野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

文字の大きさ
64 / 126
第四章 白魔導師の日々

収穫祭~6

リード家の子供達が乗った馬車が、収穫祭から戻ってきた。マルコムとジョエルは召使いと共にお祭りに出かけていたのだ。馬車から降りた二人が目をキラキラさせながら、両親の元へと駆け寄る。

「かあさま、ただいま戻りました」

「ジョエル、マルコム、お帰りなさい。お祭りは楽しかった?」

「はい。かあさま、とっても!」

風船を一つ二つ片手に緑の小人に仮装したジョエルはことのほか上機嫌だ。そんな二人にマルコムが空を見上げて、怪訝な声をあげた。

「父様、あれは、なんだろう?」

マルコムが指さした方向に視線を向けると、見知らぬ影がうっすらと暗闇に紛れて現れていた。

「・・・あれは、どうやら竜騎士の姿のようだが」

ギルの父も不思議そうに呟いた。

そして、あれよあれよという間に、その影は次第に大きくなる。

思ったとおり、目の前で騎竜部隊が城の前の石畳に降下したと思ったら、騎竜団長のアルフォンス・ドレイク侯爵、続いて、宮廷魔道士長ライル、神官数名と共に見たことのない娘が次々と竜から降り立った。

突然の客人に戸惑いながらも、リード子爵が出迎えると、なんとフロルとギルを迎えに来たという。

その時に、後ろにいた娘に神官たちが恭しく頭を下げる中、娘は、まっすぐに自分たちの所に進み出た。

「フローリア・ド・レルマと申します。どうぞ、お見知りおきを」

そんな娘に、ギルの家族たちは怪訝な視線を向ける。

神官が詳しい事情を打ち明ける。この娘は女神の生まれ変わりで、ゆくゆくはギルの妻になると定められていると言う台詞に、リード家の人たちはさらに混乱した顔をする。

「まだ、突然のお話で戸惑われるとは思いますが」

神官はもったいぶった様子で言葉を続けた。

「女神様を一族に迎え入れることが出来るのですぞ。実に光栄なことだとお思いになられませんと」

困惑顔のリード家に押しつけがましく言う神官と、その後ろにそれがあたかも当然であるかのような顔をしている娘に、まず反応したのはマルコムだった。

「俺はお前なんか、家族として認めないぞ」

そうだ。女神と言うなら、フロルが一番ふさわしいじゃないか。ちょっと怒っただけで、彼女の怒気は、大地の精霊や風の精霊に伝わるんだから。

「・・・今はそうでも、将来はそうならざるを得ないのよ」

静かだが、有無を言わせない口調で話すリアに、ジョエルも小さいながらに加担する。

「ぼくも、フロルねえさまのほうが好きだ!」

「こら、マルコム、ジョエルいい加減にしなさい」

ギル父が二人をたしなめる。すでに女神として神官に取り入っている娘はきっと王宮の実権も握っているはずだろう、と貴族らしく政治的な判断をする。

ここで逆らえば、リード家の将来に影がさすかもしれない。

竜騎士副団長のキースが持ち前の社交性を発揮して、リード家当主と交渉する。人当たりのよいキースは、どこでも重宝する人材なのだ。

「こちらで待たせていただいても構いませんか? 竜に水をやりたいのですが、井戸を使わせていただいても?」

「ええ。もちろんです」

城の前の大きく広がっている石畳みの前で、竜騎士たちは、竜の世話をしたり、忙しく立ち働いている。ギルの父は突然の客人を屋敷の中に案内しようとするが、神官たちも、ギルの到着を外で待っていたいようだったので、好きにさせておいた。

そうして、馬車で戻ってきたギルとフロルは、予想どおり、あっと言う間に、竜騎士や神官たちに囲まれていた。ギルの家族は遠巻きにその様子を眺めることしか出来なかった。

ギルとフロルは彼らと何か会話をしていたが、はっきりとは聞こえない。そうこうしている間に、フロルが何故か他の竜に押し上げられ、連れていかれようとしていた。

フロルが飛び立った後、ライルもすぐに、その横で待機していた竜騎士の竜に乗り込む。フロルが、大急ぎでキースの竜に押し上げられて、空高く舞い上がっていく様子を、リード家の家族たちは、大きなホールの前で遠巻きに眺めていた。

