっとしたように言った。
「……あのう……わたし、もう自室に戻っていいんでしょうか?」
 そんな様子を見ながら、シェリンが面倒そうに尋ねる。
「ああ、戻っていい。」
 リュカがそう言うと、シェリンはお辞儀をして下がって行った。
「さて、いろいろ聞きたい事はあるが……とりあえずキャシー、ミッシェルと犬達を、部屋に連れて行ってくれ」
「かしこまりました」
「あ! ちょっと待って」
 慌ててリリーはミッシェルの前にひざまずき、小さい身体をキュッと抱きしめた。
「ミッシェル様、ありがとうございました」
「ん? うん! あのね、スピカがワンワン吠えて、扉をガリガリして、部屋の外に出たがったんだよ。それで、追っかけてきたの。……リリー、叔父上に、いじめられたの?」
 心配そうに小さな声で尋ねたミッシェルに、リリーも小声で答える。
「ちょっとだけ。でもミッシェル様やスピカお姉さまやチェイスが来てくれて、助かりました」
「そっかー、へへっ。じゃあね、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい、ミッシェル様」
 挨拶を交わし、リリーはリュカと一緒に部屋に入った。
 入るとすぐ、リュカはリリーの肩を掴んだ。
「何があったんだ? 本当に大丈夫なのか? 何を言われたんだ? 何かされたのか?」
「えーっと…………」
『何が言って良くて、何がいけない事?』
 戸惑いつつ、とりあえず最初から話すことにする。
「キャシーと二人で部屋に向かっている途中で呼び止められたんです。それでエヴァン様は、シェリンを呼んで来るようにと仰ったのですが……」
 そこで言葉を一度切り、エヴァンがシェリンの事を『リズ』と呼んだ事を話そうか話すまいか迷い……、
「エヴァン様がわたしを引き止めたので、キャシーがわたし一人を残せないと言ったら、エヴァン様はご立腹されたようで……キャシーの頬を何度も叩いたんです」
 『リズ』の事は伝えない事にし、話を続けたリリーだったが、秘密を作ってしまった事と、その秘密をちゃんと隠さなければという事に気を使い、話がうまくまとまらない。
「だからわたし、キャシーにシェリンを呼んで来るようにお願いして、待ってる間にエヴァン様が、なんかいろいろ言って……」
「色々? どんな事を言ったんだ?」
「えーっと……」
『面倒をみてやろうと言われた事は言えない。夜がどうこう言われてムカついて言い返して怒らせた事も言えない。『お前も殺されたいか』と言われた事は絶対言えない。ということは……』
「酔ってて、何言ってるかあまりわからなかったです。だからわたし、ずっとお辞儀してて……そしたら髪を掴まれて、ちょっともめてたところにスピカお姉さまが助けに来てくれたんですけど、蹴られちゃって」
「そういえば、スピカは前からエヴァンの事が嫌いだったな。来るとよく呻っていた。しかし、女性の髪を掴むだなんて……他に何かされなかったか?」
「あー、はい……」
『胸とか触られた事も、黙っていた方がいいよね……』
「本当か? 何か隠していないか?」
「えっ? い、え……そんな……」
「リリー、正直に話せ。リリーを傷つける者は、たとえ兄弟だって……ん? ここ、腫れているんじゃないか?」
「え? あ、痛っ!」
 こめかみの上を触れられ、リリーは顔を顰めた。
「あ、そういえばそこ、ぶたれたんでした。よけきれなくて……」
「なぜ早く言わない!」
「あの、忘れてて……大した事無いですから、ホントに……」
 怒鳴るように言われ、ビクビクしながら、しかし、『わたしの事、こんなに心配してくれるなんて』と、涙が出そうになるのを堪え、リリーはリュカの胸にそっと頭を付けた。
「どうした? やっぱり具合が悪いんじゃ……」
「いいえ、大丈夫です。でも……ちょっと、疲れました」
「ああ、そうだろう。リリーは先に休んでいなさい。私はキャシーと話してくる。手当する者を寄こすから、おとなしくしているように。」
 そう言い、リリーをベットに寝かしつけてから、リュカは足早に部屋を出て行った。
「……どうしよう……」
 ベットの中で、思わず呟く。
 正直リリーは、どうすればいいのか悩んでいた。
 マーガレットを殺害された事は、本当に悔しく、犯人は許せない。しかしその事件に、リュカの身内が関係しているとしたら……。
「もし弟がこの事件に関わっているとしたら、兄のリュカ様にまで、何か影響が出るんじゃないの? それにあの人、『お前も殺されたいのか』って言ってた。ということは、すでに誰か殺してるって事だよね? それって、オリヴィア様の事じゃないの? もしかしてこれ以上、真実を知ろうとしない方がいいんじゃないの? 一体どうしたら……」
 途方に暮れながら、リリーは目をつぶった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

スピンオフなんて必要ないですけど!?

BL / 連載中 24h.ポイント:1,072pt お気に入り:1,414

異世界転生令嬢、出奔する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:25,916pt お気に入り:13,936

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:16,896pt お気に入り:3,316

貴方のために涙は流しません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:34,812pt お気に入り:2,062

【立場逆転短編集】幸せを手に入れたのは、私の方でした。 

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,035pt お気に入り:821

婚約破棄された令嬢は、実は隣国のお姫様でした。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:65,676pt お気に入り:3,291

【R18】餌付けした少年が大人になってやって来た

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:106

自宅アパート一棟と共に異世界へ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,919pt お気に入り:4,498

処理中です...