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幕間〜ロクサーヌ
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「いらっしゃいませ」
翌日公爵家の家紋がない質素な馬車を用立ててもらい私は仕立屋『ルヴェルタ』を訪れた。
「コリーナ・フォン・ペトリです」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
私が名を告げると店の従業員は心得たように店の奥へと連れて行く。
店に入ってすぐのフロアにはたくさんのドレスが並べられているが、お客は誰もいなかった。
「こちらでお待ちください」
「ありがとう」
名前を告げて案内されたが、そこは誰もが出入りできる待合室だった。
「あら」
待合室に座っているともう一人客が入ってきた。
「ごきげんよう」
顔を上げるとそこにアンセンヌ伯爵夫人、ロクサーヌさんがいた。
彼女を見て驚いている私に彼女は優雅に微笑んだ。
彼女はこの前会った時よりも更に美しかった。
堂々としていて優雅、オクタヴィア様がたおやかな楚々とした美人なら、彼女は艶やかな美人。
片や私は何とか外出するために身なりは整えてきたものの、きっと完璧とは程遠いに違いない。
「あなたは確かペトリ家の…」
「はい。コリーナです」
彼女の方が立場は上なので、私は立ち上がり頭を下げた。
「今日は新しいドレスを買いに?」
考え込んでいると質問されて答えにどもった。
「いえ…あの…はい」
私が来た理由を言うわけにはいかず、言葉を濁した。
ここにいるという事はドレスを買いにくる以外ではありえないのに、彼女の質問も少々馬鹿げていると思った。
ルブラン公にも花嫁衣装の仕立てのことで急用があると言って出てきた。
レオポルドのことはまだ限られた者だけしか知らないので、不審がられないためにはなるべく普通にしていた方がいいという考えで、外出の許可はすぐにもらえた。
「ここにはお一人で?」
「あ、・・・・・・はい」
つい上の空になり、彼女の質問にすぐに理解できず、手短に答える。
「伯爵夫人もお一人で来られたのですか?」
前回会った時に話した言葉も挨拶程度だった。レオポルドと知り合いには違いないだろうが、どれくらい親しいのかは聞いていなかった。
『ルヴェルタ』は王都内にいくつもある仕立屋の中でも、売り上げが上位にくる有名な店だ。そこに貴族の奥方がいてもまったく不思議は無い。人によっては店の従業員を屋敷に呼んで仕立てをさせる場合もあるが、それは決して安くない仕立代に更にお金を上乗せしないといけない。なにしろその間店の従業員も手薄になるのだから、十分な利益が得られるからこそ出張するのだ。そこまで裕福で無いなら直接店に来るしか無い。中には店が用意したデザインの中から次にどんな流行が来るのかを見定めに来る人もいる。
話に身が入らず緊張していると、先程の従業員が私と彼女にお茶を運んできた。
「あの…」
悠長にお茶など飲んでいる場合ではない。お茶だけ出して立ち去ろうとする女性を引き止めた。
「今日私がここに来たのはお茶をいただくためでなく…」
「ご勘弁ください。私の仕事はお客様をご案内してお茶をお出しすることだけで…」
「あ…」
何の会話もできないまま彼女は立ち去ってしまった。
「どうされたの? 座ってお茶をいただきましょう」
従業員の女性の出ていった方を呆然と見つめる私にロクサーヌさんが声をかける。
「でも私は…」
帰ったほうがいいだろうかと躊躇い、扉の方を見ていた私の背中に向かってロクサーヌさんがさらに声をかけてきた。
「もう少し落ち着いてはどうかしら。みっともないですわよ」
「申し訳ございません。あの、私…」
言われるままに座り直してひと口お茶を飲んだ。
緊張していて実は喉が乾いていたことにその時気がついた。
「そう言えば、婚約のこと、まだおめでとうと言っていなかったわね」
二口目を飲んでいるときに横からそう言われた。
「ありがとうございます」
「いつか彼も結婚するだろうとは思っていましたが、相手があなたのような方だとは驚きましたわ」
「どういう意味でしょう」
