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 夜会で初めて会った彼は、ヘンラオと名乗った。

 美しい容姿に似合わずちょっと悪い笑みを浮かべて、私をからかう。かと思えば少年のように屈託のない笑みを浮かべたり。
 ふと会話が途切れた時に彼を見れば、とてつもない優しい笑みで私を見ていた。
 そんな表情をされて胸が高鳴らないわけがない。

 苦しかった。
 嬉しかった。
 知らない感情に戸惑いながらも幸せだった。

 出会ってから過ごした時間はわずかだった。けれどそんなことを感じさせないくらいに彼との時間は濃密だったのだ。

 諦めよう。けれど忘れたくない。相反する気持ちに苦しくなった。恋とはとても苦しいものだと知った。

 そんな初めての感情を教えてくれた存在が、今目の前に。

「ヘンラ──」
「これはヘンリー様。当事者である貴方がおられないので、戸惑ってしまいましたよ」
「申し訳ないボルノ公爵、ちょっと立て込んでおりましたので。──父上、話はどこまで?」
「今婚約の話を提案したばかりだ」
「そうですか」

 何が何だか分からない。頭の中には疑問符だらけ。

 それが今の私です。

 え、何これ。どういうこと?誰か説明してよ。
 不安一色でキョロキョロしてたらクラヴィス様と目が合った、説明してくれなさそうな顔だなあ……。

 そう思っていたら、ニッコリ微笑まれてしまった。優しい顔で。同じ金髪碧眼なのに、とても柔和な印象のクラヴィス様。そんな彼が立ち上がって私に近付くのだった。

「ええっと──」
「ときにアデラ嬢、今、この話を断ろうとされて──」
「わーわーわー!!!!」

 ました?
 まで王太子の台詞を言わせまいと父が王太子の口を塞いだ。えええ、それ不敬にならないの?

「クロヴィス様、娘は少々混乱しております!なので今日のところは一旦帰宅してですね、後日また──」
「その必要はありませんよ」

 髪を振り乱し、汗ダラダラの父を押しのけて。
 ヘンラオ様は私の前に出た。ちなみに父はまだクロヴィス様の口を塞いでいる。手、のけた方がいいと思いますよお父様。

 私の前に立ったヘンラオ様。呆然とする私に向かって彼は恭しく腰を折るのだった。

「こんにちは、アデラ嬢。数日ぶりですね」
「ヘンラオ様、ですよね……?」

 挨拶に挨拶を返さない事を非礼と考える事も出来ず。私は確認のように問うのだった。

 それに対して彼はニッコリと微笑んで。

「この立場として会うのは初めてだね。初めましてアデラ嬢。私の名前はヘンリー。この国の第二王子です。以後お見知りおきを」

 そう言って。
 彼はそっと私の手の甲に口づけるのだった。

 ──いやちょっと待て。ものすごく待って欲しい。

 今、なんて言った?

「え、ヘンラオ様……」
「ヘンリーです」
「いや、ヘンラオ様ですよね」
「そんな変な名前ではありません」
「いやだってそう自分で名乗って……」

 しつこく食い下がったら、ガッシと両手を握りしめられてしまった。

 そしてズイッと顔を近づけて、彼はニ~ッコリと微笑んでもう一度言ったのだった。

「私の、名前は、ヘンリー、です!!」


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