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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦

悪戯な鏡のエントランス、『私に☓☓して?』って恥ずかしい

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「っ?!あっ。」


俺を目の前にした鏡に、ぶわっといきなり鍵が現れる。
どうやら、鍵を持っていれば塗りつぶされないということに、気が付いたらしい。


……そこも、計算の内なんだがな。


俺は正面にある背丈近い大きさの鏡を、ガシッと抱きしめて捕まえた。


「……捕まえた。アトリ!」

「はい。」


冷静な声で、アトリが返事をする。

俺の意図を汲んだアトリから、魔力が放たれるのを感じた。俺が立っていた白色の足場から、シュルシュルと緑色のツタが生え始める。

緑色のツタは、俺が抱きしめていた鏡をシュルリっと絡め取った。鍵を映し出している鏡は、ツタから必死に逃れようとするが、俺が体で押さえつける。

やがて太いツタが鏡を押さえ込み、鏡が完全に動けなくなった。強く拘束するツタの中で、ギチギチと苦しそうに鏡が悶えている。


鍵を映した鏡を助けようと近寄ってきた、他の鏡たちに墨を飛ばして鍵を奪われないようにする。さらに近づこうとする鏡は、ソルが風魔法で吹き飛ばしてくれた。


「今です、ヒズミ。鏡から離れて。」

タイミングを見計らって、鏡から身を離すと、アトリの土魔法で生やしたツタはさらに伸びて、やがて鏡自体をツタの籠に閉じ込めた。

緑色の植物の玉が、瞬く間に出来上がる。
これで、もう鏡の中に鍵を閉じ込めた。


「……あとは手っ取り早く、いきましょうか。」

そう言ったアトリの周囲に、細かな氷を纏った、冴え冴えとした冷気が漂っている。そして、穏やかに目を細めて微笑むと、パチンっと指を軽く鳴らした。


バリンッ!バリンッ!…パキパキっ………。


一斉にガラスが割れるような亀裂音が、そこかしこから聞こえた。

空中にはキラキラと月光を反射して漂うガラス片。そして、無残にも鏡面を割られた複数の鏡が、力なく地面へと落ちて行くのが見えた。


空中に浮いていた全ての鏡が、氷の弾丸によって砕かれていた。思わず、息を飲む。


……一瞬の魔法。

しかも、魔法を放つ瞬発力と、その操作技術が明らかに凄すぎる。全ての鏡を狙って放たれた氷の弾丸は、鏡たちが躱す暇も与えないままに、瞬時に鏡面を粉々に砕ききった。


砕けた鏡と、細かく鋭利になったその破片たちは、魔力を失って灰色の石に変わる。地上には石に変わった鏡たちがゴトン、ゴトンッと鈍い音を立てていた。


「……え、こわっ。」

ぶるっと震えながら呟いたソルに、アトリはにこっと微笑んだ。アトリが癖のある冒険者たちに一目置かれ、且つ恐れられている理由が分かった気がする。

早いうえに、躊躇いがない。


俺たちに訓練をしてくれていたときと、敵を目の前にしたときのアトリの魔法はまったく違う。どこまでも冷酷で、相手に厳しい。


『副ギルド長だけは、怒らせるな。』


そうやって年配冒険者に、初めの頃言われていた言葉を今更ながらに思い出した。怒るなんてこと、あの穏やかなアトリにあるのかな?っと思っていたが……。

今なら、その意味がよく分かる。
絶対に怒らせないようにしよう。


粉々に砕けた石になった鏡達を見下ろしながら、俺は心に誓った。


鍵を奪われる心配がなくなったところで、アトリが鏡を拘束したツタをシュルリと緩ませた。


「……さて、問題はここからですか……。」

ツタに絡まれながらプルプルと震えている鏡を、俺たちは3人でじっと見た。ここからは、その時によって鍵の取り出し方が違うのだ。


ある冒険者の場合は、鏡を魔物の大きな羽根で擽って鍵を吐かせ出したり、鏡の汚れを水魔法で綺麗にしてあげたら、鏡のほうから鍵を差し出してきたり……。


