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ヴガッティ城の殺人

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 夕焼けに染まる港町。
 はたはたと風に揺れる船の帆、ざざっーと引いては返す波の音が、耳をくすぐる。
 なぐさめてくれるのでしょうか?
 一匹の黒い野良猫が、フラッと現れたので、私は城で待っている彼のことを考えてしまう。
 
「ああ、レオに会いたい……急いで城に帰らなきゃ」

 恋する私は、ムバッペの背中を押す。
 振り向いた彼の足取りは、不満が残るように重い。
 
「あのぉ、マイラさん」
「何?」
「本当に設計図を借りなくていいのですか?」
「大丈夫。ここに入ってるから」

 と言って私は、自分の頭を指さします。
 
「私の特殊能力、一度見たものは記憶のなかに映像としてアーカイブできる」
「アーカイブ?」
「保存です」
「す、すげぇぇぇ!」

 興奮するムバッペが、夕陽のように顔を赤くすると、そのとき!
 
 きゃぁぁぁぁ!
 
 と女性の叫び声が響きます。
 
 !?

 すると、あたりは騒然となり、走って逃げ出していく貴族や奴隷、または行商の姿があります。いったい何があったのでしょうか?
 
「ハーランド族だぁぁ!」

 そう叫んで逃げる貴族のおじさん。
 彼の奴隷でしょうか。綱を手放された隙に違う方向へと逃げていきます。やった、奴隷解放ですね。
 しかし事態はそれどころではなく、行商たちは店をほかって逃げ出す始末。すると盗賊たちが商品や金品を奪っていく。
 
「ムバッペ!」

 私がそう叫ぶと、彼はニヤッと笑います。
 
「大丈夫。島には本土から連れてきた警察官がまだ大勢います」

 そう言った瞬間、ピー! と警笛が吹いて、盗賊たちが警察によって捕まえられていく。そして彼らはムバッペのことに気づき、ビシッと敬礼。
 え? ムバッペってやっぱり偉い役職なの?
 ひとりの警察官がムバッペに近づいて、指示を仰いでいます。
 
「ホテル街の裏道に行ってこい。盗賊たちが倒れているから」
「ムバッペ警部が倒したのですか?」

 まぁな、と答えるムバッペ。
 ちょっとちょっと! 倒したのは私ですけど!
 思わず私はツッコミます。
 
「そうやって自分の手柄にするのですね……ムバッペ」
「えへへ、ありがとう」
「いや、まったく褒めてません」
「それにしても、ハーランド族が出たって叫んでいたね」

 いってみましょう! と言って私は駆け出します。
 人々が逃げてくる方向に、私たちは逆走。しかしムバッペは私の足の速さについて来れず、すぐに、はぁはぁ、と肩で息をしていますね。それでも、見かけた警察官がいたら、
 
「僕について来い!」
 
 と指示を出しています。そのあたりは抜け目がありませんね。
 数人の警察官を引き連れたムバッペは、大きな声で叫びます。
 
「待ってー! マイラさぁぁん!」
 
 !?
 
 私は足を止めて、目の前にある状況にびっくり。

 ──なんと、人々が倒れている!

 何があったのでしょう。
 ここは船着場で、いろいろな露店があった場所、倒れているのは貴族やその奴隷、行商たちや警察官もいます。ふと私は片膝をついて、彼らの口元へ手をあてて意識を確認していきます。
 
「よかった……寝ているだけですね」

 どうやら、睡眠ガスで眠らされているよう。
 ツンと鼻につく刺激臭がその証拠ですね。ちりちりと目が痛い。頭も重くなってきますね。おそらくこの睡眠ガスは、ハーランド族の村で盗んだものでしょう。

「うっ! しまった……少し肺にはいった……」

 ああ、意識が薄れて……。
 しかし、ラッキーなことに夕暮れどきの強い風が吹いて、サーと空気を綺麗にしてくれます。
 空気中に飽和してただよう睡眠ガスの効果が、どんどん希釈されていく。
 
「おい!」

 倒れていた警察官が目を覚まし、私に向かって警告します。
 
「逃げろ! ここは危険だ! ハーランド族が人を殺した!」
「死体はどこ?」

 警察官が視線を向けた先には、豪華なドレスを身にまとった女性が倒れています。
 あれは……!?
 
