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第二章 活き餌がウチの主力だそうです

第14話 今、高速バスで移動中です

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 九月半ばの三連休前の金曜日の夜、仁海は、バスに揺られながら、水戸に向かっていた。
 祖母の葬儀が終わった後に、仁海は、一度東京に戻ったのだが、先週末の大洗の店は、勤務先の大学が未だ始まっていない父に任せて、九月の第二週目の土日は東京で過ごしていた。
 だから、仁海の大洗訪問は、二週間ぶりになる。

 八月の末に、祖母が危篤という知らせを受けた時には、仁海は、特急列車を利用した。
 東京都区内から水戸まで、特急を使った場合の運賃は、片道三八九〇円だ。
 だが、今後、毎週のように東京と大洗を往復する事になる。
 高速バスは、二枚綴りのチケットを購入した場合、東京・水戸間の往復にかかる費用は四〇〇〇円なので、つまり、高速バスを使えば、特急の片道運賃とほぼ同額で往復できてしまうのだ。
 たしかに、特急を使えば、最短、七十二分で移動できる。これに対して、バスでは約二時間かかるし、バスは、前の座席との間も狭く、肉体への負担は大きいにちがいない。
 だが、一回こっきりではなく、毎週のように、大洗に通う事を考えると、費用は少しでも抑えるべきなのだ。
 そういった分けでの、高速バスの利用なのである。

 そもそも、大洗へはアルバイトをしに行くのではない。
 店は、週末と祝日だけの開店で、平日に営業できない分、売り上げはダウンするのは明らかだ。そして、たとえ開店時に物が売れたとしても、利益は微々たるもので、結局のところ、売り上げを店の運営資金に回さなければならない、そういった自転車操業状況なので、仁海に支払えるような給料はないから覚悟してくれ、と予め叔父から言われていた。
 つまり、週末に釣具店で代理店長をするために大洗に通えば通うほど、仁海の貯金は目減りしてゆく事になる。
 こういった理由から、交通費を少しでも削らなければならないのであった。

                   *
 
 仁海は、高校の放課後に、お茶の水の予備校で受験講座を受け終わってから、東京駅に向かったのだが、連休前という事もあってか、バスの乗車待ちの列は予想よりも遥かに長く、半時間以上待って、ようやく仁海が乗ることができたのは、二十一時発の便であった。
 そのバスの水戸駅北口バス停の到着予定時刻は二十三時少し前である。
 たしかに、乗車時間それ自体は二時間もないのだが、東京駅八重洲口での、立ったまま待たねばならない時間を含めると、バスの移動には二時間半以上を要する事になる。
 
 仁海は、勉強でもして、移動時間を有効に使おうと思っていたのだが、パーソナルスペースがほとんどない満員状態の、横揺れする高速バスの車内では、ノートを広げて、ペンを持っての学習には全く適さない事が、バスが東京駅を出発してすぐに分かった。
 結局、移動の約二時間の間、仁海は、タブレットで電子書籍を読んで過ごす事にしたのであった。

 東京にいた二週間の間、試験勉強をしながら、仁海は、ノートを見返しつつ、叔父から教わった事を脳内でシュミレーションしていたのだが、やはり、自分独りでイソメを売れる自信が持てずにいた。
 どうしても、ミミズやイソメのような環形生物に対する生理的な嫌悪感で、総毛だってしまうのだ。
 それで、何か、イソメみたいな虫エサへの対策はないものか、と思って、ネットで検索し、女子高生が登場人物になっている、釣り漫画を探してみた。
 そして、見つけ出した釣りテーマの作品、『放課後○○日誌』や、『スロー○○』を電子書籍で全巻購入した。
 しかし、試験期間という事もあり、タブレットにダウンロードするだけしておいて、未読だったので、高速バスでの移動中に読む事にしたのである。

 どちらの作品でも、物語の中に〈虫エサ〉が出てくるエピソードがあるにはあったのだが、主人公たちは、活き餌であるイソメに嫌悪感を抱いているので、イソメの代わりに、青イソメに似た疑似餌を使ったり、そもそも、虫エサが苦手なので、フライフィッシングをしていたり、と、仁海の虫エサへの苦手意識の克服の参考にはならなかった。
 そもそもの話、釣りが好きでも、虫エサが苦手な釣り人も割と多いらしい。
 そおゆう人は、エサ釣りをせずに、サビキ釣りをしたり、ルアーやフライでの釣りをすれば、それで事足りるようなのだが、しかし、活き餌を売っている釣具屋を運営する仁海の場合、イソメから逃げる事はできないのだ。

 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ。

 そう、仁海の中の心の〈シンジ〉が呟き続けていた。
 続けていたのだが……。

 心の声を聞きながら、仁海は、スマフォで「イソメ」を画像検索してみた。
 しかし、画像が出てくるや、仁海は、思わず、スマフォの画面を顔から遠ざけてしまった。

 やっぱ、未だ無理。無理なものは、ムリイイイィィ~~~~!!!

 そこに、すでに鹿島の店に行っている叔父からの『LINE』の通知が入った。

「明日の朝一で卸しの注文が二件入りました。六時、マツヤマさま、アオ50、六時半、スギキさん30、よろしく」

「い、いきなり、は、八十うううぅぅぅ~~~」
 バスの中だったにもかかわらず、仁海は、思わず声を上げてしまったのであった。
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