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第四章 白魔導師の日々

ギルの対応**

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王宮にもどり、ギルは早速、殿下に直訴する機会を捉えた。

その後、王太子殿下へのお目通りは叶ったのだが、結局、ギルの願いは、何一つ叶うことはなかった。

王宮の豪華な王族用の執務室で、ギルはマキシミリアン殿下の前に跪き、自分が聖剣の騎士であると言う認定が何かの間違いだから、取り消しにするか、再考してもらうように頼んだ。

そんなギルに、王太子は困惑顔で告げた。

「君がそうは言ってもね・・・リード。神殿のお告げがそう告げている以上、私が君にしてやれることは、残念ながら多くはないんだ。君の気持ちはわかるがね」

あからさまに落胆しているギルに、王太子はさらに困った顔で口を開く。

「聖剣の騎士である君には、騎馬騎士隊よりふさわしい仕事があるんじゃないかと言う話になってね。私としても、神官と騎士団の決定に、根拠がないまま異論を申し立てるのも中々難しいんだ」

王太子は一旦、言葉を切って、ギルをじっと見つめた。

「内々に辞令が騎士団長より出ると思うが、君には、神官近衛団の団長をしてもらうことになると思う」

一介の隊長から団長へと大昇格であるはずなのだが、ギルの心は全く晴れない。

エスペランサと一緒に働く騎馬騎士隊が、一番、自分の性質にあっていると思うが、騎士たるもの、上からの命令には絶対に服従するのが掟である。

自分の要望が何一つ通らないばかりか、さらに悪い方向へと進んでしまった。ギルはさらに暗い気持ちになって、神殿の中を歩き、自分の詰め所へと戻ろうとしていた時だ。

「あら、リード様」

聞き慣れてしまった甘ったるい音色。顔を向ける前から誰なのかわかってしまった。ギルは気が進まないまま、振り返ると、やはり思った通りに、そこにはリアがいた。

彼女は、綺麗な衣装を着て澄ました顔でこちらを見ている。

「探しましたわ。どこにいらっしゃるのかと」

彼女の、わざとらしく、しなをつくる態度が鼻について、ギルは彼女から目をそらし、あらぬ方向を眺めた。そんなギルに、リアは無神経に巫女を従えながら近寄ってきた。

「それで、俺に何のご用でしょうか?警備計画に不備はありませんので、女神様にはご迷惑を掛けることはないと思いますが」

そんなリアに、ギルは冷淡な態度をとる。ついと、一歩後に退くと、軍の上司に対するように、腕を後に組む。

「あら、嫌だわ。わたくしの騎士様。もう少し、機嫌良くお話いただけませんの?」

「特に、お話すべき事柄もないと思います。俺は、まだ仕事があるので、これで失礼させていただきます」

「あ、リード様、お待ちにな・・・」

なおも自分を呼び止めようとするリアを、ギルはそっけなく、振りきるようにして歩き去った。

「もう・・・」

その後姿を悔しげに睨むリアの顔は、女神と言うより、悪鬼の表情に近い。そんなリアを、巫女たちは見ない振りをしてやりすごした。



その頃、王宮の馬屋ではフロルがせっせとエスペランサの世話に精を出していた。リード家を後にして、王宮に戻ってきてから、すでに数日がたつ。途中、ギル様が、神官近衛騎士団の長に就任したとライル様から聞かされていた。

その間、どういう訳かギル様とは全く会わせてもらえないまま今に至る。

当然、騎馬隊の隊長も辞任したのだから、エスペランサに乗りに来ることもない。心なしか、馬も、しょんぼりしているように見える。そんな馬の世話を一通り終えてから、エスペランサに話しかけた。

