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第13話 勇者、権利を尊重する

〜4〜

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 訪れた志望者の服装は、いわゆるメイド服だった。リリーナの部屋に2、3着隠れていそうなコスプレ用のチープな物ではなく、クラシカルで露出の少ない俺が好きなタイプ。それだけで加算しそうになる。
 正面から見ると完全に女の子の服装だが、顔をよく見ると性別不明の幼い男の子にも見えるし、よくよく見ると大きな瞳を潤ませている女の子にも見える。

 椅子に座るように促す前に、俺は隣のリリーナに助けを求めた。
 リリーナは予想通り帽子を深く下げて顔を隠していたが、俺が小声で呼びかけると帽子の下から俺を見上げてきた。

「……何よ」

「あの子、男の子か?」

「は?自分で聞いてみれば?」

 俺がその質問をするとアレだ、と言うと、「アレって何よ」と素っ気無い言葉が返って来た。俺が横にいるから知らない人が来ても声が出せなくなる程ではないけれど、自分から話しかけるのは無理らしい。
 俺は前世で市民対応として人権だの平等だの嫌でも叩き込まれた。そして現世ではコルダのご機嫌を損ねないようにするのに必死だから、こういう話題に敏感になっている。
 男らしいとか、女らしいとか言うのだって現代日本ではセクハラだ。軽率な質問をしたら採用面接どころではなくなる。

「じゃーあ、コルダが聞いてくるのだ」

 俺の椅子の後ろで寝ていたコルダが、俺の足を潜って前に出て来た。
 ここはコルダが適任かもしれない。実際の性格はともかく、無邪気を装っている奴がさり気無く聞いた方がいい。
 上手くやってくれと祈るような気持ちで窺っていると、コルダは机を潜った四つん這いのまま、所在無さげに立っていたその子のエプロンの裾を摘まんだ。

「失礼するのだー」

 コルダは居酒屋の暖簾でもくぐるようにエプロンの中に入る。
 あまりに自然な動きに、そうやって直接確認すればはっきりするよな、と逆に感心してしまった。
 入られた方も、このあまりに異常な事態に、エプロンの下でもぞもぞと何かしているコルダを止められずに固まっていた。
 一体コルダにどこを触られたのか小柄な体がびくりと震えて、大きな藍色の瞳が潤む。

「…………ッ」

「な、何やってんだ!」

 俺の思考が正常さを取り戻す。
 長机を乗り越えて、エプロンの下から這い出て来たコルダの肩を掴む。「スカート履いてるけど、男の子だったのだー」とコルダが教えてくれて1つ問題は片付いた。しかし、より深刻な問題が発生していた。

「コルダは、自分の時は騒ぎ立てるくせに。何をしてるんだ」

「あわわー肩を掴んで揺さぶる行為は、暴行と捉えてよろしいのだ?」

 コルダに関わると、降り注ぐように問題が積み重なって行く。
 俺が即座に手を離すと、コルダは風通しが良くて日当たりが良い、最適な場所で昼寝の続きに戻った。
 残された俺は、エプロンを抑えて困惑している痴漢の被害者に向き直って床に膝を付く。

「お、俺の部下が……とんでもないことを……」

 この世界で生まれて、2度目の土下座。飛び級で首席卒業した勇者が。
 採用面接をしていたのに、どうしてこんな事になっているのだろうか。

「本当に申し訳ない……」

 この程度で許してもらえるはずがない。でも、俺が床に額を擦り付けて少しでも相手の気分が晴れるなら、俺の頭など安いものだ。
 俺の後ろで、コルダが寝直して、リリーナがもさもさドーナツを食べている気配がする。
 俺1人が頭を下げて許してもらえなかったら、リリーナにもイナムの挨拶だとか嘘をついて頭を下げてもらおう。
 床を見つめる俺の頭上で、白いエプロンの裾がふらふらと揺れていた。頭を下げ続けていると、目の前の床にエプロンが広がり、石鹸の匂いがふわりと広がった。

『許してさしあげるわ。面を上げてちょうだい』

 電子音声のようなザラザラした声が降って来る。
 恐々と目線を上げると、豚か猫か熊かわからないぬいぐるみの顔が目の前にあった。志望者が肩から下げていたぬいぐるみのポシェットだ。
 俺が謎の黒い生物の顔面を見つめていると、その後ろから性別不明の顔が現れて、まだ涙の残る瞳で俺に微笑んだ。


  +++++


『クラウィスと申す。以後お見知り置きを』

 志望者であるクラウィスは、豚か猫か熊か、何かしらの生物を模した形のポシェットで顔を隠している。
 口調は度々変わるが、声は変わらずカビカビとした電子音声だ。クラウィス本人からは魔法の気配を感じない。ぬいぐるみ型ポシェットの中にボイスチェンジャーのような魔術道具が入っていて、クラウィスが発する声を変えているらしい。
 採用面接の態度としては間違いなく最低点。しかし、近頃の若者は面白い事を考える。

「……」

「……」

「……」

 しばらく興味深く眺めていて、会議室が静まり返っていることに気付いた。
 そう言えば、前回はニーアが質問をして面接を進めてくれたが、今日はいない。俺が進行しなければ。
 すっかり傍観する気になっていた俺は、姿勢を正してクラウィスと視線を合わせようとぬいぐるみのボタンの瞳を見つめた。
 しかし、土下座してきた人間に面接をされるとは。向こうもやりにくいだろうに。

「今、仕事は何を?」

『クラウィスはぁ、8thストリートのホテルでぇ、下働きをしてるんだよん!』

「その格好は、制服か」

『にゃんにゃん。仕事の途中で抜けて来ちゃったにゃん。サイズがなくて、仕方なく女の子用制服を着てるにゃん……』

「なるほど。趣味で着てるんじゃないのか」

「勇者様……あの子、コルダとキャラ被ってる気がするのだ」

 俺はコルダを無視した。
 観光地ホーリアのホテルの下働きだ。どこのホテルも大量の観光客が押し寄せる激務だから、掃除も料理も幅広くやっていただろう。きっと家事は人並みに、少なくとも俺達以上には出来るはずだ。

「勇者の事務所で働くにあたって、希望の職種は?」

『ハウスキーパーですの。家事なら何でもできます。どうかどうか、雇ってくださいまし』

 男で、しかもハウスキーパー。
 これで事務所の男女比2:3で不自然ではなくなるし、ニーアがボランティアでやってくれていた家事を仕事として正式に頼める。
 待ちわびていた人材に、俺は即座に採用を決めそうになった。
 しかし、そうやって俺が一人で突っ走って、ニーアの意見を聞かずに採用したのがリリーナだ。実際優秀な魔術師だから結果的には良かったが、どうやら俺に人を見る目がない。

「一旦、保留でいいか?」

 俺が言うと、掃除も料理も出来ないコルダとリリーナが「何でなのだ!」「いいじゃんか!」と後ろで騒ぎ出す。
 俺は2人にドーナツを咥えさせて黙らせてから、クラウィスに向き直った。

「仲間が1人、留守にしている。そいつが帰って来たら正式に決めるから、仮採用で」

 それで大丈夫かと尋ねると、クラウィスはポシェットを顔から下した。
 ようやく現れた藍色の瞳で俺を見つめて、無言のまま頷く。
 面接終了を告げると、クラウィスはエプロンを揺らして椅子から立ち上がり、背筋を伸ばして45度のお辞儀をした。
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