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第13話 勇者、権利を尊重する

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 クラウィスの迅速な仕事ぶりで、外が暗くなる頃には、俺の部屋は人間が住める空間になった。
 コルダの5日前のクリームパンも発見したし、物が減って封じられていたクローゼットが開けられるようになった。あとは俺でも片付けを進められると思う。
 クラウィスに今日の分の給料を渡して帰っていいと伝えても、この代金なら日付が変わるまで仕事をするから、夕食を作ると言ってくれた。
 ニーアがいなくなってから、残っていた食料に火を通して食べるか、そのまま食べている。そろそろ体に悪いような気がするから、願ってもない申し出だ。

 食料庫になっている事務所の地下に行って野菜が入っている袋を久方ぶりに覗いてみると、荒々しい生命の息吹を感じた。芽なのか茎なのか触手なのかわからない物が生えて、野生に戻ろうとしている。
 俺がホーリアに来た当初料理にハマっていた時に準備した分で、飽きてからは手付かずになっている。ニーアは食料庫の野菜を使うような手の込んだ料理は作らない。
 腐っていて緑とか黒とか綿毛がでているようなら魔法でゴミ捨て場に移動させることも可能だ。
 俺は袋から少し距離を取ってそう提案したが、クラウィスは中に手を突っ込んで確認してから頷いた。

『安心してね。使えそうなのよ』

「本当か?」

『事実でありまする』

 クラウィスがそう言うなら食べる分には大丈夫なのだろう。
 貴重な食料を無駄にせずに済んで何よりだ。リリーナとコルダに食べられない物は無いから、なんでも作ってくれ、とやはり少し距離を取って答える。

『わかったのだわ。あら、でもね……』

 後は任せて食料庫を出ようとしたところで、後ろからクラウィスの手が伸びて来た。
 マントを引っ張ってそのまま背中に抱き付いて耳元に顔を寄せてくる。クラウィスの唇が触れそうな程近付いてから、息が漏れて耳をくすぐった。

「……ゆうしゃ、さま」

 ポシェットを通さずに初めて聞いたクラウィスの声は木の葉が風で揺れるような、掠れた息が漏れるだけの音だった。
 わざと声量を落としているのではなく、クラウィスが全力で話してこの大きさだった。息を切らしながら途切れ途切れに話す様子でわかる。それでも、地下の静かな食料庫で2人きりで、耳元で話されてようやく声が聞こえる程度だった。

「………いわなくちゃ、いけないことが……」

 クラウィスがそう言って俺のマントを引っ張って、自分の右頬に付けた湿布に触れる。
 俺は薄々気付いているがまだ確信が持てなかったし、リリーナは気付いていないから教えなかった。クラウィスが言うように、後でリリーナが俺とクラウィスを恨まないように伝えておく必要がある。

「わかった。でも、腹が減ったから夕飯は頼む」

 俺がそう言うと、クラウィスは俺の背中から降りて謎の生物のポシェットを顔の前に掲げた。

『承知。我が美技、刮目あれ』


 +++++


 発酵なしですぐに焼けるパン。俺が獲ってきた兎と木の実をスパイスとワインで煮込んだメイン料理。野菜が入ったパイ包み。よくわからない煮こごり的な物。多分緑だから豆のポタージュ。プリンっぽいけど少し違う白いプリン擬き。

 横で眺めていただけの俺には何がなんだかわからない料理をクラウィスは手早く作り上げる。
 俺がホーリアに来る前から事務所に置いてあった食器を総動員させて料理を盛り付けて並べると、広間のテーブルが埋まってしまった。
 このテーブルはいつも俺の魔術書で埋まっていたが、これが正しい使い方だったのか。
 しみじみと眺めていると、俺の前に肉が刺さったフォークが差し出された。

-……味見

 と、クラウィスに口の動きだけで言われて、俺はそれを口に入れる。
 俺は前世ではコンビニとファストフードの世話になっていたし、現世では引き籠って勉強しながら保存食ばかり食べていたから、自分の味覚が信用できない。
 これが美味いのか不味いのか、それとも俺の味覚が壊れているからそう感じるのか。
 しかし、人体の害になる物は入っていないし、明らかに異質な味はしない。
 何となく高級な味がするから、多分褒め言葉になるだろうとそれだけクラウィスに伝えると、黒い瞳で俺を見上げて静かに頷いた。

