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序 勇者、この世に誕生する
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ヴィルドルク国、山間の街、ホーリア。
この街の勇者一団である俺たちは、街の端の洋館を拠点として活動している。
爽やかな空気に満ちた早朝、1階の広間で、俺は集まった面々を見回した。
魔法剣士のニーアは、食卓に朝食を並べ終わって丁度席に着いたところだった。
腰から下げた2本の短剣からわかるように、双剣術を使うニーアの腕前はなかなかのものだ。魔法も剣術も使える魔法剣士は、勇者のサポート役として働いてくれている。ニーアは俺と目が合って、ミント色の瞳で俺に微笑んだ。
獣人のコルダは、朝早くに起こされたせいで不機嫌な顔をしている。
朝食に黒苺のジャムが付いていない事に気付いて、世界で一番不幸そうな顔をしていた。頭の狼のような大きく尖った銀色の耳が、元気を失って力無く垂れている。「労働環境の改善を要求するのだ……!」と、お決まりの文句が聞こえて来た。
白魔術師のリリーナは、2階の自室から出て来ない。いつもの事。
「それでは、今日も1日、共生を目指して頑張ろう!」
俺は勇者らしく拳を振り上げて集まった仲間たちにそう言った。
俺も含めて4人の内、1人は部屋から出て来ないし、1人はテーブルに突っ伏して寝直している。
ニーアだけが、誰も返事をしない事に気付いて、はにかんだ笑顔で俺に合わせて拳を振り上げてくれた。
+++++
○○○県○○○市役所。そこが、この世界に生まれてくる前の、俺の職場で、俺の生活の全て。
連日日付を越えるまで続く残業。昼飯も取れずに給料泥棒と怒鳴られる日々。日和見主義の役立たずの課長。煙草休憩から帰って来ない先輩。心を病んで休職しているがSNSでは元気な後輩。
スーパーもとっくに閉店した帰り道、コンビニ弁当を買って1人、アパートで詰め込むように食事をする。そして、シャワーを浴びて朝日に怯えながら途切れ途切れの睡眠をとる。
そんな毎日が数年続いて、少しヤバいな、と思っていたところだった。
次の健康診断の結果が危なかったら、無理矢理でも休みを取って病院に行こう、そう思っていた。
しかし、その前に職場で倒れて、そのまま救急搬送。
激痛で霞む意識の中で、手遅れです、と誰かが言うのが聞こえた。
それで俺は死んだらしい。
家族もいない。恋人も友達もいない。だから、俺が死んで悲しむ人はいない。
趣味も無いし、遺して惜しむ程の財産もない。
仕事から解放されて、まぁそれでいいか、とすら思ってしまった。
そして、目が覚めるとこの世界にいた。
石造りの建物が目立つ中世の世界観。魔法が主な動力で、人々は剣術をたしなみ、魔獣に怯えるファンタジーの世界。
生まれてすぐの俺は、教会の前に捨てられていたらしい。この世界では奇跡的に誠実な孤児院で、俺は何不自由ない生活を送る事ができた。
学校で孤児だと馬鹿にされることもあったが、精神年齢が3倍以上年上の俺は、勉強では一番だったし、ガキの戯れにマジになることもなかった。
前世の記憶とかいう、余計な物だけを持って生まれてしまった。天涯孤独。財産は片手に収まるくらいの肌着だけ。
しかし、タイムカードを勝手に切る上司もいない。俺のデスクに仕事を積んで早退する同僚もいない。怒声と一緒に手を出して来る市民もいない。
なにより、この世界には勇者がいる。RPGでしか聞いた事が無い冒険心をくすぐられる正義の職業。
ヴィルドルク国の勇者は、街に下りて来る魔獣を退治するのが仕事だ。
そして、それは生まれに関係なく、能力が認められれば誰でもなれる。孤児の俺でも一発逆転のチャンスは充分ある。
俺は、この世界で花形の職業、勇者になろう。そして、国民にちやほやされながら穏やかに、時にスリリングに、寿命を全うしよう。
