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探索

4.周辺を偵察する(4月30日)

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結局その日はシャワーを浴びて泥のように寝た。
シャワーからお湯が出るか、途中で水が止まるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、そんな心配は不要だった。

心配といえば、夜中の魔物やそれに類するモノの襲撃もなかった。
静かな夜だったと思う。

翌4月30日の朝は快晴だった。

まずは洗面所で顔を洗い……ふと見上げた鏡に見慣れない顔が映っていた。
いや見慣れてはいるのだが、妙に懐かしい。
これは……20代の俺の顔だ!!

思わず左手で顔をムニムニしながら、何とはなしに右手で腹をまさぐる。
あるはずのダブついた肉が無い!そして妙に硬い!

Tシャツの裾をめくりあげた先にあったのは……割れた腹筋だった。いわゆるシックスパックというやつだ。

慌ててTシャツを脱ぐ。脱いだついでに隣にある洗濯機にTシャツを放り込む。

鏡に映ったのはゴリマッチョ未満・細マッチョ以上といった体形だった。

そんな体育会系っぽい身体の上に若かりし頃の俺の顔がある……
うん、違和感しかない。

これも魔法ってやつの力か、あるいは何かの超常現象か、単なる願望の表れか。

とりあえずその場でスクワットなんぞ始めてみる。
50回でやめた。
ベッドに戻り腹筋運動をやってみる。
こちらは100回でやめた。

うん。筋肉は嘘つかないね。

俺の想い通りに動く以上は、俺の肉体なんだろう。

アラフォーを迎えたあたりから、すっかり腹回りに肉が付き始めた。
若い頃はそれなりにスポーツもやっていたから、わりと筋肉質な方だったと思う。
その筋肉の上に一度ついた脂肪はなかなか落ちないものだ。
最近はサバイバルゲームで若者に混じって一日中走り回ることも若干苦痛に感じていた。

何が起きたかはわからないが、この変化は喜ばしい。
最近はすっかり健康診断に怯える春を迎えるようになっていたからな。

◇◇◇

何はともあれ、日常生活に戻ろう。
昨日着ていた砂漠仕様のBDUやら下着やらを洗濯機に掛け、干していたフレック迷彩のBDUに袖を通す。

洗濯機が回っている間に、昨日使ったバッテリーの充電とマガジンへの給弾、エアガンの分解清掃を行う。

分解清掃といっても、シリコンスプレーを吹いたペーパーウェスを巻いたクリーニングロッドで銃身バレルの中を拭き上げるだけだ。
昨日は屋上で使っていたとはいえ、そもそも前日は野外フィールドで一日中遊んでいたのだ。
土汚れも付いているし、撃ちまくった銃身にはそれなりに汚れが付着している。

洗濯物を干してからベーコンエッグを作り、遅めの朝食を摂る。

食事か……ストックしている食料が尽きたら、食料調達をどうしよう。

狩りでもするか?
一応シカやイノシシの解体は経験がないわけではない。
川がある以上は海もあるだろうし、食べられる魚介類も採れるかもしれない。
食料問題さえ解決すれば、この家はなかなか快適だ。
ソーラーパネルが生きている間は電気も使えるし、水だって魔法らしきもので生み出せる。

いや、そもそも人間社会が存在しない世界なのだろうか……
この世界の一員になって、普通に暮らすのも悪くない。
元の世界に戻る方法を探す?
それは飽きてからでもいいと思う。
どうせ帰ったところで仕事の納期に追われる毎日だ。
老いた両親が少し気がかりではあるが、最近はほぼ連絡も取っていない。
きっと親と仲が良かった兄弟が面倒見るだろう。
頭をよぎるそんな思いを振り切るように立ち上がる。

よし、偵察だ。ドローンを飛ばそう。

サバゲで時折使うドローンと送信機を持って、屋上に出る。

一時期より相当規制が厳しくなってはいるが、小型の機種であればフィールドによっては使用が認められている。装備品扱いでドローンにヒットすれば操縦者もヒット扱いになる場合もあれば、敵味方双方で合意があれば偵察機のように使える場合もある。
貸切イベントなどでは後者が多い。

とりあえずドローンを高度50mほどで南に水平飛行させる。
昨日狙撃したヤナギのような木の奥には、小川が流れていた。川幅は2m弱といったところか。
ゴブリンが渡れたのだから、水深はそんなに深くなさそうだ。

今の水量は少ないが、河川敷の大きさから推測すると雨季のような時期にはそれなりの流れになるかもしれない。

生い茂った草に隠れて2階の窓からは見えなかったが、田んぼのすぐ向こうにも小川が流れている。

家から100mほど離れると、唐突に草地が終わり、森に切り替わる。
この森の縁に沿って反時計回りにドローンを西へと向かわせる。

森の木は杉やヒノキのような針葉樹ではなく広葉樹のようだ。そんなにぎっしりと木が生えているわけでもなく、木々の間隔はしっかり開いている。詳細な種類は葉っぱや実を実際に見て同定していくしかない。

家の真上でドローンの高度を上げると、家を取り囲む森と、東と西そして南に広がる海が見えた。
どうやら海沿いに突き出した半島のような環境にこの家はあるらしい。

何度かバッテリーを交換しながら調査した結果、ドローンを目視で確認できる範囲で撮影した映像には人工構造物らしきものは映らなかった。

次はいよいよ視界外飛行だ。
日本の法律では一般には禁じられているが、ここは異世界だ。問題ないだろう。
ドローンのスペックとしては最大4㎞先までコントロールは可能だ。

バッテリーの残量に注意しながら、高度100mほどを保って一目散に北を目指す。
2㎞ほど先で北の森を抜ける。
その先に見えるのは……村だ!

更に高度を上げて村に近づく。
さて……住民は人間か……あるいは魔物の類か……

村の周囲には畑があり、金色の穂が実った植物が風に揺れている。
時期的に考えれば小麦か。

村の周りは土塁と塀が囲んでいる。外敵に備えているということか。
家の数は50戸ほど。
村の中心にひと際大きな建物があり、その前に広場がある。広場にあるのは井戸か?
家々は広場を中心に放射状に建てられている。

肝心の住民は……いた。遠目では人間のように見える。
カメラをズームする。
2000万画素のカメラが捉えた相手は……金髪の女だった。
白いシャツに茶色のベスト、同じ系統の色のスカート。

カメラに映る他の人影も、似たような服を着ている。
最初に見た人影は金髪だったが、他の人影は赤髪だったり茶髪だったり色々だ。

カメラが捉えた住人達は、全て人間の形をしていた。
いや、もしかしたら耳が長い種族や、髪の中に角が生えた種族なのかもしれないが、それでも文明を持った、しかも農耕を行う知的生命体が間違いなく存在する。

この村の上でドローンを最高高度まで上げて静止画を撮影する。
後ほど繋ぎ合わせて地図を作ろう。

ドローンを一旦戻し、バッテリーを変えてから、今度は北東方向に飛ばす。

陽が傾き始める頃までには、自宅を中心とした半径4㎞の空撮画像を手に入れた。

結局、人口構造物は北で見つけた村以外は見つからなかった。

詳細な解析はパソコンに取り込んで行うとして、ちょっと気になるのが西の森で見つけた空白地帯だ。

半径50メートルほどの丸い形に木が生えていない部分があり、中心部に穴が開いているように見える。
平地に洞窟があれば、もしかしたらこのように見えるかもしれない。
場所は西の森に約500mほど入った地点だ。

そのうち行ってみるか。どのみち家に引きこもっているわけにはいかないのだ。
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