34 / 63
第33話 碧竜
しおりを挟む
「……これでもう、断裂箇所は終わりか?」
三箇所目の断裂も飛び越え、少し余裕が出てきた竜弥は依然ユリファにしがみついたまま、周囲を見回していた。
やはり、細かい景色は識別不能だが、速度に慣れてきたことで自分が大体どの辺りにいるかはなんとなくわかるようになった。
赤羽手前の橋は渡ったので、そろそろ赤羽のはずだ。つまり、もうここは埼玉ではなく、東京都である。
都心は特にアールラインと入れ替わった箇所が多く、酷い有様だとニュースで報じていたが、赤羽周辺はまだ落ち着いているようだった。
「火災や暴動が起きている様子もないし、ここにもまだ魔物の類はいないみたいだな」
「……それはどうかしら?」
楽観的な竜弥に対して、ユリファは懐疑的だった。なぜかと問いかけると、ユリファは浮かない顔でゆっくりと頭上を見上げる。
橋を渡った頃から、今まで晴れていた空が急に薄暗くなっていた。厚い雲が空を覆い、ひと雨降りそうだ。
「また竜弥が叫び出しそうだから、言わなかったんだけど……」
「おいおい、なんだその嫌な話の始め方は」
竜弥が顔をしかめて訊くと、ユリファは鋭い目つきで曇天を睨んだ。
「あの雲の上、何かいるわ。さっきから、普通じゃあり得ないくらい膨大な魔魂の気配を感じるの」
「魔物の類か……?」
ユリファは首を捻って難しい顔をした。
「魔物っていうか、あの気配はきっと――」
彼女がその続きを口にしようとした時だった。
「ヴァァァァァァァッ!!」
強烈な爆音が頭上から降り注いだ。
それと同じくして、台風のような激しい突風が頭上の雲を一瞬で霧散させる。
竜弥たちも吹き飛ばされるところだったが、ユリファのリンクが機能していたおかげで辛うじて無事だった。
空が晴れ、青い空が現れる。
橙色の夕焼けの光が突然注いで、竜弥は目を細めた。
その視線の先。
竜弥は気付く。
遙か上空に、巨大な一つの影。二つの大きな翼。トカゲのような頭。太い二本の足。そして、長い尻尾。全身は緑の鱗に包まれ、鋭い牙が大きな赤い口の中で白く輝く。
「おい……あれって」
「……やっぱりね。あれは碧竜。ジャンル的には私と同じ、有形高位存在よ」
「有形高位存在の竜……って、それ大丈夫なのか!?」
「いや、激ヤバよ」
「お前、激ヤバ好きだな!」
「ヴァァァァァァァァ!!」
遮る雲もない状態での竜の咆哮は、強力な衝撃波となって、竜弥たちごと一帯の高架を破砕した。瓦礫が飛び散り、崩壊の轟音が周辺に満ちる。
「ちゃんとしがみついてて!」
黒光の展開濃度を増大させ、戦闘モードに入ったユリファは、竜弥を抱えた状態にもかかわらず身軽く跳躍し、崩壊を免れた高架部分に降り立った。
「くそ! このままじゃ、赤羽周辺の住民たちが巻き込まれちまうぞ!」
焦った様子で口走った竜弥の言葉を聞いて、ユリファは「赤羽? ああ、それならよかった」と呟く。
「よかった!? どこがだよ!」
「さっき、大宮の街中で流れていたニュースでちらっと聞いたんだけど、赤羽周辺には脅威の出現に伴って住民たちに避難勧告が出たらしいのよ。ここがその赤羽って場所なら、少なくとも住民に直接の被害が出ることはないわ」
「そうなのか……いや、それでも、ここであいつの相手をして、街に被害を出したくはないな」
「その点は問題ないわ。私も碧竜とこんなところで戦いたくないもの。ちょうどいいし、ちょっと協力してもらいましょ」
そう言って、ユリファは不敵な笑みを見せる。
「最近のお前、何するかわからないから怖いわ……」
「そりゃ、三大魔祖だからね」
「全世界から怖がられてるって、そういう意味じゃないだろうな……」
