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第三章 ちゃんと私を見てくださいよ先輩!

重荷

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「琥珀先輩、お背中流しますねっ♪」
「うん……」

 私は別荘の露天風呂で、麗紗に垢すりでごしごしと背中を洗われていた。
 麗紗は優しく、丹寧に私の背中を磨き上げていく。

「ふへへ……こはくせんぱいのせなか……ふへへ……」
「……」

 麗紗のかわいらしい顔がだんだんと変態の顔に変わってきているのが顔を見なくても声で分かった。

 そして麗紗は声をうわずらせて私に言う。

「あーこの垢すりを使うと肌が荒れちゃうんでした―。か、代わりの垢すりも無いのでも、もう手で洗っちゃいますねぇ……ふへへへへ……」

「うん……」

 垢すりを空の彼方に投げ飛ばし、麗紗は私の背中を素手で洗い始めた。
 舐め回すような手付きで。

「はぁはぁ……せんぱいのせなか……すべすべぇ……とうとい……ずっとふれていたい……あああああ……なんてすばらしいの……いきててよかった……!」

「……」

 私の背中を全身全霊で堪能する麗紗。
 背中からとてもくすぐったい感覚が伝わってくる。

 でも私は麗紗を止めなかった。
 今の私は、別の事で頭が占領されていた。

 熊が、死んだ事。



 私は謎の液体を辿って林の中を草木をかき分けて進んでいく。
 この液体を辿れば、熊が居るんじゃないかと思った。

 その推測は正しかった。
 行動は正しかったのかどうか分からないけど。

 私は熊の体らしきものを見つけた。
 断定は出来なかった。

 あまりにも惨い状態だったからだ。

 それは、ひどく血生臭い、ドロドロに溶けた腐肉の塊だった。
 蝋のように溶けている肉の間から、白い骨が剥き出しになっている。

 砕けたピンク色の内臓が、溶けた肉を突き破って土に広がっていた。

 倒れている場所からして、これはおそらく熊の亡骸なのだろう。
 それを見てしまった私は、激しい動悸に襲われ言葉を失った。

 どうしてこんな事に……。
 なんで……。

 私の、せいなのか。
 あの力を、使ったせいなのか。

「熊野ーーっ! 熊野ーーっ! どこに居るの!? 撤退す――」

 茫然自失になっている私と熊の亡骸らしきモノの目の前に、童顔が現れる。
 童顔は、それが目に入った瞬間、顔を歪めて胃の中の物をすべて吐き出した。

「ひっ……!? うっ……! おええええええええっ……!」

 童顔の吐瀉物が、土の上に撒き散らされる。
 なんで童顔がここに……という疑問はその時の私には湧かなかった。

 それは、思考を奪うのには十分すぎる程のおぞましさを持っていた。

「あんた……まさかあんたがこんな事をやったの……?」

 吐くものが無くなった童顔が口元を拭いながら、固まる私を問い詰める。

「いや……これは……分かんない……」
「……ふざけるんじゃないわよッ! 何が分かんないよ! 自分のした事が理解出来てないの!? 現実から逃げるんじゃないわよ!!!」

 私が震え声でそう答えると、童顔がさらに激昂する。

 受け止めきれなかった。私には。
 自分の身を守る為に使った力が、人を一人惨たらしい死に追いやってしまった事を。

「もういい……あんたの事はどうでもいいわ」

 童顔は立ち尽くす私にそう吐き捨て、亡骸に両手を合わせた。



「……琥珀先輩? どうかしましたか?」
「……いや何でもない」

 押し黙る私に、麗紗が手を止めて不思議そうな顔をした。
 私は感情が抜けた返事を返す。

 熊の死が、私の肩に重く圧し掛かり、私を押し潰す。
 罪悪感と虚無感で心が埋め尽くされる。

 そんな私の変化に気付いた麗紗が、心配そうな顔で私にこう聞いてくる。

「……何かあったんですか、琥珀先輩。あいつらに何かされたんですか……?」
「……大丈夫だよ。本当に何もないから」

「私に嘘をつくのはやめてください。つらい事があったのはもう分かっていますから。今、すごく哀しそうな顔をしてますよ琥珀先輩」

「……そう、なの?」
「鏡、見てください」

「あ……」

 麗紗に言われて鏡を見てみると、そこには暗い私の顔が映っていた。
 考えていた事が顔にも出てしまっていたみたいだ。

「……いつでも私が側に居ますから。一人で抱え込まないでくださいよ琥珀先輩……!」
「……ありがとう、麗紗」

 麗紗が私を背中からふわりと優しく抱きしめる。
 背負っていた物が、すこしだけ軽くなったような気がした。

 やっぱり優しいな、この子は。
 私は思わず麗紗の頭をそっと撫でた。

「……っ!?」
「ごめん、しばらくこうしていたい……」

「……いいに決まってるじゃないですか、先輩のばか」

 私の言葉に、麗紗は顔を赤くして俯きそうぼそっと言った。
 その顔が、いつも以上に、とても可愛く見えた。

 ……どんなに私が重荷を背負おうと、力を使おう。
 大切な人を守るために。

 私は背中にぬくもりを感じながら、そう決意した。





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