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第47話 憤怒の鉄槌 side:カリア・オルトベイル

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「……『サポーター』。あたしゃ久しぶりに、頭に血が昇っているようだよ……」

『……都市長。ご命令を』

 中央管理塔の最上階から、その惨状は十分すぎるほどに見渡せた。

『存在しない結社』はアールラインでは有名な魔術師団体である。

 その襲撃を警戒していないわけではなかった。

 なにせ、この街にはリーセア一の威力と射程を誇る魔魂誘導砲があるのだから。狙う理由としては十分だ。

 カリアのいる中央管理塔を奪うだけで、周辺への超長距離砲撃が可能になるし、設計図を奪えば魔導兵器への応用も十分可能だろう。

 だが、カリア・オルトベイルにも慢心はあった。

 街を守るようにドーム状に展開できる魔魂シールドがあれば、敵の攻撃を防ぎ切れると思っていた。

 街の中に侵入してきた敵も、街の外周部に存在する魔魂主砲で迎撃、またはよく鍛錬された警備兵で対応可能だと。

 しかし、敵は金杖と『無邪気な箱』という予想を遥かに上回る魔導兵器を投入してきた。

 それほどまでに彼らは力を欲しているのだ。

 この様子では、リーセアの王都の襲撃も間違いなく連中の仕業だろう。

 あそこには魔魂誘導砲を超える脅威、全能神エギア・ネクロガルドがいたのだから。

『サポーター』からは、グレガリアスと交わした会話について報告を受けていた。

 その内容から考えると、『存在しない結社』はエギア・ネクロガルドの奪取に失敗。

 しかし、収穫なしで引き下がるわけにもいかず、リーセアで全能神の次に驚異的な力を誇る魔魂誘導砲に奪取対象を変更したというところだろう。

「一体……何を考えてるんだろうね、連中は……」

 カリアは拳を強く握った。息を長く吐き、暴発しそうな怒りを鎮める。

「……『サポーター』。ユリファは、塔から出なくなったあたしのことを冷たい都市長だと言っていたかい?」

「……いえ、そんなことは」

「あんたは冷たそうに見えて、案外隠し事が下手さね。いいんだ。そう思われて当然さ。以前のあたしと今のあたしは、それほどまでに違う人間になっちまった」

 けどねえ、と静かにカリアは呟く。その語気は微かに震えていた。

「もし、本当に冷たい人間になっていたとしたら、こんなことにはなっていないだろう?」

 カリアは強く握っていた右拳を開いて、宙に掲げた。

 すると、つう、と彼女の血液が掌から手首へと流れて、床へ滴り落ちる。

 彼女の掌には、強く握りすぎたせいで出来た爪の跡があった。

「あたしは老いても、腐っても、役に立たなくても、それでも都市長なんだ。リディガルードの人間はみんな、私の大切な大切な子供なんだ。本当はあたしだって、みんなの顔を直接見たいさ。でも、今となってはそれは叶わない。『サポーター』。あたしはどうすればいい? あたしが身を削って守り続けてきた子供たちが、こうして今、目の前で大勢殺されていく。あたしはどうすれば……」

『都市長。らしくありません。あなたが弱みを見せると、中央管理塔の士気に関わります』

「別にいいだろうよ。どうせ、この通信はあたしとあんたしか聞いていないんだ。たまには、老人の愚痴と悔恨を聞いてくれてもいいだろう?」

『……全てが終わったら、聞きます。だから、くれぐれも無理はしないでください。都市長の身体は度重なる都市防衛によって、もう限界なんです』

「……やっぱり、もうダメかねえ。なんだか、この椅子に一日中座り続けていることが苦じゃなくなってきたんだ。だから、諦めはついているよ。きっと、あたしはもう自分の足では歩けない」