「無駄口叩いてると舌噛むわよ」
その忠告とほぼ同じタイミングで、碧竜の両翼が激しい輝きを放った。
碧色の光。あれも恐らく魔魂の光だ。
両翼から溢れ出た碧色の光が、竜が大きく開けた口の中に集中する。
「あれ、確実になんか溜めてるよな!?」
「確実に溜めてるわね。よし、行くわよ!」
どこへ、と竜弥が聞く間もなく、両足を強化したユリファは高架から弾丸のように思いっきり跳躍した。
粉塵が舞い、竜弥たちがいた場所は大きくひびが入って、高架がド派手に崩れ落ちていく。
さっきの断裂部分を飛び越える跳躍とは違い、上空に飛び上がることを目的とした跳躍のため、竜弥とユリファはぐんぐんと高度を上げ、碧竜へと急速に接近、ついには目の前へと躍り出た。
まさか、自分のいる高度まで接近されるとは思っていなかったのか、竜弥たちの予想外の挙動に、碧竜は戸惑ったように顔を上げ、それと同時に、口の中で圧縮されていた高濃度の魔魂の閃光ビームが解き放たれる。
「ぐあっ!?」
閃光ビームが竜弥たちのすぐ横を通り過ぎる。
身体が燃えるような高温。ビームはどこまでも日本の上空を駆け抜けていった。
あんなものが地上に向かって放たれていれば、この辺り一帯は消滅していただろう。
竜弥を抱えたまま、間一髪のところで碧竜が撃った光線を避けたユリファは、その回避動作の流れで碧竜の左足に片手をかける。
そこを起点に自らの身体を振り子のように振り上げて、尻尾側から碧竜の背中へと飛び乗った。
間近で見るまでサイズ感が不明だったが、碧竜の純粋な身体の部分は電車一両分くらいの大きさがあった。
そこからその身体と同等の大きさの翼が生えている。生物としては広すぎるほどの背中は鱗で覆われてごつごつとしていて、岩のように固い。
「ヴァァァァァァ!」
自分の背中に飛び乗られたことが不快なのか、碧竜は滞空状態を解除して、暴れるように急加速した。
竜弥とユリファを振り落とそうとしているのだろうが、位として互角である三大魔祖の力で強化されたユリファの身体は、依然として碧竜の体表に張り付いたままだ。
彼女の片腕で抱かれている竜弥もまた然りである。
高速で赤羽上空を駆け抜ける碧竜の巨体は、気流に逆らって進み、竜弥は暴風に包まれた。
もはや彼は泣き言を咆える暇もなく、ひたすらに歯を食いしばって現在の状況に耐えることしかできない。
「ユリファ! この後はどうすんだ!?」
「ふふ、碧竜の進行方向は都合よく大水源の方角だわ。せっかくだから、このままリディガル大水源上空まで連れて行ってもらいましょ!」
「マジかよ!」
人間よりも高等な存在である有形高位存在をタクシー代わりにするというユリファの発想に、竜弥はただただ口をぽかんと開けることしかできなかった。
「マジよ。実はリディガル大水源の近くまでは私の力で移動できても、肝心の街にはたどり着けないのよね。水源のど真ん中にある島が中心都市になっているから」
「四方を水に囲まれた都市か。完全にファンタジーの世界だな」
美しい自然の只中に浮かぶ、外界から孤立した島都市。
その光景は少し見てみたかった。
「ちょっと楽しみだな」
「……そんな余裕があればいいんだけれどね」
「ヴァァァァァァ!!」
三大魔祖に振り回されているからか、なんだかんだで状況にすぐ順応する竜弥は神秘の光景を想像して期待に目を輝かせた。
その様子を見てユリファは苦笑いをする。
依然として碧竜が暴れ続ける中、妙に落ち着いた二人は、リディガル大水源に近づくまで空の散歩を楽しみ続けたのだった。
三箇所目の断裂も飛び越え、少し余裕が出てきた竜弥は依然ユリファにしがみついたまま、周囲を見回していた。
