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第25話 国王サディス
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王妃の支度が間もなくという事で、あまり時間はない。
「さて、アナベル嬢。ちょっとだけ我慢してくれるかな。同じ魔法を2つ同時は出来ないんだ。種類が違えば大丈夫なんだけどね」
アナベルが小さく頷くとイルシェプはアナベルだけにかけていた遮断魔法を解き、即座に部屋全体に遮断魔法をかけ直した。
「何をしたんだ?」とサディス。
「聞こえる!陛下の声が聞こえます!」とアナベル。
魔法が発現した日から42日目。アナベルはイルシェプの声以外の音を聞いた。
「え?え?さっき聞こえないと言ってなかったか?」
「魔法をかけ直した。部屋の内外を遮断したんだ」
「おぉ~久しぶりの!懐かしいなぁ」
「懐かしがる前に、謝罪。全く。人に頼んでおいて梨の礫だとは国王が聞いて呆れる」
「色々とあったんだ。昨日だって刺客に襲われてほら…」
腕まくりをしたサディス。肘の辺りは包帯が巻かれていた。
15年も国を統べる今になっても命を狙われる危険と共にサディスは生きていた。
「あの日の女の子が君か・・・カトゥル侯爵家には迷惑をかけた。本当に申し訳なかった」
「いえ、陛下がリカルドを託して下さり・・・誉に御座います」
サディスとアナベルは共に頭を下げる。
それを見てイルシェプはいきなり本題を切り出した。
「彼女をマジルカ王国に連れて行こうと思っている。許可が欲しい」
「えっ?マジルカ王国に?観光なら許可など不要で自由に行き来できるが?」
「観光ではない。おそらく永住になる」
「永住なら・・・ん?でも確かカトゥル侯爵家・・・婚約をしていなかったかな?」
婚約と聞いてアナベルは表情が曇った。
イルシェプはアナベルの肩に手を置いた。温もりが伝わって来る。
「実は、断言はできないがサディス殿が彼女に預けたリカルド。マジルカオオカミは魔力を持つ生物で魔獣とも呼ばれるんだが、リカルドも要因の1つとなって彼女は今、魔力を持っているんだ」
「ま、魔力?ってことは魔法使い・・・?」
「そうなる。ただこれが厄介でね。他者の心の声が聞こえてしまうんだ。制御が出来ない今はおそらく半径で5キロ圏内にいる人間の声、もしかすると人間に限らないかも知れないが全てが重なって聞こえる状態だ。彼女自身が制御できない限り、常に頭の中は大音量と言う訳だ」
「制御は出来るのか?」
「それも判らない。ただ私の遮断魔法は効果がある。国に連れて行き遮断魔法が使える者の元で制御を身につけられるかなんだ。私達は長い年月をかけて自分の持つ魔力の制御は出来るようになった。しかしそれば親も魔力があるというベースがあっての事。今まで魔法とは無縁の世界で生まれ、育って来て制御が身に着くかは賭けになる」
「いや、イル殿待ってくれ。もし制御が身につかなかった時は?」
「遮断魔法が使えるものと生涯行動するようになる。ただ、永住になるというのは制御が出来ても出来なくてもだ。むしろ制御が出来るようになれば絶対に永住の方が良いと私は考える」
読心魔法が制御できるようになれば、アナベルは人間兵器のようなもの。
後天的な魔法使いなので、この先他の魔力が発現する可能性も高い。その中に変異や変装などがあればアナベル1人を距離のある場所に配置するだけで全ての機密情報が手に入る。
制御をするという事は自分の力を抑え込む事もだが、高める事も多い。
音をぶつける事も可能かも知れないし、奪う事も出来るかも知れない。
サディスは考え込んだ。自国の武力と考えた時に【完成した】アナベル1人いれば師団以上の脅威になる。
ふとサディスがアナベルを見ると顔色が真っ青だった。
そう、アナベルはサディスが心で考えた師団以上の脅威と言う言葉が聞こえているのだった。
――参ったな。怖がらせてしまうだけだ――
そう思う気持ちもアナベルには筒抜け。
サディスは考える事も出来なくなってしまう事に慄いた。
「すまない。怖がらせるつもりはないんだ」
「判ります。でも・・・」
「うん、うん。ごめんな」
かの日のようにあたふたとアナベルを慰めるサディスだが、慰めながらも【泣くなよ?ホントに怖がらせる気はないんだ】とサディスの心の声もアナベルには聞こえてくる。
「判っただろう?そこでサディス殿。サディス殿にはパプリカーナを量産にまで持ち上げた我が国の苦労。それはそれは金も時間も知恵も使ったんだ。だがサディス殿はマジルカオオカミの記録を隠蔽しようとしたよね」
「隠ぺいっ?!そんなつもりは!!」
「でもカトゥル侯爵家からは年に何回も報告書が上がってる。知ってるよね?生態の把握のために我がマジルカ王国が情報を望んでいると?」
「はい~知ってますぅ~そこは本当に申し訳ないっ!事情があったとしても言い訳に過ぎない事も。この通り!」
またもや深々と頭を下げたサディス。
「でね?彼女の出国に当たって婚約を王命で無くして欲しいんだ。それくらいは彼女にリカルドを15年も任せっきりにしてたんだから出してくれるよね?王命1つと侯爵家からの報告書の束で両国の関係も良好だと思うんだけど」
「承知した。但し条件がある」
サディスはイルシェプの提案を飲むのと引き換えに条件を提示した。
「なんだろう?パプリカーナが欲しいとか?」
「ぐっ・・・今から条件もう1つ増やしてもいい?」
「だめ~」
まるで友人のようなやり取りにアナベルはクスっと笑ってしまった。
サディスの出した条件は・・・。
「彼女が穏やかに暮らせるようにして欲しい。軍事的に力を使うことのないように」
国としては脅威以外の何物でもないが、アナベルにはサディスの言葉の本意も聞こえた。
それは1人の国民、1人の人間として生きて欲しいという純粋な願いだった。
「では、明日にでもディック家には王命を伝える事にする。ついでに当主が失踪などの場合にも審議が出来るよう条項に補則を付けて臨機応変に対応できるようにもする。約束しよう」
「忙しくなりそうだね。疲れた時の甘いもの・・・格別だよね?」
「わぁ~ってますッ!関税も勉強させてもらいますーーーーっ!」
イルシェプの言った笑い上戸ではなかった気もするが、サディスはリカルドを預けてくれたあの日のまま。少年のような人だった。
「さて、アナベル嬢。ちょっとだけ我慢してくれるかな。同じ魔法を2つ同時は出来ないんだ。種類が違えば大丈夫なんだけどね」
アナベルが小さく頷くとイルシェプはアナベルだけにかけていた遮断魔法を解き、即座に部屋全体に遮断魔法をかけ直した。
「何をしたんだ?」とサディス。
「聞こえる!陛下の声が聞こえます!」とアナベル。
魔法が発現した日から42日目。アナベルはイルシェプの声以外の音を聞いた。
「え?え?さっき聞こえないと言ってなかったか?」
「魔法をかけ直した。部屋の内外を遮断したんだ」
「おぉ~久しぶりの!懐かしいなぁ」
「懐かしがる前に、謝罪。全く。人に頼んでおいて梨の礫だとは国王が聞いて呆れる」
「色々とあったんだ。昨日だって刺客に襲われてほら…」
腕まくりをしたサディス。肘の辺りは包帯が巻かれていた。
15年も国を統べる今になっても命を狙われる危険と共にサディスは生きていた。
「あの日の女の子が君か・・・カトゥル侯爵家には迷惑をかけた。本当に申し訳なかった」
「いえ、陛下がリカルドを託して下さり・・・誉に御座います」
サディスとアナベルは共に頭を下げる。
それを見てイルシェプはいきなり本題を切り出した。
「彼女をマジルカ王国に連れて行こうと思っている。許可が欲しい」
「えっ?マジルカ王国に?観光なら許可など不要で自由に行き来できるが?」
「観光ではない。おそらく永住になる」
「永住なら・・・ん?でも確かカトゥル侯爵家・・・婚約をしていなかったかな?」
婚約と聞いてアナベルは表情が曇った。
イルシェプはアナベルの肩に手を置いた。温もりが伝わって来る。
「実は、断言はできないがサディス殿が彼女に預けたリカルド。マジルカオオカミは魔力を持つ生物で魔獣とも呼ばれるんだが、リカルドも要因の1つとなって彼女は今、魔力を持っているんだ」
「ま、魔力?ってことは魔法使い・・・?」
