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第四章 白魔導師の日々

収穫祭~6

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リード家の子供達が乗った馬車が、収穫祭から戻ってきた。マルコムとジョエルは召使いと共にお祭りに出かけていたのだ。馬車から降りた二人が目をキラキラさせながら、両親の元へと駆け寄る。

「かあさま、ただいま戻りました」

「ジョエル、マルコム、お帰りなさい。お祭りは楽しかった?」

「はい。かあさま、とっても!」

風船を一つ二つ片手に緑の小人に仮装したジョエルはことのほか上機嫌だ。そんな二人にマルコムが空を見上げて、怪訝な声をあげた。

「父様、あれは、なんだろう?」

マルコムが指さした方向に視線を向けると、見知らぬ影がうっすらと暗闇に紛れて現れていた。

「・・・あれは、どうやら竜騎士の姿のようだが」

ギルの父も不思議そうに呟いた。

そして、あれよあれよという間に、その影は次第に大きくなる。

思ったとおり、目の前で騎竜部隊が城の前の石畳に降下したと思ったら、騎竜団長のアルフォンス・ドレイク侯爵、続いて、宮廷魔道士長ライル、神官数名と共に見たことのない娘が次々と竜から降り立った。

突然の客人に戸惑いながらも、リード子爵が出迎えると、なんとフロルとギルを迎えに来たという。

その時に、後ろにいた娘に神官たちが恭しく頭を下げる中、娘は、まっすぐに自分たちの所に進み出た。

「フローリア・ド・レルマと申します。どうぞ、お見知りおきを」

そんな娘に、ギルの家族たちは怪訝な視線を向ける。

神官が詳しい事情を打ち明ける。この娘は女神の生まれ変わりで、ゆくゆくはギルの妻になると定められていると言う台詞に、リード家の人たちはさらに混乱した顔をする。

「まだ、突然のお話で戸惑われるとは思いますが」

神官はもったいぶった様子で言葉を続けた。

「女神様を一族に迎え入れることが出来るのですぞ。実に光栄なことだとお思いになられませんと」

困惑顔のリード家に押しつけがましく言う神官と、その後ろにそれがあたかも当然であるかのような顔をしている娘に、まず反応したのはマルコムだった。

「俺はお前なんか、家族として認めないぞ」

そうだ。女神と言うなら、フロルが一番ふさわしいじゃないか。ちょっと怒っただけで、彼女の怒気は、大地の精霊や風の精霊に伝わるんだから。

「・・・今はそうでも、将来はそうならざるを得ないのよ」

静かだが、有無を言わせない口調で話すリアに、ジョエルも小さいながらに加担する。

「ぼくも、フロルねえさまのほうが好きだ!」

「こら、マルコム、ジョエルいい加減にしなさい」

ギル父が二人をたしなめる。すでに女神として神官に取り入っている娘はきっと王宮の実権も握っているはずだろう、と貴族らしく政治的な判断をする。

ここで逆らえば、リード家の将来に影がさすかもしれない。

竜騎士副団長のキースが持ち前の社交性を発揮して、リード家当主と交渉する。人当たりのよいキースは、どこでも重宝する人材なのだ。

「こちらで待たせていただいても構いませんか? 竜に水をやりたいのですが、井戸を使わせていただいても?」

「ええ。もちろんです」

城の前の大きく広がっている石畳みの前で、竜騎士たちは、竜の世話をしたり、忙しく立ち働いている。ギルの父は突然の客人を屋敷の中に案内しようとするが、神官たちも、ギルの到着を外で待っていたいようだったので、好きにさせておいた。

そうして、馬車で戻ってきたギルとフロルは、予想どおり、あっと言う間に、竜騎士や神官たちに囲まれていた。ギルの家族は遠巻きにその様子を眺めることしか出来なかった。

ギルとフロルは彼らと何か会話をしていたが、はっきりとは聞こえない。そうこうしている間に、フロルが何故か他の竜に押し上げられ、連れていかれようとしていた。

フロルが飛び立った後、ライルもすぐに、その横で待機していた竜騎士の竜に乗り込む。フロルが、大急ぎでキースの竜に押し上げられて、空高く舞い上がっていく様子を、リード家の家族たちは、大きなホールの前で遠巻きに眺めていた。