 カリア・オルトベイルが深く掛けた椅子が青色の光に包まれる。

 薄暗かった最上階フロアは少しだけ明るく照らされて、島都市の都市長である老婆の顔を鮮明に見ることができた。

 凛と整った目鼻立ち。強い意志の宿った瞳が印象的で、一度見た者は忘れられないだろう。

 そして、顔中に広がるのは極度の魔魂消耗による深い皺の数々だった。

 加齢によるものではない証拠に、その皺の一つ一つが切り傷のように、魔魂の青い光を放っている。

 魔魂は体内に流れるエネルギーである。

 無論、大魔術師と言えども、それを何度も急激に消耗すれば身体に限界が来る。

 街全体の防空システムのエネルギーを全て賄っていたのだから、カリアにその兆候が訪れるのは早かった。

 元々、少し前から身体に悪影響が出始めていたのは知っていた。

 そのせいで、街の見回りをすることが体力的に難しくなった。だが、防空魔魂火器を使用する機会はそれほど多くはなかったし、まだ問題はないはずだった。

 しかし、そこにあの大規模転移術式だ。

 その直後から、リディガルードはモンスターの襲撃を受け続け、やっと落ち着いたと思ったら、碧竜なんてものまで来た。

 そして、今回の『存在しない結社』による襲撃。
 カリアの消耗し切った身体では、おそらく守り切れない。

「もしもの時は頼んだよ。幸い、今はグレガリアスもいる。協力して、リディガルードを守るんだ」

『命令を受理できません。都市長には最後まで指揮を執ってもらいます』

「頑固だねえ。あんたも」

『お互い様です』

「……じゃあ、始めようか。無駄話をしている間に、各魔魂主砲へのエネルギー供給は完了したね?」

『現在、リディガルード外周の各魔魂主砲へのエネルギー供給率、99%。……今、100%になりました。主砲塔外壁はすでに「無邪気な箱」術式の浸食を受け、醜い腕が多数生えています。が、砲台機構は備えられていた防御術式によりオールグリーン。発射準備完了です』

「いい仕事だ。多目標照準モードに移行。あたしの大事な町に土足で踏み込んだ汚らわしい化け物たちを片っ端からマークしな! もちろん、それに魔魂供給をしている馬鹿な魔術師共もね」

『了解。目標捕捉を開始……目標数1、2、345678……現段階で25の攻撃対象を捕捉。リディガルード外部からの攻撃に備えていた砲身を百八十度回転。全砲門、リディガルードを射程に収めました。射角誤差修正。射撃準備よし。都市長、いつでも砲撃可能です』

「それじゃあ、見せてやろう。これが――大魔術師の怒りの鉄槌さ。発射ッ!」

 都市長カリア・オルトベイルが咆え、激情に満ちた号令が部屋に響き渡る。

 少しの遅延もなく、『サポーター』は命令を実行。

 全ての魔魂主砲が作動を開始した。

 各魔魂主砲口から、供給されたカリア・オルトベイルの青い魔魂の光が稲妻のように迸る。それは数秒かけて限界まで圧縮された後――

 強烈な衝撃波を伴って、高速の魔魂エネルギー弾が無数に撃ち出された。

 その光景を見たものは、全員が全員、唖然とするだろう。

 街にはたくさんの市民が存在する。

 だが、まるで手を抜くこともなく、多数のエネルギー弾は街中へとばら撒かれていった。普通であれば二次被害の方が大きく、完全な悪手であるはず。

 しかし、その攻撃方法を可能にするのが大魔術師の魔魂保有量と、大量のタスクを並行処理することに長けた、ある種の天才『サポーター』の存在だった。

 撃ち出された青色エネルギー弾の一つが、『無邪気な箱』胴体部をぶち抜いた。大穴が開いた胴体部はその衝撃で吹き飛び、近くにいた市民へと突っ込んでいく。

 しかし、市民が潰されてしまうことはなかった。

 直撃の寸前、市民を守るように小型の魔導シールドが展開。

 吹き飛んできた胴体部を受け止め、宙に跳ね上げた。

「相変わらず、いい腕をしているじゃないか。それでこそ『サポーター』だよ」

『これが私の役目ですから。「サポーター」を名乗る以上、このくらいの働きは当然です』

 リディガルード都市長を支援する『サポーター』という役職は、カリアが都市長に就任した際に、魔魂誘導砲を一人で操る彼女の負担を減らすため、試験的に設立されたものだった。

 だが、その職務内容は過酷。

 初めは、複数人で支援を行う想定でテストを行っていたのだが、カリアへの報告系統が混乱し、使いものにならなかった。

 そして、その要求水準は「一人でカリアを支援できる者」となった。

 しかし当然ながら、並の人間が一人でこなせる量ではない。

 魔導品の援助があるからといって、とても現実的な要求ではなかった。

 だが、その高度な要求に応えて、『サポーター』エリナ・シュリデルトは、大魔術師カリア・オルトベイルと肩を並べ、戦況を動かしている。彼女もまた、化け物の一人なのだった。

『市民を守るために同時展開している小型魔魂シールド数、百を超えました。なおも増加中。百五十……二百のシールド展開を確認』

「……ぐっ」

 皺の多いカリアの顔が苦悶の表情に歪む。短く痙攣して、それでも彼女は歯を食いしばって街の惨状を見つめていた。

『都市長。これ以上は限界です。エネルギー供給量増大。このままでは、都市長の身体がもちません』

「構わないさ! やるんだよ、『サポーター』。あんたはいつも冷静で、判断ミスのない女だ。あたし一人を案じて、目の前で苦しんでる同胞たちを見殺しにする気かい? 判断が鈍らないように、あんたはそんな機械みたいになっちまったんだろ。なら、それを貫き通してもらいたいね」

『ですが、都市長。あなたがいなくなってしまえば、都市の防衛は困難です。ここで敵を退けることができても、新たな脅威に対処できなくなります』

『サポーター』のその言葉に、カリアは力の入らなくなってきた頬を少しだけ動かして、微笑を浮かべてみせた。

「大丈夫さ。もうすぐ、あれが終わる。そしてそれは、新たな始まりなんだよ」
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