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ヴガッティ城の殺人

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 きらめく朝の光りを浴びて、眠りから完全に覚めた私は、治療のため眠っていた西館からエントラスへと歩いています。

「……うっ!」

 包帯に巻かれた右腕が痛む。
 ゆえに走れないけど、熱くなるピンク色の脳細胞は、とても冴えており調子がいい。

「さあ、記憶を呼びおこせ……」

 視線を上にして、マキシマスの設計図を思い浮かべながら城のなかを歩くと、想像の世界が、まるで花が咲くように開いていく。
 きらきらと美しい光りに包まれたら、スッと壁がなくなり、天井がなくなり、まるで透明な氷の結晶をのぞくように、じわじわと城の構造が見えてくる。
 
 ──ケビンの部屋を捜査しなくては!

 私の後ろに歩くのは、レオとムバッペ。
 彼らは不思議そうに、きょろきょろして歩く私のことを見つめていますね。
 
「マイラさん、頭でも打ったかな?」とムバッペ。
「まだ眠いのかも」とレオ。

 いや、どちらでもありません。
 と私は、心のなかでツッコミながら、先を急ぎます。
 しん、とした静寂が支配するヴガッティ城は今、主を亡くしたことで、ふわりと浮いた虚無感がただよう。
 もしも亡霊というものがこの世にあるとするならば、まだこの辺りに総督とロベルト、さらにレベッカの魂が、ウヨウヨと浮いていることでしょう。
 
 ──魂の行き先は、天国か……それとも地獄か……?

 そんなことを考えていると、メイドのリリーとエヴァとすれ違う。
 二人は私の顔を見るなり、パッと電球が点灯したように喜びます。
 おや? クロエの姿がありませんね。
 私は、じっとエヴァを見つめて、
 
「メイド長は?」

 と質問すると、エヴァは首にぶら下がるプラカードの文字を、さっと消してから書き込みます。その手つきは、剣技のように素早い。

『Preparing for the funeral』“葬儀の準備中です”
 
 私は、エヴァの踵が浮いていることを、チラッと確認してから言います。
 
「そうですか……葬儀は今日するの?」
『Yes』“はい”

 出席します、と私が言うと、エヴァは、こくりとうなずく。
 一方、リリーがムバッペに向かって、
 
「警察ならちゃんとマイラさんを守ってよね!」

 と叱ってくれますから私は、うふふと微笑んでしまう。
 あわてたように手を振って、いやいやと言い訳するムバッペ。
 
「まさか睡眠ガスがまかれているなんて思わないよ!」
「じゃあ、なんでマイラさんだけ眠ったのよ?」
「そ、それは……僕の足が遅かったから……」
「え? まじ……!?」
「それでも遅れたおかげで、睡眠ガスを吸うことなくヴィルを崖まで追い詰めたんだ! そこを評価してもらいたい」

 しかしリリーは、両手を頭の後ろで組んで、つまらなそうに言う。
 
「あーあ、評価って言われてもねぇ、ヴィルは自殺しちゃったでしょ? なんか拍子抜け。公開処刑なら、ざまぁ、できたのになぁ」
「ヴィルは少女の誘拐もしていたんだ。自殺したから充分にざまぁみろだよ?」
「そうだけどさ……」

 と言ってからリリーは、レオのほうを向いて質問します。
 
「ねぇレオ、執事つづけるの?」
「うーん」
「あたし、ケビンの下で働く気はないから、メイドやめるわよ」

 嫌な顔をしながら話すリリーの隣で、エヴァはプラカードに書き込みます。
 
「結局、ヴガッティ家の遺産は、ぜーんぶケビンのものになっちゃたね」
『suck』“最悪”
「本当にね。警察がヴィルを崖まで追いつめるから……」
『Suicide』“自殺”
「あーあ、ケビンも殺してくれればよかったのに」
『Agree』“同意”

 メイドの二人は、きつくムバッペをにらみます。
 居心地が悪くなったムバッペは、頭をぽりぽりとかいていますが、反対に私は、胸を張って言います。
 
「まだ事件は終わっていません!」

 !?
 
