あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru

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母との決別

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ガチャガチャと鉄格子を揺らし、門番を呼ぶが誰も来ない。

あっという間にイデオットの部屋から連れ出されたエンヴィーは叫ぼうが暴れようが誰も助けてくれなかった。そして放り込まれたのは半地下になった牢獄である。
天井に近い壁には30cmほどの隙間があるが、ルーバー代わりのように鉄格子がはめ込まれている。
見えるのは兵士だろうか。男性の足首からふくらはぎの中ほどまでだけだ。

大声で【助けて】【ここから出して】と叫ぶが歩みを止めた足は見えなかった。
壁に背を預けて座り込んでいる数人の女がいたのに気が付いたのは叫ぶ事に付かれてへたり込んだ時だ。


四つん這いになって彼女らに近寄るが、距離が近くなるごとに酷い匂いが鼻につく。
しかし今は匂いよりもここから出る事が先決である。
エンヴィーは彼女たちに話しかけた。


「ねぇ、ここは何処なの。何処から出られるの。いつ出してくれるの」

薄く笑いを浮かべるだけで誰もエンヴィーの問いには答えてくれる気配も素振りもない。
堪らず一人の女性の肩を掴んで、「ねぇっ!」と話しかけてみる。

「五月蠅いね。気安く触んじゃないよ」

掴んだ手を振りはらわれて、逆に肩を手のひらで突かれるとエンヴィーは尻もちをついて、その勢いのまま背中を酷く床に打ち付けた。

「痛たた‥‥何をするの!ディオに言いつけて処刑するわよ!」

処刑という言葉には怯むだろう。エンヴィーはそう考えた。しかし女性達の鼻で笑うような息の混じった声は短く聞こえたが、それ以上は何も聞こえなかった。


「ほ、本当に処刑するんだからね!ディオは偉いんだから!王太子だからちゃんとわたくしの言う事を聞かないと縛り首になっちゃうんだから!」

「縛り首だって。聞いた??」

「くくっおかしいね。そんな事はもうとっくに判ってて順番待ちさ」

「ヒィッ!!」

エンヴィーは少し姿勢を動かした一人の女の腕を見て、息を飲んだ。
女の腕は何度も捕まって、服役をした者に入れられている罪人の証である焼き印があった。
それも1つ、2つではなく、罪を重ねるごとに反省の色がないとされて大きくなる焼き印。

それに目が焦点を合わせている事を見抜いたのか端にいた女が「痒い」と言い肩まで腕を捲った。
その女も目の前の女と同じで幾つも焼き印があり、なんならその上に入れ墨を施しているものもあった。

これが暗がりでランプの灯りだけの夜なら気が付かなかったかも知れないが、天井に近い壁の隙間からは光が入ってくる。女たちの腕の模様は良く見えた。

「ここって…どこなのぉ…」

一気に不安に飲みこまれたエンヴィーは泣きそうな声で女にまた問いかけた。

「さぁね。私らにとっては極楽…とでも言っておこうか」

「確かにね。ここなら稼いだ金を横取りされることもないし2食は出るしね」

「横取りされる金もないのによく言うよ」

「五月蠅いねッ!これでも若い時は一晩に何人もに指名されて稼ぎ頭だったんだからね」

「はいはい。お店のNO1。あ~凄い凄い」

「バカにするんじゃないよ。アンタみたいに街角に立つのと一緒にしないでほしいね」


不安が更に大きくなった。どうして娼婦崩れの女性達と同じ場所に放り込まれたのか。
尻を擦りながら後ろに下がるとエンヴィーはまた鉄格子を掴み叫んだ。
涙を流し、声が枯れるまで叫び続けたが誰も来ることはない。

「痛いっ」

後ろから髪を引っ張られて【五月蠅い】と怒鳴られるとそのまま床に放り投げられてしまった。





1週間後、カツカツと音がして食事を運んでくる者以外の来訪があった。

「まぁ…汚いわね。それに酷い匂い」

その声はエンヴィーの母だった。聞きなれた声にエンヴィーは一目散に鉄格子にしがみついた。
ドレスも顔も汚れてしまったが、「お母様っ!やっときてくれましたのね」と笑みを向けた。

しかし‥‥

口元を扇で隠し、汚いものを見るかのような目で母はエンヴィーを見下ろした。

「お前のせいで田舎に行かねばならないわたくしの気持ちが判ろうものか」

「え…田舎って…どういう‥」

「やっと社交界にも出られるようになったというに。本当に使えない娘だこと」

「待って。お母様。大丈夫よ。ディオはわたくしの事が好きって言ってくれているし、婚約者もいないの。だからお妃様になれるの。そのために面倒くさいけどわたくしディオの所に行ってたんだもの。もうすぐなの。お母様にも贅沢をさせてあげられるわ。結婚さえすれば好きなだけお母様は贅沢できるのよ!ディオは何でもわたくしの言う事きいてくれるの。田舎なんか行く必要はないわ。だからっここから出してくださいませ」


「バカだ、バカだと思っていたけれど…貴女は欲張り過ぎたのよ」


「欲張ったって…欲張ってないわ。男は利用するものって言ったのはお母様じゃない!だからわたくしは好きでもないディオに気に入られるようにバカな女を演じて懐に入り込んだのよ?!ずっとずっとお城に行っていいって!行きたくない日だってあったのに連れて行ったのはお母様と叔母様じゃないの!」

「だから欲張りだと言ったの。叔母様?何時の話をしてるのよ。城に行っていい、連れて行ってたのはあの王子の金で豪遊できたからよ。上手く操れれば良かったかも知れないけれど尻尾を掴まれるような失敗をするような人間は要らないの。ドジを許すのは鼻の下を伸ばした男だけよ。やっと禊が終わったと思っていたのに次は貴女がやらかすなんて…。本当にツイてないわ」


「お母様‥‥そんな…」

「子供の頃に言われたからってそれが今まで続いてると思っていたなんて。お目出度いにも程があるわ。とにかく。焼き印押されて男に媚と体を売れば数年は生きていけるわ。その後は貴女次第じゃないのかしら?」

「嫌っ!嫌よ。お母様っお母様ぁっ!」

「あぁ五月蠅い。最後に会ってやれというから来てみれば…時間の無駄だったわ。もう貴女とわたくしは他人。金輪際会う事もないでしょうけど‥‥御機嫌よう」


格子を掴んだ手がずるずると滑って落ちていくエンヴィーを振り返る事もなく母はドレスの裾が汚れたと牢番に溢しながら去って行った。


「うぅっ‥‥うぅっ‥‥どうして‥‥どうしてなの…」

ポタリ、ポタリと涙が石に丸く弾けた模様を作っていく。
後ろから焼き印の入った腕が伸びて来て、エンヴィーを抱きしめた。
その腕は汗と垢と埃で汚れた腕だったけれど、エンヴィーを優しく抱きしめたのだった。
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