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第08話   理解を超える友人

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ルーシュがチームを組んで国内にある山を色々と登頂するために出掛ける事もディック伯爵一家が現状になる前、まだディック伯爵が執務をし、エレナ夫人が投資をする前からアナベルも知っていた。

アナベルも海や川、山などに出掛ける事もあったがロッククライミングなどではなくあくまでも避暑でありせいぜい散策。なので登山の知識はなかった。

子供の頃なら覚えようとしたかも知れないが、あまりにも多い執務の量に他の事をしている時間があればリカルドの側にいたかった。

ただ、登山と言ってもルーシュのチームが登頂に成功したのは標高380mのブクラ山のみ。このチームは登山は登山でも新製品で身を包み、遠足気分で登山の雰囲気を味わうのが目的である。


チームのメンバーは家督を継いだ者もいれば道楽をしている者など10~20人ほどがメンバーで上る山に寄ってチームの人数が違うという。

趣味を持つのは悪い事ではないが、数人の男性に紹介をしてもらったけれどアナベルだったら「知り合いにもしない」面々だった。

ルーシュは同年代や年下、年上でも格下の爵位と判ればマウントを取りたがる。そして見知った友人の前では兎に角アナベルや使用人を卑しめる。


「給仕を変わるわ。ごめんなさいね」
「すみませんっ。ありがとうございます」


使用人を今までのように雇っておける金もないディック伯爵家。
来客があると事前に判っていれば体裁の為にルーシュは「人を用意しろ」と指示を出す。

出すのは指示だけで手配や金銭の支払いには関与をしない。

「いないんだから、見栄を張らない方が良い」何度言ってもルーシュは判ってくれず、メイド協会を通じて来てもらったメイドに難癖をつけるのである。

ルーシュの友人達は薄々気が付いているのだろうが、来てくれたメイドに悪態を吐く。

「準男爵家出身なんだ?よく恥ずかし気もなく人前に出られるよね?」
「君って歩くとなんだか土臭いよね。体洗ってる?」
「やめなよ。こうやって人に媚びを売らないと良い香りの石鹸は手に入らないんだから」


涙ぐんだメイドを下がらせるとルーシュは「真打登場~」と囃し立て始める。


「こいつさ、狼なんて飼ってるんだ。狼だぜ?女の癖に顕示欲の塊なんだよ」
「へぇ。狼?変わってるね。もしかして使用人を餌にしてるとか?」

――失礼ね!リカルドは人は襲わないわ!――

ルーシュと同じでルーシュの友人も思ったままを口にする。
そこに「相手が不快になるかも?」という気遣いや、言葉を選んでモノを言う気持ちなど一切ない。

「大人しいですし食事も野菜などがほとんどで肉はあまり食べませんよ?」

アナベルがそう言えばルーシュが「だろ?」と友人に得意げな顔をする。
どう言う意味だろうと思えば、「餌代の残りをくすねている」と言い出した。

――くすねたって・・・どういう意味?!――


ルーシュは友人にいい顔をしたい。
ディック伯爵家が羽振りの良かった頃に出会った友人だが、当時は金があるので友人の中でもヒエラルキーのトップにいたルーシュ。

すっかり没落したディック伯爵家だが、金遣いの荒さは変わらなかった。
人の目に触れる品などは何とか売らずにいたが、裏に回れば悲惨で目も当てらない。

使用人は家令も執事も「3年契約の更新制」で通いとなっているし、ディック伯爵家の調理長はかつて下女をしていた女性。調理人に払う給料がなく、下女の給料は調理人の10分の1ほどだったので、下女の給料を倍にして調理もさせている。

食材はアナベルがカトゥル侯爵家から持って来るが、来客に出す茶器以外は欠けたり亀裂が入った物。割れれば買う金もないのでアナベルが侯爵家から未使用の食器を持って来る。


エレナ夫人は昔のドレスを少しづつ金に代えて茶会や夜会の費用を捻出しているがルーシュには売るようなドレスはない。自由になる金がないのでカトゥル侯爵家からの融資に手を付けたり、自分が出す素振りでアナベルに支払いをさせたりしている。

そうしなければ友人とのからで、威厳を見せつけたいのか友人達には「アナベルの飼ってるペットにかかる費用は自分持ち」と触れ回っているのである。

侯爵家のペットを面倒見ている伯爵家の自分。
どんなマウントを取りたいのかアナベルには判らないがルーシュは悦に入っている。


そして目がテンになるような言葉を吐く。

「残金をいつも懐に入れちゃダメだ。余ったら幾ら余りましたと僕に返さなきゃ。そうやって翌月の予算を調整する事が大事だといつも言ってるだろう?」

――私がね!――


当たり前のように友人の前で手を差し出して「残金を出せ」というルーシュ。

ルーシュの友人達は「それくらいやれよ」と言う。

それも彼らの気遣い。よく出来た友達だとアナベルは遠くを見たくなる。



数か月前にアナベルの姉が予約してくれたレストランで偶然友人と遭遇した時、友人は手持ちで支払いが出来ずルーシュに貸してくれと言った。

「いいよ」と気前よくルーシュは返事をしてアナベルに「会計をしろ」と目配せ。

「貸すの?お金を?私が?」
「貸す?お前さ、何様?立て替えるだけだろうが」

そして小声で「僕の友人に恥をかかせる気か?」と睨みつける。
後ろを見れば会計待ちの何処かの侍女が「まだ?」と視線を向けていた。

何故か不足分だけではなく、その時食べた分の料金をルーシュはアナベルに払えと言い、友人には得意な顔で言い放つ。

「友達なら金の貸し借りはしないものだ。ここは僕の奢り。ラッキーだったね」

勝手に決めてしまい、結局アナベルは戻ってこない金を立て替える羽目になった。

レストランの裏手にある厩舎でディック家の馬車を担当する御者が帰り支度の馬車の準備を始めた時、ルーシュの友人達が乗って来た。

馬車に乗り込む時に呟いた言葉を御者から報告を受けてアナベルは「でしょうね」としか思えなかった。

御者も行きも帰りも婚約者を乗せずにいる事もだが、支払いをいつもアナベルにさせている事を心苦しく思っているようで、「婚約を解消するきっかけになれば」と教えてくれる。


『あの得意げな顔!見たか?』
『見た!見た!女に出させてる癖にあのドヤ顔!マジでウケる』
『これで親父から貰った小遣いが浮いたな。娼館でも行くか?』
『いいね!行こうぜ』


「そのくらい恵んでやれ」と即座に言える素晴らしい友人達はルーシュをよく見ている。
ルーシュが現実として自由になる金がない事を知っていて、知らぬふりを徹底して演じ、煽ててその気にさせればいい顔をしたがるので都合よく場所や時間をわざわざ合わせてきたりする。


それを友人と言えるのか。アナベルは疑問に思うが、類は友を呼ぶ。
ルーシュにとっては友人なのだ。

「付き合いを考えた方が良い」そんな言葉をルーシュにかけたのは何年前だろう。
一度や二度ではない。
その度に「人様の付き合いに口出しするってどうよ?お前、そんなに偉いのか?」と返ってきた。

アナベルが3、4年で忠告する事を止めたのは当然とも言える。
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