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お茶会

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会場となる庭園が見える手前でロザリアをエスコートしてきたロレンツィオは係の者に招待状を渡す。

「では本日、奥方様はあちらの水の流れを朗読する会の会場に。お連れのかたはこちらでお待ち頂きますよう。なお身の回りのお手伝いをする侍女は1名様までとさせていただきますが侍女については飲み物、食べ物の提供は御座いません」

「判りました。本日は妻をよろしくお願いいたします。ではセレティア行っておいで」
「はい。ロレンツィオ様。行ってまいります」
「奥様、お手を。お足元にご注意くださいませ」
「ありがとうジャスミン」

3人は目だけで頷き、侍女2人は会場に入っていく。ロレンツィオは男性陣が待機する場で空いているテーブルを見つけると招かれている面々をゆっくりと見回す。
公爵家が開催する茶会だからか、残り2つの公爵家から招かれている者はいない。
侯爵家が2家。一番数が多いのは伯爵家。ついで男爵家、子爵家の順である。
ただ、現時点においてなので先程ロレンツィオの後に2組ほど案内をされていたので圧倒的な伯爵家の数は変わらないだろうが子爵と男爵は数が並ぶか入れ替わるか。

見える範囲の中では際立って目を引くものも怪しいものもいない。しいて言えば目立つ度合いならロレンツィオが群を抜いているだろう。
自分が率いる部隊ではなくとも名は知られている事もあって、ロレンツィオの元にも次々に挨拶に男たちがやってくる。狐と狸の化かし合いとはよく言ったもので狸が多く集まってくるとロレンツィオはもう何人目かの男の挨拶で面倒だと思う気持ちが心の大半を占めた。

大半の者と挨拶を交わしたが、これと言って気になるような人物はいなかったがこの場にいない一番【会いたい】人物はおそらく女性陣の会場で挨拶やらをしているのだろう。
目の前に置かれた茶に手をつけることはない。2重、3重で魔法攻撃を仕掛けてくる可能性は十分にある。

「この茶はお気に召しませんでしたでしょうか」

男性給仕が手が付けられず、時間的に冷めてしまったであろう茶を引きに来てロレンツィオに問うが、笑顔で給仕に

「妻の身支度の間に何杯も飲む事になってしまってね。すまないがこのままにしておいてくれないか。わざわざ淹れなおしてもらうのは気が引ける。遠征やらに長年出ていると口にできる水分はそうそう無駄には出来ない面倒な性分でね」

そう言うと給仕はぺこりと頭を下げて、ごゆっくりお寛ぎくださいと下がっていく。

(男も女もこんな場は余程のもの好きでないと耐えられんな)

心で呟くと、意識を屋敷の中に向けてゆっくりと透視を始めた。




ロザリアとジャスミンは会場に入るや否や、夫人や令嬢にあっという間に囲まれてしまった。
単なる興味ではなく、置かれている立場をわきまえているかと遠回しに質問責めに合う。

「外にあまり行かれないとお聞きしましたよ。籠ってばかりでは大変でしょう?」
「いえ、屋敷はとても広く周り切れておりませんの」
「まぁ、確かに中将閣下のお庭は広ぅ御座いますものね」
「えぇ。先日は池に渡鳥がやってまいりまして、思わずその羽根の美しさに魅入ってしまい幾ばくも回れず、その前は見ごろを迎えた花の前でまた1日を過ごしてしまい、このままでは数年経っても周り切れそうに御座いません」

「そうでしたのね。てっきりお国のハンザを思うばかりに籠っていらっしゃるかと」
「いいえ、国を出た時からギスティール王国が私の故郷となりました。今では思い出す暇もない程でございます。久しぶりにハンザと言う言葉を思い出しましたわ」
「そ、それは、それは‥‥無粋な事をお聞きしましたわ」
「いえ、よろしければ貴女様のお名前を。よくして頂いたと旦那様に夜通しお話をしたいと思いますの」
「わ、わたくしの?…それは…申し訳ございません。あちらに用が御座いますの」