「ねえ、エスペランサ。元気だしなよ」

馬はちらりと自分を上目遣いに眺め、フロルの頬に長い鼻をこすりつけた。

今日は、エスペランサにプレゼントがあるのだ。フロルは、馬に手綱をつけ、柵をはずす。フロルに大人しく引かれて行きながら、馬は不思議そうな顔でフロルを見つめた。

「・・・今日は、運動させていいって許可をもらってるんだ」

馬にだって、運動が必要だ。ギル様の代りにフロルは馬を連れて馬の鍛錬場に連れていく。好きなだけ、走らせてやろうと思ったのだ。

馬を連れて鍛錬場に到着すると、すぐにエスペランサを放してやった。運動不足だったのだろう。馬はすぐに広場の中を嬉しそうに走り出していた。

エスペランサは気性が荒いので、ギル様以外の騎士はもらい手がなく、騎士団でも馬の扱いに困っていると聞いた。そんな馬の未来も気にかかる。

・・・エスペランサの身の処し方もギル様は考えてると思うんだけどな。

ギル様の笑顔が胸の中をよぎる。

あのお祭り後から、ギル様とは一切、会っていない。

ギル様、どうしてるのかなあ。

彼が恋しくて仕方がない。今まではエスペランサの世話を通して、彼が遠征に行っていない時以外は、毎日のようにあっていたのに、あの事件が起きてからは、まだ彼と一度も会っていない。

フロルは、しばらく馬を好きなように走らせ、満足するのを待った。そして、機嫌がよくなったエスペランサを回収して、しょんぼり項垂れながら、馬屋へと向う。

ギル様の凜々しい姿を心に思い描いて、フロルは、溜息を一つついた。

・・・誰かが、溜息をつくと一緒に幸せが逃げていくって言ってたっけ。

そんな気落ちしたフロルの頬に、柔らかな感触が触れた。気づけば、エスペランサがフロルの頬に自分の鼻をすり寄せていたのだ。

馬は、しんみりした様子で自分を見ていた。馬は馬なりに、何かの事情を察しているのだろう。

── エスペランサだって、ギル様が恋しいに決まっているじゃないか。

そんな馬の様子を見ると、どうして悲しくなるんだろうか。ふと涙が滲みそうになって、思わず俯いて地面を睨んだ。

絶対に、泣くもんか。

フロルは強情を張って、唇を一文字に結ぶ。

西の空には真っ赤な夕日が今にも沈もうとしている。もう夕暮れの遅い時間だ。

「エスペランサ、行こう」

フロルは馬の手綱を引きながら、馬屋へと向う。きっと、馬丁たちはみんな帰ってしまっただろう。もう、そんな時刻なのだ。

「あれ? おかしいな。馬屋に明かりが灯ってる」

(まだ誰か残って仕事してるのかな。珍しいな)

そう思って、馬屋の扉を開けた瞬間、フロルの顔は嬉しそうにぱっと輝く。そこに立っていたのは、フロルが会いたくて仕方がない人だったからだ。

「フロル、やっと見つけた」

銀の短い髪に、日焼けした精悍な顔。口元には嬉しそうな微笑みが浮かんでいる。

「ギル様!」

やっと、やっと会えた。どれだけ、彼に会いたかっただろう。騎馬騎士隊の制服ではなく、神殿の近衛団長の白地に金と濃紺のラインが入った制服を着ていた。それがとてもよく似合っている。

「ああ、ギル様、ギル様!・・・」

フロルはエスペランサの手綱をもの凄い勢いで放り出して、ギル様に向って突進した。

「おい、フロル。そんなに突っ込んでくる奴が・・・」

そう笑うギル様の声が、少しだけ震えた。それに気がついた瞬間、フロルは、ぎゅっと彼の腕の中に抱きしめられていた。

彼の胸の中で、フロルは猫のように頬をこすりつけ、名前を呼ぶだけで精一杯だった。嬉しすぎるせいで、色々話そうと思っていたのに、全部頭からすっぽりと抜け落ちてしまった。

あのお祭りの後、いきなりレルマ子爵令嬢が来て、宮廷の上下関係がひっくり返って、リルが横取りされそうになって、そして、ギル様とも・・・あれも、これも話したかったことが、沢山あったのに。