やはり、細かい景色は識別不能だが、速度に慣れてきたことで自分が大体どの辺りにいるかはなんとなくわかるようになった。
赤羽手前の橋は渡ったので、そろそろ赤羽のはずだ。つまり、もうここは埼玉ではなく、東京都である。
都心は特にアールラインと入れ替わった箇所が多く、酷い有様だとニュースで報じていたが、赤羽周辺はまだ落ち着いているようだった。
「火災や暴動が起きている様子もないし、ここにもまだ魔物の類はいないみたいだな」
「……それはどうかしら?」
楽観的な竜弥に対して、ユリファは懐疑的だった。なぜかと問いかけると、ユリファは浮かない顔でゆっくりと頭上を見上げる。
橋を渡った頃から、今まで晴れていた空が急に薄暗くなっていた。厚い雲が空を覆い、ひと雨降りそうだ。
「また竜弥が叫び出しそうだから、言わなかったんだけど……」
「おいおい、なんだその嫌な話の始め方は」
竜弥が顔をしかめて訊くと、ユリファは鋭い目つきで曇天を睨んだ。
「あの雲の上、何かいるわ。さっきから、普通じゃあり得ないくらい膨大な魔魂の気配を感じるの」
「魔物の類か……?」
ユリファは首を捻って難しい顔をした。
「魔物っていうか、あの気配はきっと――」
彼女がその続きを口にしようとした時だった。
「ヴァァァァァァァッ!!」
強烈な爆音が頭上から降り注いだ。
それと同じくして、台風のような激しい突風が頭上の雲を一瞬で霧散させる。
竜弥たちも吹き飛ばされるところだったが、ユリファのリンクが機能していたおかげで辛うじて無事だった。
空が晴れ、青い空が現れる。
橙色の夕焼けの光が突然注いで、竜弥は目を細めた。
その視線の先。
竜弥は気付く。
遙か上空に、巨大な一つの影。二つの大きな翼。トカゲのような頭。太い二本の足。そして、長い尻尾。全身は緑の鱗に包まれ、鋭い牙が大きな赤い口の中で白く輝く。
「おい……あれって」
「……やっぱりね。あれは碧竜。ジャンル的には私と同じ、有形高位存在よ」
「有形高位存在の竜……って、それ大丈夫なのか!?」
「いや、激ヤバよ」
「お前、激ヤバ好きだな!」
「ヴァァァァァァァァ!!」
遮る雲もない状態での竜の咆哮は、強力な衝撃波となって、竜弥たちごと一帯の高架を破砕した。瓦礫が飛び散り、崩壊の轟音が周辺に満ちる。
「ちゃんとしがみついてて!」
黒光の展開濃度を増大させ、戦闘モードに入ったユリファは、竜弥を抱えた状態にもかかわらず身軽く跳躍し、崩壊を免れた高架部分に降り立った。
「くそ! このままじゃ、赤羽周辺の住民たちが巻き込まれちまうぞ!」
焦った様子で口走った竜弥の言葉を聞いて、ユリファは「赤羽? ああ、それならよかった」と呟く。
「よかった!? どこがだよ!」
「さっき、大宮の街中で流れていたニュースでちらっと聞いたんだけど、赤羽周辺には脅威の出現に伴って住民たちに避難勧告が出たらしいのよ。ここがその赤羽って場所なら、少なくとも住民に直接の被害が出ることはないわ」
「そうなのか……いや、それでも、ここであいつの相手をして、街に被害を出したくはないな」
「その点は問題ないわ。私も碧竜とこんなところで戦いたくないもの。ちょうどいいし、ちょっと協力してもらいましょ」
そう言って、ユリファは不敵な笑みを見せる。
「最近のお前、何するかわからないから怖いわ……」
「そりゃ、三大魔祖だからね」
「全世界から怖がられてるって、そういう意味じゃないだろうな……」
「無駄口叩いてると舌噛むわよ」
その忠告とほぼ同じタイミングで、碧竜の両翼が激しい輝きを放った。
碧色の光。あれも恐らく魔魂の光だ。