「そうなる。ただこれが厄介でね。他者の心の声が聞こえてしまうんだ。制御が出来ない今はおそらく半径で5キロ圏内にいる人間の声、もしかすると人間に限らないかも知れないが全てが重なって聞こえる状態だ。彼女自身が制御できない限り、常に頭の中は大音量と言う訳だ」
「制御は出来るのか?」
「それも判らない。ただ私の遮断魔法は効果がある。国に連れて行き遮断魔法が使える者の元で制御を身につけられるかなんだ。私達は長い年月をかけて自分の持つ魔力の制御は出来るようになった。しかしそれば親も魔力があるというベースがあっての事。今まで魔法とは無縁の世界で生まれ、育って来て制御が身に着くかは賭けになる」
「いや、イル殿待ってくれ。もし制御が身につかなかった時は?」
「遮断魔法が使えるものと生涯行動するようになる。ただ、永住になるというのは制御が出来ても出来なくてもだ。むしろ制御が出来るようになれば絶対に永住の方が良いと私は考える」
読心魔法が制御できるようになれば、アナベルは人間兵器のようなもの。
後天的な魔法使いなので、この先他の魔力が発現する可能性も高い。その中に変異や変装などがあればアナベル1人を距離のある場所に配置するだけで全ての機密情報が手に入る。
制御をするという事は自分の力を抑え込む事もだが、高める事も多い。
音をぶつける事も可能かも知れないし、奪う事も出来るかも知れない。
サディスは考え込んだ。自国の武力と考えた時に【完成した】アナベル1人いれば師団以上の脅威になる。
ふとサディスがアナベルを見ると顔色が真っ青だった。
そう、アナベルはサディスが心で考えた師団以上の脅威と言う言葉が聞こえているのだった。
――参ったな。怖がらせてしまうだけだ――
そう思う気持ちもアナベルには筒抜け。
サディスは考える事も出来なくなってしまう事に慄いた。
「すまない。怖がらせるつもりはないんだ」
「判ります。でも・・・」
「うん、うん。ごめんな」
かの日のようにあたふたとアナベルを慰めるサディスだが、慰めながらも【泣くなよ?ホントに怖がらせる気はないんだ】とサディスの心の声もアナベルには聞こえてくる。
「判っただろう?そこでサディス殿。サディス殿にはパプリカーナを量産にまで持ち上げた我が国の苦労。それはそれは金も時間も知恵も使ったんだ。だがサディス殿はマジルカオオカミの記録を隠蔽しようとしたよね」
「隠ぺいっ?!そんなつもりは!!」
「でもカトゥル侯爵家からは年に何回も報告書が上がってる。知ってるよね?生態の把握のために我がマジルカ王国が情報を望んでいると?」
「はい~知ってますぅ~そこは本当に申し訳ないっ!事情があったとしても言い訳に過ぎない事も。この通り!」
またもや深々と頭を下げたサディス。
「でね?彼女の出国に当たって婚約を王命で無くして欲しいんだ。それくらいは彼女にリカルドを15年も任せっきりにしてたんだから出してくれるよね?王命1つと侯爵家からの報告書の束で両国の関係も良好だと思うんだけど」
「承知した。但し条件がある」
サディスはイルシェプの提案を飲むのと引き換えに条件を提示した。
「なんだろう?パプリカーナが欲しいとか?」
「ぐっ・・・今から条件もう1つ増やしてもいい?」
「だめ~」
まるで友人のようなやり取りにアナベルはクスっと笑ってしまった。
サディスの出した条件は・・・。
「彼女が穏やかに暮らせるようにして欲しい。軍事的に力を使うことのないように」
国としては脅威以外の何物でもないが、アナベルにはサディスの言葉の本意も聞こえた。
それは1人の国民、1人の人間として生きて欲しいという純粋な願いだった。
「では、明日にでもディック家には王命を伝える事にする。ついでに当主が失踪などの場合にも審議が出来るよう条項に補則を付けて臨機応変に対応できるようにもする。約束しよう」
「忙しくなりそうだね。疲れた時の甘いもの・・・格別だよね?」
「わぁ~ってますッ!関税も勉強させてもらいますーーーーっ!」
イルシェプの言った笑い上戸ではなかった気もするが、サディスはリカルドを預けてくれたあの日のまま。少年のような人だった。
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