ギルもフロルと同じ気持ちだったのだろう。

「フロル・・・会いたかった。お前に会いたくて仕方がなかった」

「ギル様・・・私も・・・」

ギルは涙ぐむフロルの背中を優しく撫でる。その後では、エスペランサも久しぶりの主人を見つけて、興奮しながら、地面を足でひっかく。

「ふふ、エスペランサもギル様が恋しかったみたいですね」

目尻に滲んだ涙を指で拭いながら、フロルが言えば、馬は、その通りと言わんばかりに鼻息を荒くする。

「エスペランサに会うと言う口実を作って、お前に会いにきたんだ。きっとこの時間に馬屋にいると思って」

ギルはフロルの腰をしっかりと抱いて引き寄せた。まだ、恋人同士の仕草にフロルは慣れておらず、ひたすら顔を赤くするが、ギルはそんなことはお構いなしだ。

しばらく会えなかった寂しさを穴埋めするように、ギルはいつまでもフロルを放そうとはしなかった。

二人の間に言葉は必要なかった。ただ、自分の横に、ギル様がいる。フロルは、それだけで満たされ、満足しきっていた。

そんなフロルに、ギルがふと口を開いた。

「なあ、フロル」

「なあに、ギル様?」

「・・・お前は、そのままでいてほしい。ずっと変わらないでいてくれ」

「そのままって?」

無邪気に訊ねるフロルを前にして、ギルはさっき起こったことを考えていた。リアのわざとらしい仕草、自分を見つめる物欲しげな視線。綺麗なドレスも、白粉も、ギルにとっては煩わしいことでしかない。

神殿で女神として祭り上げられるようになったレルマ子爵令嬢は、瞬く間に、もの凄く嫌な女へと変わってしまった。今では、巫女達も彼女がいない所で、蔑みの言葉を発しているのを、ギルはもう何度も聞いている。

「・・いいか、フロル。絶対に貴婦人の真似なんかするなよ。白粉も、洒落た服も、俺には必要ない。お前は、いつものように笑っていてくれたら俺はそれで十分だ」

フロルは、一瞬、きょとんとしてギルを見つめたが、ふふっと顔には満面の笑みが浮かぶ。その笑顔が可愛らしくて、ギルはまた胸が締め付けられるようで、フロルを抱きしめたくなる。

「ギル様・・・いやだなあ。私、宿屋の娘ですよ? そんな貴婦人みたいなこと出来る訳ないじゃないですか」

「そうだな」

ギルが目を細めて笑う。フロルがリアのようになってしまったらどうしようと、つまらない心配をしてしまった。

「あの屋台のバグタの焼き肉、美味かったな。来年もまた一緒に行こうな」

レルマ子爵令嬢なら、屋台の焼き肉なんぞ、鼻でせせら笑うだけだろう。そんな彼女の様子がありありと目に浮かぶ。

「ええ、もちろんです。ギル様、今度は、三本くらいは軽くいけると思います」

だって、あれ美味しかったですもんね、とフロルは楽しげな笑顔をギルに向けた。

そんなフロルの笑顔にどれだけ癒されるのだろう。

フロルはいつでもフロルのままだ。まっすぐで、暖かくて──

「ぎ、ギル様・・・苦しい・・・」

突然、むぎゅっとギルに抱きしめられ、フロルはじたばたと慌てるが、彼は一向に放してくれる気配がない。

── でも、それが嬉しくて。

「ギル様・・・」

フロルも彼の背中に手を回して、そっと彼を抱きしめた。暖かい──

「あの後、うちの両親から手紙がきた。色々と予想外のことが起きたが、変わらず、お前との仲を祝福すると書いてあったぞ」

「イレーヌ様が?」

「ああ、母上はお前のことがすごく気に入っていたと言ってた。今のくだらない茶番も終わるまでの辛抱だ。俺を信じて待っていてくれるか?」

「ギル様・・・嬉しい」

フロルの目には涙が滲む。

二人は抱き合ったまま、お互いをかけがえのない存在だと感じて、ずっとそのままでいられたら、と願っていた。
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