両翼から溢れ出た碧色の光が、竜が大きく開けた口の中に集中する。
「あれ、確実になんか溜めてるよな!?」
「確実に溜めてるわね。よし、行くわよ!」
どこへ、と竜弥が聞く間もなく、両足を強化したユリファは高架から弾丸のように思いっきり跳躍した。
粉塵が舞い、竜弥たちがいた場所は大きくひびが入って、高架がド派手に崩れ落ちていく。
さっきの断裂部分を飛び越える跳躍とは違い、上空に飛び上がることを目的とした跳躍のため、竜弥とユリファはぐんぐんと高度を上げ、碧竜へと急速に接近、ついには目の前へと躍り出た。
まさか、自分のいる高度まで接近されるとは思っていなかったのか、竜弥たちの予想外の挙動に、碧竜は戸惑ったように顔を上げ、それと同時に、口の中で圧縮されていた高濃度の魔魂の閃光ビームが解き放たれる。
「ぐあっ!?」
閃光ビームが竜弥たちのすぐ横を通り過ぎる。
身体が燃えるような高温。ビームはどこまでも日本の上空を駆け抜けていった。
あんなものが地上に向かって放たれていれば、この辺り一帯は消滅していただろう。
竜弥を抱えたまま、間一髪のところで碧竜が撃った光線を避けたユリファは、その回避動作の流れで碧竜の左足に片手をかける。
そこを起点に自らの身体を振り子のように振り上げて、尻尾側から碧竜の背中へと飛び乗った。
間近で見るまでサイズ感が不明だったが、碧竜の純粋な身体の部分は電車一両分くらいの大きさがあった。
そこからその身体と同等の大きさの翼が生えている。生物としては広すぎるほどの背中は鱗で覆われてごつごつとしていて、岩のように固い。
「ヴァァァァァァ!」
自分の背中に飛び乗られたことが不快なのか、碧竜は滞空状態を解除して、暴れるように急加速した。
竜弥とユリファを振り落とそうとしているのだろうが、位として互角である三大魔祖の力で強化されたユリファの身体は、依然として碧竜の体表に張り付いたままだ。
彼女の片腕で抱かれている竜弥もまた然りである。
高速で赤羽上空を駆け抜ける碧竜の巨体は、気流に逆らって進み、竜弥は暴風に包まれた。
もはや彼は泣き言を咆える暇もなく、ひたすらに歯を食いしばって現在の状況に耐えることしかできない。
「ユリファ! この後はどうすんだ!?」
「ふふ、碧竜の進行方向は都合よく大水源の方角だわ。せっかくだから、このままリディガル大水源上空まで連れて行ってもらいましょ!」
「マジかよ!」
人間よりも高等な存在である有形高位存在をタクシー代わりにするというユリファの発想に、竜弥はただただ口をぽかんと開けることしかできなかった。
「マジよ。実はリディガル大水源の近くまでは私の力で移動できても、肝心の街にはたどり着けないのよね。水源のど真ん中にある島が中心都市になっているから」
「四方を水に囲まれた都市か。完全にファンタジーの世界だな」
美しい自然の只中に浮かぶ、外界から孤立した島都市。
その光景は少し見てみたかった。
「ちょっと楽しみだな」
「……そんな余裕があればいいんだけれどね」
「ヴァァァァァァ!!」
三大魔祖に振り回されているからか、なんだかんだで状況にすぐ順応する竜弥は神秘の光景を想像して期待に目を輝かせた。
その様子を見てユリファは苦笑いをする。
依然として碧竜が暴れ続ける中、妙に落ち着いた二人は、リディガル大水源に近づくまで空の散歩を楽しみ続けたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
50
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる