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第37話   王太子令、下る

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「大丈夫ですか?」

1階に降りたクルトはツェーザルの顔を覗き込んだ。

「大丈夫じゃないかも知れない・・・俺はもう神に召された気がする」
「地獄の門番でさえ逃げるのに、旦那様が御許にとなれば神様も逃げますよ」
「失礼な奴だな・・・だが聖マリーアがいたんだ」
「アナベル様です。女性の名前は間違ってはいけません。死にたいんですか?」
「クルトが言うと真実味があるな」
「失礼ですね。私はミア一筋です。さぁ起きてください。あぁもう・・・こんな吹き抜け作っちゃって。貯めておいた褒賞で修理費足りるかなぁ」

見上げると4階から国王を始め部屋に集まった面々が見下ろしているのが見える。
途端にツェーザルはガっとクルトの首に手を回した。

「な!なにするんですか!苦しっ!苦しいですよっ!」
「見るな!彼女の目が汚れる」
「いちいち失礼ですね!!彼女って誰ですか!」
「聖マリーアだ。現人神となられたのだ」
「あ、現人神っ?!」

久しぶりに階下に落ちたツェーザル。今までの最高記録は3階からだったので新記録更新である。
パンパンと埃を払うとクルトが次官に「請求はこちらに」と名刺を手渡す。

その間にもズンズンと歩き、4階への階段を上がり始めたツェーザル。
クルトは慌てて追いかけた。


「クルト、妻を娶る!」
「王命で来てましたよね、娶る!とか今更です。断れない案件です」
「断る?まさか!そんな事になったら俺は・・・自暴自棄になるぞ!」
「国を物理で壊す気ですか」
「国くらい、彼女の為ならいくらでも取って来る。だが、問題がある」
「どんな?結婚式に教会の予約?あぁ旦那様は一昨年風邪を引いた時に教会の壁をくしゃみで吹き飛ばしましたもんね。でも修理費の支払い終わりましたよ?12回払いだったので」
「そうじゃない!前例がない。文献でも読んだ事がないんだ」
「何をです?」
「ヒトが神と結婚することだ」

二次元となら聞いた事はあったが、確かにGODな神との結婚は修道女か修道士になるんだろうか?クルトは考えたがブルルと首を横に振った。

「ヒトですよ!ひと!人!アナベル様は――うぐっ」
「クルト・・・簡単に名を呼ぶな。許可を得ていない」

――いや、だったら娶る!のほうがダメでしょうが!――


ツェーザルとクルトが4階に戻ってくるまでの間、アナベルは気持ちが高揚するのを感じた。

――まるでリカルドが人間になったようだったわ――

アナベルは気が付いていないが、国王の執務室に集まった面々はアナベルと同じ読心魔法が使える。声に出さなかったが先程心に思ったことは全て筒抜けだった。

「アナベルちゃんはモフ君、どう思った?」

判っているくせに王妃殿下は「ここで挽回!」とばかりにアナベルに問う。

「義姉上、いえ、王妃殿下。無かった事にはなりませんよ?ただこうなったらルフトモンド以外には託せないでしょうね。他家にアナベル殿を預けたらどうなるか・・・」

<< そこなんだよね~ >>

明らかにツェーザルは目つきが変わった。
アナベルもまんざらではないのは判ってはいるが、建前であってもアナベルがどう思っているか。その確認は必要である。

結婚云々は母国にいるカトゥル侯爵家はまだ知らない事なのでツェーザルにも事情を話せば「手は出さない」だろうが、アナベルの預け先に妙齢の子息でもいた日には国は蒸発するかもしれない。
嫉妬のパワーと言うのはそう言うものだ。

「アナベル殿。すまないが少しの間ルフトモンド家での滞在をお願いできないだろうか。世界中探しても現状で一番安全な場所だと言える」

「そうなんですか?」

「ヤツには言い聞かせる。無体な事はさせないから」

イルシェプに問われているとバーン!と大きな音がして足元にドアノブが転がって来た。

「どこに無体を働く奴がいるんですかーッ!」

<< お前だよ!! >>

クレメンスがドアノブを拾い上げ、ツェーザルの鼻先に突きつける。

「当たる所だった・・・あ・た・る!所だった。彼女にな」
「あわわっ!そんなつもりはっ!!」
「こんな粗暴なやつに預ける事は出来ないな」
「そっそんな・・・でも陛下が慈しむようにって・・・ねっ!陛下!?」

ツェーザルは懇願するように国王陛下を見るのだが、先走って結婚を調えてしまった大失敗を先にしているのは国王。バツが悪いのかフイッと顔を逸らしてしまった。

しかし!その縋るような目元を見てアナベルは胸がキュキュンと締め付けられる。

――かっ!可愛い~!!――

勿論ツェーザルにもその声は聞こえている。
まさかアナベルが出元とは思わず、キョロキョロとしてしまうが、それすら・・・。

――きゃぁ♡首をフルフルしてっ!ギュってしたぁい!――

「ぷっ」イルシェプだけでなくレムリア妃もクレメンスも噴き出した。

「当人が良いと言ってるんだからいいんじゃない?ね?ね?」

王妃殿下も必死である。

ついツェーザルの可愛さに我を忘れてしまったが「そうだ、筒抜けだった」とレムリア妃からあの胸元の石を借りなかった事を悔やみ、アナベルは真っ赤になって俯いた。

クレメンスはツェーザルの肩に手を置き、騎士の礼をせよと命じた。
ツェーザルはクレメンスの表情を見て、弛んだ顔を引き締め、その場に片膝をついた。

「手続きに行き違いがあり、結婚の届けは出されているがアナベル殿のご両親にはなんの承諾も得ていない。国として私がご両親には直接謝罪をする。しかし結婚の件は抜きにしてもアナベル殿の魔力の制御。これは火急の課題だ。ツェーザル・ルフトモンド、その命を以てアナベル・カトゥルを守れ。王太子令だ」

「御心しかと!」

その後、クレメンスはアナベルの前に来ると先程のツェーザルのように片膝をついた。

「手違いがあり迷惑をかけた。しかしこのツェーザル・ルフトモンドは私の片腕であり信用に足る男。このマジルカ王国で貴殿の身になんら危険が及ばぬよう力を尽くすはずだ。魔力の制御は魔力を生まれ持って来る私達でも道半ばで諦める者も少なくない。初めての事で不安もあるだろうが全力でサポートもする。急がずに安心して術を身につけて欲しい」

「ご迷惑をお掛け致しますが、よろしくお願い申し上げます」

アナベルがそう答えるとクレメンスはニマっと笑う。

「存分にモフっていいから」と親指でツェーザルを指示し「荷はもう?」と誰にともなく問う。それにはツェーザルが「当家に」と短く答えた。

「じゃ、よろしく頼む。くれぐれも・・・判ってるな?」
「はい…まぁ…」
「まぁじゃなくてさ。父上と母上には言い聞かせるが、ご両親への説明は必須だ」
「承知しております」

その後、国王と王妃は王太子に3時間に及ぶ説教をされ、王太子も含め今年度分の宮の維持費は返還、半年間は無給となったのだった。

翌日王太子クレメンスはカトゥル侯爵家に一連の流れを隠すことなく記した詫び状を送り、日を改めて直接謝罪に伺うと追記した。
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