そそくさと去っていく後ろ姿を見てジャスミンは

「あれってペチャノーズ伯爵んトコのジェインでしょ?もっとガツンとやっちゃいなよ」
「グイグイ来るかと思ったけど意外に折れやすかったのよ。そろそろ挨拶行っとく?」

ジルクスマ公爵夫妻が揃っている場に行き、昔取った杵柄のカーテシーで挨拶をする。
ギスティールとハンザでは若干異なるカーテシーだが行っているのはロザリア。
非の付け所のないカーテシーに夫人は口元をヒクつかせながら笑顔を向ける。

「まぁ、中将閣下の。よくお越しくださいました。わたくしジルクスマ・バタル・フリーリアですわ」
「この度はわたくしのような若輩者をお招き頂き感謝に堪えません。セレティア・ゲーテン・ハルクシュルツと申します。まだまだ招待頂けるような身では御座いませんが本日はお言葉に甘え、参加させていただきました。今後もフリーリア様に憧れ、慕う事をお許しくださいませ」

「良かったわ。ついうっかり招待状はこの国の言葉で出してしまってごめんなさいね」
「いえ、ギスティール語は勉強中でしたので、封書など手紙は執事が内容を別紙に書いてくれますので、直接読めなかった事をこちらこそお詫びしなければなりません。申し訳ございません」
「いえ、案内を届けたものが失礼な事を。申し訳なかったわ」
「こちらこそ。主人は過保護ですのでお怪我の具合が心配ですわ」

便箋にあった探知魔法は開封して読まれたかどうかを検知して発動するものだと魔導士団の調べで判っている。抗議文が届いた直後に参加の連絡があり、今日訪れたセレティアに公爵が困惑した表情をした事は既にロザリアもジャスミンも知っている。予定では儚くなるか、歩けるような状態ではない筈だと思っていたのだろう。
実際はそうなのであるが、ここで悟られるわけにはいかない。

「ま、まぁ!オホホ…そんな…ゆっくりして頂戴ね」
「はい、ありがとうございます」
「ところで本日中将閣下はどうされた?」
「はい、主人は入り口横の控えの間にて。公爵様ご夫妻とご挨拶できたと帰りの馬車では自慢話が出来そうです」
「いやいや、儂など取るに足らぬ男。そうか帰りまで待たれるのか」
「はい、お恥ずかしながら本日初めて屋敷の外に出ましたので帰りは少し遠回りをしてセルサ丘で空が赤くなる様を見せてくださると。この国は大変美しいと聞きますので今日はこのお茶会もですが心が浮きたつことが続きますので興奮をどう冷まそうと今から思案しております」

一礼をして夫妻の前から離れる寸前、ジルクスマ公爵の口元が緩んだのをロザリアもジャスミンも見逃さなかった。中には何故公爵家の茶会に呼ばれたのか判らないと言う貴族もいた事から、手当たり次第に招待状を送ったのだろう。ならばこの茶会の席で何かを起こす事は考えられない。全員を始末する事は出来ないし、中将閣下の妻がケガをしたとなれば公爵家の大失態となる。狙うとすれば帰宅中か帰宅後。
ロザリアとジャスミンは場を濁す事もなく、早々に退席する事もなくお開きの時間まで参加している夫人方をじっくりと観察しロレンツィオの待つ控えの場に向かった。

「セレティア。どうだった?楽しかったか?」
「えぇ。皆様大変優しく、とてものです」
「そうか。それは良かった。機会を見てまたどこかの茶会に参加するといい」

敢えて聞こえるような声で会話をして馬車に乗る。
公爵家の門を抜けるとロザリアもジャスミンも動きにくいドレスを脱ぎ、下に着ていたアクタースーツのような出で立ちになると、馬車の座席を外し差し込み式の留め具を抜くと盾のようになった板を扉の横に立て掛ける。
大砲は防げないが、弓による攻撃はこれである程度防ぐ事が出来る。
馬車の前面、背面、天井面は比較的丈夫だが、側面はどうしても強度が落ちる。

暫く走ると、屋敷に向かう道からセルサ丘への道への分岐に差し掛かる。
後ろをついてくる馬車はいないが、ロレンツィオもロザリアもジャスミンも気配を察知していた。

「私がいる以上、おそらく呪術師もいる可能性が高い。くれぐれも魔法の攻撃には気を付けろ」
「御意」「御意」

通り抜ける森の中から獲物を待つ狩りをする者が無意識に放つ剝き出しの好奇心と敵意に3人はそれぞれの武器を手にその時を待ち、身構えた。
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