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プロローグ

0.プロローグ (4月28日〜4月29日)

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俺の名前は伊藤和也。

どこにでもいる、しがない中年サラリーマンだ。
最近俺の身に起きている不思議な現象について記録するために、この文を書いている。
日記というか備忘録というか、まあそういった類いのもの。

◇◇◇

あれはゴールデンウィーク初日、4月28日土曜日の夜だった。
今年のゴールデンウィークは土日を含めて9連休。
いつも通っているサバイバルゲームフィールドの何周年だかのイベントゲームに参加して、近くの銭湯で風呂に入り飯まで食って帰ってきたところ、家の近くで濃霧に包まれた。

この地域は早春の明け方には濃霧が出ることは多々あるが、もうすっかり気温も上がったこの時期の、しかも夜間に霧が出るのは珍しい。見通し50mも無いほどの濃霧など久しぶりで違和感を感じたのを覚えている。

自宅は数年前に購入した中古物件。
会社の上司には「結婚もしていないのに持ち家?」という顔をされたが、単に賃貸物件契約の補助金が打ち切られる年齢になったからだ。

バブル期にちょっと流行った鉄筋コンクリート造りの平屋根二階建てをリフォームした。外壁と屋根は金属サイディングで仕上げ、ついでに屋根にはソーラーパネルを設置。
リフォームを手掛けてくれたのは、仕事でも付き合いのある某建設会社だ。この地域では有名どころだが、全国的には無名の会社だ。
これでオール電化はもちろん、多少は売電もできている。もっとも浮いたガス代と電気代で元が取れる頃にはパネルの更新時期になりそうではあるが。

リフォーム時に貯水槽を床下に設置している。ポンプ付きポリエチレン製300ℓタンクを4基で合計1200ℓ。家族4人で1週間分相当との触れ込みだったが、一人暮らしの身の上では貯水としては十分だろう。
水道管に逆止弁を経由して直結しているから、日常のメンテナンスや水管理は必要ない。

自宅の周囲は住宅化の波が途中で止まったかのように田畑が広がっていた。物件の隣の畑も併せて買い取り、家庭菜園の真似事なんぞも始めた。
それで雨水の貯水タンクも外壁の外に設置した。

畑の片隅には井戸があり、昔ながらの手押しポンプが設置してあったが、残念ながら飲用には適さないとの事だった。ヒ素の含有量が飲料水基準を僅かに外れている。

趣味は春と秋はサバイバルゲーム、夏はキャンプをしながらの釣り、冬はスノーボード。
自宅一階の一室は、趣味の道具とメンテナンススペースに占拠されている。
独身で特に彼女もおらず、酒もギャンブルもしないともなれば、それなりに趣味に打ち込む金と時間は作れるものだ。

愛用のエアガンは、野外フィールドではG36VかG36C、インドアフィールドではMP5A5かMP5K、砂漠フィールドや狙撃可能なフィールドではPSG-1、バックアップウェポンとしてUSPハンドガンを装備することが多いが、それ以外にもベレッタM93Rやリボルバータイプのハンドガンも所持している。

慎重な運転の末に自宅に辿り着いた俺は、ガンラックにエアガンを立て掛け、BDUバトルドレスユニフォームを洗濯機に放り込み、ニーパッドや各種装備品を風呂の洗い場に入れたところで力尽きてベッドに倒れこんだ。

◇◇◇

さて、異変に気づいたのはゴールデンウィーク2日目、4月29日の日曜日の朝である。

結局平日と同じ時間に目が覚める。20年近く同じサイクルの生活をしていると、休日でもサイクルから抜け出すのは難しい。
休日とは言え、異常に静かな朝だった。いつもこの時期に聞こえるコジュケイやキジの鳴き声もない。

その日は特に予定もなく、とりあえず昨日風呂場に放り込んでいたニーパッドやブーツなど装備品の泥を落とし、洗濯機を回した。

洗い終わった洗濯物をベランダに干すために階段を上る。
2階には3部屋あるが、まずは南側のベランダに面した窓を開ける。

……なんだこれは……

ベランダから見える範囲が100mほど先まで草地になっている。家の南側を通っていたはずの舗装道路もなくなり、道路の向こう側にあった田んぼを1面残して全てが草地になっていた。
田んぼには近所の農家が田植えした稲の苗が風に揺れていた。

慌てて他の部屋の窓からも周囲を確認する。

東の窓からは、少し離れた場所にある製鉄所の煙突群が見えていたはずだ。
風向きによっては細かい煤塵がこの辺りにも降り注ぐから、外で洗濯物を干すのは不可とまで言われた原因の工場だ。
だがそんな煙突群は一切見えなかった。
代わりに家庭菜園を営んでいた畑の直近まで、イネっぽい草で覆われた草地になっている。
春先に植えつけたジャガイモやサツマイモ、トウモロコシはそのまま植わっている。
その先に見えるのは松林だろうか。

北の窓は腰の高さからしか開かないが、ここから見える風景も変わっていた。
以前は少し先にアパートが建っていたはずだが、いまではただの森になっている。
北の森は東の松林から始まり、ぐるっと北を抜けて西に続いているようだ。

つまり、俺の家は森に囲まれた野原の一軒家になってしまっていた。

「なんじゃこりゃあああああ!」

2階から叫んでみたが、声は虚しく響き渡るだけだった。いや、某俳優ばりに一度叫んでみたかっただけかもしれない。

慌てて玄関から外に出る。
少なくとも地に足は付く。夢ではないようだ。

庭の鉄製の門から出た俺は、自宅の敷地境界の高さ1メートルほどの白い柵に沿って、ぐるっと一周する。

建物の外観には特に異常はない。例えば壁に亀裂が入ったり、傾いたりしている気配はない。
鉄筋コンクリートのガレージと、ガレージ内の車も異常なしだ。シャッターの開閉も普通にできる。
自宅前のアスファルト舗装された道路は跡形もなく、背丈の短い草が地面を覆っている。
畑に植えていたジャガイモなどにも異常は見られない。

畑の土と畑の外の土を少し掘り返してみる。
明らかに土の質が違う。畑の土は黒っぽく砂混じりだが、畑の外の土はいわゆる赤土だ。粘土質で……

しゃがみ込んで確認をしていると、背後に異様な気配を感じた。

振り返ると、10mほど先に異形の物が立っていた。
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