18 / 65
恋人編
2
しおりを挟む
次の日、時間通りに出勤した私を待っていたのは、アルフレッドからの盛大な非難の目だった。
「…何よ」
「…どうして、昨日何も言わずに帰ったんですか?僕たちのこれからのことを話そうと思ってたのに」
やっぱり勝手に帰ったことを怒っているらしい。
でも、私の気持ちは封印すると決めた。
アルフレッドに向かってきっぱりと言い放つ。
「話すことなんてないわ。これからも何も、私とあなたの関係は雇用関係だけ、ですもの」
「…ほぉ、そうきますか」
私の答えに、アルフレッドは据わった目で顎を引く。私はできるだけアルフレッドと目を合わさないようにして席に着いた。もの言いたげなアルフレッドはとりあえず無視することにして、昨日できなかった仕事を片付けようと段取りを始める。私が話す気がないのが分かったのだろう、アルフレッドもため息を吐いて、仕事に取り掛かった。
追及されなかったことに、私は密かにほっと息を吐く。これで話は終わったと。
……そんなわけなかった。
その日一日、何にもなかったことで、すっかり安心していた私は、仕事を終えてさわやかな気持ちで伸びをしていた。
その時、資料に目を向けたままのアルフレッドから声をかけられる。
「あぁ、オリビア先輩、もう上がりますか?でしたらちょっと、こちらに来て見てほしいものがあるのですが…」
「ん?何?」
のこのことアルフレッドに近づく私。
机を覗き込もうとしたところで、腕を引っ張られて、そのままアルフレッドの方に倒れこんだ。
「う…ぇ…?」
痛くはないけど吃驚した。アルフレッドに伸し掛かるような体勢にされている。
じとっとしたアルフレッドの視線に見据えられ、身を竦める。納得してないと思ってはいたけど、仕事終わりに実力行使に出られるとは…。
「ちょっと…何よ」
私は恐る恐る問いかける。
「先輩、いいですか?僕はあなたに嫌われたくないから、昨日あそこで止めたんです。……僕に対して無関心になられるくらいなら、嫌われる方がましだ、って分かってます?」
「う…つ、つまり?」
「昨日の続き、より、もっとすごいことしたっていいんですよ?」
ひぇ…!何言ってるの!?
でも、アルフレッドの目がマジだ…!
アルフレッドの言葉に、私は顔を真っ赤にしてふるふると首を振る。何に対する否定かは自分でも分からないが、とにかくちょっと待って。冷静になる時間が欲しい。もちろん、私の気持ちとは裏腹にアルフレッドには待つ気など更々無いようだ。どんどんと追い詰められる。
「ねぇ、オリビア先輩。一人で完結しないで。何か不安があるのなら、話してもらえませんか?…無言で締め出されるなんてやりきれない」
アルフレッドは真剣な顔をして、訴えてくる。
真摯に話しかけてくるアルフレッドをこれ以上、ごまかすことはできないと、私は観念した。
「…だって。貴賤の恋愛に先なんてないじゃない…」
そうして、ポツリとつぶやいた言葉は、自分の声とは思えないほどひどく拗ねた響きをしていて、思わずギクリとする。
「……未来のことまで考えて、怖くなっちゃったんですか?」
私の言葉に、一瞬、虚をつかれたような顔をしたアルフレッドは、先程までの触れれば切れそうな鋭い眼力を納め、意志の強そうな眉毛をへにょりと下げ、笑った。仕方のない人ですね、という声が聞こえてきそうだ。
ううう、そんな目で見ないで。
私は、アルフレッドの顔を見ていられなくて、視線を下げる。アルフレッドが、宥めるように私の頬に大きな手を添えてくる。そのまま親指で優しく擦るように頬を撫でられた。自分の目にじわりと涙が浮かぶのがわかる。
これ以上はまずい。何がまずいかは分からないが、とにかくまずい。
アルフレッドを制止しようと、声を上げかけたところで、先にアルフレッドが口を開く。
「ねぇ、オリビア先輩。あなた、結婚は興味無いって、学園時代に言ってませんでしたか?今は?結婚したい?」
アルフレッドの問いにはっとする。
「…結婚は、しないつもり…」
そう、そうだった。私、結婚は諦めてた。
目を見開いた私のおでこに、こつんとアルフレッドのおでこがぶつかる。
「じゃぁ、僕のことは嫌い?」
「……嫌いじゃない」
「なら、これから先のことは一旦置いて、まずはお付き合いから始めてみませんか?」
確かに、結婚をゴールに置いていないのなら、身分差なんか気にせずもっと気軽に考えても良いのかもしれない。
うーん、丸め込まれている気がする…。
こんこんと悩む私に、壮絶な色気を醸し出したアルフレッドが言う。
「ね、先輩。うん、って言って?」
こちらを見上げながらこてんと首をかしげるおまけ付きだ。
もう!そんなのどこで覚えてきたの!?
ぼぼぼぼ、と音が聞こえそうなくらいの勢いで顔が赤くなる。
こくこくこくと、壊れたおもちゃのように首を縦に振ると、へにゃりと嬉しそうに、本当に嬉しそうにアルフレッドが笑った。
なんか、アルフレッドがこんなに喜ぶなら、もういいや、と思ってしまうくらいに。
つられて、私も笑顔になる。
そのまま、ちゅっと唇にキスされて、ギューッと抱きしめられた。
ちょ、ちょっと待って。
私、決断早まったかも。こんなの身が持たないんですけど?