彼女の言葉は、私がレオポルドの婚約者では納得いかないように聞こえた。
翌日公爵家の家紋がない質素な馬車を用立ててもらい私は仕立屋『ルヴェルタ』を訪れた。
「コリーナ・フォン・ペトリです」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
私が名を告げると店の従業員は心得たように店の奥へと連れて行く。
店に入ってすぐのフロアにはたくさんのドレスが並べられているが、お客は誰もいなかった。
「こちらでお待ちください」
「ありがとう」
名前を告げて案内されたが、そこは誰もが出入りできる待合室だった。
「あら」
待合室に座っているともう一人客が入ってきた。
「ごきげんよう」
顔を上げるとそこにアンセンヌ伯爵夫人、ロクサーヌさんがいた。
彼女を見て驚いている私に彼女は優雅に微笑んだ。
彼女はこの前会った時よりも更に美しかった。
堂々としていて優雅、オクタヴィア様がたおやかな楚々とした美人なら、彼女は艶やかな美人。
片や私は何とか外出するために身なりは整えてきたものの、きっと完璧とは程遠いに違いない。
「あなたは確かペトリ家の…」
「はい。コリーナです」
彼女の方が立場は上なので、私は立ち上がり頭を下げた。
「今日は新しいドレスを買いに?」
考え込んでいると質問されて答えにどもった。
「いえ…あの…はい」
私が来た理由を言うわけにはいかず、言葉を濁した。
ここにいるという事はドレスを買いにくる以外ではありえないのに、彼女の質問も少々馬鹿げていると思った。
ルブラン公にも花嫁衣装の仕立てのことで急用があると言って出てきた。
レオポルドのことはまだ限られた者だけしか知らないので、不審がられないためにはなるべく普通にしていた方がいいという考えで、外出の許可はすぐにもらえた。
「ここにはお一人で?」
「あ、・・・・・・はい」
つい上の空になり、彼女の質問にすぐに理解できず、手短に答える。
「伯爵夫人もお一人で来られたのですか?」
前回会った時に話した言葉も挨拶程度だった。レオポルドと知り合いには違いないだろうが、どれくらい親しいのかは聞いていなかった。
『ルヴェルタ』は王都内にいくつもある仕立屋の中でも、売り上げが上位にくる有名な店だ。そこに貴族の奥方がいてもまったく不思議は無い。人によっては店の従業員を屋敷に呼んで仕立てをさせる場合もあるが、それは決して安くない仕立代に更にお金を上乗せしないといけない。なにしろその間店の従業員も手薄になるのだから、十分な利益が得られるからこそ出張するのだ。そこまで裕福で無いなら直接店に来るしか無い。中には店が用意したデザインの中から次にどんな流行が来るのかを見定めに来る人もいる。
話に身が入らず緊張していると、先程の従業員が私と彼女にお茶を運んできた。
「あの…」
悠長にお茶など飲んでいる場合ではない。お茶だけ出して立ち去ろうとする女性を引き止めた。
「今日私がここに来たのはお茶をいただくためでなく…」
「ご勘弁ください。私の仕事はお客様をご案内してお茶をお出しすることだけで…」
「あ…」
何の会話もできないまま彼女は立ち去ってしまった。
「どうされたの? 座ってお茶をいただきましょう」
従業員の女性の出ていった方を呆然と見つめる私にロクサーヌさんが声をかける。
「でも私は…」
帰ったほうがいいだろうかと躊躇い、扉の方を見ていた私の背中に向かってロクサーヌさんがさらに声をかけてきた。
「もう少し落ち着いてはどうかしら。みっともないですわよ」
「申し訳ございません。あの、私…」
言われるままに座り直してひと口お茶を飲んだ。
緊張していて実は喉が乾いていたことにその時気がついた。
「そう言えば、婚約のこと、まだおめでとうと言っていなかったわね」
二口目を飲んでいるときに横からそう言われた。
「ありがとうございます」
「いつか彼も結婚するだろうとは思っていましたが、相手があなたのような方だとは驚きましたわ」
「どういう意味でしょう」
彼女の言葉は、私がレオポルドの婚約者では納得いかないように聞こえた。
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