「フロル、どうしちゃったんだよ」

「フロルねえさま、どうしたの?」

子供たちの目にも、嫌がるフロルが無理矢理竜に乗せられているのが見えた。

「リルを置いていくのかな」

ハラハラしているジョエルの目に、リルが悲しそうにきゅうぅぅと鳴くのが見えた。

「リルが可哀想だよ・・・」

ジョエルは気持ちの優しい子だ。人一倍、他人の感情に敏感で感受性の高い子だからこそ、リルの気持ちがわかるのだろう。



フロルが飛び立ってすぐに、一人の神官が満足げな表情を浮かべながら、リアに口を開く。

「では、フローリア様、本来は貴女のものである竜が手元に入りました。竜も、貴女様の到来を心待ちにしていたことでしょう」

「ええ、ありがとう」

リアは、そう言い、リルへと歩みを進めていく。けれども、リルは空にいるフロルを見つめ続け、「きゅうきゅう」と泣き続ける。リアのことなど眼中に入っていない様子だった。

「さあ、こちらを見て。私の竜」

リアが、無理やりリルの首につながっている重そうな鎖を手にすると、ようやくリルがチラと視線を向ける。

「邪魔者は削除したわ。これからは、貴方は私のもの。・・・ねえ。私を乗せてくれない?」

リアがそう言って、リルに近寄った瞬間、リルは嫌そうに顔を顰めて、大きく体を震わせた。勝ち誇ったような笑みを浮かべたリアをちらと見た瞬間、リアが後ろ向きに転んで尻餅をついた。

「きゃあ!、な、何をするの?!」

リルがリアを振り払ったのだ。

「め、女神様になんと言うことを! 」

神官が、怒りにまかせて棒を片手にリルを殴ろうとした時だった。リルは二本足ですっくと立ち上がった。

ギュオォォォ

空に向ってリルが怒りの咆吼を発した。その瞬間、木々のカラスが驚いてバタバタと飛び立っていく。リルの瞳孔は細く締まり、娘と神官に向かって牙をむいた。

「な、なに?」

咄嗟に、竜騎士たちが、二人を強制的に竜から引き離す。竜が怒ったのを竜騎士たちはしっかりと認めたからだ。

「ええい、放せ。竜騎士!女神様に竜を納めさせなければならんのだ。神殿の威光を竜に知らしめてやらねばならぬ!」

「馬鹿も休み休み言うんだな」

竜騎士たちは、呆れて、半ば、小馬鹿にするような目で神官とリアを見る。

一度、竜を怒らせれば、どうしようものないのを彼らは知っている。こうなった以上、竜が怒りを発散させて溜飲を下げるまで待つしかないのだ。

「お前たち、どうして、竜をなだめない」

「それは竜の主の仕事だからな。女神であるなら、リルをなんとか出来るだろ」

竜騎士たちは相変わらず冷たい視線をリアにも向けた。

リアは、重い鎖をつけたまま、鎖を外そうと大きく暴れる竜を震えながら見つめた。

「竜の主であれば、あのくらい、なんともなかろう。女神様、お手並みを拝見させていただこうか」

ドレイクが腕組みをしながら、リアを促す。

もし、無理にでも近づけば、きっと踏みつぶされてしまうだろう。リアは恐怖に震えながら、リルに近づくことすら出来ないでいた。

「わ、私には無理だわ」

地面を踏みならしながら、怒る竜の姿は恐ろしい。近づく所か、身が竦んで一歩も足が動かないという方が正解だろう。

「め、女神様が無理なら、この私めが!」

神官の一人がそう言って、決死の覚悟で近づこうとした時だった。

「なっ!何だ。あれは?」

神官が驚愕の声をあげる。リルが鎖を嫌がり、顔を顰めて再び咆吼をあげた瞬間、リルの首につながれていた鎖がみるみるうちに凍結し始めたのだ。周囲の気温も急激に下がり、吐く息が白く凍る。鎖を伝った冷気が地面にも広がり、リルを中心として、パキパキと音を立てながら、氷が地面の上を伝い円状に広がっていく。

「あ、あれは何?」

リアが怯えているとドレイクがそっけない声で言った。

「氷竜だからな」

リルの周りにいた竜騎士たちは、周囲の人間を連れて、リルから距離を置く。

「離れろ。そこにいたら氷柱になるぞ」

「全員、退避!」

リルの周辺は見事に凍り付き、そこに生えていた雑草や木ですらあっと言う間に氷に覆われる。

あそこに立っていたら、と思うと、リアは背筋にぞっとしたものが走る。神官は、あの竜は自分のものだと言った。けれども、あの恐ろしい竜が到底自分のものだとは思えない。

周囲の音がパキパキと氷って、砕け散る音が、否応なく耳に入る。そうして、リルを縛り付けていた頑強な鎖が凍りつき、つぎつぎに砕け始めていた。

重い鎖が凍り、白く変色していく。凍るスピードはますます加速していき、最後に、リルをつないでいた鎖は大きく音を立て、ヒビを入れながら、粉々に砕けていく。

砕け散ったリルの鎖の欠片がばらばらと音を立てて地面に散らばる。最後には、凍り付いて真っ白に変色したリルの首輪が軋みながら、真っ二つに割れた。そして、凍った石畳みの上に落ちると音を立てて粉々に砕け散った。