 夕飯にも遅い時間だったが、コルダもリリーナも食事に時間は気にしない。
 俺が呼ぶと2人は2階から広間に駆け込んで来て、テーブルに並べられた料理を見ると歓声を上げた。

「料理よ……!こんなに凝ってる料理、ここで始めて見たわ!」

「火を通す以上の手を加えたもの、久しぶりなのだ!すごいのだ!」

 家事を何もしない2人が好き勝手な感想を言って、テーブルの席に着いた。さっそくフォークとナイフを構えて食べようとする2人を止めて、広間の隅に控えていたクラウィスを前に出した。
 食べる前に、クラウィスに言う事があるだろうと俺が言うと、フォークを構えたままリリーナとコルダが、声を揃えて「ありがとうございました」と料理に気を取られながらも御礼を言う。
 それからと俺が促すと、クラウィスは何かに謝罪するかのように深くお辞儀をしてから、強張った顔で右頬に付けていた大きな湿布を剥がした。その下のクラウィスの白い頬には、鍵の刻印が印されている。

「……っ!」

 リリーナが息を飲んで構えていたフォークを投げ捨てた。
 魔術を使わない獣人のコルダは鍵の刻印を珍しそうに眺めているだけだった。
 しかし、魔術師のリリーナにとって、魔法が全く使えないし効かない退魔の子は、忌避すべき存在だ。退魔の子が作った料理など食べられない、と怒り出す事も魔術師なら充分あり得る。
 クラウィスはリリーナの反応を見て、腰に下げていたポシェットを持ち上げて顔を隠した。

『そう……つまり……例えば、料理不可、で、あれば、掃除、限定、魔窟給料分充分』

「なによ。言う事は、それで終わり?」

 途切れ途切れのクラウィスの言葉、おそらく俺の部屋が汚すぎるからあそこを掃除するだけで給料分は働くことができる、といった意味の言葉を遮って、リリーナはテーブルクロスに転がっていたフォークを拾い上げた。
 椅子の上に立ち上がって肉の塊を突き刺すと、そのまま服をソースで汚しながら大きく口を開けて食べ始める。
 口の周りも白い髪もソースで汚れていても、威勢よく食べるリリーナは上品に見えた。

「ふーん。そこそこ。私好みの味ね

 直立不動で固まっているクラウィスの緊張が伝わって俺も黙っていたが、リリーナの言葉にふっとクラウィスの頬が緩んだのが見えた。
 せっかくだから他に何か言っておきたい事があるならこの際だから教えて欲しい。俺が尋ねると、しばらく俯いて黙っていたクラウィスが覚悟を決めたように頷いた。

『実は……サイズが無いのは、嘘で……これは、趣味で着用……』

「……制服のサイズが無いってのは嘘で、趣味でスカート着てるってことか?」

 俺が解釈して言うと、クラウィスが最大の秘密を打ち明けたように静かに深く頷いた。
 退魔の子である事に比べたら些細な事実だ。それに、俺の服を貸そうとした時に頑なに拒否した様子から気付いていた。

「コルダ、そんな事はどうでもいいから、早く食べたいのだー!」

 俺の言いつけを守ってフォークとナイフを構えて我慢していたコルダが叫んだ。リリーナが好きに食べている横で耐えていたのだから、コルダにしては空気を読んでいる。

「服は好きな物を着ればいいと思う……クラウィスは食べないのか?」

『ううん、明日も仕事があるから職場に帰る』

 クラウィスはポシェットを腰に下すと、頬に湿布を貼り直して俺に頭を下げた。
 リリーナとコルダはクラウィスに挨拶はしたが、食べるのに夢中になっている。
 俺は1人でクラウィスを事務所の外まで送って行ったが、広間に戻って来るまで料理が残っているだろうか。
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