「フロル、どうしちゃったんだよ」

「フロルねえさま、どうしたの?」

子供たちの目にも、嫌がるフロルが無理矢理竜に乗せられているのが見えた。

「リルを置いていくのかな」

ハラハラしているジョエルの目に、リルが悲しそうにきゅうぅぅと鳴くのが見えた。

「リルが可哀想だよ・・・」

ジョエルは気持ちの優しい子だ。人一倍、他人の感情に敏感で感受性の高い子だからこそ、リルの気持ちがわかるのだろう。



フロルが飛び立ってすぐに、一人の神官が満足げな表情を浮かべながら、リアに口を開く。

「では、フローリア様、本来は貴女のものである竜が手元に入りました。竜も、貴女様の到来を心待ちにしていたことでしょう」

「ええ、ありがとう」

リアは、そう言い、リルへと歩みを進めていく。けれども、リルは空にいるフロルを見つめ続け、「きゅうきゅう」と泣き続ける。リアのことなど眼中に入っていない様子だった。

「さあ、こちらを見て。私の竜」

リアが、無理やりリルの首につながっている重そうな鎖を手にすると、ようやくリルがチラと視線を向ける。

「邪魔者は削除したわ。これからは、貴方は私のもの。・・・ねえ。私を乗せてくれない?」

リアがそう言って、リルに近寄った瞬間、リルは嫌そうに顔を顰めて、大きく体を震わせた。勝ち誇ったような笑みを浮かべたリアをちらと見た瞬間、リアが後ろ向きに転んで尻餅をついた。

「きゃあ!、な、何をするの?!」

リルがリアを振り払ったのだ。

「め、女神様になんと言うことを! 」

神官が、怒りにまかせて棒を片手にリルを殴ろうとした時だった。リルは二本足ですっくと立ち上がった。

ギュオォォォ

空に向ってリルが怒りの咆吼を発した。その瞬間、木々のカラスが驚いてバタバタと飛び立っていく。リルの瞳孔は細く締まり、娘と神官に向かって牙をむいた。

「な、なに?」

咄嗟に、竜騎士たちが、二人を強制的に竜から引き離す。竜が怒ったのを竜騎士たちはしっかりと認めたからだ。

「ええい、放せ。竜騎士!女神様に竜を納めさせなければならんのだ。神殿の威光を竜に知らしめてやらねばならぬ!」

「馬鹿も休み休み言うんだな」

竜騎士たちは、呆れて、半ば、小馬鹿にするような目で神官とリアを見る。

一度、竜を怒らせれば、どうしようものないのを彼らは知っている。こうなった以上、竜が怒りを発散させて溜飲を下げるまで待つしかないのだ。

「お前たち、どうして、竜をなだめない」

「それは竜の主の仕事だからな。女神であるなら、リルをなんとか出来るだろ」

竜騎士たちは相変わらず冷たい視線をリアにも向けた。

リアは、重い鎖をつけたまま、鎖を外そうと大きく暴れる竜を震えながら見つめた。

「竜の主であれば、あのくらい、なんともなかろう。女神様、お手並みを拝見させていただこうか」

ドレイクが腕組みをしながら、リアを促す。

もし、無理にでも近づけば、きっと踏みつぶされてしまうだろう。リアは恐怖に震えながら、リルに近づくことすら出来ないでいた。

「わ、私には無理だわ」

地面を踏みならしながら、怒る竜の姿は恐ろしい。近づく所か、身が竦んで一歩も足が動かないという方が正解だろう。

「め、女神様が無理なら、この私めが!」

神官の一人がそう言って、決死の覚悟で近づこうとした時だった。

「なっ!何だ。あれは?」

神官が驚愕の声をあげる。リルが鎖を嫌がり、顔を顰めて再び咆吼をあげた瞬間、リルの首につながれていた鎖がみるみるうちに凍結し始めたのだ。周囲の気温も急激に下がり、吐く息が白く凍る。鎖を伝った冷気が地面にも広がり、リルを中心として、パキパキと音を立てながら、氷が地面の上を伝い円状に広がっていく。

