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終幕後02 伯爵夫人ブリトニーの流儀
09. 義姉と実兄の力関係 2
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何度も意匠を相談し、使う石の候補を持って打ち合わせを行い、完成したのは更に数か月後。ギリギリ社交の季節に間に合った形だった。
中央に翠玉を、上下左右に青玉、その間に紅玉という鮮やかな色合いの指輪が完成した。セルティア王国の流行からすれば、小ぶりの石を複数使った指輪は、他人の目からは安っぽく映るかもしれない。だが全体的な雰囲気は重厚である。
良い石ばかりを選んだが、一つずつの石は割と小さいためお手頃価格になっている。
「安っぽいな」
妻の指輪を見たドミニクは一言ぽつりと漏らす。
ブリトニーやセリーンは、ドミニクや父であるイーノックがそういった評価を下すことを想定済みだった。
大きな石を使った全てが大振りな意匠こそがセルティア流であり、小さな石や繊細な作りは安っぽいと見なされるのだ。
安上がりだからだ。
実際、今回の指輪も複数の石にせず、中石一つの作りにすれば、値段は十倍以上に跳ね上がる。
「あなた、妹の気遣いを無下にするようなことを言わないで。流行が終わってしまった青玉を身につけられない私を思って、一から作ってくれたものなのよ」
「……そうか、すまんな」
妻からの苦言でバツの悪そうな顔になるのがドミニクという男だ。着飾ることに全く興味は無く、身分に相応しい装いをすることだけを意識している。
だから伯爵家の当主として、高価で流行に則った物を身に着ける。
要は侮られないように体面を保っているだけのことだ。
「この指輪はお兄さまみたいに安っぽく感じる人も多いと思うけど、同じくらい流行ではない石を身に着けたいという人の心を捕らえると思うわ。何色も使ったものは珍しいから、それも目を引くと思うの。良くも悪くも話題を提供するわね」
「そういう話題を提供する役割は中央の有力貴族に任せておけば良いんだ。我々地方貴族は大人しく堅実な生活が似合っている」
「確かにそうね。でも妻が好きなものを身に着けられるように協力するのは夫の務めよ、お兄さま」
「義妹が手伝ってくれるのに夫が手伝ってくれないのはつらいわ」
セリーンが微笑みながらブリトニーの側につく。
「ということでお兄さま、実は指輪と同じ意匠の胸飾りもありますの。こちらは全て金剛石なので話題にも上りませんし、安っぽくも見られませんわ」
そう言って箱を差し出す。
出てきたのは大振りの宝飾品だった。胸飾りと言っても裏に鎖や紐を通せるようになっているため、首飾りとしても髪飾りとしても使える。
「ブリトニー……加減というものを考えろ」
そう言って大きな溜息をつく。
色違いのお揃いだと一目で判るそれは、セリーンに似合いそうだ。
そしてティナに作った薄紅色の紅玉の宝飾品の一揃いよりも、今回の指輪と胸飾りの方が良心的な価格だ。石は金剛石のみなので、流行に左右されることもない。
伯爵家なら衝動買いできぬ程ではない微妙な価格である。
妹として商売相手ではない兄に手加減した結果とも言える。
「素敵ね、衣装を誂えるのを減らせば良いわ。色も形も昨年からさほど変わっていないもの。目立つところだけ手を入れればなんとかなるわ。簡単にできてしまうから侍女に任せなくても、私がなんとかできてしまうし」
セリーンはそう言うと微笑む。
ブリトニーの義姉は裁縫が得意でセンスも良いのだ。
自分で何が似合うかをよく理解して着るだけでなく、簡単な手直ししかしていないのに、全く違って見える衣装に変えてしまう。
時々、ブリトニーも義姉に頼るほどの腕前だった。
衣装はかさ張る上に誂えるのに時間がかかるため、社交シーズンはやりくりが大変なのだ。収納するにも場所をとる。
しかしセリーンに頼むことで一気に解決する。
義姉に宝飾品を贈るのは宣伝してもらうためだけではなく、そういった衣装の手助けのお礼も兼ねていた。
ドミニクは苦虫を噛み潰したような顔のままだ。
「お義姉さま、こちらは胸飾りのオマケなの。勿論、身内だからこそなのだけれど」
そう言って新たな箱を開ける。中には胸飾りと相似形の耳飾りが一対入っていた。
「新しい宝飾品を探す手間が省けましたわね」
セリーンのその一言で、ドミニクは頷くしかなかった。
「お前、家族間で商売をするのを止めろ」
「あら嫌だわ。商売の心算だったら価格は三倍になりましてよ、お兄さま」
ブリトニーはにっこり笑う。
嘘は言っていない。