つまり、鍵の取り出し方に規則性が無い。
ヒントは、鍵を閉じ込めた鏡が持っている。


「……すごく、メルヘンな鏡だよね……。」

俺たちが捕まえた鏡は、白色の額に金色の植物の装飾があしらわれたものだった。

金色のバラが咲き、さらには金色のハートマークが描かれている。お嬢様とか、可愛い女の子の部屋にありそうな、メルヘンチックな鏡だ。


「うーん……。」

鏡が逃げない程度に、アトリに鏡を拘束するツタを緩めてもらい、鏡から鍵を取り出すヒントを探す。俺は足場をぴょいっと飛び移ると、背丈ほどある鏡の裏側へ回って手がかりを探すことにした。


木製の裏面には、色鮮やかな絵画が描かれていた。


色鮮やかなドレスを着た小さな女の子が、姿見に映っている自分にキスをしている絵画だった。スカートの裾を手で持ち上げ、可愛らしく口元を綻ばせて。

目を閉じながら、鏡にキスをしている。
なんとも愛らしい、微笑ましい絵画だ。

その絵の下には、黒色のインクで小さな花の模様が描かれていた。


……いや、これはよく見ると古代語だ。

筆記体でなおかつ花の装飾文字にしているから、よく見ないと文字だと気が付かないだろう……。

じっくりと見て、古代語を解読する。


『……私に××して?……』


「………。」

解読し終わった俺はしばらく考えこんだあと、足場を蹴って鏡の正面へと再び向き直った。鍵が閉じ込められたままの鏡面へと自分の姿を映す。

そっと、両手をその鏡面に置いた。
 

「……ヒズミ?何してるの?」

右隣にいるソルが、首を傾げて俺に尋ねる。左にいるアトリも、不思議そうにしているのが視界の端で見えた。

曇のない鏡には、両手を胸元辺りの高さでついた、紫紺のローブを纏った自分の姿が映し出されている。


……なんだこれ、地味に恥ずかしいな。

顔にちょっとだけ熱が上がったが、気にしないことにした。鏡に映る自分の顔は、ほんのりと頬が赤いが……。

うん、見なかったことにしよう!


俺は意を決すると、ぎゅっと目を閉じる。
そのまま、鏡に顔を近づけた。


チュッ。


「えっ?!」

「ヒズミっ?!?!」

唇が触れた鏡面が、ぶるっと震えた感覚がした。

チャリンっと音がしたかと思うと、足場にしていた白色の石に何が落ちる。月光をキラッと反射したそれは、アンティークのキラキラとした金色の鍵だった。


鏡越しに、唖然として驚いた顔をする2人が見える。2人の反応に、さらに俺は顔が赤くなった。多分、耳まで赤いと思う……。

俺は居た堪れなくなって、足元に落ちた鍵を屈んで拾った。


「……いや、その……。鏡の後ろに『私にキスして?』って古代語で書かれてあったから。ほら、鍵取れたぞ……?」


そう言いつつ、思わず自分の口を右手の拳で隠し、唇をごしごしと擦った。
恥ずかしさが、これで少し紛れると良いけど……。


「ぐっ……!それなら、オレに言ってよ。何で、ヒズミがキスするのさ!オレ以外の人がいる前で、そんな可愛い顔しちゃダメだろ?!」

「ぐはっ!……そうですよ!そんな、赤くなって恥ずかしそうにして……。無防備にも、ほどがあるでしょう!!」


ソルとアトリは、一度胸を手で抑えて変な声を出した後に、俺に小言を言って来る。


「……いや、咄嗟につい……。?可愛い??」

3人でヤイヤイと騒ぎつつ、俺たちはソルの風魔法で地上へと降りた。


「……ヒズミのキス顔を見れたのは、眼福だけど……。」

「あの赤らんだ顔は、反則でしょう……。ソレイユの言葉は一部聞き捨てならなかったですが……。帰ったら、ヒズミに2人でお説教しましょうね?」


風魔法で地上へ降りる間、ソルとアトリは揃って大きなため息をついて何かぼやいていた。そして、2人で頷き合っている。師弟同士で、仲が良いのは本当に良いことだ。


ちなみに俺がキスした鏡は、2人の渾身のグーパンチによって粉々に砕け散った。





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