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オマケ・2人ただ歩くだけで
ナンデといじめっこの女たち
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しかし油断しかけていたナンデの気を、再び引き締める出来事が起きた。
「ナンデ。買い物に行くのか? たまには私も付き合おう」
いつもなら朝食を済ませた後、すぐにどこかに行ってしまうドーエスが声をかけて来た。
ナンデは夫の同行願いにギクッとして
「えっ、いや、そんな。家事は私の仕事ですし、ドーエス様は休んでいてください」
ドーエスと出かけるなんて、血に飢えた虎や獅子を連れ歩くようなものだ。確実に犠牲者が出ると、ナンデはなんとか穏当に断ろうとしたが
「前世の私はあまりに名が知られていたせいで、普通の街歩きというものができなかった。また悪名が轟かぬうちに、そなたと昼の街を歩きたい」
「ドーエス様……」
まるでナンデとデートをしたがっているような口ぶりだが、ナンデは感動するよりも
『また悪名が轟かぬうちに』
のくだりから、やはり今世でも悪名を轟かせる気なのかと、この平穏が一時のものでしかないことを悟って少し気が遠くなった。だからと言って、ナンデがドーエスの要求を断れるはずがない。ナンデは仕方なくドーエスを連れて買い物に出かけた。
再会した時のドーエスはいかにも王族風の恰好だったが、今回は街歩きということで、庶民風の簡素な服を着ている。
服装においてはナンデと釣り合いが取れたが、本人のクオリティは段違いだ。
(せめて着替えてくれただけいいけど、それでもやっぱり人目を引くわね)
ドーエスは単に容姿が際立って美しいだけでなく、簡素な服を着ていても隠し切れない高貴さと威厳があった。
この美しい男の隣を歩けることに、少女のように胸が弾む一方で
(……こんな醜い女と歩いて、ドーエス様は恥ずかしくないのかしら?)
ナンデは少しの居た堪れなさを感じていた。
ドーエスと釣り合ってないと感じるのは、もちろんナンデだけではなく
「ちょっ、ナンデ!? 誰よ、その人!?」
「こんな素敵な人が、どうしてアンタなんかと歩いているのよ!」
無遠慮に声をかけて来たのは、街の若い女たちだった。不細工のくせに高慢なナンデは街の嫌われ者だ。
父親以外には相手にされないへそ曲がりの大女が、まるで物語に出て来る貴公子のように若く美しい男を連れているのだから、彼女たちが驚くのも当然だった。
ナンデはドーエスのことを、なんて紹介するか迷った。夫だと教えれば確実に、自分への嘲弄にドーエスを巻き込んでしまう。
ドーエスの殺人スイッチを入れたくないのもあるが
(私のせいでこの人が嗤われるのは嫌だ)
躊躇するナンデの代わりに
「どうしても何も、私はナンデの夫だ。夫婦が一緒に歩くのは当然だろう?」
ドーエスは微笑みながら、ナンデの腰を軽く引き寄せた。少女漫画ならあえて自分たちの仲を強調する彼の態度に、ドキッとするところだろう。
しかしナンデの場合は
(あれ? なんか企んでいる?)
さっそくドーエスの殺戮劇場がはじまったことを予感してヒヤッとした。
ところがドーエスの危険性を知らない女たちは
「ええっ!? どうしてあなたのような美しい人がナンデなんかと!?」
「この女は見てくれだけじゃなくて性格まで悪いんですよ! とてもあなたとは釣り合いません!」
ナンデは彼女たちの言動が、ドーエスの逆鱗に触れないかビクビクした。けれど今のところは自分への悪口だけだから、ドーエスを怒らせることにはならないかと考えていた。
しかしナンデの見立てと違い、ドーエスは
「夫の前で声高に妻を侮辱するような無礼者が、よく人の性格を非難できるな? そんなに美しさが大事なら、私が面白い魔法をかけてやろう」
「きゃあっ!?」
ドーエスが手をかざすと、紫色の禍々しい光が彼女たちを包んだ。その光はすぐに消えたが
「ど、ドーエス様。彼女たちに何をしたんですか?」
「見ていれば分かる」
狼狽えるナンデに、ドーエスがニヤニヤと答えると
「な、何よ、今の変な光!? アンタ、何者なの!?」
「まさか悪魔じゃないでしょうね!?」
彼女たちは先ほどまでとは一転、ドーエスに敵意を向けた。この世界には前世のように、魔法やモンスターは存在しない。
けれど概念としては悪魔や化け物がいる。特に悪魔は迷信深い人たちの間では、居るかもしれないと恐れられていた。
ドーエスの人ならざる雰囲気と謎の光から、人外ではないかと疑った彼女たちは
「ちょっ、サイウル! アンタ、顏が!」
「へっ? 顔って……」
サイウルと呼ばれた女はポカンとしているが、実は指摘した側も
「ふ、2人ともおかしい! どんどん顔が歪んで……!」
自分の顔は見えないせいで分からないが、実はおかしいのは2人ではなく3人ともだった。可愛らしかった女たちの顔は、見る見るうちに醜く変貌していった。
「ど、ドーエス様!? これはいったい!?」
動揺するナンデに、ドーエスは愉快そうに笑いながら