「じゃぁこれからは、愛称で呼んでください。アルはみんな使うから、フレッドと。ねぇ、リビィ」
え、ちょっと待って、ホント無理…。
「ふ、二人きりの時だけにして…」
両手で顔を覆ってそう言うのが精一杯だった。
「…何よ」
「…どうして、昨日何も言わずに帰ったんですか?僕たちのこれからのことを話そうと思ってたのに」
やっぱり勝手に帰ったことを怒っているらしい。
でも、私の気持ちは封印すると決めた。
アルフレッドに向かってきっぱりと言い放つ。
「話すことなんてないわ。これからも何も、私とあなたの関係は雇用関係だけ、ですもの」
「…ほぉ、そうきますか」
私の答えに、アルフレッドは据わった目で顎を引く。私はできるだけアルフレッドと目を合わさないようにして席に着いた。もの言いたげなアルフレッドはとりあえず無視することにして、昨日できなかった仕事を片付けようと段取りを始める。私が話す気がないのが分かったのだろう、アルフレッドもため息を吐いて、仕事に取り掛かった。
追及されなかったことに、私は密かにほっと息を吐く。これで話は終わったと。
……そんなわけなかった。
その日一日、何にもなかったことで、すっかり安心していた私は、仕事を終えてさわやかな気持ちで伸びをしていた。
その時、資料に目を向けたままのアルフレッドから声をかけられる。
「あぁ、オリビア先輩、もう上がりますか?でしたらちょっと、こちらに来て見てほしいものがあるのですが…」
「ん?何?」
のこのことアルフレッドに近づく私。
机を覗き込もうとしたところで、腕を引っ張られて、そのままアルフレッドの方に倒れこんだ。
「う…ぇ…?」
痛くはないけど吃驚した。アルフレッドに伸し掛かるような体勢にされている。
じとっとしたアルフレッドの視線に見据えられ、身を竦める。納得してないと思ってはいたけど、仕事終わりに実力行使に出られるとは…。
「ちょっと…何よ」
私は恐る恐る問いかける。
「先輩、いいですか?僕はあなたに嫌われたくないから、昨日あそこで止めたんです。……僕に対して無関心になられるくらいなら、嫌われる方がましだ、って分かってます?」
「う…つ、つまり?」
「昨日の続き、より、もっとすごいことしたっていいんですよ?」
ひぇ…!何言ってるの!?
でも、アルフレッドの目がマジだ…!
アルフレッドの言葉に、私は顔を真っ赤にしてふるふると首を振る。何に対する否定かは自分でも分からないが、とにかくちょっと待って。冷静になる時間が欲しい。もちろん、私の気持ちとは裏腹にアルフレッドには待つ気など更々無いようだ。どんどんと追い詰められる。
「ねぇ、オリビア先輩。一人で完結しないで。何か不安があるのなら、話してもらえませんか?…無言で締め出されるなんてやりきれない」
アルフレッドは真剣な顔をして、訴えてくる。
真摯に話しかけてくるアルフレッドをこれ以上、ごまかすことはできないと、私は観念した。
「…だって。貴賤の恋愛に先なんてないじゃない…」
そうして、ポツリとつぶやいた言葉は、自分の声とは思えないほどひどく拗ねた響きをしていて、思わずギクリとする。
「……未来のことまで考えて、怖くなっちゃったんですか?」
私の言葉に、一瞬、虚をつかれたような顔をしたアルフレッドは、先程までの触れれば切れそうな鋭い眼力を納め、意志の強そうな眉毛をへにょりと下げ、笑った。仕方のない人ですね、という声が聞こえてきそうだ。
ううう、そんな目で見ないで。
私は、アルフレッドの顔を見ていられなくて、視線を下げる。アルフレッドが、宥めるように私の頬に大きな手を添えてくる。そのまま親指で優しく擦るように頬を撫でられた。自分の目にじわりと涙が浮かぶのがわかる。
これ以上はまずい。何がまずいかは分からないが、とにかくまずい。
アルフレッドを制止しようと、声を上げかけたところで、先にアルフレッドが口を開く。
「ねぇ、オリビア先輩。あなた、結婚は興味無いって、学園時代に言ってませんでしたか?今は?結婚したい?」
アルフレッドの問いにはっとする。
「…結婚は、しないつもり…」
そう、そうだった。私、結婚は諦めてた。
目を見開いた私のおでこに、こつんとアルフレッドのおでこがぶつかる。
「じゃぁ、僕のことは嫌い?」
「……嫌いじゃない」
「なら、これから先のことは一旦置いて、まずはお付き合いから始めてみませんか?」
確かに、結婚をゴールに置いていないのなら、身分差なんか気にせずもっと気軽に考えても良いのかもしれない。
うーん、丸め込まれている気がする…。
こんこんと悩む私に、壮絶な色気を醸し出したアルフレッドが言う。
「ね、先輩。うん、って言って?」
こちらを見上げながらこてんと首をかしげるおまけ付きだ。
もう!そんなのどこで覚えてきたの!?
ぼぼぼぼ、と音が聞こえそうなくらいの勢いで顔が赤くなる。
こくこくこくと、壊れたおもちゃのように首を縦に振ると、へにゃりと嬉しそうに、本当に嬉しそうにアルフレッドが笑った。
なんか、アルフレッドがこんなに喜ぶなら、もういいや、と思ってしまうくらいに。
つられて、私も笑顔になる。
そのまま、ちゅっと唇にキスされて、ギューッと抱きしめられた。
ちょ、ちょっと待って。
私、決断早まったかも。こんなの身が持たないんですけど?
「じゃぁこれからは、愛称で呼んでください。アルはみんな使うから、フレッドと。ねぇ、リビィ」
え、ちょっと待って、ホント無理…。
「ふ、二人きりの時だけにして…」
両手で顔を覆ってそう言うのが精一杯だった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる