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36 仁義を切る

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「お控えなすって。お初にお目にかかります。朧さまと朱丸さまの主さまとお見受けします。手前てめえ、生国生国しょうごくと発しまするはこの『根』の生まれ、妖で主人たる者がない故に、姓も無く、名も無きにございまするが、人呼んで天狗と申します。以後お見知り置き願います」


どこかの任侠映画のような仁義を切って、天狗はぺこりと頭を下げた。

「天狗…さん?俺は、佐久夜です。こちらこそ、朧と朱丸が、無茶振りをして迷惑をかけたんじゃ…」

慌てて佐久夜も頭を下げた。

「滅相もございません。俺が、ちょっぴり朧さまを食べてしまおうかとおいたをしたばかりに、朱丸さまにお灸を据えられただけにございます」

天狗は、両手を振りながら、慌てて答えた。佐久夜と京平は、状況が飲み込めず、お互いの顔を見合わせる。

「まぁ、立っていても何だから、天狗さんもこっちに来て座りなよ」
「あ!有り難き幸せ。主さまから、お声をかけていただき感無量でございます」

大袈裟だなと佐久夜と京平は、思っていたが、朱丸は天狗が佐久夜を崇めたてることが嬉しい様子でニコニコしていた。

「俺たち、これからのことで、わからないことだらけだからさ、いろいろ相談に乗ってくれると助かるな」
「あぁ、是非ともお役に立ちとうございます。俺に何なりと申し付けください」

天狗は、いそいそと近づいてきて、京平の隣にちょこんと座った。その瞳は、キラキラとして、羨望の眼差しで佐久夜を見つめていた。そして、佐久夜は、苦笑いしつつ、頬を指で掻いた。

「それで、俺たちは、戻る為にどうするの?」

朧は、佐久夜の顔を見上げ、抱かれていた腕からするりと降りた。

「『ウラ』に住む神に、『オモテ』に帰して欲しいってお願いをするにゃ」
「あー!思い出した!僕、神さまから伝言頼まれてたの忘れてた!!」

朧の『神』という言葉を聞いて、朱丸は、大きな声を上げた。

「なんにゃ?」
「神さまが、朧のオッチャンに伝えれば判るって言ってたけど、『根』の神さまの名前って、『須勢理毘売命 すせりびめのみこと』と言うんだって」

朱丸が、名前を言った瞬間、朧の短い尻尾が三倍に膨れ上がり、全身の毛が逆立っていた。

「朧?」

佐久夜が、心配して顔を覗き込むと、瞳孔も開いている。

「朧!大丈夫か?朧!!」

佐久夜が、ゆさゆさと朧を指すって呼びかけると、意識が戻ったのか、佐久夜の方に顔を向けた。

「な、何でも…ないにゃ」
「いや、朧センセ、普通じゃないって」
「と、とにかく、す…『須勢理毘売命 すせりびめのみこと』に会う…にゃ」
「朧、無理しなくて良い、他の方法考えよう」

狼狽える朧に、佐久夜は、尋常じゃない何かが有ったのだと思った。






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