「自身の言動で人を不快にさせた分、姿も不快になっていく魔法だ。自分の無思慮な言動がどれだけ周囲を不快にさせているか、自分ではなかなか気づけぬものだからな。不快な言動を慎み、身も心も美しい人間になれるように私からの贈り物だ」
「ナンデ。買い物に行くのか? たまには私も付き合おう」
いつもなら朝食を済ませた後、すぐにどこかに行ってしまうドーエスが声をかけて来た。
ナンデは夫の同行願いにギクッとして
「えっ、いや、そんな。家事は私の仕事ですし、ドーエス様は休んでいてください」
ドーエスと出かけるなんて、血に飢えた虎や獅子を連れ歩くようなものだ。確実に犠牲者が出ると、ナンデはなんとか穏当に断ろうとしたが
「前世の私はあまりに名が知られていたせいで、普通の街歩きというものができなかった。また悪名が轟かぬうちに、そなたと昼の街を歩きたい」
「ドーエス様……」
まるでナンデとデートをしたがっているような口ぶりだが、ナンデは感動するよりも
『また悪名が轟かぬうちに』
のくだりから、やはり今世でも悪名を轟かせる気なのかと、この平穏が一時のものでしかないことを悟って少し気が遠くなった。だからと言って、ナンデがドーエスの要求を断れるはずがない。ナンデは仕方なくドーエスを連れて買い物に出かけた。
再会した時のドーエスはいかにも王族風の恰好だったが、今回は街歩きということで、庶民風の簡素な服を着ている。
服装においてはナンデと釣り合いが取れたが、本人のクオリティは段違いだ。
(せめて着替えてくれただけいいけど、それでもやっぱり人目を引くわね)
ドーエスは単に容姿が際立って美しいだけでなく、簡素な服を着ていても隠し切れない高貴さと威厳があった。
この美しい男の隣を歩けることに、少女のように胸が弾む一方で
(……こんな醜い女と歩いて、ドーエス様は恥ずかしくないのかしら?)
ナンデは少しの居た堪れなさを感じていた。
ドーエスと釣り合ってないと感じるのは、もちろんナンデだけではなく
「ちょっ、ナンデ!? 誰よ、その人!?」
「こんな素敵な人が、どうしてアンタなんかと歩いているのよ!」
無遠慮に声をかけて来たのは、街の若い女たちだった。不細工のくせに高慢なナンデは街の嫌われ者だ。
父親以外には相手にされないへそ曲がりの大女が、まるで物語に出て来る貴公子のように若く美しい男を連れているのだから、彼女たちが驚くのも当然だった。
ナンデはドーエスのことを、なんて紹介するか迷った。夫だと教えれば確実に、自分への嘲弄にドーエスを巻き込んでしまう。
ドーエスの殺人スイッチを入れたくないのもあるが
(私のせいでこの人が嗤われるのは嫌だ)
躊躇するナンデの代わりに
「どうしても何も、私はナンデの夫だ。夫婦が一緒に歩くのは当然だろう?」
ドーエスは微笑みながら、ナンデの腰を軽く引き寄せた。少女漫画ならあえて自分たちの仲を強調する彼の態度に、ドキッとするところだろう。
しかしナンデの場合は
(あれ? なんか企んでいる?)
さっそくドーエスの殺戮劇場がはじまったことを予感してヒヤッとした。
ところがドーエスの危険性を知らない女たちは
「ええっ!? どうしてあなたのような美しい人がナンデなんかと!?」
「この女は見てくれだけじゃなくて性格まで悪いんですよ! とてもあなたとは釣り合いません!」
ナンデは彼女たちの言動が、ドーエスの逆鱗に触れないかビクビクした。けれど今のところは自分への悪口だけだから、ドーエスを怒らせることにはならないかと考えていた。
しかしナンデの見立てと違い、ドーエスは
「夫の前で声高に妻を侮辱するような無礼者が、よく人の性格を非難できるな? そんなに美しさが大事なら、私が面白い魔法をかけてやろう」
「きゃあっ!?」
ドーエスが手をかざすと、紫色の禍々しい光が彼女たちを包んだ。その光はすぐに消えたが
「ど、ドーエス様。彼女たちに何をしたんですか?」
「見ていれば分かる」
狼狽えるナンデに、ドーエスがニヤニヤと答えると
「な、何よ、今の変な光!? アンタ、何者なの!?」
「まさか悪魔じゃないでしょうね!?」
彼女たちは先ほどまでとは一転、ドーエスに敵意を向けた。この世界には前世のように、魔法やモンスターは存在しない。
けれど概念としては悪魔や化け物がいる。特に悪魔は迷信深い人たちの間では、居るかもしれないと恐れられていた。
ドーエスの人ならざる雰囲気と謎の光から、人外ではないかと疑った彼女たちは
「ちょっ、サイウル! アンタ、顏が!」
「へっ? 顔って……」
サイウルと呼ばれた女はポカンとしているが、実は指摘した側も
「ふ、2人ともおかしい! どんどん顔が歪んで……!」
自分の顔は見えないせいで分からないが、実はおかしいのは2人ではなく3人ともだった。可愛らしかった女たちの顔は、見る見るうちに醜く変貌していった。
「ど、ドーエス様!? これはいったい!?」
動揺するナンデに、ドーエスは愉快そうに笑いながら
「自身の言動で人を不快にさせた分、姿も不快になっていく魔法だ。自分の無思慮な言動がどれだけ周囲を不快にさせているか、自分ではなかなか気づけぬものだからな。不快な言動を慎み、身も心も美しい人間になれるように私からの贈り物だ」
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