「氷竜の怒りって・・・」

竜騎士たちですら、始めて見る氷竜の怒りに言葉を失う。

自分をつないでいた鎖も、首輪も全て凍らせて、粉々に破壊した今、もうリルをつなぐものは何一つなくなった。
遠巻きに自分を眺めていた人間など目もくれない様子で、リルは、大きく翼を広げて、今、まさに空へと飛び立とうとしていた。

「ドレイク、はやく、早くあの竜を捕まえろ!」

神官は、声高に命令するが、ドレイクは冷たい視線を返すだけだ。

「なぜ、私の命令が聞けない?」

そんな神官にドレイクはそっけない口調で超えたる。

「聞くも何も、私は神官の配下に下った覚えはない」

そう。誇り高い竜騎士に命じることが出来るのは、王家のみ。もしくは、ドレイクが所属する軍の上層部に仕えるものだけだ。

「わたくしの命令でもですか?」

そんなリアに冷たい視線をドレイクは向ける。

「まだ、女神としての戴冠式をされておられませんので、正式には、まだ我が主ではありません」

そんなリアと神官をまるっと無視して、竜騎士たちはそそくさと竜に乗り、飛び立つ準備を始めていた。

「私は、まだ、帰れなどとは、言った覚えはありませんけど」

リアは怒りを込めて、ドレイクを静かに睨み付けた。

「私の命令は、貴女をリード家までお届けすることであり、殿下より共に連れて帰れとの命令は受けておりませんので」

番をつれて帰るのはリードの役目でしょう、とドレイクは丁寧だが軽蔑のこもった口調で言う。ドレイクは、この女のフロルに対する、そして、リルに対する無礼をずっと冷たい気持ちで眺めていたのだ。

そもそも竜は己の主人を自分で選ぶ。そして、竜の選択は尊重されなければならない。誇り高い竜を、つまらないことで怒らせ、その尊厳を踏みにじった。

竜とその主との絆は神聖なものだ。

そんな当然の理も知らず、竜の意図を無視して、自分のものだと主張した所で、竜に認められない限り、竜の主にはなれる訳がない。

リルが、この娘を選んでいないのは一目瞭然。

もし、リルが本当に龍神リールガルであるのなら、その主であるはずのフロルが女神であっていいはずだ。
主と竜を引き離すなど、無神経極まりない行為を、竜騎士たちは一切、認めない。

つまり、神官が女神として認定しようと、竜がそれを認めない限り、竜の主として君臨するのは、極めておかしなことなのだ。

「お待ちなさい、ドレイク。私の許可なく勝手に飛び立つことなど許しません」

リアの高慢な命令など、さっさと無視して、ドレイクはグレイスに飛び乗り大きく空へと舞い上がる。

この女を殿下の・・・命令どおりにリード家に届けた以上、リアがなんと叫ぼうと、喚こうと、ドレイクにはなんの関係もないことだ。

リアがリルをフロルから引き離そうとした段階で、すでに、リアは竜騎士たちの支持を失っていたのだ。

悔しそうに空を見上げるリアなど全く気にせず、竜騎士たちは次々に空高く飛び立っていった。


感想 959

あなたにおすすめの小説

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

過労死した主婦の私、迷宮の主になりました ~最強バフ飯で、もふもふとイケメンに溺愛されています。主婦業を笑った夫は今さら後悔しても遅い~

他力本願寺
ファンタジー
夫に「主婦業なんて誰でもできる」と軽んじられ、感謝されないまま過労死した真琴。 目覚めると彼女は、異世界の迷宮そのものを司る“迷宮の主”になっていた。 外には出られないけれど、彼女の家庭料理は最強のバフ飯。傷ついた冒険者たちを救ううち、白いもふもふと美形たちに囲まれ、やがて彼女の食堂は“帰る場所”になっていく――一方、真琴を失った元夫は、今さら後悔してももう遅い。