「あ、あれは何?」

リアが怯えているとドレイクがそっけない声で言った。

「氷竜だからな」

リルの周りにいた竜騎士たちは、周囲の人間を連れて、リルから距離を置く。

「離れろ。そこにいたら氷柱になるぞ」

「全員、退避!」

リルの周辺は見事に凍り付き、そこに生えていた雑草や木ですらあっと言う間に氷に覆われる。

あそこに立っていたら、と思うと、リアは背筋にぞっとしたものが走る。神官は、あの竜は自分のものだと言った。けれども、あの恐ろしい竜が到底自分のものだとは思えない。

周囲の音がパキパキと氷って、砕け散る音が、否応なく耳に入る。そうして、リルを縛り付けていた頑強な鎖が凍りつき、つぎつぎに砕け始めていた。

重い鎖が凍り、白く変色していく。凍るスピードはますます加速していき、最後に、リルをつないでいた鎖は大きく音を立て、ヒビを入れながら、粉々に砕けていく。

砕け散ったリルの鎖の欠片がばらばらと音を立てて地面に散らばる。最後には、凍り付いて真っ白に変色したリルの首輪が軋みながら、真っ二つに割れた。そして、凍った石畳みの上に落ちると音を立てて粉々に砕け散った。

「氷竜の怒りって・・・」

竜騎士たちですら、始めて見る氷竜の怒りに言葉を失う。

自分をつないでいた鎖も、首輪も全て凍らせて、粉々に破壊した今、もうリルをつなぐものは何一つなくなった。
遠巻きに自分を眺めていた人間など目もくれない様子で、リルは、大きく翼を広げて、今、まさに空へと飛び立とうとしていた。

「ドレイク、はやく、早くあの竜を捕まえろ!」

神官は、声高に命令するが、ドレイクは冷たい視線を返すだけだ。

「なぜ、私の命令が聞けない?」

そんな神官にドレイクはそっけない口調で超えたる。

「聞くも何も、私は神官の配下に下った覚えはない」

そう。誇り高い竜騎士に命じることが出来るのは、王家のみ。もしくは、ドレイクが所属する軍の上層部に仕えるものだけだ。

「わたくしの命令でもですか?」

そんなリアに冷たい視線をドレイクは向ける。

「まだ、女神としての戴冠式をされておられませんので、正式には、まだ我が主ではありません」

そんなリアと神官をまるっと無視して、竜騎士たちはそそくさと竜に乗り、飛び立つ準備を始めていた。

「私は、まだ、帰れなどとは、言った覚えはありませんけど」

リアは怒りを込めて、ドレイクを静かに睨み付けた。

「私の命令は、貴女をリード家までお届けすることであり、殿下より共に連れて帰れとの命令は受けておりませんので」

番をつれて帰るのはリードの役目でしょう、とドレイクは丁寧だが軽蔑のこもった口調で言う。ドレイクは、この女のフロルに対する、そして、リルに対する無礼をずっと冷たい気持ちで眺めていたのだ。

そもそも竜は己の主人を自分で選ぶ。そして、竜の選択は尊重されなければならない。誇り高い竜を、つまらないことで怒らせ、その尊厳を踏みにじった。

竜とその主との絆は神聖なものだ。

そんな当然の理も知らず、竜の意図を無視して、自分のものだと主張した所で、竜に認められない限り、竜の主にはなれる訳がない。

リルが、この娘を選んでいないのは一目瞭然。

もし、リルが本当に龍神リールガルであるのなら、その主であるはずのフロルが女神であっていいはずだ。
主と竜を引き離すなど、無神経極まりない行為を、竜騎士たちは一切、認めない。

つまり、神官が女神として認定しようと、竜がそれを認めない限り、竜の主として君臨するのは、極めておかしなことなのだ。

「お待ちなさい、ドレイク。私の許可なく勝手に飛び立つことなど許しません」

リアの高慢な命令など、さっさと無視して、ドレイクはグレイスに飛び乗り大きく空へと舞い上がる。

この女を殿下の・・・命令どおりにリード家に届けた以上、リアがなんと叫ぼうと、喚こうと、ドレイクにはなんの関係もないことだ。

リアがリルをフロルから引き離そうとした段階で、すでに、リアは竜騎士たちの支持を失っていたのだ。

悔しそうに空を見上げるリアなど全く気にせず、竜騎士たちは次々に空高く飛び立っていった。


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