「レベッカ!」

 私は、もうろうとする視界のなか、レベッカのもとへ急ぐ。
 しかし、息を確認するまでもなく……。

「し、死んでる……」

 首に一本の吹き矢が刺さっていて、そのあたりの皮膚が赤黒く内出血しています。血液が沸騰して逆流したのでしょうか。彼女の顔はひきつり、指先はありえない方向に曲がって、まるでゾンビのよう。
 近くに落ちているのは、彼女のトレードアイテムだった扇子。それが、パタパタと風に揺れて悲しい音を立てている。
 いったい何があったの?
 なぜレベッカがここに?
 まさか、城から抜け出したのでしょうか?
 ハーランド族に復讐されるかもしれないのに、買い物しているなんて……。

「なんて無謀な……」

 私が、そうレベッカの亡骸につぶやいていると、やっと警察官をひきつれたムバッペが来て、ギョッと目を丸くして言います。
 
「レ、レベッカじゃないか!?」
「死んでます……」

 と私が言った瞬間、ひときわ強い風が吹く。

 ガササ!!
 
 どよめく雑音が立ち、ゆらっと黒い影が出現。

「……!?」

 びっくりして振り向くと、そこには民族衣装を身につけたハーランド族の姿が!
 ニヤッと仮面の下で笑っているのでしょうか。
 やけに挑戦的な感じで、こちらを見ています。 
 
 !?

 はっとした瞬間、ハーランド族は、風のように逃げ出していく。
 
「待ちなさい!」

 と叫んで走り出しますが、あれ? 思ったように走れない。足がもつれ、思考がにぶり、まぶたが重い、どうやら睡眠ガスが……身体にまわった……ようですね……。
 
「し、しまった……」

 うすれていく意識のなかで、かろうじて聞こえてくるのは、ムバッペが他の警察官に指示を出す声。
 
「ハーランド族を捕まえろ!」

 はい、という掛け声とともに走って追いかける警察官たち。
 彼らは遅れてきたので、ガスを吸い込まずにすんだのでしょう。
 でも、ムバッペだけ走るのが遅い!
 ハーランド族を追いかける警察官たちに、どんどん引き離されています。
 
「がんばれー! ムバッペー!」

 声をふりしぼり応援する私は、よろよろになってでも走ります。

「それにしても……ああ、くそ眠い……」

 まどろんでくる思考のなかで、なんとか推理します。
 ハーランド族の衣装を着ているのは……。
 
「ケビン!」

 彼しかいない。
 家族を殺した動機は、遺産を独り占めしたいから!
 あらかじめ離島にいたケビンなら、黒幕が用意したトリックを使うことができる。  

 ロベルトを殺した皇帝紅茶のトリック!
 
 総督を殺したクッションのトリック!

 そのように私は推理しながら、鈍くなった足でムバッペたちを追いかけます。
 夕焼けに燃える町は、あっという間に闇に飲み込まれていく。

 !?
 
 ふと、ムバッペや警察官たちが立ちすくんでいる。
 どうやら、もうそこは崖らしい。
 ざっーと見晴らしのいい海が開けて、水平線の向こうに、赤く燃える夕陽が沈んでいく。
 私は、重い瞼をこすりながら、呆然と立ちつくすムバッペに話かけます。
 
「ハーランド族は?」

 はぁはぁ、と荒い息を立てるムバッペは、目を丸くして言います。
 
「崖の下で……死んでる!」

 !?
 
 ムバッペの言葉が信じられず、私は崖の下をのぞきます。
 するとそこに落ちているのは、ハーランド族の衣装を着た……。
 
 死体!?
 
「あぁ、ね、眠い……」

 呼吸が深くなる……瞼が重い……意識が薄れていく……。

「レオ……」
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