この世界で物心ついた時に、俺はそう決心した。
この街の勇者一団である俺たちは、街の端の洋館を拠点として活動している。
爽やかな空気に満ちた早朝、1階の広間で、俺は集まった面々を見回した。
魔法剣士のニーアは、食卓に朝食を並べ終わって丁度席に着いたところだった。
腰から下げた2本の短剣からわかるように、双剣術を使うニーアの腕前はなかなかのものだ。魔法も剣術も使える魔法剣士は、勇者のサポート役として働いてくれている。ニーアは俺と目が合って、ミント色の瞳で俺に微笑んだ。
獣人のコルダは、朝早くに起こされたせいで不機嫌な顔をしている。
朝食に黒苺のジャムが付いていない事に気付いて、世界で一番不幸そうな顔をしていた。頭の狼のような大きく尖った銀色の耳が、元気を失って力無く垂れている。「労働環境の改善を要求するのだ……!」と、お決まりの文句が聞こえて来た。
白魔術師のリリーナは、2階の自室から出て来ない。いつもの事。
「それでは、今日も1日、共生を目指して頑張ろう!」
俺は勇者らしく拳を振り上げて集まった仲間たちにそう言った。
俺も含めて4人の内、1人は部屋から出て来ないし、1人はテーブルに突っ伏して寝直している。
ニーアだけが、誰も返事をしない事に気付いて、はにかんだ笑顔で俺に合わせて拳を振り上げてくれた。
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○○○県○○○市役所。そこが、この世界に生まれてくる前の、俺の職場で、俺の生活の全て。
連日日付を越えるまで続く残業。昼飯も取れずに給料泥棒と怒鳴られる日々。日和見主義の役立たずの課長。煙草休憩から帰って来ない先輩。心を病んで休職しているがSNSでは元気な後輩。
スーパーもとっくに閉店した帰り道、コンビニ弁当を買って1人、アパートで詰め込むように食事をする。そして、シャワーを浴びて朝日に怯えながら途切れ途切れの睡眠をとる。
そんな毎日が数年続いて、少しヤバいな、と思っていたところだった。
次の健康診断の結果が危なかったら、無理矢理でも休みを取って病院に行こう、そう思っていた。
しかし、その前に職場で倒れて、そのまま救急搬送。
激痛で霞む意識の中で、手遅れです、と誰かが言うのが聞こえた。
それで俺は死んだらしい。
家族もいない。恋人も友達もいない。だから、俺が死んで悲しむ人はいない。
趣味も無いし、遺して惜しむ程の財産もない。
仕事から解放されて、まぁそれでいいか、とすら思ってしまった。
そして、目が覚めるとこの世界にいた。
石造りの建物が目立つ中世の世界観。魔法が主な動力で、人々は剣術をたしなみ、魔獣に怯えるファンタジーの世界。
生まれてすぐの俺は、教会の前に捨てられていたらしい。この世界では奇跡的に誠実な孤児院で、俺は何不自由ない生活を送る事ができた。
学校で孤児だと馬鹿にされることもあったが、精神年齢が3倍以上年上の俺は、勉強では一番だったし、ガキの戯れにマジになることもなかった。
前世の記憶とかいう、余計な物だけを持って生まれてしまった。天涯孤独。財産は片手に収まるくらいの肌着だけ。
しかし、タイムカードを勝手に切る上司もいない。俺のデスクに仕事を積んで早退する同僚もいない。怒声と一緒に手を出して来る市民もいない。
なにより、この世界には勇者がいる。RPGでしか聞いた事が無い冒険心をくすぐられる正義の職業。
ヴィルドルク国の勇者は、街に下りて来る魔獣を退治するのが仕事だ。
そして、それは生まれに関係なく、能力が認められれば誰でもなれる。孤児の俺でも一発逆転のチャンスは充分ある。
俺は、この世界で花形の職業、勇者になろう。そして、国民にちやほやされながら穏やかに、時にスリリングに、寿命を全うしよう。
この世界で物心ついた時に、俺はそう決心した。
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