実際、実家に持っていく宝飾品は使っている石や地金の代金や必要経費だけで、利益はまったく考えられていない。
兄を相手に商売をする気は毛頭ないからだ。
ただ美しい義姉を更に美しく飾りたいだけなのだった。
中央に翠玉を、上下左右に青玉、その間に紅玉という鮮やかな色合いの指輪が完成した。セルティア王国の流行からすれば、小ぶりの石を複数使った指輪は、他人の目からは安っぽく映るかもしれない。だが全体的な雰囲気は重厚である。
良い石ばかりを選んだが、一つずつの石は割と小さいためお手頃価格になっている。
「安っぽいな」
妻の指輪を見たドミニクは一言ぽつりと漏らす。
ブリトニーやセリーンは、ドミニクや父であるイーノックがそういった評価を下すことを想定済みだった。
大きな石を使った全てが大振りな意匠こそがセルティア流であり、小さな石や繊細な作りは安っぽいと見なされるのだ。
安上がりだからだ。
実際、今回の指輪も複数の石にせず、中石一つの作りにすれば、値段は十倍以上に跳ね上がる。
「あなた、妹の気遣いを無下にするようなことを言わないで。流行が終わってしまった青玉を身につけられない私を思って、一から作ってくれたものなのよ」
「……そうか、すまんな」
妻からの苦言でバツの悪そうな顔になるのがドミニクという男だ。着飾ることに全く興味は無く、身分に相応しい装いをすることだけを意識している。
だから伯爵家の当主として、高価で流行に則った物を身に着ける。
要は侮られないように体面を保っているだけのことだ。
「この指輪はお兄さまみたいに安っぽく感じる人も多いと思うけど、同じくらい流行ではない石を身に着けたいという人の心を捕らえると思うわ。何色も使ったものは珍しいから、それも目を引くと思うの。良くも悪くも話題を提供するわね」
「そういう話題を提供する役割は中央の有力貴族に任せておけば良いんだ。我々地方貴族は大人しく堅実な生活が似合っている」
「確かにそうね。でも妻が好きなものを身に着けられるように協力するのは夫の務めよ、お兄さま」
「義妹が手伝ってくれるのに夫が手伝ってくれないのはつらいわ」
セリーンが微笑みながらブリトニーの側につく。
「ということでお兄さま、実は指輪と同じ意匠の胸飾りもありますの。こちらは全て金剛石なので話題にも上りませんし、安っぽくも見られませんわ」
そう言って箱を差し出す。
出てきたのは大振りの宝飾品だった。胸飾りと言っても裏に鎖や紐を通せるようになっているため、首飾りとしても髪飾りとしても使える。
「ブリトニー……加減というものを考えろ」
そう言って大きな溜息をつく。
色違いのお揃いだと一目で判るそれは、セリーンに似合いそうだ。
そしてティナに作った薄紅色の紅玉の宝飾品の一揃いよりも、今回の指輪と胸飾りの方が良心的な価格だ。石は金剛石のみなので、流行に左右されることもない。
伯爵家なら衝動買いできぬ程ではない微妙な価格である。
妹として商売相手ではない兄に手加減した結果とも言える。
「素敵ね、衣装を誂えるのを減らせば良いわ。色も形も昨年からさほど変わっていないもの。目立つところだけ手を入れればなんとかなるわ。簡単にできてしまうから侍女に任せなくても、私がなんとかできてしまうし」
セリーンはそう言うと微笑む。
ブリトニーの義姉は裁縫が得意でセンスも良いのだ。
自分で何が似合うかをよく理解して着るだけでなく、簡単な手直ししかしていないのに、全く違って見える衣装に変えてしまう。
時々、ブリトニーも義姉に頼るほどの腕前だった。
衣装はかさ張る上に誂えるのに時間がかかるため、社交シーズンはやりくりが大変なのだ。収納するにも場所をとる。
しかしセリーンに頼むことで一気に解決する。
義姉に宝飾品を贈るのは宣伝してもらうためだけではなく、そういった衣装の手助けのお礼も兼ねていた。
ドミニクは苦虫を噛み潰したような顔のままだ。
「お義姉さま、こちらは胸飾りのオマケなの。勿論、身内だからこそなのだけれど」
そう言って新たな箱を開ける。中には胸飾りと相似形の耳飾りが一対入っていた。
「新しい宝飾品を探す手間が省けましたわね」
セリーンのその一言で、ドミニクは頷くしかなかった。
「お前、家族間で商売をするのを止めろ」
「あら嫌だわ。商売の心算だったら価格は三倍になりましてよ、お兄さま」
ブリトニーはにっこり笑う。
嘘は言っていない。
実際、実家に持っていく宝飾品は使っている石や地金の代金や必要経費だけで、利益はまったく考えられていない。
兄を相手に商売をする気は毛頭ないからだ。
ただ美しい義姉を更に美しく飾りたいだけなのだった。
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