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第一話
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男爵令嬢アメリア・フュームは静かに笑った。
彼女には十四歳という若さで亡くなったマリアという妹がいた。マリアは人々の前では天使、姉アメリアの前では悪魔……つまり妹は生まれついての詐欺師だったのである。だから妹そっくりの詐欺師が屋敷を訪れた時、アメリアは唇を歪めて笑った。詐欺師たる妹を詐欺師が演じるとは洒落が利いている。
「あのね、あのね、マリアはお菓子が欲しいのよ?」
平民ベラ・ヘイは小首を傾げてお願いした。
するとアメリアの婚約者である子爵令息ロイドがお茶を零し、アメリアの両親であるフューム男爵夫妻が大口を開けて震えた。三人はたったそれだけで、骨抜きにされてしまったのである。
ロイドも男爵夫妻も、生前からマリアを盲愛していた。だからこそ、怪しい平民を“愛しいマリアの魂が宿った娘”と思い込んでしまったのだ。ただひとりアメリアだけが、ベラが詐欺師であることを見抜いていた。
「ね、ね、マリアは綺麗なドレスが欲しいのよ?」
「買ってあげるとも、マリア! どんな色のドレスだい?」
「赤! 赤がいいわぁ!」
(馬鹿ね。マリアの好きな色はベビーピンクよ。調査不足だわ)
「うんとね、うんとね、マリアは男爵家の子供よね?」
「勿論よ、マリア! すぐにでも養子に迎えましょう!」
「うふふ! パパ、ママ、愛してるわ!」
(我が男爵家が借金を抱えてるってこと、知らないのね)
「ロイド様ぁ? マリアのこと、ぎゅっとして?」
「マ、マリア……! 可愛い君を抱き締められるなんて……!」
「えへへ、気持ち良いよぉ」
(二人が男女の仲になるのも、時間の問題かしら)
アメリアはベラの演技を眺めては、薄ら笑いを浮かべていた。
一方、ベラはアメリアの態度に苛立っていた。なぜこの姉は自分の演技に惑わされないのだろう。折角、魔道の力を使用した整形手術と入念な聞き込みによりマリア・フュームになり切ったのに……ベラは歯噛みする。
もしこのまま姉と暮らしていたら、いつかマリアとの違いを指摘され、追い出されるかもしれない。早急に手を打たなければ。
ベラはすぐさま行動を始めた。まず、買ってもらった物を壊し、アメリアにやられたと男爵夫妻へ訴える。しかし涙を浮かべて「お姉様を許してあげて」と懇願する。これを何度も何度も繰り返す。
次に、ベラはロイドを誘惑した。純真無垢を装ったスキンシップを重ね、ベッドへと雪崩れ込む。生前のマリアと思いを遂げられなかったロイドはベラを掻き抱きながら「マリア! マリア! やっと僕の物になった!」と腰を振っていた。
そして運命の日が訪れる。
「アメリア、君との婚約を破棄する。僕とマリアは愛し合っているんだ。大輪の薔薇であるマリアの前じゃ、君はその辺に生えるぺんぺん草でしかない」
ロイドの言葉に続き、男爵夫妻も冷たく言い放った。
「アメリア、お前は勘当だ。可愛いマリアを陰湿にいじめたのは知っている。今日中に荷物を纏めて、屋敷から出てけ。そして平民として生きていくがいい」
「あなたはもう私達の娘じゃないわ。娘はマリアだけよ」
婚約破棄と勘当を言い渡されたアメリアは俯いた。両肩をわなわなと震わし、両手を握り締める。そのまま何も言わず、立ち尽すばかりである。どうせ惨めたらしく泣いているのだろうと、ロイドも男爵夫妻も思った。
それを見たベラは内心で狂喜した。
流石アタシだわ! アタシは天才なのよ! アタシって死んだマリアより、マリアの才能があるんじゃない? “大天使”って呼ばれてたらしいけど、実は大したことなかったんじゃない? きっと騙されたロイドも男爵夫妻もドエムの大馬鹿者なのよ……ベラはそう考えて、ほくそ笑んだ。
その時、アメリアが顔を上げた。
「わっ、かりましたぁ……! 婚約破棄でもぉ、勘当でもぉ、何なりと受け入れてあげますぅ……うふふふふふふ、あはははははははははっ!」
ベラも、ロイドも、男爵夫妻も、目を瞠る。
