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デニア

34.デニアに向かう(5月24日)

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衛兵隊の詰所を出た俺達とドゥランを待ち構えていたのは、ノエル カレイラであった。
若くして王国魔法師を退き、師の導きによってザバテルの街の衛兵隊に入って修行を続けているらしい。そして俺達の姿を見るなり部下を率いて山狩りを試みコテンパンにやられたのである。
だが“昨日の敵は今日の友”と言うではないか。
この10日間ほどでどんな心境の変化があったかは知らないが、急な出立だというのにどうやら見送りに来てくれたらしい。

「出て行くのか?」

彼は声変わり前の少々高い声で呟いた。

「いんや。ちょっと里帰りしてくるだけだ。10日やそこらで戻ってくるから安心しろ」

「お前の心配などしていない!僕が言っているのはその男のことだ!」

軽くあしらう様なドゥランの返事は怒りと呆れが半々といった声で返された。
“その男”か。カリナはどう見ても女だし、俺の背後には誰もいない。となれば残念ながら俺のことのようだ。

「ああ。出立する。少々長居しすぎてしまったしな」

「どうしてだ」

「どうしてって、俺達はこの街には縁もゆかりもないからな。途中で立ち寄った街で依頼を受けて、其のついでに立ち寄っただけだ」

「ついで……ついでか。事のついでに僕の事も倒したと言うのか!」

「襲ってきたのはお前の方だろう。返り討ちってやつだ。責任は全てお前にある」

ここまで言うと彼は黙った。俯いて唇でも噛んでいるのかもしれない。

「許さない……」

押し殺したような声がフードの下から漏れる。

「僕は絶対に君を許さない!僕もついて行くからな!」

はい?なんでそうなる?

◇◇◇

この男が俺を許さないのは理解できる。
部下の前で恥を掻かされた恨みもあるだろうし、そもそもこの街の人々のある一定数は俺達のことを恨んでいるのだ。もう少し早くエルレエラを出発していたら、もう少し早くノレステ村を出てマンティコレを発見していたら、マンティコレに迫る衛兵隊の前に割り込んでマンティコレを倒していたら。IFを言い出せばキリがないが、死んだ衛兵達に対する血の責任を負っているのは事実だ。
だが、続く言葉は全く理解できない。

「僕もついて行く」

そう彼は繰り返す。寝首でも掻く気だろうか。
理解できなかったのはカリナとドゥランも同じらしい。
彼の首根っこを掴み、あるいは背中を押して少し離れた場所で説得に当たってくれた。

しばらくしてカリナが呆れた様に首を振りながら振り返る。

「ダメだわこの子。カズヤ、連れて行ってもいい?」

この子って、年齢は確かにカリナよりも下だろうが、曲がりなりにも槍隊の隊長だぞそいつは。
明らかにカレイラより年長者であるドゥランも両手を肩まで上げて首を振っている。
結局ドゥランとカリナの説得も功を奏さず、この男は同行すると言って聞かなかったのだ。

「ドゥランいいのか?こいつは槍隊の隊長なんだろ?戦力が落ちているのなら尚更こいつの魔法師としての力が必要だろう」

「あ、いや、こいつ3日前に辞めたんだわ。衛兵隊を。まあ引責辞任ってやつだ。お前さんも感謝しろ。こいつの別動隊がもっと早く合流していれば死人は出なかったってこいつ自身が言い張って聞かなかったんだからな」

カレイラは魔法師としては優れた能力を持っているらしい。それこそ魔物狩人カサドールの魔法師など歯牙にも掛けないほど強力な魔法も使えるそうだ。だからこそカレイラがもっと早く合流していれば壊滅は免れた可能性があるのは事実だ。
だがその仮定は俺達に向けられたものと同じである。
こいつも、元槍隊隊長ノエル カレイラも犠牲者の一人なのだ。

フゥっと深く息を吐く。
腹は決まった。寝首を掻く気なら好きにすればいい。願わくはアルカンダラの養成所までは我慢してほしいものだ。

「わかった。だがアルカンダラまでは大人しくしてくれ。お前も知っているだろうが、守り役の役目を果たさなければならん」

「いいだろう。もしお前が志半ばで倒れたら、僕がその役目を引き継いでやる」

志半ばで倒さないでくれと言ったつもりなのだが、まあいいか。

「準備はいいのか。そう悠長には待てないぞ」

「もちろんだ。目を離してなるものか」

“準備を整えて○○時に集合”とはいかないらしい。

こうして俺とカリナの二人道中だったはずの旅路に更に二人が加わることになった。少なくとも当面の間は。

◇◇◇

ザバテルからデニアまでの距離は、訓練された軽装の兵士が早朝に出発すれば夜にはたどり着くというから30km強だろうか。
俺達がザバテルを出たのは結局午前9時頃になったから、無理せず何処かで野営することになるだろう。
そういえば腕に付けたミリタリーウォッチの指す時間はおおよそこの世界のリズムに合ってはいるらしい。自転周期が地球とほぼ同じとは不思議な事である。

エルレエラを出た時はカリナと2人だった。
今回はドゥランとカレイラが加わり人数は倍になった。果たして戦力が倍になったかどうかは未知数である。
そもそも一緒に訓練したわけでもなく、この2人がどんな戦い方をするのかもよくわからない。
カレイラは元王国魔法師というから魔法中心のスタイルか。
ドゥランは槍の名手としてエルレエラにもその名が伝わっていたぐらいだから、弓と剣を使うカリナとなら役割分担ができるだろう。
俺達の一向は自然と先頭がドゥラン、次に俺とカリナ、その後ろをカレイラがついて来る形になった。
後頭部辺りをチリチリと焦がす殺気にも似た気配を少々うざったく感じながらも、デニアへの行程は順調に進んだ。

そのデニアという街であるが、ここタルテトス王国の南、海に突き出た半島の東側に位置する港としては最南端の港町だそうだ。
そもそもタルテトス王国の東側にはニーム山脈が聳え立ち、人界と魔界(と表現していいか不明だが、要は人外領域だ)とを隔てている。だから半島の東側の外海との交易港ではなく、州都アルカンダラ近くのカディスという港町との海運と漁業で成り立っているという事だ。

「それとな、大襲撃グランイグルージオンが抑えきれなかった時は住民を船で逃すって重要な役割もあるんだぜ」

「魔界に向いた海に逃げるのか?海にも魔物はいるだろう」

「ああ。でっかいのがな。でも大型の魔物は浅い所までは来ないし、海から魔物が上陸してきたことはないからな。ちゃんとした船さえあれば、山に逃げるよりか安全なんだよ」

陽が落ちる前にと支度を終わらせた野営地での話である。道中カリナが仕留めたキジのような鳥の丸焼きを取り分けながらの食事の最中に、ドゥランが教えてくれた。

“魔物は海からは上がってこない”のか。
聞けば大襲撃は決まってカディスという街の北側に広がる樹海と湿地帯を走破した魔物によって引き起こされるらしい。
とすれば、広大な海岸線に防御陣地を敷くよりも、樹海の外側に陣を敷き、側面に位置する街の防備を固めようとするのは当然の判断だ。

「そういえば空を飛ぶ魔物を見たことがないが、空から襲って来ることはないのか?」

飛竜や翼竜といった空を駆ける大型の魔物はファンタジー世界でのド定番モンスターだ。だがこの世界の澄んだ空にそういった魔物の影を見た記憶がない。

「昔はいたらしい。言い伝え、というか御伽話に近いな。火を噴くドラゴン、怪鳥バシリスコ、翼の生えたマンティコレ、そういった強力な魔物が空を飛び、有翼の狩人が狩っていたらしいぞ」

「有翼の?それは人間なのか?」

「ふん、そんな事も知らんのか。無知は罪だぞ」

それまで黙って話を聞いていたカレイラが突然割り込んできた。
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