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しおりを挟む「お、お兄ちゃん!?」
目の前に広げられた婚姻届。
お兄ちゃんの名前が既に記入してある。
何を言われたのか、ようやく理解できた。
だけど、だけど……っ
私と結婚したいって、冗談でしょう!?!?
「太陽先輩、結婚って……琴莉と本当の家族じゃないって、どういう事ですかっ?」
かのこちゃんの声はいつもより大きくて、ほんの少しだけ震えていた。
翼くんはポカンと口を開けている。
「かのこちゃん……」
私と目が合い、キュッと固く唇を閉じたかのこちゃん。
「……ごめん、琴莉。私が口を出すべきじゃなかったね。私達しばらく他の部屋にいるから、太陽先輩ときちんと話しな」
立ち上がりながら翼くんに「行こ」と声をかけるかのこちゃんの腕を、咄嗟に掴む。
「かのこちゃん、お願いここにいて。私、お兄ちゃんと何を話せばいいのか分からない」
「琴莉……」
再びかのこちゃんがソファに腰を下ろした。
膝の上でギュッと握りしめた私の手に、かのこちゃんがそっと手を重ねる。
「琴莉の代わりに、私が太陽先輩に質問しても大丈夫?」
かのこちゃんの言葉に、コクンと頷く。
「つらい事とか聞いて欲しくない事だったら、すぐに言ってね」
私に重ねた手を優しく握ると、かのこちゃんはお兄ちゃんの方を見た。
時々私の様子を確認しながらお兄ちゃんに質問し、状況を把握していく。
私の母と、お兄ちゃんの実のお母さんが仲の良い友人だったこと。
お兄ちゃんを産んですぐに、お兄ちゃんの本当のお母さんが病気で亡くなったこと。
私の本当のお父さんは、私がお母さんのお腹にいる時に事故で亡くなったこと。
「琴莉のお父さんは、海外で活動しているジャーナリストだったと聞いている」
一枚の写真をお兄ちゃんが見せてくれた。
初めて見る写真。
ふっくらとした男性が写っていて。
琴莉のお父さんだと、お兄ちゃんが言う。
「優しそうな方ですね。琴莉と似てる」
かのこちゃんが目を細め柔らかく微笑む。
お兄ちゃんの本当のお母さんが亡くなった時に、私の母が育児を手伝い。
私の本当の父が亡くなった時に、お父さんが葬儀の手続きなどを手伝うことでお互いに支え合ったのだという。
一緒にいるうちに、自然と再婚を考えるようになったらしい。
「でも、父さんの再婚に大反対する親族が何人かいて。入籍しないことが一緒にいられる条件だった」
反対する人がいても仕方がないと思う。
日本有数の企業である佐藤グループの社長だったお父さん。
再婚することで後々自分が不利益を被るのではないかと不安に駆られた親族の人はたくさんいたはず。
「入籍しないって……。そうすると、琴莉の苗字って本当は佐藤じゃないんですか?」
「いや、偶然だけど琴莉の苗字は佐藤。琴莉の実のお父さんも、佐藤だったんだ」
佐藤って、日本にたくさんいるからね。
自分の名前が偽りでなかったことに、なんだかホッとした。
「琴莉と実の兄妹じゃないって、太陽先輩はいつから知っていたんですか?」
「母さんが……琴莉の母さんが亡くなった時に、戸籍を偶然目にして。父に確認した」
「ぇ……、お兄ちゃん、そんなに前から知ってたの……?」
「ああ」とお兄ちゃんが小さく呟く。
お母さんが亡くなったのは私が小6の時。だからお兄ちゃんは中学2年生。
「琴莉には大学を卒業して社会人になる時に伝えようって、父さんと話していた」
ぁ……
そうだった、就職先が無くなったこと、まだお兄ちゃんに伝えていない。
「お兄ちゃん私ね、社会人になれないの。就職先の会社が潰れちゃって」
お兄ちゃんが、僅かに目を見開いた。
「……そうか……。就職活動がんばったのに、残念だったな……」
「こんな私、お兄ちゃんに相応しくないよ。私と結婚しても、お兄ちゃんに何もメリット無いし」
彼にも浮気されて振られるような女だし、と心の中で自嘲気味に付け加える。
お兄ちゃんに、ジッと見つめられた。
「俺にもメリットがあれば、琴莉は俺との結婚を考えてくれる?」
えっと……?
私と結婚することで生じる、お兄ちゃんのメリット……??
……無いよ。
自信を持って――我ながら情けない自信だけど――無いと断言できるから頷いた。
私を見て満足そうに微笑んだお兄ちゃんが「実は……」と話し始める。
「以前から俺に見合い話がひっきりなしに来ていて」
「お兄ちゃんにお見合い!?」
全く知らなかった……
「そう、お見合い。今までは父さんに話が来ていたからそこで断ってくれていたけど、これからはそうもいかない」
確かに……、自分の娘と是非って無理に話を進めようとする大人が、たくさんいそう。
「俺はお見合いを受ける気は無い。かといって理由も無く断る事もできない。だから琴莉が俺と結婚してくれると、すごく助かる」
「私が、お兄ちゃんを助ける事ができるの……?」
いつも助けられてばかりいる私が?
「そうだよ琴莉。俺と結婚して一緒に家へ帰ろう」
蕩けそうなくらい甘い笑顔でお兄ちゃんが微笑む。
私の方へ伸ばされたお兄ちゃんの手を、かのこちゃんが遮った。
「ちょ、ちょっと待ってください太陽先輩。もし琴莉が他の人を好きになって、その人と結婚したいと思ったらどうするつもりですか?」
「琴莉が他の人を、好きに……?」
ビクッと肩が震えた。
お兄ちゃんの視線が冷気で切れそうなくらい冷たく感じられたから。
「その時は俺と離婚してその相手と結婚すればいい。琴莉のバツイチを気にするような器の小さい男なら、俺は結婚に反対する」
ハァ、とかのこちゃんが大きくため息をついた。
「琴莉はいいの? 突然結婚なんて。嫌なら嫌って言っていいんだよ」
お兄ちゃんの役に立てるのなら……結婚したい。
「……私、お兄ちゃんと結婚する」
「琴莉ッ!」
「ぅわぁっ」
突然お兄ちゃんに、ぎゅぅッと抱きしめられた。
ハァ、と再びかのこちゃんがため息をつく。
「太陽先輩、琴莉の事、必ず大切にしてくださいね」
「全力で琴莉を守るし、大切にすると誓うよ」
お兄ちゃんは責任感が強くて優しいから。
家族として私の事を全力で守り、大切にしてくれると思う。
かのこちゃんと翼くんに証人になってもらい、帰りに役所へ寄って婚姻届を提出。
お兄ちゃんの誕生日が、私たちの結婚記念日となった。
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