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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦

ダンジョン1階層、なんだか楽しい

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「……行こう。」


弧を描く白磁の門へ一歩踏み建て瞬間、キンッ!と澄んだ甲高い音が聞こえた。それと同時に、身体が空気の膜を通り過ぎたのを感じる。

俺たち3人は無事に幻想遺跡のダンジョンへと入ったのだ。


「……綺麗だ。」

思わず感嘆の息を漏らしてしまうほど、目の前の光景は幻のように美しかった。吹き抜けの天井から射す、蒼白のぼんやりとした月光。


端から頂点まで細かな彫刻が施された石柱が、何本も上までまっすぐと伸び、階層を重ねている。ぼんやりとした石柱の影が、白磁の床に映し出される。


夜空の深く暗い蒼と、白が美しい世界。
コントラストははっきりしているのに、
雰囲気は朧気で儚い。


「……綺麗だけど、白色ばっかりで少し不気味だね。」

「……確かに。それに、この光景は現実ではありえない。」


脆くなって欠けた壁からは、葉を広げた木が健気に根を降ろしている。その幹や葉の色は、やはりすべてが白い。壁だけでなく柱にも巻くつくように伸びた、白色の枝。


遺跡というだけあって、人が離れた時間をその逞しく生きる植物たちが物語っている。そして、現実ではありえないと言ったのは、その白に支配された見た目だけではない。


「……鏡。」

建物の空間には、大小さまざまな形の鏡が宙に浮いていた。


ゴシック調の楕円形の鏡や、絵画のような額縁に彩られた四角い鏡まで。月光を反射して怪しく光る鏡面は、幻想的ではあるけど、少し不気味にも思えてしまう。


コツコツと3人分の足音が静寂に響く中、アトリが建物の奥を示した。


「あの鉄格子の扉から、2階層ですよ。」

自分の3倍はあるであろう高さの、大きな入り口。そこは、黒い鉄格子で行く手を阻まれ、そのままでは先に進めなくなっていた。

鉄格子の中央には同じく黒色の金属で、複雑に紡がれた模様が施されていた。


「……ここに鍵穴がある。」

円の中心には、小さな鍵穴。
ここに鍵をはめ込めということか。


「鍵は、あれですね。」

アトリが水色の瞳で上を見上げた。その視線を追って、上へと目を向ける。


美しいアラベスク模様で縁取られた、楕円の大きな鏡。その中に映し出されているのは、アンティークの鍵だった。


鉄格子の鍵穴に相応しいくらいの、小さな鍵。


こういう謎解きって、本当にゲームみたいだよな。
さて、鏡の中に潜む鍵を、どうやって手に入れようか?


俺たちが鏡を見上げた瞬間、地響きとともに地面が揺れる。


「うわっ。」

ソルが驚いた声を上げながらも、地面に剣を指して地震に耐えている。細かな振動と大きな音とともに、幾何学模様が描かれた床の石畳の1つが、宙に浮く。

1つが浮くと、それを合図に複数の石が地面を離れて行く。

月光が照らす宙に、鏡と白色の四角い石。人が乗るのにちょうど良い。


「あの白色の石を、足場にして鏡に近づくのか……。」

皆で試しにの白色の石を足場に、それぞれ別の方向から昇っていく。ソルが鍵が映し出されている鏡の前まで移動した瞬間、鏡の中の鍵がふわっと黒色の煙を纏って消えた。


「っ?!消えたっ?!」

「鍵が移ったんだ。」

ソルの正面にある鏡と、合わせ鏡になるように宙に設置された、古めかしい四角い鏡。その四角い鏡に、ふわっとアンティークの鍵が現れる。

今度はその四角い鏡の近くへアトリが足場を使って飛び乗ると、鏡は独りでに角度を変えて、別の鏡へと鍵を移した。


「聞いていた通り、一筋縄ではいきませんね。」

そのアトリの言葉に、鏡たちは嘲笑うかのようにカタカタと上下に揺れる。中には、クルクルとご機嫌そうに回転する鏡もあって、実に個性的だ。

鏡は、それぞれ感情があるように動いている。


この部屋は、ダンジョン1階層。
『悪戯な鏡のエントランス』と呼ばれている。

魔物は出ないが、動く鏡と幻の鍵に翻弄される冒険者たちは多い。

攻略の方法は……。


「……確か、鏡を上手く壊していくこと、だよね?」

「ああ、そうだ。」

鏡の中を鍵が移動するのなら、単純に移動経路を絶ってしまえばいい。しかし、ソルが上手く・・・と言ったのには理由がある。

もしも、鍵が写り込んだ鏡を壊した場合、先には進めないのだ。


実際に先ほど馬車で一緒になった脳筋の冒険者は、この1階層でだいぶイラついてしまったらしい。鍵のある鏡を思わず壊してしまい、何度もやり直す羽目になったとか……。

ちなみに鍵を手に入れられなかった場合は、強制的にダンジョンの入り口から外に放り投げられる。
数時間後に、再度挑戦しなくてはいけなくなるのだ。


「……いっそうのこと、映せなくしてしまえばいいのか。」

俺は少し考えたあとに、魔力を練り上げた。体内で練り上げた魔力と一緒にイメージを膨らませて行く。

俺は双剣を一度、すちゃッと鞘に納めた。練り上げた魔力を両手に移して、そこで闇魔法の球体を作り出す。


うーん……。
イメージがちょっと変かもだけど……。
泥団子、かな。


「……よい、しょっ!」

俺は右足を上げて大きく振りかぶると、漆黒の魔力の球を宙に浮かぶ鏡に向けて、思いっきり投げ飛ばした。

無属性魔法の身体強化で、腕力を上げて剛速球を投げつける。丸い黒色の球体が、鏡に向かって一直線に飛んでいった。


逃げようと動いた鏡たちを魔力の弾が追跡して、鏡面に見事に当たる。悪戯に月光を反射していた鏡面に、ベチャッと墨が飛び広がった。

墨を落とそうと回転を繰り返す鏡だが、一度ついた墨は黒色の根を生やす様に鏡面を侵食していった。
やがて、鏡面自体を漆黒に変える。


景色を映せなくなった鏡たちは、しょんぼりとしながら宙で静かに佇んでいた。


「……よし、この要領で塗りつぶすか。」

なんか、悪戯をしているよう気分で楽しくなってきた。

俺は白色の足場をひょいッと飛び移りながら、鏡たちに黒色のインクをぶつけて塗りたくっていく。逃げ惑う鏡たちを見て、ソルは苦笑いをした。


「なんか、鏡が可哀そうになってきたよ……。」

そんな言葉を苦笑しながら漏らしつつも、ソルは逃げようとする鏡たちを風魔法で翻弄して、俺が塗りつぶしやすいようにサポートしてくれている。

そうやって塗りつぶす作業をしていると、鏡たちも考えたようだ。


「っ?!あっ。」

俺を目の前にした鏡に、ぶわっといきなり鍵が現れる。
どうやら、鍵を持っていれば塗りつぶされないということに、気が付いたらしい。


……そこも、計算の内なんだがな。




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