泣いているように見えたアメリアは、大爆笑を堪えていたのだ――
彼女には十四歳という若さで亡くなったマリアという妹がいた。マリアは人々の前では天使、姉アメリアの前では悪魔……つまり妹は生まれついての詐欺師だったのである。だから妹そっくりの詐欺師が屋敷を訪れた時、アメリアは唇を歪めて笑った。詐欺師たる妹を詐欺師が演じるとは洒落が利いている。
「あのね、あのね、マリアはお菓子が欲しいのよ?」
平民ベラ・ヘイは小首を傾げてお願いした。
するとアメリアの婚約者である子爵令息ロイドがお茶を零し、アメリアの両親であるフューム男爵夫妻が大口を開けて震えた。三人はたったそれだけで、骨抜きにされてしまったのである。
ロイドも男爵夫妻も、生前からマリアを盲愛していた。だからこそ、怪しい平民を“愛しいマリアの魂が宿った娘”と思い込んでしまったのだ。ただひとりアメリアだけが、ベラが詐欺師であることを見抜いていた。
「ね、ね、マリアは綺麗なドレスが欲しいのよ?」
「買ってあげるとも、マリア! どんな色のドレスだい?」
「赤! 赤がいいわぁ!」
(馬鹿ね。マリアの好きな色はベビーピンクよ。調査不足だわ)
「うんとね、うんとね、マリアは男爵家の子供よね?」
「勿論よ、マリア! すぐにでも養子に迎えましょう!」
「うふふ! パパ、ママ、愛してるわ!」
(我が男爵家が借金を抱えてるってこと、知らないのね)
「ロイド様ぁ? マリアのこと、ぎゅっとして?」
「マ、マリア……! 可愛い君を抱き締められるなんて……!」
「えへへ、気持ち良いよぉ」
(二人が男女の仲になるのも、時間の問題かしら)
アメリアはベラの演技を眺めては、薄ら笑いを浮かべていた。
一方、ベラはアメリアの態度に苛立っていた。なぜこの姉は自分の演技に惑わされないのだろう。折角、魔道の力を使用した整形手術と入念な聞き込みによりマリア・フュームになり切ったのに……ベラは歯噛みする。
もしこのまま姉と暮らしていたら、いつかマリアとの違いを指摘され、追い出されるかもしれない。早急に手を打たなければ。
ベラはすぐさま行動を始めた。まず、買ってもらった物を壊し、アメリアにやられたと男爵夫妻へ訴える。しかし涙を浮かべて「お姉様を許してあげて」と懇願する。これを何度も何度も繰り返す。
次に、ベラはロイドを誘惑した。純真無垢を装ったスキンシップを重ね、ベッドへと雪崩れ込む。生前のマリアと思いを遂げられなかったロイドはベラを掻き抱きながら「マリア! マリア! やっと僕の物になった!」と腰を振っていた。
そして運命の日が訪れる。
「アメリア、君との婚約を破棄する。僕とマリアは愛し合っているんだ。大輪の薔薇であるマリアの前じゃ、君はその辺に生えるぺんぺん草でしかない」
ロイドの言葉に続き、男爵夫妻も冷たく言い放った。
「アメリア、お前は勘当だ。可愛いマリアを陰湿にいじめたのは知っている。今日中に荷物を纏めて、屋敷から出てけ。そして平民として生きていくがいい」
「あなたはもう私達の娘じゃないわ。娘はマリアだけよ」
婚約破棄と勘当を言い渡されたアメリアは俯いた。両肩をわなわなと震わし、両手を握り締める。そのまま何も言わず、立ち尽すばかりである。どうせ惨めたらしく泣いているのだろうと、ロイドも男爵夫妻も思った。
それを見たベラは内心で狂喜した。
流石アタシだわ! アタシは天才なのよ! アタシって死んだマリアより、マリアの才能があるんじゃない? “大天使”って呼ばれてたらしいけど、実は大したことなかったんじゃない? きっと騙されたロイドも男爵夫妻もドエムの大馬鹿者なのよ……ベラはそう考えて、ほくそ笑んだ。
その時、アメリアが顔を上げた。
「わっ、かりましたぁ……! 婚約破棄でもぉ、勘当でもぉ、何なりと受け入れてあげますぅ……うふふふふふふ、あはははははははははっ!」
ベラも、ロイドも、男爵夫妻も、目を瞠る。
泣いているように見えたアメリアは、大爆笑を堪えていたのだ――
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