 はっとしたリリーとエヴァは、尊敬の眼差しで私を見つめます。
 
「え、えっ! どういうこと?」
『Is the truth clear?』“真相が明らかに?”

 うふふ、と笑う私は、さっと踵を返して言います。
 
「もう一度、ケビンの部屋を捜査します!」

 さっそうと歩く私の後を、レオ、ムバッペ、リリー、エヴァがついてきます。
 そしてエントランスに入ると、おや? 近衛兵の二人が、コソコソと話をしていますね。ちょっと聞き耳を立てておきましょう。
 私の聴力はよくて、地獄耳。ええ、マルッと聞こえてますよ。

「まさかヴィルが犯人だったとはな……」
「僕はべつに驚きませんよ。ヴィルはよく言っていました『奴隷少女を買ってみたい』って……」
「ロリコンかよ」
「病的なほど……」

 近衛兵のハリーとポールが、壁にもたれながら話を続けます。
 
「でも変だよな」
「何がですか?」
「だって筋肉バカのヴィルだぞ」
「はぁ」
「いくら警察に追いつめられたからって自殺なんてするか?」
「……かなり混乱したのでしょう」
「本当にそうか? ヴィルは言っていた」
「何をですか?」
「ケビン様に仕事を頼まれた。給料がよかった、と」
「あ、そうでしたね!」
「ヴィルのバカはもしかして……」
「ケビン様にハメられた?」
 
 うふふ、なかなか確信に迫る会話ですね。
 うっすらと笑みを浮かべる私は、彼らの前を通りかかるところで会釈をします。
 二人は、はっとして焦ると、ビシッと背筋を正して敬礼。
 
「マイラ様っ!?」
「何かごようですか?」

 私は、猫のように二人をにらんでから言います。
 
「今からケビンを捕まえにいきます!」

 !?
 
 おやおや、かなりびっくりしていますね。
 ぴょんぴょんと二階に駆けあがる私のあとを、二人は黙ってついてくる。
 やはり近衛兵の二人も、ケビンが主になることは賛成できないのでしょう。
 私のことを期待して見ています。
 それはメイドのリリーとエヴァも同じで、ワクワクしながら話をしています。

「どんでん返しの推理かな?」
『Daughter detective!』“令嬢探偵!”

 しかしながら、レオとムバッペは、まだ信じられないような顔をして話をする。
 
「ヴィルが犯人ではないのですか? ムバッペさん」
「警察はヴィルが犯人だと処理しています。しかしマイラさんは事件をひっくり返すつもりらしい……でもどうやって?」
「うーん」
「レオさんだってわかりますよね? ケビンにはレベッカを殺すことはできないことを」
「たしかに、ケビンの部屋の前には、ずっと警察が見張っていました」
「そうです! ケビンには完璧なアリバイがあります」

 とムバッペが誇らしげに言うので私は、ふっと鼻で笑ってから尋ねます。
 
「もしもケビンが部屋の扉ではなく。から外に出ていたとしたら?」

 !?
 
 二人は私の言葉が、うまく理解できないようですね。
 不思議そうな顔をして、私を見つめています。
 
「マイラさん! マキシマスの設計図ですか?」とムバッペ。
「ヴガッティ城にそんな仕掛けが?」とレオ。

 はい、と答える私は、ピタッと歩くのをやめて静止。
 扉の前に立つ警察官が、ムバッペに敬礼をします。

「警部!」
「ケビンは?」

 とムバッペが尋ねると、警察官は、「部屋にいます」と報告。
 ほらな、といった顔をするムバッペは、拳をつくると、コンコンと扉を叩きます。
 
「ケビンさん、お話があります!」

 しばらくしてから、
 
「開いてるぞ」

 と声があがったので、ムバッペは扉を開けて部屋のなかに入っていく。
 つづいて私たちも入ると、ケビンは椅子に座っていたので、みんなで彼を囲みます。
 それでも余裕たっぷりの彼は、
 
「なんのようだ?」

 と尋ねるので私は、キリッと刺すような眼差しを向けて言い放つ。

「犯人はあなたです!」
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