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マンティコレ

26.マンティコレ(5月12日)

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数回の目視内移動(ジャンプといった方が正しいだろう)を繰り返した俺とカリナは、幅2mほどの川の土手に身を預けた。蛇行する川のカーブに沿って形成された自然堤防というやつだ。さほど水深はなさそうに思える小川だが、雨季には溢れるほどの水流になるのだろう。

と、そう遠くない場所で鬨の声が上がった。
いよいよ突撃が始まってしまったか。
草むらを掻き分け確保した視界の先には、騎乗したまま剣を掲げる隊長らしき男と、槍を構えて前進する男達がいる。
相対する3頭のマンティコレは、気怠そうに起き上がり豪奢なタテガミをひと揺すりして一斉に咆哮する。隊長が騎乗する馬が竿立ちになるが、兵士達は矢と投石による攻撃を始めた。
しかしである。弾幕というには密度が足りない。
いかんせん100名程度の部隊の攻撃である。それも3割近くは槍兵で投石もしていないのだ。同規模の部隊を相手にするのならいざ知らず、相手は大型の魔物である。卵大の石などモノの数にもしていない。
それでも数本の矢は命中しているのだが、その矢は突き刺さることなく弾き返されている。

「おい。マンティコレの皮は硬いのか?」

カリナに小声で尋ねるが返事がない。
まさか激発して飛び出すのではないだろうな。
カリナがいるはずの左隣を見る。
そこには青ざめて震えるカリナの姿があった。

「死んじゃう……みんな死んじゃうよ……」

カリナの言葉どおり、眼前で繰り広げられる光景は“狩り”ではなく一方的な“殺戮”になりつつあった。
兵士達が構えた大楯と槍衾をヒラリと飛び越えたマンティコレは、1頭が弓隊に向かい、残りの2頭が戦列の後方から襲いかかったのである。
なまじ隊列を組んでいた兵士達の対応は遅かった。いや、素早く対応していたところで状況は変わらなかっただろう。
間近で見るマンティコレは、熊と見紛うばかりの大きさである。いわゆる猫パンチでさえ大の大人が吹き飛ぶのだ。大楯さえ意味をなしていない。剣や槍がどれほどの役に立つものか。

「カリナ!剣を抜け!俺達も仕掛けるぞ!」

カリナの肩を掴んで強く揺する。
ようやく我に返ったカリナが、ノロノロと剣の柄を握る。
役に立つかはわからない。だが俺達の身を守るものはカリナの剣と数丁のエアガンの他にはない。
不思議とこの時“兵士達を見捨てて逃げる”という選択肢は浮かばなかった。俺はともかく、カリナにまで重荷を背負わせるわけにはいかないのだ。

携行していたG36Cを傍らに置き、G36Vを構える。狙うは右奥、身を守る術の薄い弓隊を襲っている1頭だ。
スコープを覗きレティクルをマンティコレの頭部に合わせる。
奴の動きが止まった瞬間に引き金を引く。

タタタタッ

4発放ったBB弾の内、1発が奴の後頭部に命中した。
スコープの向こうで黒い巨体が崩れ落ちる。

「ワンダウン!次行くぞ!」

ターゲットを手前の2頭に変更する。

「わん?なんだって!?」

隣でカリナが叫んでいるが、構っている暇はない。おそらくカリナの位置からでは1頭目が倒れたのは見えなかったのだろう。幸い奴らにも気付かれていない。今がチャンスだ。
兵士に襲い掛かろうと胸元をこちらに向けた瞬間に引き金を引く。

タンッ!

胸元で血飛沫が上がり、前のめりに崩れ落ちるマンティコレ。襲われていた兵士は下敷きになったかもしれないが、無事を祈るばかりだ。

もう1頭が異変に気付いたか。耳をピンと立てて辺りを警戒している。
と、顔がこちらを向いた。気付かれた。

取り回しの悪いG36VからG36Cに持ち替える。その動きで場所が特定されたらしい。黒い巨体が一気に距離を詰めてくる。

「来るぞ!構えろ!」

「わかった!」

スラリと剣を抜く音が聞こえる。

彼我の距離30mで、フルオート射撃を開始した。
だが奴はひらりひらりと射線を避けて進んでくる。如何に魔法で空気抵抗を無視出来ているとはいえ、初速90m/s程度のBB弾を避けるなど容易いということか。いや、四肢や胸部からは間違いなく血飛沫が上がっている。当たってはいるのだ。だがストッピングパワーが足りない。

あっという間に目前に迫ったマンティコレが躍りかかってきた。宙を舞うマンティコレの黒い巨体にBB弾を浴びせる。だがマンティコレの向かう先にはカリナがいた。

「いやあああああっ!」

気合いとも悲鳴ともつかない声と共に突き出されたカリナの剣が、マンティコレの喉笛に深々と突き刺さる。マンティコレの顎が彼女の首筋に届く寸前、その狙いは僅かに逸れ、黒い巨体がカリナと共に転がった。

「カリナ!無事か!」

駆け寄り、彼女を黒い巨体の下から引きずり出す。

「ふ……ふえええええぇ……怖かったよぅ」

ペタンと座り込んだまま泣き出す彼女の体は血だらけだが、目立つ外傷はない。両手でしっかりと持ったままの剣は鍔元でポッキリと折れていた。剣が折れていなければ、カリナの腕のほうが折れていたかもしれない。

「よくやったカリナ。1頭はお前が倒したぞ」

「私……私が?」

「そうだ。お前が、その剣で、こいつを倒したんだ」

血塗れの手に握られた折れた剣と倒れたマンティコレを交互に見て、ようやく実感が湧いたらしい。カリナの嗚咽が徐々に変な笑い声に変わってきた。

「ふへ……ふへへへへ……そうか……私が……」

「どうだ動けるか?衛兵の負傷者を助けに行くぞ」

「わかった。私も行くよ」

折れた剣を鞘に収め、涙を拭ったカリナが立ち上がる。おかげで目の下に血の痕がべったりと付いてしまっているが、フェイスペイントのようなものだと思おう。未知の感染症への懸念が頭をよぎるが、そうなった時はそうなった時だ。まずは救える命を救いたい。

俺達は衛兵隊のほうへと駆け出した。
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